町に着いたのでギルドに行ってみる
どーーん。
今、俺達の前には巨大な「壁」がそびえ立っている。どーーん。
プラス村から歩いて3日。ようやく旅の目的地、シオリスの町に到着した。
シオリスに近付くにつれて街道には他の道が何本も合流するようになり、だんだん道を行く人の姿も見かけるようになった。
さすがに真夜中にはいないが、朝方や夕方にはシオリスの町へ農作物を運んでいると思われる荷車や、町の方からやってくる旅人など。
街道でそれらの人達とすれ違ったり追い抜かれたりするが、みんな狼を見てぎょっとしたり、不思議そうな顔をしたりする。人気者だな、狼!
……『ビーストテイマー』とか言ってたな。使い魔じゃないと町に入れない、という事はあるだろうか?
村では入れたが、今思えばあれは俺にテイマー的な能力があると期待したのではないか?
俺に(正確には狼に)ファングボアを追い払ってもらう事を期待していたのかもしれない。
だが大きな町なら害獣に対応する人材なり、それこそ本職のテイマーがいてもおかしくないし、ただの獣(あるいは魔物)を簡単には入れてくれないかもしれない。
仮に入れなかったとして、こいつは大人しく町の外で待っていてくれるだろうか?
こいつに知性があり、言葉をある程度理解しているのは確実だが、言う事を聞くとなるとまた別の話だ。
そもそもこいつは仲間であって、対等な関係なのだ。
町に入れなかったらどうするかな?
ここまで来て引き返す、というのは悔しいが、一緒に入れない場合はプラス村まで戻って代わりに誰かに買い物を頼む、という手もあるな。
手数料を払えば引き受けてくれる人がいるかもしれない。(お代は干し肉で)
そんな訳で到着したシオリスの町だが、山と山の狭間に作られた巨大な壁が俺達を迎えてくれていた。
これ町なのか? 砦とか、要塞じゃねーの? どんだけ高いんだよ、この壁! 見上げる首が痛くなるわ!
こいつら何と戦っているんだよ? 魔物か? これほどの壁を必要とする、そんな脅威が存在するのか。
これがこの世界の普通なのか? プラス村とはずいぶん違うな。
壁には一箇所だけ門が設けられていて、人が行き交っている。
両脇には2人づつ衛兵らしき男が立っているが、特にチェックはしていないように見える。
いけるか? 何食わぬ顔で門に入ろうとする俺達。
「おいっ、そこの子供! 止まれ!」
止められた! 何でだよ? 皆素通りさせてるのに!
「何ですか?」
「狼を連れて入ってくるな! テイマーじゃないだろう!」
「そうだけど、どうしてわかるんだ?」
「お前みたいな子供がテイマーな訳ないだろう!」
そうなのか。
「こっちへ来い!」
詰め所に連行されました。
殺風景な詰め所の中で尋問されている幼女、それは俺。目の前にいるのは厳めしい顔の中年男性。
「名前は? どこから来た? ここへ来た目的は? なぜ狼を連れている?」
「名前はセシリア。遠い村から来ました。目的は主に買い物で、狼は旅の仲間です」
「ふむ……その狼は人を襲うのか?」
「襲った事は無いです」
「よし、わかった」
「……えっ?」
わかっちゃったの? 何で?
「えっと、おしまい?」
「あぁ、もう行っていいぞ」
何でやねん! 俺が言うのもおかしいけど!
「えっと、何で?」
「私は『真贋スキル』を持っているから、お前が本当の事を言っているとわかる」
真贋スキル……嘘を見破るってやつ? 何それ格好良い!
「じゃあ狼と一緒でいいんですね?」
「あぁ。だが今後その狼が人に危害を加える等何らかの問題を起こした場合、お前が罪に問われる事になる」
「わかりました」
こいつが理由もなく人を襲うようなやつならもうとっくに襲っている筈なので大丈夫だと思うが、もしそんな事があれば、俺が責任を取らなければならないだろう。土魔法で。
詰め所を出て町に入る。そういえば、町へ入るのに金は必要無かったな。
壁の内側は中世の町並み、という感じ。
建物は見える範囲では全て3階建てで、レンガや石ではなく木造みたいだ。
木造で3階建てって結構技術レベル高いんじゃないの? 何か魔法的なものかな?
町の中は清潔で嫌な臭いもしない。文化レベル高いな。
人も大勢いて賑わっている。身なりは差が大きい。
上等な服を着た人もいれば、簡素な服で俺のように裸足の人間も少なくない。
なかなか心躍る風景じゃないか。じっくり観察したいところだが、まずは金策だ。
干し肉を買い取ってくれる所を探さねば。また雑貨屋でいいかな? 誰かに聞いてみるか。
狼を連れて歩いているのに誰も俺達に関心を払わない。街道での反応と違う。面倒が無くていいけど。
町の中にいるからか? 門番によるチェックが信頼されているのか。
道沿いの建物の1階には店舗が入っているようだが、窓(ガラスだ!)はあってもショーウィンドウのような物は無いので外からだと何屋かわからない所が多い。
看板はあるけど字が読めないし、ここは識字率が高いのか?
