ギルドマスターの長い話
「今、シオリスの貴族社会では魔法学院、通称『貴族院』を卒業後就職できない、もしくはしない子供達の存在が問題になっている」
「いきなり何の話?」
「失業、正確には未就業、の話だ」
「魔力の話は?」
「まさしく魔力の話だよ」
「えー……」
全然分からない。どういう事?
「就職できない主な原因は、経済の規模が縮小して仕事そのものが減っているからだ。つまり、不景気なのだが、分かるかね?」
「……いや、そんな事言われても……仕事が減っているから働き口も減っているという話?」
「そうだ」
そうだ、と言われましても。何で急にこんな話に?
「貴族の仕事は大きく分けると、『文官』『技官』『武官』『その他』の4種類になる。現在は武官以外の職にほとんど空きが無くて、就職できないから働けない、もしくは働かない。それが社会問題になっているのだ」
いるのだ、とか言われても。
「武官って、もしかして騎士の事?」
「そうだ」
「なら空きがたっぷりあるのだから、騎士になればいいんじゃないの?」
「騎士は誰でもなれる訳じゃない。能力や適性、いわゆる向き不向きがある。魔法使いが全て戦いに向いていると思っているのなら、それは間違いだ」
「そうですか」
確かに戦いに向いていない、ってやつも中にはいるかもな。
「強力な魔力を持たない下級貴族は縁故、いわゆるコネが無いと就職する事が困難で、家で親に養われているケースが多い。つまり領地に貢献していない、という訳だ」
「そうですか」
それはもしかして、「引きこもり」のようなものでは?
異世界でもいるのか、そんなやつ。
「これは領主にとっては『年金問題』でもあり、頭の痛い事なのだ」
「そう……何だって?」
空耳かな? 今、「年金」って言わなかったか?
「年金ってもしかして、現役を引退してから貰うアレの事?」
「『年金』は爵位に対して支払われるものだから、爵位を得た時から支給される。そして貴族社会では魔法学院を卒業すると『准爵』の位を授けられる」
卒業してすぐに年金が貰えるのか。羨ましい……
「年金って年間でいくらぐらい?」
「最初は金貨20枚からだ」
200万……微妙な額だ。それだけで食べていくのは……「貴族」の場合はどうなんだろう? 少ないかも?
「働かない、つまり領地に対して何の貢献もしていないのに年金を受け取っている貴族がいるという事だ。しかもその数は年々増えていて領の財政を圧迫している」
「それなら年金の支給額を減らすか、いっそ無くせばいいんじゃ?」
「それはできない。年金を支払う事は領主の義務だ」
「領主? 王じゃなくて?」
「貴爵以上の位は王が与えるのでその年金も王が負担するのだが、准爵を与えるのは領主だ。よってその年金も領主が支払わなければならない。年金を十分に支払う事ができない場合、その領主は領地運営が上手くできないのか? と王からの評価が下がる」
「そうなんだ……」
何だろう、この話。魔法で魔物を倒すような世界にいるのに、未就業に年金に財政問題? 異世界という感じがしない……
次は何だ? 介護問題か? 高齢化社会問題か? 何であれ……
「それって、私にどういう関係があるの?」
「領主や上位貴族は既に多くの魔力を領地運営の為に使っているので余裕が無い。下級貴族の魔力では村の開拓も、その後の維持も難易度が高い。大人数を集めればできなくはないのだが、その場合当然ながら1人当たりの取り分が少なくなるので労力のわりに益が少ないと、特に若い世代はやりたがらない」
領主が命令してやらせればいいのに。
「君には大きな魔力があるだろう? その魔力で多くの村を作れば、同時に多くの『働き口』ができる。1つの村に代官とその補佐をする文官や技官が6~8人必要だ。村を100作れば600~800人分の雇用が生まれる。新たに村が増えれば既存の村への経済波及効果も期待できるし、全体の税収も増えるだろう。領主にとってはありがたい話だ。私個人としてもこの話はぜひ受けて欲しい」
100って……多過ぎないか?
「領主の思惑は理解したけど、なぜギルマスが勧めるの? 領主の部下だから?」
「いや? 私は領主の部下ではないよ。そもそもハンターギルドは貴族の管理下にはない、独立した組織だ。貴族とは協力関係にあると言えるだろう」
「協力?」
「例えば、貴族は低レベルの魔物の討伐は基本的にはしない。他に討伐すべき魔物がたくさんいて手が回らないからだ。ハンターが『その他』の魔物を狩っているのは自分達の為であって別に貴族の為ではないが、結果としてそれは貴族の利益にかなっている」
頼まれてないけど勝手に下請けしている、みたいな?
