ギルドマスターの長い話 4
「それを説明する為にはまず、シオリス領の過去について話さなければならない」
話なげーよギルマス。勉強にはなるけどー。
貴重な話をしてくれている(かもしれない)のでありがたくはあるのだけど。
でも、ちょっとうんざりした気持ちが顔に出たかもしれない。
「何、すぐに済む。ほんの40年ほど遡るだけだ」
「長くない?」
40年は「すぐ」じゃねーよ。
ちょっとうんざりした気持ちが声にも出ていたかもしれない。
だが、ギルマスは華麗にスルー!
机の上の紙を指先でトントンと叩いて注意を促してくる。
「シオリスの地図?」
「あぁ」
ギルマスは「L」に似た形をしているシオリス領の「折れ曲がっている所」から200㎞ぐらい? 左(東)へ行った所に斜めに新たな線を書き加えている。
そして、少し進んだ先に今度は大きく波型の「ギザギザ」を領地を横断する長さで斜めに何本も書いていく。
更に領地の上、隣領との境界辺りにも同じギザギザを書き加えて……長いな。
ほぼ全域、1000㎞以上ある。
「これは?」
「上の長い線は『大山脈』と呼ばれる高い山々の連なりを表している。その高さは平均で約12000m」
「いちまんにせんめーとる……」
アホか、「高い」なんてレベルじゃねーぞ。しかも「平均」だと?
「高いね……それは海抜の高さ?」
「カイバツとは?」
「海面の高さを基準にする事だけど」
「……いや、麓からの高さだ」
マジ高いです。
「この大山脈は貴族でさえ越える事ができないので、王都へ行く際には大きく迂回しなければならない」
たぶん酸素ボンベ(のようなもの)が無いんだろうな。
「そう言えば、王都ってどこにあるの?」
聞くの忘れてたわ。
「ここだ」
王国の地図(五角形)の真ん中、やや上よりの位置に×で印を書いて教えてくれた。
この位置だと、シオリスから王都へ真っすぐに行くと山脈のちょうど真ん中辺りにぶち当たるから、右か左に迂回しなければならないけど、かなり遠回りになるな。
確か王都まで4000㎞だったっけ? 大きく迂回するからその距離になるのか。
直線なら……2500㎞ぐらい?
「左にあるギザギザは?」
「ここは『大渓谷』だ。『深さ』の平均がおよそ4000mある」
この「大渓谷」150km×400㎞ぐらいあるぞ?
「めっちゃ広いんだけど……深さ? どういう意味?」
「地表から上が約2500mで、地表から下が約1500mだ。勿論平均値なのでもっと深い所もある」
「底からの高さ」を「深さ」と言っているのか……自然がダイナミック過ぎる! グランドキャニオンか!
「と言うか、これ、地理の話じゃないの?」
「いや、歴史の話だ」
そう言ってギザギザの手前の、もう1本の線を指し示す。
「それは?」
「『昔』のシオリス領の東端だ。ここより東は、かつては『アルビオン』と呼ばれていた領地だった」
「だった、という事は」
「今から40年前、当時のアルビオンの領主が王に対して反逆を企てて、王都に攻め入った」
「反逆!?」
確かに歴史の話ではあるけど、それアルビオン領の歴史じゃないの? ……また、何か引っ掛かるな?
「その企ては失敗に終わり、当時のアルビオン領の貴族は全て粛清された」
「全てと言うと……」
「女子供も全て、だ」
容赦無いな。ハード過ぎるこの世界!
「粛清の後、アルビオン領は分割されて周辺の領地に割譲された。シオリスに与えられたのはこの部分だ」
「昔」の境界線の左側、L字の長い方の大部分(5分の4ぐらい)を丸く線で囲って示す。
「シオリスは元はわりと小さな領地だったんだ」
でも「元の領地」も四国と九州を合わせたぐらいの面積はあるかな?
「あぁ。シオリスはまさしく『小領地』で、逆にアルビオンは当時王国内でも5本の指に入る『大領地』だった。その大領地の一部を、一部と言ってもシオリスにとっては『自領の3倍以上の広さの土地』を引き受ける事になった。通常の分割であればその土地にいた貴族ごと受け入れて、その貴族達の魔力も用いて領地運営をするのだが、割譲の理由が反逆だった為、その貴族達がいない状態で、だ」
その言い方だと、領地割譲は「魔力的に」厳しくなるから有難迷惑だった、とか? ……いつの間にか、シオリス領の歴史の話になっているな。
「無理なら断ればよかったんじゃないの? 断れないものなの?」
「当時の領主、先々代のシオリス伯爵は野心家で、これを機に自領を大きく発展させる事ができると考えて積極的に引き受けた。むしろ王に働きかけて少しでも多くの土地を得ようとした程だ。王は先々代のその『熱意』を評価して、小領地である事を理由に反対する側近達の意見を退けて、この『厄介な』土地をシオリスに与えた」
ほほぅ……厄介?