道をまっすぐ進むと円形の『中央広場』みたいな所に出た。
周囲には屋台がたくさんある。屋台の兄ちゃんに聞いてみるか。
甘い匂いのする屋台に近付くと、ゴツい兄ちゃんがクレープっぽいものを作っていた。
「こんにちは。ちょっといいですか?」
「らっしゃい! 何にしますか?」
「すみません。客じゃなくて、教えてもらいたい事があるんです」
「あ? 何だよ?」
ガラリと態度が変わる兄ちゃん。いっそ清々しい!
「干し肉を売りたいんですが、どこで買い取ってもらえますかね?」
「干し肉? 雑貨屋じゃね?」
やはり雑貨屋。
「肉屋では買取はしてもらえないですか?」
「肉屋は自分の所で作っているんじゃないか?」
「なるほど」
そうかもしれない。
「教えてくれてありがとうございます」
「おう、金ができたら食べに来てくれよ」
「はい。この辺に雑貨屋はありますか?」
「この道をまっすぐ行ってすぐ左にあるぞ。赤い看板が目印だ」
「ありがとう」
赤い看板の店はすぐ近くにあった。字は読めないが他に赤い看板は見当たらないし、ここであっている筈だ。狼と一緒に中に入る。
店の中はカウンターと……カウンターの奥に棚と商品らしき物。直接品を見れないのか?
「こんにちはー。ここは雑貨屋ですか?」
「そうだよ。何の用だ?」
カウンターの奥にいる若い店員がぞんざいな態度で応対してくる。
「干し肉を買い取ってもらいたいんです」
「買取はやってるけど、出来次第だ。見せてみな」
袋から取り出した干し肉を薄く切って差し出す。味見する店員。
「……これなら買い取ってもいいが、何で塩も香辛料も使ってないんだ?」
「無かったので」
「じゃあ、これはどうやって作ったんだ?」
「水魔法で」
「水魔法?」
「水魔法はこんな感じ」
ふよん。
水球を披露する。
「魔法! あんた、魔法使い様なのか!」
ふよふよ浮かぶ水球を見て目を大きく見開いて驚愕する店員。水球1つでそこまで驚くのか。
「ええ」
「……驚いた。こんな小さな子が魔法使い様だなんて。そういうのは『お貴族様』だけの話だと思っていたよ」
「お貴族様? 貴族なんているの?」
「そりゃいるさ。……お貴族様を知らないのか?」
「田舎育ちなので」
「田舎にもほどがあるだろう。そんな所があるのか」
田舎どころか廃村ですが。
「まぁいい。どれだけある? いや、ありますか?」
狼がたくさん食べたからだいぶ減ったけど、それでもまだ50㎏はあると思う。魔法袋の中の干し肉を全部出す。
「……金貨3枚と銀貨5枚でいかがでしょうか?」
態度を一変させた店員。魔法使いは偉いのか? 金額が妥当かどうかはよくわからないが、とりあえずこれでいいか。お金の価値はいろいろ買い物をすればそのうちわかるだろう。
「お願いします」
金を受け取る。金貨も銀貨も500円硬貨と同じぐらいの大きさで、少し重い。
文字か数字かよくわからない刻印が入っている。当然読めない。
「塩ありますか? 銀貨1枚分くらい」
「こちらになります」
プラス村で交換したのと同じような岩塩だ。2㎏ぐらいか? 今受け取ったばかりの銀貨で代金を払う。
「ありがとうございました」
店を出る。これで資金ができた。まずは食材を買いに……その前に、さっきの屋台で軽く食べるか。
「らっしゃい! おう、干し肉は売れたのか?」
「おかげさまで。2つください」
「まいど! 銅貨4枚だ」
銀貨を出す。お釣りは銅貨46枚だった……重い。銀貨1枚=銅貨50枚。銅貨も銀貨と同じ大きさだ。
白いクリームと黄色い果実らしき物が挟まれたクレープを渡される。これが2つで銅貨4枚。クレープ1つを400円と仮定すると銅貨1枚は200円。
この暫定レートを塩に当てはめると約2㎏で1万円……? ちょっと高いような。
いまいちしっくりこないけど、とりあえず1銅貨=200円でいこう。間違っていたら修正すればいいさ。
1つを狼にあげて一緒に食べる。ほんのり甘くて美味しい。ゴツい顔に似合わない上品な味だな。
さて。さっき重要と思われるワードを聞いたのだが。
『貴族』
貴族がいる世界。何となく、危険な響き。
この異世界における貴族の立ち位置というものを知っておく必要がある、と思う。
後、一般的な常識や知識も。それに、この娘の身元について調べられるか? というのもあるな。警察(あるいは警察に相当するもの)とかあればいいけど。この兄ちゃんに聞いてみよう。まずは、
「この町に図書館ってありますか?」
「としょかんって何だ?」
そこからか。
「本がたくさんあって、知識を得られる所です」
「知らないな」
無いのか? それともこの兄ちゃんが知らないだけ?
