貴族
「もう少し詳しく」
「私がヴァイパー討伐に同行したのは、娘の治療を依頼する前に自分の目で其方の力量を確認したかったからだ。そして其方が村人達に使用した魔法を見て、もしかしたら治癒魔法なのではないか? と思った」
何だと? どうしてだ?
「あの時は大した治療はしてなかったでしょう?」
確か「腰が痛い」とか「目が見え難くなった」とかそんなのばかりでエクスヒールが必要になるような重傷者や重い病気の人なんていなかったし、使ってもいないぞ?
「やはり気付いていなかったのか。其方がした事は治療魔法でできる事ではないのだぞ?」
え?
「もう少し詳しく」
「治療魔法で病気や怪我を治す事はできても「老化」や「劣化」は治せない。老化や劣化は病気でも怪我でもないからな」
「だが、其方の魔法は老化や劣化による腰痛や視力の低下を治した。それは一体何の力だ? 少なくとも治療魔法ではない。ならば治癒の力ではないかと考えるのは当然だろう?」
そうだったのか? それは知らなかった。
勉強になったというべきか、でももう手遅れ……
いや、口止めできたならまだセーフの筈だ。
「そして准爵から其方が貴族に対して警戒心を持っていると聞いた。ならばそれは自分が治癒魔法使いだと知られる事を恐れているからだと推測できる」
「貴族に知られれば権力者に取り込まれ、一生飼い殺しにされるのは目に見えているからな。それを厭う気持ちは十分理解できる」
おや? 「理解できる」だと?
「すぐに王に報告しようと思わなかったの?」
「私は其方に娘の病気をみてもらいたいと思ったのだ。頼み事をする相手を売る訳がない。まして実際に引き受けてくれたのだ。成否を別としても不義理を働く事はできない」
そう言うと領主は嫌そうに顔をしかめた。
「だが、治癒魔法使いの存在を知りながらそれを報告しなかったとなれば私の立場は苦しいものになるだろう。つまり私達には『報告できない理由』が必要なのだ」
「それが契約魔法か」
ニヤリと笑う領主。
「其方の方から話を持ち出してくれて助かった。私から言い出す訳にはいかないからな」
そりゃ保身の為のアイデアを自分から出したとばれたら、後で言い訳できなくなるからな。
「ギルマスが会話の中で急に奴隷云々を言い出したのは、私に契約魔法の事を思い出させる為だったんでしょう?」
そこだけ何だか唐突な感じがあったし、絶対そうだろう?
「何の事かね?」
ギルマスはすっとぼけた顔をしているが間違いないだろ。
こいつら……だが、これだけでは納得しないぞ。
「契約魔法を受け入れてまで王に報告しない理由が娘の恩人だから、というだけでは少し弱い気がする。本当にそれだけか?」
「まぁ確かに、それだけではないな」
やはり。
「其方には領主として頼みたい事もあるのだ。その為にも其方とは良い関係を保ちたいと考えている」
「頼みとは?」
「領地の開拓と魔物の討伐だ」
「魔物の討伐はともかく、領地の開拓とは?」
「今回は最初に言った通り娘の為にきてもらっただけだから詳細な話は次の機会にしたい」
「いや今聞きたいんだが」
「そうか? では話すが、今領内には土魔法使いの数が少なく、土地開発が滞っている。領内の未開拓地を其方の土魔法で開発してもらいたいのだ。そして其方にはその土地を治めてもらい、ゆくゆくは貴族の一員として迎え入れる事を望んでいる」
「はぁ?」
何を言っているんだこいつ。貴族? 俺が?
「お断りなんですけど」
「すぐに返事をしなくてもよい。まだ先の話だ」
「いや断っているでしょう?」
今断っているじゃん!