「貴族は自分達の利益に繋がる存在を協力関係にあるとみなして、便宜を図る事がある。討伐の報奨金が出る場合、その出所は貴族だ」
「そうなんだ。それは分かったけど……部下ではないのなら、ではなぜ?」
「雇用が増えるのは貴族だけの話ではなく、平民もだ。村1か所あたり数百~数千の人間が必要になるのだから。ところで、君が助けた若いハンター達についてどう思う?」
「いきなり話が飛んでない!? 何で今そんな話をするの?」
「ハンターに向いているように思うかね?」
「……それは」
血塗れで死にかけていた若いハンター達の姿が脳裏に浮かぶ。
だが、向いていなくても頑張ってやっていくしかないんじゃないの?
「ハンターになるのは農村の子供が多い。農家の第2子以降は村で農地を得られなければ自力で農地を開拓するか、村を出て仕事を探す他ないが、平民にとって新規の開拓は難易度が高くリスクが大きいので、大抵は町へ仕事を探しにやって来る」
「しかし農家の子供にできる事は限られているから、実際には町へ来ても就職先が見つからない。そういう子供達は低賃金の日雇いの仕事をするか、ハンターになるしかないのだ」
「だがろくな経験も無い子供がハンター業を始めてもそうそう上手くいくものではない。毎年多くの若者が町へやって来てハンターになるが、その9割以上が3~4年で命を落としている」
「9割!?」
ほとんどじゃねーか!?
「もちろん、ハンターとして成功したいと思っている者もいるだろう。だが、彼ら彼女らの全てが好きでやっている訳ではない。他に仕事があれば、具体的には農地を得られれば、ハンターをやめるという人間は多くいると思われる」
「私では若者を取り巻く現状を変える事はできないが、君ならできる。それが君に『開拓』を引き受けて欲しい理由だ」
言いたい事は分かった。そしてギルマスの真摯な話しぶりは十分に心に響いた。
「もちろんハンターギルドマスターとしても受けて欲しい理由はある」
「ん?」
そういえばさっきは「個人として」って言っていたな? どう違うんだ?
それに気のせいかな、ギルマスが何か嬉しそう……
「高位の魔法使いによる開拓は成功する可能性が高い。失敗する方が難しいとさえ言える。そして君に雇われる人間は恐らくこれまで収入の少ない、あるいは無かったものが多くいるだろう。つまり、新たに金を持つ人間が増えるという事だ」
「そうかな?」
「金を持つ、すなわち金を使える人間が増えるという事は、ギルドにとっては客が増えるという事でもある」
「そう……かな?」
「そうなのだよ」
なんとなく分かるような気はしないでもない。
人の領域が拡大すればそれだけ討伐系など仕事の依頼も増えるだろうし、ハンターが狩った獲物の買い手の数が増えるという解釈も成り立つ。
それに、少しでも経済の規模が拡大すれば巡り巡って皆の利益になるかもしれない。
波及効果っていうやつか。
うーむ、普通に引き受けてもいいような……というか既に領主には引き受けると言っているけど……だが、何か引っかかる。何だろう?
さっきから俺のゴーストが囁いている。「何か見落としているよ」と。
何だ?
うーむ。ギルマスの話の中に何かあったような……
「君に雇われる人間」
……俺が雇う?
俺は冷めきったお茶を飲んで心を落ち着かせる事にした。そう、落ち着くんだ、俺。
「ギルマス、ちょっといいだろうか?」
「何かね?」
「さっき代官だとか文官の話をしていたよね? その人達、貴族だよね?」
「勿論そうだ」
「その人達ってどれくらいの給料を受け取るのかな?」
「正確な額は領主か専任に確認すべきだが、最初は大体、金貨40~60枚ぐらいではないか?」
最初?
「……それって、誰が負担するの? 領主?」
「いや? 君が負担するんだ。君が雇うのだから当然だろう?」
「……そうなんだ。村1か所あたり『数百~数千』の人達の、収穫が得られるまでの生活費や経費は誰が負担するの? 領主だよね? (震え声)」
「いや? 君が負担するんだ。君が雇うのだから当然だろう?」
「……そうなんだ(震え声)」
どうしよう? 体の震えが止まりませんわ。




