ギルドまでの
ジュディは仕事の話を持ってきてくれたらしい。
「そういう事にこそ通話の魔道具を使うべきでは?」
なぜわざわざ家に来る? ……袋があるという事はもしかして、
「またギルドで話をするの?」
「ええ、そうよ。領主がギルドに来ているの」
「え? 何で?」
あいつ、領主のくせに腰が軽過ぎないか? 領主ってヒマなのだろうか。
そんな訳ないよな?
「領主は以前あなたに仕事を依頼するという話をしたのだけど、覚えていないの?」
「覚えてはいるけど……」
何も言ってこないから忘れているのかと思っていたわ。
「その話よ。領主を待たせる訳にはいかないから、さぁ、早く」
袋を広げて中へ入れというジュディ。またか……仕方ない。
ところで、
「アルジェンティーナが『人化』した事はスルーなの? 結構危険な話だと思うのだけど」
「ドラゴン」のような特殊な存在ではない、「普通のウルフ」(今は普通じゃないけど)が人になっちゃったんだけど、いいのか?
「既に従魔契約をしているのだから大した問題ではないわ。ただ、人前では姿を変えない方がいいわね」
そんなものなのか。
「それより、危険な事だと思ったのならそれを『自分から』私に報告すべきではないかしら? 忘れているのかもしれないけど、私はあなたの上司なのよ?」
「……すみません」
確かに上司のジュディへの「報・連・相」は大事だな。最近ギルドの仕事をしてないからうっかりしていたわ。
「彼女との従魔契約も本来報告すべきなのだけど、どうせ隠密が知らせるから、と思っていたのではないの?」
「その通りです」
実際既に知ってるし。
「そういう事にこそ通話の魔道具を使うべきなのよ?」
「……はい」
ぐうの音も出ない、とはこの事か。
リビングにいたビアンカにギルドへ出かける、と伝えて袋の中へ入ろうとすると、なぜかアルジェンティーナも一緒に入ろうとする。
ちょっ!? 待てよ! 2人も入れないから! というか、なぜ入ろうとする!?
(外へ出るのは狩りですか? 狩りですか?)
「出かける」って言ったからか!? ちょっ? ぐいぐい入ってこようとしないで!
(出かけるけど狩りじゃない! お留守番していて?)
(おるすばんって何ですか?)
ダメだこりゃ。そして、ついてきたシルヴィアまで袋に入ろうとしている!
これは遊びじゃないから! エクレール!
(何?)
(アルに『お留守番』の意味を教えて、一緒に家にいて!)
(分かった)
エクレールはアルジェンティーナの両脇に手を入れて、ぐいっ、と持ち上げると、そのままリビングへと運んで行った。
ほとんど同じ体格なのに、どこか「親猫に首をくわえられて運ばれる子猫」を連想させるな……
シルヴィアには普通に仕事だと説明するだけで済んだ。
「……幼女率が高いわね」
そうですねー。
ジュディに担がれてギルドへ向かう。
前回は小脇に抱えられていたのに、今回は「米俵」のように肩に担がれている。(しかも仰向け)
幼女の尊厳はどこへ……
「ジュディ、ちょっといいかな?」
「声を出さないで。何の為に袋に入っていると思っているの?」
「……小さな声で話せば大丈夫じゃない?」
「その場合、私が『独り言を言いながら歩いている変な女』と思われるわ」
ジュディはそんな事気にしないタイプかと思っていたわ。
「何か失礼な事考えてないかしら?」
「いえ別に」
しばらくするとジュディが小さな声で喋り出した。
「今ならいいわよ」
「何で?」
「近くに人がいないから」
俺も小さな声で話す。
「気になっていたのだけど、まだ新しい制服に変わってないの?」
「来月」から導入予定、と言ってたと思うのだが、もうとっくに月が変わっているのに、ジュディは相変わらず「旧型」の制服を着ている。
「……それは今聞く必要があるのかしら?」
「気になったので」
「……外回りの職員はもう着用しているわ。内勤が多い人間はまちまちね」
「外回り?」
営業の事か? ……ハンターギルドに営業なんてあるのか?