「ならば単にハンターに対する依頼として受け止めてもらいたい。仕事の依頼なら聞いてくれるであろう?」
「えぇ? まぁ仕事の話なら別だけど」
「詳細は次の機会に話そう。ところで契約魔法が本物である事の確認はどうする?」
確認ね……よく考えてみれば実際に試してみてこいつらが契約の中身を話せなかったとしても、それが演技なのか本当に話せないのか判別できないよな。確認なんて意味ないわ。
「いえ、結構です」
とりあえず本物だと信じよう。
「そうか。では話は終わりだ。今日はご苦労だった」
終わりらしい。
領主が立ち上がると同時に騎士団長が結界を解除した。何か変な流れになっているような……
帰りは騎士団長が出口まで案内してくれた。
ここはいわゆる正面口ではなくプライベート用みたいなところらしい。相変わらず人は全くいない。
馬車に乗り込んで城を後にする。
シュバルツはずっと空気のように存在感がなかったけど、貴族達に気を使ったのか? 領主も騎士団長もシュバルツについて全く触れなかったし……
「さて、ギルマス。説明してもらえるだろうか?」
「ふむ、どの辺りだろう?」
「全部だよ全部! 特に守るだの口が固いだのと言った話はどこにいった? 領主に話した理由は!?」
話が違うんじゃないのか?
「君につけている隠密から他にも君を監視する者がいる、という報告を受けたのが理由だ。我々以外に監視者を派遣する者がいるとすれば、それは領主をおいて他にはない」
「君が黒のゴーレムを従魔にしたと報告した時から君を監視する為に隠密を派遣していたのだろう。監視され続ければ君が治癒魔法使いだと知られるのは時間の問題だ。それなら娘の病の件でこちらから話を持ちかけて領主に恩を売り、彼を味方につける方が良いと判断した」
そのやり方はどうなんだろう……しかし、他にも隠密がいたのか。という事は。
「領主と情報を共有していないのか?」
「我々ギルドと領主は協力し合ってはいるが、一心同体という訳ではない。利害が一致する時もあればそうではない時もある。今回はお互いの利害が一致しているというだけだよ」
協力しない事もあるというのか?
「領主は本当に味方になるのか?」
「少なくとも敵にはならないだろう。ただでさえ領内が混乱しているというのに、この上黒のゴーレムやドラゴンの主と敵対しても何もいい事はないからね。それと、まだ君には彼がどんな人間か分からないだろうからすぐには信用できないかもしれないが、娘の恩人だという彼の言葉は信用していい」
そうはいってもなぁ……
「貴族云々については?」
「彼はまだ君がドラゴンの主となった事を王に報告していないそうだ。騎士団壊滅の件でそれどころではなかったという理由でね。だがいつまでも報告しない訳にはいかない」
「そして報告すれば、領主がしたように王も監視者を送り込んでくるだろう。そうなれば治癒魔法使いだと知られるのは確実だ」
「その時君が平民なのか貴族の一員になっているかで君の扱いは違ったものになるだろう。領主の提案はその事も含んだものだ」
「貴族になっていた方が有利になると? だが、仮に貴族になっていたとしても、成り立ての下っ端貴族に王が何らかの配慮をするのか?」
「ただの貴族では弱いが領地を開拓したいわゆる『土地持ち』となると王の配慮が期待できる」
「土地持ち?」
「この国の土地は全て王のものだから厳密には間違った表現なのだがね。未開の地を開拓し、領地運営を行っている貴族はそうではない貴族より重要な存在と見なされる。軽い扱いはされないのだよ。それだけ開拓とその維持は難しいという事なのだが、君の土魔法なら話は別だ」
維持はともかく開拓だけなら難しくはないだろうな。
「これまでは君を守る最も簡単な方法は『知られない事』だった。だが今後はもうそのやり方は無理だろう。次善の方法はこの地の領主であるシオリス伯爵と協力して土地持ちの貴族となり、自分の立場を強くする事で有利な条件を王から引き出す事だ」
「君は違う方法を考えているかもしれないが、その方法がどれだけ現実的なものなのかよく考えた方がいい」
「現実的」か。俺が何を考えているか分かっているかのような言い方だな。
確かに必要なレベルに到達するまでには気が遠くなるような時間がかかるかもしれないが、だからと言ってこの提案はすんなりと飲み込めるものではない。
「領主の提案は自分の利益の為では? この領内の土地を開発して欲しいんでしょう?」
「もちろんそうだ。自らの利益を全く考えない貴族などいない。それを含めても、君にとっては悪くない話であるように思えるのだが。君には貴族と敵対する未来しかないのかね?」
単に放っておいて欲しいだけなんだが、貴族と相容れないのならなら戦うしかないだろう?
