VS マザー(大きな蟹)!
マザー? 蟹の母、あるいは親玉的な?
眼下に見える巨大な『蟹』は、甲羅の部分だけでテニスコートぐらいの広さがあるんじゃないのか? 形そのものは普通サイズ(と言っていいのか?)の蟹と大して変わらないが、『鋏』も途轍もない大きさだ! 刃の部分だけで長さ7~8mぐらいありそう。
そして長大な8本の脚が森の木々よりも高く、空へ突き出している。まるで大規模工事現場に集められたクレーンみたいに。もちろん、ド鋭い毒針? らしきものが付いた尾もある。
ありえない大きさ! ラスボスとは言わないが中ボスぐらいの迫力があるわ。とりあえずこいつを『大蟹』と呼ぼう。
『大蟹』はその巨大な鋏を森の中に突っ込んで、ばっつんばっつん木を断ち切っている! 切断された木がメキメキと音を立てて周囲の木々の枝をへし折りながら倒れていく。
前進するのに邪魔だからだろう、まるで盆栽の手入れをする爺さんみたいに簡単に切ってやがるが、切っているのは小枝などではなく直径1.5mぐらいはある大木だ。それをあんなに容易く……凄まじい切断力!
そういえばあの鋏の形、「高枝切り鋏」の形に似ているな。大きさは全く違うけど。あの鋏には近付きたくないわ。こんな物騒な魔物に遭遇するとは……何の用意もしていないし、ここはスルー……いや、できない。
こいつにハンター達が食べられちゃっている可能性は? あると思います。
ついさっき、こんな遠くまで来てないんじゃないかと思ったばかりだけど、この『大蟹』の経路が気になる。川の方から来てないか? こいつ。
上空から見えるこいつの作った道筋は真っ直ぐではなかった。途中で何度か大きく蛇行しているが、その先は川の方、のような気がする。
こいつが川の周辺からここへ来たのなら、来る途中でまだ見つからないハンター達が遭遇している可能性はゼロではない。
つまり、確認が必要だという事だ。『大蟹』を倒して腹の中を見なければ……うまく倒せるのか?
(倒す?)
ヤる気満々のエクレール。そりゃエクレールなら簡単に倒せるだろうが、君はもちろんダメだからね?
(なぜ?)
なぜ、じゃねーよ。一応聞くけど、どうやって倒すつもり?
(もちろん、我がブレスによって。跡形も無く消し飛ばしてくれよう)
くれよう、じゃねーよ! 私達はレスキュー活動をしてるでしょう? ハンター達が食べられてないか調べないといけないのに、消し飛ばしてどうする。絶対にダメだからね!
何か不満そうな感情が伝わってくるが、倒すだけならたぶん俺にもできるんだよ。土槍で刺しまくってやるか、あいつより大きな穴を掘って地中深く埋めてしまえばいい。
だが、そのやり方ではもしハンター達が食べられていたら遺体を回収できないし、後で蘇生魔法を掛けるにしても遺体が大きく損壊していたら支障が生じるかもしれないので、腹辺りに大きな損傷を与えずに倒す方法を考えないと。エクレールの攻撃は威力があり過ぎて、こういう時には向いていない。
とりあえず動きを止めて頭付近に土槍をブッ刺してやればいいかな? それで倒せればよし、ダメならノワールを呼んで、かわりにさくっと倒してもらえばいい。
エクレールに蟹の真上に移動してもらい、まずは土壁で動きを止めて……
目の前に『大蟹』がいた。え?
ガチン!
すぐ足元で重々しい金属音が響く。急上昇した際のGで一瞬視界がくらむ。今の何!?
回復した視界の下で『大蟹』が落ちていくのが見えた。いやいや! 今の何だよ! まさか、あいつ飛んだのか!?
足元遠く、地上にいた筈の『大蟹』が一瞬で目の前まで飛び上がってきていた! 落ちるという事は飛行ではなくジャンプか? うっ…ううう…ヤバい、体が震えてきた。怖っ! 今のはヤバかった! エクレールが急上昇でかわしてくれなかったら真っ二つになってたんじゃないのか? マジ怖い!! あんな巨体で何てジャンプ力だ、ありえないだろ……。
地上に降りた『大蟹』がこちらを見ながら威嚇するように鋏を振り上げている。またジャンプする気か、あいつ!
(大丈夫)
お、おう。エクレール。さっきは助かった。けど、できればもう少し高度を高くとって……。
(この高さなら大丈夫)
あ、そう。そういう意味での大丈夫なの?
この高さで届かないというのなら安心だ。安心……だが、まだ体がぷるぷる震えている。この世界に来て一番『死』に近かったんじゃないのか? 今の。おのれ蟹! いたいけな幼女をよくもビビらせてくれやがったな!
今度はこちらの番、倍返しだ!!
「アースランス!!」
ドカッ!!
巨大な土槍が『大蟹』の口元辺りを突き上げ、その巨体をぶっ飛ばす!
「ざまぁ! ぶっ飛び……え? ぶっ飛ぶ? 貫かないのか!?」
『大蟹』がぐるぐると縦回転しながら森の上に落ちる。なぜかふんわりと優しく受け止めている森の木々。
巨体なのに、クッションのように柔らかく受け止められているのは何でだ?
多少枝が折れている程度で木そのものは折れていない。この森の木は頑丈なのか? いやそんな事はどうでもよかった。それより、土槍が貫通しない! あいつ魔法防御があったのか!? エフェクトは見えなかった気がするんだけど。
(違う)
違うのか。なら、素の状態で土槍を跳ね返すというのか? ちょっとショックなんですけど。魔法防御無しの状態なら、ヒュドラやドラゴンすら貫いたというのに! あいつ、ドラゴンより固いのか?
