エクレールの力
エイラさんは村長の奥さんで村から離れられない村長の代わりにギルドに依頼しに行っていたらしい。
「村から何人も見張りに出していて、村内でも一日中交代で警戒を続けています。そのせいで農作業に支障が生じていて、今年の収穫もどうなるのか分かりません。このままでは冬を無事に越せるか危ういのです。襲われていない段階でもこの状態ですから、もし実際にゴブリンの大群が襲ってきたら村は滅びてしまうかもしれません!」
「えーと、領主の所へ陳情に行かなかったのですか?」
この辺りは領主が治めているんじゃなかったか?
「領」ってシオリスの町だけじゃない筈なんだが。
「もちろん行きました。でも今は人がいなくて騎士様を出す事はできないと言われたんです。それでハンターギルドへ行ったら今度はハンター達は他のゴブリンの群を討伐しに行ったと言われて……」
ううう、と泣き出してしまったエイラさん。そりゃ気持ちは分かるけど、でもなぁ……
じー。
シルヴィアが俺の事をじっと見ている……助けてあげたい気持ちはあるんだよ?
でもさぁ、簡単に安請け合いしていい話じゃないよ、これ。
「ゴブリンの数はどれぐらいなんですか?」
「は、はっきりとは分からないんですが、150から200、ぐらいです。ひっぐ」
えぐえぐ泣きながら説明するエイラさん。
200。
少数ならゴブリンなど容易く倒せるのだが、数が多いと厄介だ。
この間見た資料でもゴブリンの場合、低ランクハンターは安全確実に倒す為に相手と同じか、より多い人数で当たるべし、と書いてあったからな。
ゴブリン自体は大して強くなくても、連中は武器を使う。
粗末な物でもそれは「人を殺せる物」なのだから、決して甘く見てはいけないし、ましてや子供連れで討伐しに行くなんて本来は論外と言うべきものなんだけど。
ゴーレム達ならゴブリンなど敵ではないだろうけど、逆に雑魚過ぎて戦ってくれないかも。
誠心誠意お願いすれば手助けはしてくれるかもしれないけど。
トーチカに篭って、後は土ゴーレムで蹂躙すればいいだけかもしれないが、やはり数の多さが気になるな。
「お、お願いじます、ど、どうがー、む、むらをー」
泣きながらも必死な表情のエイラさん。
「とりあえず様子を見に行きましょうか。村まで、いえ、その廃村に直接案内してもらえますか?」
「ほ、本当ですか!」
「ええ」
「あ、ありがとうございますぅうう!」
うえーん、と大泣きするエイラさん。
様子を見に行くと言っただけだよ? 「討伐する」とは言ってないからね?
村の男達が見張りをしているという場所まで案内してもらう事になった。
エイラさんは3号機に乗ってもらおう。
シートの大きさが子供用だったので大人用に作り直す。
「わ、私、こういう物に乗った事が無いんですが」
「私が操作しているので安心してください。では道案内をお願いします」
「は、はい!」
という訳で出発する。
歩いて1日以上かかると言う道程も、ゴーレムならゆっくり走っても1時間もかからない。
見張り場所じゃなかったのか? 目的地に到着した筈だが、森の中じゃん。
木以外何も見えないんですけど。
見張り場所? そこには2人の男がいた。
「こちらはシオリスのハンターギルド職員の魔法使い様です。私達を助けてくださるそうです!」
「セシリアです。様子を見に来ました」
まだ助けるとは言っていないのだが。
「エイラ、こちらの方は一体……」
「魔法使い様です!」
力強く言い切るエイラさん。合っているけど。
「あの、はじめまして、セシリア様。私はハンソンといいます。この度はご足労頂き誠にありがとうございます。今、私達の村がどういう状況なのかご存知なのでしょうか?」
若い男が話しかけてきた。村人A、という感じ。
「ええ、大体は。エイラさんから聞きました」
「そうですか。私達はここでゴブリン達の様子を窺っているのですが、今のところ少数のゴブリンが出入りしている以外は大きな動きはありません」
まるで仕事のできる部下、みたいな感じで報告してくれるハンソン。
でもここから何が見えるというのかな? 俺には何も見えないよ?
「廃村はどこにあるのですか?」
「ここからすぐ先にあります。森の途切れた所から村を一望する事ができるので今からご案内します」
ここは見張り場所じゃなくて待機場所だったらしい。
ハンソンが案内しようとしているのだが……それは何?
「何をしようとしているのですか?」
匍匐前進の姿勢に見える。
「この先は丘になっていて上から村を見下ろす事ができるのですが、間に遮る物が何も無いので向こうからも見えてしまうのです。なのでこうやって姿勢を低くしてあの見張り場所まで移動します」
丘? 確かにここに来るまでの道は少し登りだったけど。
ハンソンが指し示す所まで、結構距離があるんですけど。
あっ、向こうに男が2人いた。腹這いで、あれは見張りをしているのか。
この距離を匍匐前進なんて冗談じゃないわ。幼女の体力の無さを甘く見てもらっては困る!
