幼女は引きこもり
俺は今、家に引きこもっている。
働く気を無くした訳ではない。
焼肉パーティーを終えてすぐにシオリスの町に帰還した。
森で救出したハンター達もついでに土ゴーレムに乗せてやったのだが、こいつらに口止めするのを失念していた。
いや実際には思い付かなかったと言うべきか。
サポートした事と武器の件だ。
ギルドで「蟹」を買い取ってもらい、各パーティーにその金を分配した。ここまではよかった。
問題はその後それぞれのパーティーメンバーがその金で新しくて素敵な防具や装備類を買って着用し始めた時に起こった。
「低ランクハンター」がランクに見合わない装備を身に着けて、しかも高性能な(そう見えるらしい)武器を持っていると、当然他のハンター、特に同じ低ランクハンターに「それはどうしたんだ?」と聞かれる。
そこでやつらは「セシリアに貰った」と答えてしまった!
いや確かに、助けた事や武器を貸した事を話すなとは言わなかったけど。
結果、当然のように「俺達にも武器をくれ」だの「支援してくれ」だのと言われるようになった。
最初はまぁ、多少は支援してやってもいいかな? と思ったのだが、ふと気が付いて念の為にジュディに聞いてみた。
「ジュディ、この町のE~Gまでのいわゆる『低ランク』ハンターは何人ぐらいいるの?」
「約1000人よ」
「1000人!?」
おかしくないか?
「私はそんなに多くのハンターを見た事がないのだけど」
ギルドの中で仕事していた時に見かけたハンター達の数はせいぜい100から150人ぐらいだった。
そんなに多くない筈なんだが。
「そういえば、あなたには言ってなかったかしら? ハンターギルドはここだけでなく、西門と東門の傍にもあるのよ」
「聞いてないんですけど」
見た事すらないぞ?
「若いハンター、いわゆる低ランクは主に西か東の支部を利用しているの。それぞれ大体400から450人ね。ここを利用しているのは100人ほどかしら」
「何か理由があるの?」
そもそもこの町に3箇所もギルドがいるのか?
「元々はここ(本部)だけだったけど、ハンター達が獲物を持ち込むのにギルドが町の中央にあるのは不便だと言う声が多くて、それで門の近くに支部を作ったの」
「そして若いハンターはお金に余裕が無いから、宿代が安い壁近くの宿に泊まっている事が多いの。つまり、町の中央にある本部よりもどちらかの支部の方が自分が泊まっている所から近くて、依頼を見つけてすぐに町の外に出られるから便利、という理由で利用者が多いのよ」
「なるほど」
理由は分かったが、
「それなら私はどちらかの支部で待機していた方がよかったんじゃないの? 怪我し易いのはそういう低ランクハンターでしょう?」
「一方の支部にいると、もう一方の支部へ行くのに状況によっては少し時間がかかる事もあるわ。真ん中にある本部にいればどちらの支部にも同じ時間で移動できるから、あなたは本部にいて必要に応じて移動すればよかったの。今まではその必要が生じなかった、というだけよ」
そういうものか。ところで、
「私が森で助けたハンター達も支部を利用しているの?」
「そうね」
「本部を利用していないハンター達が私の顔を知っていたのはなぜ?」
「単にあなたの似顔絵を両支部に張り出していただけよ。新しい治療魔法使いがどんな人間か周知させる為にね」
似顔絵……指名手配犯みたいだな……
人数については分かった。
20~30人程度ならまだしも、1000人! なんて数をサポートするなんて無理だわ。
もちろん今の時点では全員から頼まれている訳ではないが、少人数で済む話だとは思えない。
これはジュディに相談だ。
俺は若いハンター達からサポートを迫られている話をする。
「という訳なんだけど、これってマズい話だと思うのだけど」
「そうね、この町の全ての『低ランク』があなたに支援を求めてくるかも知れないわね」
「やっぱり!?」
そいつはマズいわ、対応し切れない!
「どうしたらいい?」
「簡単なのはしばらく家から出ない事ね」
「……それはどうなの? 問題の解決になっていないような」
ただの引きこもりだよそれは!
「ギルドから何かできる、というものではないわ。ハンターに対して強制力があるものは限られているけど、その中に『幼女に助力を頼まないで』なんてものは無いもの」
「そりゃそうだろうけど!」
「ハンター達もいつまでもあなたに構っていられるものではないわ。依頼をこなしてお金を稼がないといけないのだから。あなたの姿を見掛けなくなれば、そのうち忘れるわよ」
「そうかなぁ……?」
そんな簡単な話ではないと思うが、かといって他に有効なアイデアがある訳でもなく。
やむを得ず、俺はしばらく引きこもる事にした。
幸い、ハンター達は幼女がどこに住んでいるかなんて知らないので、家に引きこもっていればとりあえずやつらに困らせられる事はないが……どうしたものか。
たまには家でのんびりするのも悪くないだろう。
という訳で外に出ないで、シルヴィアと遊んだりアルジェンティーナをもふもふしたりして過ごしたが、2日で飽きた。
この時間を何か有効な事に使えないものか……この間の戦いの反省をしてみよう。
何が問題なのかと言えば、土魔法における主戦力である「土槍」についてだ。
すでに分かっている事ではあるが、土槍は相手が止まっていると無類の強さを発揮するが、逆に言うと止まっていないと当て難い、もしくは当たらないというやつだ。
「マザー」の場合は当てる事自体はできたが、ほとんど刺さらずエクレールの手助けが必要だった。
刺さらなかった理由はともかく、エクレールがしてくれたように相手を抑え込む事ができれば問題はなかった。
つまり? 土槍の力を十全に発揮する為には相手を「固定」もしくは「拘束」する手段があるといい、という事だ!