……本当に交渉が可能なんだろうか。
「もし貴族になるとしたら、それはどのように?」
「本来なら君ほど強力な魔法使いはすぐに領主から勧誘されてもおかしくはない。だが領主は『ゆくゆくは』と言っていただろう? 今すぐは無理なのさ。理由は君が『ドラゴンの主だから』というものだ」
「何の関係が?」
「ドラゴンによって騎士団が壊滅したばかりで、家族や友人を失って傷心している貴族はたくさんいる。その傷も癒えぬ内に別個体とはいえ、同じドラゴンを従魔にした者を貴族として迎え入れるというのは無用の混乱を招きかねない。『今は時期が悪い』というやつさ」
感情的な反発というやつだろうか? 時間をおきたいという事か。
「領主の件は分かった。すぐに判断はできないけど」
「どれだけ猶予があるかは君次第という面もある。よく考える事だ」
治癒魔法使いだと分かるようなあからさまな行動は避けろと言いたいんだろう? だが……タイミングが悪いわ。
「その件で相談がある」
「何かね?」
「ギルドに戻ってから話したい」
「そうか」
ここでの会話って領主の隠密も聞いているのかな? 今更だけど。
何となくシュバルツを見て思い出した。
「もう1つあった。シュバルツがシオリスの町に来た時にギルドが負担した費用について、領主が補填してくれないとクリスが言っていたけど、その件については?」
「彼は払わないとは言っていないよ。今は払えない、というだけだ。余裕がないのさ」
「ただでさえ豊かとは言えない財政事情だったのに、ドラゴン狩りに失敗して多数の死者が出た。亡くなった騎士達の家族への見舞金や補償金だけでなく、騎士団の再建や失われた魔力の補填など、優先度の高いものは他にいくらでもある。優先度の低いものはどうしても後回しになってしまうのさ」
「いずれ支払ってもらえるからその点は心配していないよ。幸い君が金になる魔物を狩ってきてくれたおかげでギルドも一息つく事ができた。君には本当に感謝しているよ」
「あ、そう」
金の問題は辛いよなぁ。領主は大丈夫なのか?
「領主はどうやって金策をするつもりなんだ?」
「それも君のおかげで何とかなるだろう。まだ十分とは言えないようだが」
「ちょっと待て! 何の話? 私には他人に貸せる金なんてないよ!?」
何を言い出しているんだこいつ!?
「あぁ、言い方が悪かったかな? 金ではなく、君が狩ってきてくれたヒュドラやヴァイパーの事だ」
「どういう事?」
「ヒュドラやヴァイパーを買ったのは領主なんだよ」
「何だと!? 金がないんじゃなかったのか? 何体買ったんだ?」
「全部さ」
「何だとぅ……金あるじゃん!」
全部で65億だったろう?
あ、それはギルドの買い取り価格だ。そこから更に手数料が上乗せされている筈だ。
「いや、無かったので領主は隣領の領主から金を借りたんだ。ヒュドラやヴァイパーの素材を他領に売れば、それなりの利益を上げる事ができる。その事でも彼は君に感謝していたよ」
それって転売ヤー……まぁいいや。俺には関係ないね。
ギルドに着いて馬車を降りた時、御者がギルド職員だという事に気付いた。
「あれ? これって領主が用意した馬車じゃないの? そう言ってなかった?」
「いや? こちらで用意したのだよ。彼は自分が用意したとは言っていない」
「そうなのか、紛らわしい……」
領主がわざわざ用意してくれたのかと思っていたわ。
もう1つ気が付いた。
「そういえば、布をくれるって言ってなかった? 馬車に載ってないような……」
「あぁ、後で送ってくれるだろう。直接渡そうとするとその過程で君が城の人間に見られる可能性があるからね」
「そうなのか。手ぶらで帰すのは忍びないとか言ってたのは」
「それは比喩表現というものだよ」
紛らわしい……まぁくれるならいいけど。
ギルドに戻ってすぐに防諜結界のある部屋に入った。中にいるのはギルマスと俺とシュバルツだけ。
「何の相談かね?」
「治癒魔法のレベルを上げたら『蘇生』が使えるようになった。実際に試してみたい」




