ギルドでピンチ!
『バレット』もしくは『ブレット』。
『弾』の英語の発音は『ブレット』の方が近いけど、『バレット』の方が何となく格好いい気がするから俺も『ストーンバレット』って言ってるんだよな。
まぁ、バレットでもブレットでも、どっちでも弾は飛ぶんだけど。
「治療魔法?」
今、受付嬢は治療魔法と言ったよな? 聞き間違いか? 治癒魔法の事?
「ええ。体が光っていたわ。どうして惚けるの? もしかして、隠していたの? だとしたら手遅れよ? 今の光、何人も見ていた人がいるわ」
いや、惚けたつもりじゃないんだが。
「私はこの子と奥で話をするから、後はお願いね」
他の受付嬢に声をかけて、俺を小荷物のように脇に抱えて連行する女。
ぎゅうぎゅうと俺の腹を締め付ける! おいやめろ!
HP 38/40
今回復させたばかりなのに!
ロビーの奥、通路の先に小部屋があった。部屋の中はソファーセットとキャビネットが置いてあるだけ。他に何も無いな。
部屋に入ると受付嬢がお茶を入れてくれる。
「ではお話をしましょう。早速だけどあなた、ここで働いてみない?」
どこか冷たい雰囲気をもつ美人受付嬢がいきなり勧誘してきた。あやしい。何でだよ。
「お断りします」
「そう言わずに。私の話を聞いた方があなたの身の為よ?」
脅しか! 脅しなのか? 何でやねん!
「治療魔法使いは希少でしょう? あなたのような小さな子が魔法使いなんて信じられないけど、実際に使っていたし、見ていた人も多いわ」
「だから何?」
「だから、自分の身を守る事もできなさそうな小さな子が貴重な治療魔法使いだと知られたら、拉致してでも手に入れようとする輩がいてもおかしくない、という事よ」
何それ怖い。
「それとここで働く事に何の関係が?」
「ここの職員になればギルドで守ってあげられるわ。もっとも、ギルド職員に手を出してギルドを敵にまわそうとする馬鹿は滅多にいないけど」
なるほど。意味はわかる。わかるが、それなら警察に駆け込んで保護を頼むという手も……あ、無いんだっけ? ジュディに聞いてもやはり警察に相当する全国組織は無いという。大きな町なら衛士隊。村なら自警団という話だった。その衛士隊も一時的ならともかく、長期の保護なんてしないとの事。孤児院みたいな『施設』はあるらしいが、それはちょっと違うというか……。
「今うちの治療魔法使いが産休に入っていていないの。彼女が復帰するまでここで働いてみない? 稼げるわよ?」
「詳しく」
「そうね、ヒール1回で銀貨2枚でどう? ギルドと折半よ」
テラ銭5割! ぼったくり過ぎぃ! ヤのつく人だってもっと控えめじゃね?
「半分はそうね、護衛料みたいなものかな?」
みかじめ料じゃね?。
「このまま出て行ったらきっとあなた、待ち構えている連中に連れて行かれるわよ? ハンターは体が資本なんだし、パーティーに治療魔法使いを加える事ができたら生き延びる可能性が凄く違ってくるもの」
マジかよ危ういな! 幼女危ういよ幼女。早口言葉か。
「悪い事は言わないわ。とりあえずギルド職員として雇ったと言えば、あなたに手を出してくるやつはいないから。仕事の内容についてはまた後でゆっくり話しましょう」
チンピラ程度なら魔法で退けるのは容易いだろうが、もっと強いやつ相手だと身を守れないかもしれない。職員になる=ギルドの庇護下に入る、か。悪くない考えだ。
『セシリア』の身元については……ジュディに相談してみる? でも、今から雇ってもらう職場の人間に『自分の身元がわからない』みたいな話はしない方がいいよな? 別に今すぐわからないと困るという訳でもないし、当分先送りでいいか。後は……あ、そうだ。チンピラといえば、
「絡んできたあいつは治療しなくていいの?」
結構な勢いで叩きつけられていたんだが。手当しなくていいのか?
「あぁ、ジュガンね。あれぐらい平気よ」
ジュガンだと! 何か格好いい名前じゃないか! 受付嬢にふっ飛ばされるような雑魚なのに!
「申し遅れていたわ、私はジュディよ。よろしくね」
「俺はセシリア。ジュディとジュガンって名前の響きが似てるね」
「あぁ、あいつは弟なのよ」
弟だと! 弟にあんな凶悪なキックをかましたのか!?
「ああ見えて『Cランク』なのよ。それに『身体強化』もあるから」
「Cランク? 身体強化って何?」
「そんな話より、ロビーに戻ってあなたが『ギルド職員になった』と言っておきましょう。すぐにハンター達に知れ渡るわ。ここにいない人達にもね」
説明する気は無さげ。Cランクはハンターのランクか? 全部でいくつランクがあるのかな? 身体強化は体を強くするっていう、そのままの意味かな。
ロビーに戻る。そういえば狼はどこいった? あいつ、ついて来なかったぞ?