これはまさに土魔法の領分なのではないだろうか? 拘束とか、なぜ今まで思い付かなかったのか!
「バインド」系なんていかにも土魔法っぽい! あるんじゃないだろうか? あると思います!
早速試す。
庭に出て2号機を標的に見立てて、その脚を盛り上がった土で拘束するイメージ! いける!
「アースバインド!」
もりもり。
イメージ通り盛り上がった土が脚の半ばまで覆い尽くす。成功だ!
拘束力はどの程度あるのだろうか? 2号機を動かしてみる。
ズボッ。
……簡単に脚が抜ける。おい、どういう事だよ?
もしかして、土ゴーレムのパワーがあり過ぎて「拘束」の魔法の力を上回ってしまうのか?
何か他のもので試すか? でも他といっても……
「ビアンカ、少し協力してもらえないかな?」
「? 何でしょう?」
ちょうどビアンカがいたので実験台になってもらう。
「今から拘束魔法を使うから自力で脱出できるか試して欲しい」
「いいですよ」
「アースバインド!」
もりもり。
ビアンカの長い脚の3分の1を土が覆う。どうだ?
「脱出できる?」
「えっと、えい!」
ずぼっ!
簡単に脚を引き抜くビアンカ。全く拘束していないように見える。
「……えっと、どう? 捕まってる感じ、したかな?」
「いいえ、全く」
「ですよねー」
おい、どういう事だよ。大失敗じゃねーか。
魔法がここまでダメだったのは初めて……じゃないか。前に「動かないボート」作ったな。あれ以来か。
ぐぬぬ、何という事でしょう! 何がいけないのか。
単に土が盛り上がっているだけ、なのがダメなのか? もっと具体的な形、例えば「鎖」のような物じゃないとダメだとか。何かそんな気がしてきた。
今度は鎖をイメージ。
地面から頑丈な鎖が標的に向かって射出されて、ぐるぐる巻きで拘束する感じで。
いけそうだ。
再び2号機を対象に魔法を行使する。
「アースチェイン!」
ズシャッ!
地面から飛び出してきた「鎖」が2号機に向かって……
ドカッ!
2号機にぶち当たってふっ飛ばしている! ……何やねん、それ!?
ゴロゴロと転がっていく2号機。いや、そういうんじゃない。求めているのはそれじゃない。
……2号機を標的と意識し過ぎたのだろうか? 直接ではなく、もう少し頭の上の方から巻き付くようなイメージで……
「もう一度、アースチェイン!」
ズシャッ!
今度は2号機をぶっ飛ばす事なくちゃんと上の方へ飛んでいって……そのまま延びきって力尽きたように2号機の頭の上に落ちた。……本当に、どういう事なのか。
何度試してもダメ。……ここは一つ、冷静になって考えてみようじゃないか。
今までの土魔法を思い返してみると、土ゴーレム以外で能動的に、自在に動く魔法は無かった。
強いて言えば「石弾」がそれに該当するが、あれも俺は狙っているだけで、その後標的に向かって弾を動かしているのは魔法であって俺ではない。
この「土鎖」の飛び出してくる動きも土槍や土壁に雰囲気が似ているのだが、それはつまり、この「土鎖」も一旦発動した後は能動的に動かす事はできない、という事なのではないだろうか? どうもそんな気がする。
これも一種の「ゴーレム縛り」なのでは?
……何という事でしょう、上手くいくと思ったのに!
ガッカリして鎖の先を見ると、鎖の一方は地面に「固定」されている、という事に気が付いた。
これは、もしかして?
土ゴーレムで鎖を手にとって引っ張ってみる。ぐいぐい。全く動かない。
2号機を9体追加して計10体で引っ張ってみる。ぐいぐいぐい。……全く動かない。
これは使えるかもしれない。
再び2号機を標的にして、今度は土ゴーレム達を使って土の鎖を巻き付けていく。
ぐるぐるがっちりと巻き付けて5体の土ゴーレムで鎖を全力で引っ張ってやる。
そして「拘束」された2号機の脱出を試みる……全く動けない。うむ。
一応「拘束」はできたな。……何という事でしょう、「拘束魔法」が「手動式」だったなんて!
これ、実戦で使えるかな? 使える訳ないわ。
ぐるぐる巻きにされるのを大人しく待っている魔物や獣がいるわけない。
拘束魔法は失敗だ。はぁ。
ガッカリしているとリディアに呼ばれた。
「セシリアさん、お客様が来ています」
「客? 誰?」
俺に客なんて……
「ハンターギルドのサブマスターです」
「ジュディ?」
何しに来たんだろう?