(そんな訳が無い)
気分を害したらしいエクレールからムッとした感情が伝わってくるけど、でもあいつ、土槍が刺さらないんだぞ?
(良く見て)
どこをだよ。ひっくり返った『大蟹』の腹側を見ると、口元の下、土槍が当たったと思われる所が少し抉れて小さな穴が開いていた。おや? 刺さっていたのか? でも貫通まではしていない。強度がよく分からないな。
わしゃわしゃと長大な脚を動かして元に戻ろうとしている『大蟹』。脚の動きが気持ち悪い! まだ生きているのか、ならばもう一度!
「アースランス!!」
ドカッ!!
今度は甲羅の上側、頭の辺りに当ててみたがやはり土槍が貫く事はなく、ぐるぐるとその巨大な体躯を回転させながらぶっ飛んでいく。
……何か、手応えが軽いような? 転がっている様も勢いがあるし、だいぶ遠くへ飛んでいった。もしかしてあいつ、見た目よりもずっと軽いのか? 何かそんな気がしてきたわ。
ぶっ飛ばされた先で上手い事ひっくり返らずに済んだ『大蟹』が口からぶくぶくと白い泡のような物を吐きながらも、こちらを見上げてその巨大な鋏をガッチンガッチン鳴らして威嚇している。まだやる気のようだな。
頭の辺りに少し刺さった跡が見える。うーむ、そこそこ固くて尚且つ軽過ぎるから押さえが効かなくて貫通しない、という状態なのか? ならば……エクレール、あいつから少し離れた所に降りてくれ。
(わかった)
「クリエイトゴーレム!」
もこもこもこもこ。
地上に降りて10体の土ゴーレムを作成。すぐに空へ戻る。こいつでなんとか……。
ゴーレム達を『大蟹』の足元まで走らせて、体の前側にある2本の脚にそれぞれ5体ずつ振り分けて一斉に取り付かせる。文字通り全力で足を引っ張るのだ! この状態で土槍を発動すれば刺さる筈! どや?
……脚に取り付いたはいいけど、『大蟹』は気にした様子もなく普通に動いているな。全く押さえが効いてないわ。ゴーレムのパワーが足りないのか、あるいは重さが足りないのか。数を2倍に増やしてみる? ……押さえられる気がしない。実際にやってみると何と言うかサイズ感? が違い過ぎる。ではどうするか……上からこう、がっしりと押さえ付けていればグサッと刺さるかな? でもどうやって……?
(私がやろう)
できるのか、エクレール?
すいっ、と『大蟹』から距離を取り、地上に降りるエクレール。そしておもむろに服を脱ぎ出す。あぁ、ドラゴン形態になるのか。ちゃんと服を脱いでくれるおりこうさんなエクレール。頭を下げてくるのは、あぁ角カバーね。はい、外しましたよ。
一瞬でドラゴンの姿になってさっさと飛んでいくエクレール。久しぶりに見たな、ドラゴン形態。相変わらず格好良い、ド鋭い角が凶悪で素敵!
なるほど、エクレールが上から『大蟹』を押さえ付けてくれると……見送っている場合ではない、俺も行かなくては。土ゴーレム、いや待て。
エクレールが押さえ付けてくれるのなら万が一にもないとは思うが、億が一という事もあるかもしれない。つまり、やつの鋏が届かない距離にいたい。具体的には空の上高く。だって怖いから。
ここは可変型ゴーレムでいこう。普通なら森の中では翼を展開できないし、離陸できる滑走路も無いが、ここにはある。
『大蟹』が森の中に切り開いた「道」。幅は20m以上ある。十分だ。
可変型に乗り込んで道、いや「滑走路」へ移動する。
中途半端な高さ(5~6m)で切られた木々が立ち並ぶ光景は実にシュールだな。高さは割と揃っている。几帳面か。
超背の高い「切り株」の上に立って見通しの良くなった前方を見る。すっぱりと切られて平らになった木の断面が延々と並んでいる異様な光景。距離は十分ある。ふむ、いけるな。
可変型ゴーレムの翼を展開、脚を下ろしたホバリングから切り株の上を移動しつつ加速、そしてテイクオフ! 飛行状態への移行に成功!
上空でドラゴン姿のエクレールを確認する。既に『大蟹』を取り押さえていた。仕事が早い!
エクレールは『大蟹』を後ろから覆い被さるような格好で押さえ付けているのだが、その位置だと土槍が刺さっちゃうんじゃないか? というか『大蟹』の尾がエクレールの体にバシバシ当たっているんだけど、毒針が刺さらない。魔法防御を使っているのか? あ、そういえばドラゴンには毒は効かないんだっけ。
エクレール、もうちょっと腕を伸ばしてくれないか? 土槍が当たっちゃうぞ?
(大丈夫)
そりゃ大丈夫かもしれないけど、そこはほら、心情的に、ね?
(こう?)
ぐっと腕を伸ばし、ついでに長い首をそらしてくれる。そう、そんな感じ。では、いくぞ!
「アースランス!」
ドスッ!!
腹に響く力強い重低音と共に、土槍が下から『大蟹』の頭部を貫いて破壊した。土槍の先端はエクレールの体のちょっと手前で止まっている。よし! やったぜ!!
『大蟹』を倒した!
……今、思ったんだけど、エクレールがそのド鋭い角でブッ刺してくれればそれで終わったんじゃないか?
(それは嫌)
何でだよぅ……。