「かわいいわね!」
「ふさふさよ!」
「私も触りたい!」
狼は女性達に囲まれてチヤホヤされていた。尻尾がゆったりと揺れている。少しは俺の事気にしろよ。
「さっきは悪かったな。ちょっと小遣い稼ぎをしようと思っただけなんだ」
ロビーでジュディが俺をギルド職員として雇ったと宣言した後、ジュガンがやって来て言い訳を始めた。
お前の言う小遣い稼ぎとはカツアゲの事か?
「ちゃんと教えるつもりだったんだぜ? 俺は結構物知りなんだ。ちつじょの意味も知っているんだぜ? エロい女の事さ」
知ってねぇよ。お前には頼まないわ。
「あなたなんかに回す仕事じゃないわよ。あなたはドラゴンにでも突っ込んでいけばいいのよ」
「ドラゴンはちょっときついぜ」
ドラゴンいるのかドラゴン! さすがファンタジー!
そして「ちょっと」なのかジュガン? 姉ちゃんにぶっ飛ばされているのに!
「さあ、これでいいわ。さっきの部屋で話の続きをしましょう」
また小部屋に戻る。
「わざわざ戻る必要があるの? ロビーでもいいんじゃね?」
「この部屋には防諜結界があるのよ。ここで話した事は外に洩れる事はないわ」
結界! さすがファンタジー! さすふぁん!
「絶対に誰にも話さないと約束するから、あなたのステータスを教えてくれないかしら? レベルとMPの値だけでもいいわ」
「どうして?」
「あなたがどの程度の治療魔法を何回使えるのか把握しておきたいのよ」
まぁいいか。
「レベルは4、魔法レベルは2」
「4……」
何だその悲しいものを見るような目は。
「治療魔法のレベルは2なのね。悪くないわ」
慈母のような顔をするのはやめろ!
「……MPは80」
「80……えっ?」
何だよ。
「80なの?」
「そうだよ」
「本当に? レベル4なのに?」
「そうだけど」
何かおかしいのか?
「そう……わかったわ。一度魔法の腕前を見せてもらってもいいかしら?」
「どうやって?」
「こうよ」
ジュディはおもむろにナイフを取り出すと、自分の左腕を切り裂いた!
ビシャッ!
飛び散る鮮血!
「いきなり何してんの!? ヒール!」
ぽやん。
ぼんやり光ってすぐに塞がる傷。無茶しやがって!
「……いい腕ね。悪くないわ」
お前は頭悪くないか?
「明日から働けるかしら? すぐにあなたが働ける環境を用意するから、お願いしたいのだけど」
平然と話をつづけるジュディ。何か怖いわ。
「……いいっすよ」
こいつに逆らってはいけない。俺のゴーストが囁いているわ。
狼と一緒にギルドを出る。ジュディもついてくる。
「ギルドに泊まってもいいのよ? 安全だし。信用できる宿を紹介する事もできるわ」
「外で寝泊りするのに慣れているので。町中で野営はダメなのか?」
「路上はダメよ。でも、そうね……」
ジュディが案内してくれたのはギルドからほど近い距離にある、ちょっとした広場みたいな所。誰もいない。
「ここならいいけど、どうするの?」
「こうする」
土魔法で地面に穴を開けて寝床の準備をする。藁は出さない。
竈に石板。いつもの下準備。ステーキを焼こう! 塩も手に入ったし!
肉を焼き始めると、それまで黙っていたジュディが近寄ってきた。帰らないのか?
「いい匂いね、ご相伴に預かってもいいかしら?」
こんな幼女に集るとは、鬼畜か! このボロい服が目に入らぬか! パリッとした制服着やがって! 胸元がはちきれそう!
「……どれぐらい焼く?」
「3枚欲しいわ」
焼き加減を聞いたんだが。どのぐらい、と聞くべきだった。
そして全く遠慮しない女! いっそ清々しい!
狼にも3枚。俺は1枚でお腹いっぱいだ。
食事が終わるとジュディは帰っていった。
穴の底に藁を敷き詰めて……今日は狼と一緒に寝た方がいいな。
「ここは町だから、お前が外で寝ていたら通報されるかもしれない。中に入りな」
狼に声をかける。
狼は俺をじっと見た後、するりと穴の中に入ってきた。
石板で穴に蓋をして、藁の上で横になる。隣でうつ伏せになっている狼のふさふさした毛並みが心地良い。
わしわしわし。背中と腹をわしわしする。わしわし。
明日は仕事をした後、じっくりと町を見て回ろう。
おやすみ。