「では知りたい事や何か困った事があった時、あなたならどうしますか?」
「ギルドへ相談しに行く。『商業ギルド』か『ハンターギルド』だな」
ギルド! やはりあるのか、そういうものが……ハンターギルド?
「『ハンターギルド』というのは?」
「揉め事を解決したり、荒事を引き受けたり、魔物を狩ったりするやつらがいる所だ」
「それは、冒険者ギルドの事?」
「ぼうけんしゃって何だ?」
冒険者はいないのか。
「いえ、何でもないです。後、警察ってありますか?」
「けいさつ?」
「治安維持とか、犯罪捜査とかやる組織」
「町中の見回りなら『衛士隊』がしてるよ」
「その衛士隊の活動は、この町の中だけ?」
「そりゃそうさ」
「国全体を見る組織は無いの?」
「『騎士団』の事か? 騎士様は平民なんて相手にしないぜ?」
『騎士』か。貴族がいる世界なら騎士もいるだろんうけど、でも、そういうのじゃないんだよ。
とりあえず、その『ハンターギルド』とやらへ行ってみるか。
「いろいろと教えてくれてありがとう。クレープ美味しかったよ」
「おう、またな」
ギルドの場所を教えてもらって、屋台を離れる。
ギルドの建物もすぐ近くにあった。周囲の建物より大きいな。
中に入ると内部は銀行のロビーのような、綺麗に整った内装。天井が明るく光っているけど、あれは照明器具なのか?
全体的にどこかビジネスライクな雰囲気が漂っている。
でも、中にいる連中は何だか荒っぽい雰囲気だぞ?
「よう、ちびっこ! 何の用だ?」
「ここは子供の遊び場じゃないぞ!」
「ナメてんじゃねえぞ? オラァ!」
「おい! その小せぇ狼は何だ!」
テンプレだ! テンプレでござる!
受付に近付くと、美人のお姉さんがにっこり笑って声をかけてくれる。
「こんにちは。ハンターギルドへようこそ。どのようなご用件ですか?」
「えっと、仕事を依頼したいです」
「どのような?」
「田舎育ちでものを知らないので、常識を教えてくれる人を紹介して欲しいです。あるいはギルドで直接教えてもらう事はできますか? それと、依頼料は金貨1枚で足りますか?」
「そうですね……」
だが受付嬢が答えるより早く、後ろから俺を担ぎ上げるやつがいた!
「おうおう、それなら俺が教えてやるぜ! 金貨を寄越しな!」
首をひねって後ろを見ると『世紀末の雑魚』みたいな格好をしたやつが絡んできていた! 何というテンプレ!
こいつ、どうしてくれよう? 我が土魔法の餌食にしてやるか?
だめだ、こいつ弱っちい感じがする。土槍でも石弾でもこいつはきっと即死だろう。水魔法にするか?
ダンッ!
カウンターをぶっ叩くような音がしたと思ったら、何かが飛んできた!
「やめなさい!」
受付嬢が飛んできた!
「げはぁあ!」
「ぐはっ!?」
こいつ、ドロップキックをかましてきたぞ!?
ふっ飛ぶ世紀末雑魚! 俺まで一緒に飛ばされた! 何て事しやがる!
ドカッ!
壁に叩きつけられて床に落ちる雑魚と俺! げふっ、ダメージが入った!
HP 23/40
HPが4割も減ったぞ!? アホかー!!
「ヒール!」
ぽやん。
HP 40/40
「ギルド内の秩序を乱す者は、この私が許さないわ!」
受付嬢が仁王立ち! 大きな胸を張っている! ばいんばいん!
「なぁ、ちつじょってなんだ?」
「あれだ、エロい女の事だよ」
「へぇ」
こそこそと話す野郎共。それは『ちじょ』だよ、バカ野郎! ……異世界にも痴女はいるのか。奥深いな。
雑魚を蹴っ飛ばしてどかした受付嬢が俺を持ち上げる。
「大丈夫? ひどい目にあったわね?」
お前のせいだろうが! まさか、助けたつもりなのか?
「あら? あなた、ずいぶん軽いのね。スカスカじゃない! 金貨を持っているのなら、そのお金でたくさん食べた方がいいんじゃないかしら?」
余計なお世話だ! これでも最近はちょっぴりふっくらしてきたんだ!
「あの、今回は出直します」
ここは危険だ。早く脱出しなければ!
「あら? だめよ? 後で私とお話をしましょう。あなたが使った『治療魔法』について。ね?」
……治療魔法?