「シオリスが引き受けたこの『旧アルビオン西領』は『災害級』や『マザー級』の魔物が多数生息する国内でも有数の『危険地帯』で」
「災害級?」
聞き捨てならない言葉が。
「例えばドラゴンのような、人にとっては災害に等しい危険で強力な魔物の事だ」
「そんなやつらが多数いたの?」
「『いた』ではなく今もいるのだ。そして、強大な魔物からは強力な魔核や貴重な素材が得られるので、討伐によって得た素材で魔法具や魔道具を作って領地の運営に役立てたり、それらを売る事によって金を稼いで領地を発展させようという訳だ。領主は何度も騎士団を送り込み、討伐をしようとした結果、悉く返り討ちにあった」
「……えっ、やられちゃったの?」
「そうだ」
淡々としたギルマスの声にうっかり流しそうになった。ダメじゃん……コントか! 思わず「ガクッ」ってなったわ。
何やら話の雲行きが怪しくなってきた……物語、いや、「歴史」の話は続く。
「当時、シオリスの騎士団は小領地の中では優秀とみなされていたが、大領地だったアルビオンの騎士団とは比ぶべくもなかった。旧アルビオン領の魔物はシオリスの騎士団には手に負えない程強力だったのだ。何度も遠征を行い、その度に多数の騎士を失うという失敗を繰り返したシオリスは、その影響で発展するどころか衰退してしまった」
「えー……」
どうすんだよ。いや、どうしたんだ、それ?
「ここからが重要なのだが」
「マジで?」
今までのは前フリなのか?
「結果を出せなかったシオリスに対して、王は『当初は』比較的寛容だった。元は小領地だった事が考慮されて時間的な猶予が必要だと判断されたのだ。支援の為に何度も中央の騎士団を派遣したり、資金を援助するなどの優遇措置もあった程だ」
「だが、それから10年、20年、30年経っても新たな領地内で必要な魔物の討伐が十分にできず『人の領域』を増やせないシオリスへ向ける王の視線も次第に厳しいものへと変わっていった。いつまで領地を発展させられないでいるのか? と、『評価が下がった』のだ」
それはまぁ、当然だろう。むしろ、長い目で見過ぎ、だったんじゃないの?
「そのうえ、『旧アルビオン領』における魔力量が減った時に、十分な量の魔力を注ぐ事ができなかった。ただでさえ貴族の数が足りていないのに、騎士の数まで減って魔力的に厳しくなったからだ。結果危機的な状況に」
「ちょっと待って! なぜその旧アルビオン領に魔力を注ぐの? 開発できないでいたって事は、村も農地も無いんでしょ? 注いでどうする?」
「む? それは……そうか、説明がいるのか」
こいつ知らないんだな、みたいな顔でこちらを見ている。
えぇ、知りませんよ。説明して? ……なぜかすぐに説明しようとしない。
何でや?
「……まず、魔力は自然の中にもある、という事は知っているかね?」
「え?」
何だと?