「巡回の事よ。主に騎士が見回りしない地域をギルドの職員が回って、異常な事が起きていないか、あるいはハンターの活動の様子を見たりするの」
「へー」
そんな事しているのか……そういえば、マーヴィンのギルマスもそんな事を言っていたような気がする。あれは哨戒だったか? 同じ意味だよな、たぶん。
「それは分かったけど、なぜ一斉に切り替わらないの?」
「新型の制服は少し重くて動き難いと感じる人が多いのよ。防御力が上がっているのは間違いないから、外回りの多い人は全員新型に移行しているけど、内勤の場合は旧型でもいいと考えている人が多いわ」
「ジュディもそうなの?」
「ええ、新型はちょっと固く感じるのよ」
「へぇ」
俺はもう慣れたけど、気にする人もいるんだな。
……新型を着ているのが「俺1人だけ」ではないのならいいだろう。俺だけ違うのを着ていて、ちゃんとギルド職員と認識されるのかと気になっていたんだよな。
「……あなたにはまだお礼を言ってなかったわね」
急にジュディが神妙な声で何か言い出した。
「お礼? 何の?」
「ハンター達を助けてくれた件よ。ありがとう」
「どういたしまして。……それはギルドの人間がお礼を言う事なの?」
「ハンターは『自己責任』だから、別にギルドの人間がお礼を言う事ではないかもしれないわ。でも、ハンター達が簡単に死んでしまう事に対して何も思っていない訳ではないの」
「助けられるものなら助けたいのだけど、ハンターの方が圧倒的に数が多いから、正直手が回らないのよ」
何だか自嘲気味な声。
「低ランク」だけでも1000人もいて、それぞれバラバラに活動しているのだから、そりゃ無理だろうな。
「ギルドにできる事は限られている?」
「そうね。巡回だけでカバーできるものでもないし、実際のところは初心者講習をしたり、危険な地域に関する注意喚起をするぐらいがせいぜいね」
まぁ、しょうがないね。
「あなたには今後もできる範囲でいいので、ハンター達の事を気に掛けてくれると嬉しいわ」
「まぁ、できる範囲でいいなら」
「よろしくね」
「気にする」程度ならいいだろう。ところで、
「そんな幼女に対して、もう少し気を使ってくれてもいいのではないだろうか?」
「……具体的には?」
「運び方を変えて欲しいのですが」
そろそろ、背中が痛くなっているのだが。
「前向きに善処するわ」
「今すぐ善処して!?」
ちょっと持ち方を変えるだけじゃん!
(主)
む? エクレール? 唐突だな。どうしたの?
(シルヴィアがぐずっている)
(……何だって?)
(アルがいない、と)
(え? 一緒にお留守番しているんじゃないの?)
(している)
(……ではなぜ?)
(シルヴィアはアルジェンティーナの『人型』と『ウルフ型』を別の個体と認識していた)
(……つまり?)
(『狼』のアルに会いたい、と言っているがアルジェンティーナは主の指示だから戻らない、と。シルヴィアには理解できない)
むぅ……シルヴィアがすぐに幼女アルジェンティーナを受け入れたから、順応性が高いなー、と思ったのだが、そんな事はなかったようだ。
同一人物、いや、同一の個体と認識していなかったとは。
幼女には難易度が高かったか?
……? 今の言い方、
(えっと、『主の指示だから戻らない』? その言い方だと、戻る事が可能なように聞こえるけど)
(戻れる)
(え、マジで? アル? 戻れるのなら戻っていいのだけど)
返事が無い。あれ? アルジェンティーナとは繋がらないな?
(分かった)
代わりにエクレールが答えた。
あっさり答えているけど、どうも「人化」について意思の疎通が足りていなかったような?
もう少し詳しく聞いておいた方がよかったな。
帰ったら話を……あっ!?
(ちょっと待って!? 戻る時にエクスヒールが必要なんじゃないの!?)
また苦しむんじゃないか!?
(もう戻った。必要無い)
(早いな!?)
何で必要無いんだよ? 「戻る」場合はいらないのか? よく分からんな……
(えっと、アルジェンティーナとシルヴィアの様子はどう?)
(問題無い。シルヴィアは喜んでいる)
(そう、それじゃ引き続きお留守番していてね)
(分かった)
背中の痛みにヒールをかけたけど、これって外から光って見えなかったのかな? ジュディは何も言わなかったから、たぶん問題無いのだろう……
袋から出されたらいつもの小部屋の中で、領主が目の前にいた。
またギルドの制服(旧型)を着ている。お忍びのつもりなんだろうな。
「久しいな、セシリア」
袋から幼女が「取り出されて」いるのに、眉一つ動かさない。少しは驚けよ。
「領主様におかれましては、ご尊顔を拝し恐悦至極に存じ奉り……」
「そのような挨拶は不要だ。普通に話せ。何の為の防諜結界だ?」
せっかく気を使ったのに! ……では遠慮無く。
「仕事の依頼と聞いたのだけど」
「そうだ。以前話したな? 其方には領地の再開発事業に協力してもらいたい」
「再開発?」
「開拓」じゃなかったか?