「えっと、知らないんだけど」
もしかしたら、それはこの世界の「常識」なのかもしれないけど、だからといって「そこからかよ」みたいな顔はやめてくれませんかね? ギルマス。
「では、魔物は魔力に引き寄せられる、という事は?」
「えっと……あ、それは聞いた事ある」
エクレールが「大蟹」は魔力源を探していた、って言ってたな。
「自然の中には魔力の強い所、いわゆる『魔力溜まり』があって、そういう所には魔物が集まり易い。旧アルビオン西領、現在のシオリス東領には魔力溜まりが数多く存在する。いや、存在した、と言うべきか」
またイヤな流れが。
「魔物が魔力溜まりに長く居続けると、その場の魔力は魔物に取り込まれて失われる。すると魔物は魔力を求めて別の『魔力のある所』へ移動する。この性質を利用して、王や領主は礎の力を使って魔力の失われた魔力溜まりに魔力を補充したり、別の場所に魔力溜まりを作る事で魔物の行動をある程度、制御しようとするのだ。勿論、全ての魔物に有効な手法という訳ではないが」
魔力を誘蛾灯みたいに使っているのか。
「また、魔物のいる土地に魔力を注ぐという行為は魔物を強大化、あるいは活性化させるのだが、それをしないと、この場合は旧アルビオン領の『外』へ魔力を求めて移動してしまう。人の多くいる所、特に貴族が管理する町や村は多くの魔力があるから狙われ易い」
「そして、魔物は人が引いた境界線など気付きもしないが、地形の影響は受ける」
そう言ってギルマスはまたシオリスの地図を示す。
「南は大山脈に、西は大渓谷によって遮られているので、『旧シオリス領』側にはあまり魔物は流れてこない。無論、皆無ではないし、飛行種は大渓谷の上を超えてやってくるがね。陸の魔物が主に移動する方向は……」
地図上の旧アルビオン西領から左へ1本、そして「左斜め下」へもう1本大きな矢印を描く。その先にあるのは……
「ソード領?」
「そうだ。本来はシオリスが適度に『間引き』して数を減らすか、魔力を補充して魔物を管理しなければならないのだが、それができていないので、魔力を取り込んで強大化した魔物の一部がソード領に流れ込んでいる」
「迷惑してるんだね」
「その魔物によって生じた被害は迷惑などというレベルではないが」
それはそうだろうな。と、いう事は。
「もしかして、シオリスとソードの仲が悪いのは」
「あぁ。毎年のように『遺憾の意』が届いているそうだ」
うむ。大体シオリスが悪いね。というか遺憾の意、だけなのか?
「シオリスも別に手を抜いていた訳ではない。魔物を旧アルビオン領内に留めておかねば自分達も危ういのだから。むしろ、できる限り魔力を注いではいたのだが、いかんせん量が全く足りておらず、多くの魔力を旧アルビオン領の為に費やしてしまうので、他の、例えば領内の開発等に使える魔力が限られてしまい、それが自領の貴族の数を増やせない一因にもなった」
「えーと、開拓が進まないから人の数も増えない、という意味?」
「貴族も平民と同じだ。食べなければ生きていく事はできない。農作物の生産量が増えないのに人だけが増えていく筈もない。更に、貴族の場合は仕事先の数も増やさなければ数は増えない。そして貴族の数が増えないから、魔力も増えないのだ」
「負のスパイラル」ってやつですね、わかります。
「もう諦めて、旧アルビオン領を返上したらいいんじゃないの?」
「それは自分から『自分には領主としての力がありません』と言っているに等しい行為なので、責任を認めた、とみなされて処刑されるだろう」
「えぇー……」
「何としても現状を打破しなければならない。できなければ粛清は不可避だ。そう焦った先代領主は自分達にとって不利な旧アルビオン領内ではなく、その外に魔物を引き寄せて倒そうと考えた。ドラゴンを倒して素材を得るというその試みが失敗したのは君も知っての通り」
「その、旧アルビオン領内では不利、というのは?」
「魔物の数が非常に多いので、魔物を討伐している最中に、『その魔物ごと』他の魔物に襲われる事もあるそうだ」
「……そんな事がドラゴンと戦っている最中にもありうるの?」
ドラゴンを恐れて他の魔物は近付いてこないんじゃないか?
「あぁ。他のドラゴンやマザー級の魔物が『両方に』襲い掛かってくる可能性すらある」
「……確認するけど、『両方が』じゃなくて『両方に』なの?」
「そうだ」
漁夫の利とかじゃなくて、単に両方を同時に獲物とみなして襲ってくるのか?
ちょっとデンジャーゾーン過ぎませんかね……
「ドラゴンの討伐に失敗して騎士団が壊滅した責任を先代に取らせて引退させても、領としての王に対する責任が消える訳ではない。シオリスの領主一族には領主としての能力が欠けていると断じられて粛清されるのも最早時間の問題……というところで、その窮地を救ったのが君だ」
ようやく話が戻ってきた。長かったねー。
しかし、話の流れからいって「救った」というのは開拓の件ではなく(まだ1㎜も開拓してないし)俺が領内で魔物を倒している件だろう? とすると、
「ドラゴンを倒したから? それとも、大蟹の方?」
どっちだ? あるいは両方か。
「いや? 『飛行型ヒュドラ』を倒したから、だ」
「えっ、そっち!?」
何でやねーん! (何回目だ?)