もちろん魔法を使う。
地面に穴を開けて横に「重ね掛け」して塹壕のように掘り進む。
見張り場所まで約30m、5回の重ね掛けで足りた。
もちろん見張りをしている男達に当たらないように配慮している。
「おお! これは魔法ですか! 凄いですね!」
驚くハンソン。さぁ先導してくれハンソン。
深さは約1mなので大人だと腰を屈めながらで歩きにくいだろうけど、幼女なら真っ直ぐに歩く事ができる。楽に見張りポイントまで到達する事ができた。
驚いている見張りの男達に軽く挨拶をして、廃村とやらを見る。
「確かに丘ですね……」
穴から少し頭を出して前を見ると、ここは丘の最上部で緩やかに下った先には村が見える。
確かに間には何も無くて、村の様子がよく見えた。
塀で囲った先に家屋が点在しているのが見える。
そしてその村の中にはたくさんのゴブリンの姿が!
「あれで200なのですか?」
もっといるんじゃないの? もの凄くたくさんいるように見えるんですが。
「一応数を数えてはいるのですが、見分けるのが難しいのであまり正確ではないかもしれません」
ハンソンが説明してくれる。うーむ……どうするか。
待機場所に待たせていたシルヴィアがこちらに来たがっていたので、5号機を動かして塹壕の中を歩かせる。
姿勢を低くするのも土ゴーレムなら簡単にできる。
「しーちゃん、見てもいいけど外に出ちゃダメだよ? 大きな声を出すのもダメ」
「わかった」
村の方を見るシルヴィア。ゴブリンの姿なんか見ても楽しくないと思うけど。
「見張り場所はここだけですか?」
「はい。他の場所だともっと近付かないと様子が分からないので危険なんです」
「なるほど」
「それに、私達の村に来るにはあの道を使う必要があるので、ゴブリン達を見張る場所として好都合なのです」
村人が示した先、廃村の手前には一本の道が通っていた。
あの道がネルスス村に繋がっているのか。
「なるほど」
そんな話をしていると5号機の肩に座っていたエクレールがおもむろに立ち上がる姿が目に入った。
「ん? エクレール? 肩の上に立つと向こうから見えるでしょう? ちゃんと座っていて?」
俺を見るエクレール。どうした?
「今からあのゴブリン達を討伐可能か考えないといけないから、しばらく大人しくしていて?」
パチパチパチ。瞬き3回。どういう事?
「え? 何が『いいえ』なの?」
また前方を見るエクレール。おーい。
パリパリパリ。
エクレールの方から何か音がする。
エクレールの2本の角の間で何か……光っている? これは放電現象!?
「エクレール!? 何をするつもりだ!? おい!」
バリバリバリバリ!
激しく光る放電のようなそれは一気に大きなものになっていく!
おい! それってまさか!
ドガァアアアアアアアアン!!!
激しい閃光が世界を覆う! やはりサンダー!! いきなり撃ちやがった!!!
激しい落雷が村を覆い、蹂躙していく! まるで豪雨のような大量の雷!!
地上の全てを破壊し尽くすような勢いだ!
雷の光が眩し過ぎてもう見ていられない。いつまで続くんだこれ!?
ゴゥオワアアアアアア!! グァララララララ!! ガシャアアアアアアン!!
永遠に続くかと思われた閃光と轟音がようやく収まった。
ずいぶん長いサンダーだな! こんなのもあるのか。
「サンダー」というより「サンダーレイン」とでも言うべきだろう。
強烈なオゾン臭が辺りを漂っている。
目が痛いわー、もちろん耳も。
「ヒール!」
ぽやん。
これでよし。
はっ!? シルヴィアは? 大丈夫か!?
「しーちゃん、目は痛くない? 耳は? 聞こえる?」
「へいき。だいじょうぶ」
「そう? 良かった。でも念の為にヒールをかけておくよ? ヒール!」
光らない。ダメージ無しなのか。
平気そうなのは良かったけど、シルヴィアの目が爛々と光っているように見えるのは気のせいかな?
興奮しているのだろうか。「雷撃」を見て興奮するとかどうなのかな、それは。
クレアは抱っこひもの中で寝ている。あんな大きな音がしても起きないとは、大物過ぎないか?
クレアにも一応ヒールをかけておこう。
「ヒール!」
光らない。ダメージ無しか、良かった。
村を見てみる。ドラゴン幼女の雷撃によって蹂躙された村は最早村と呼べる物ではなくなっていた。
家屋は全て破壊されて跡形もない。瓦礫と化した上に真っ黒で、すっかり炭化してしまっているように見える。
雷撃のあまりの強さで燃えるのを通り越してしまったのか?
当然ゴブリン達の姿など見る影も無い。
村全体が真っ黒で地面も雷撃によってボコボコに抉られていて見分けがつかなくなっている。
もし地獄というものがあるのなら、それはきっとこんな光景に違いない。
これがドラゴンの力か。
少しは知っているつもりだったがそれは勘違いだったようだ。
滅茶苦茶強いぞ! ドラゴン!
さて、ネルスス村の人達もさぞ喜んでいるだろうと思って見てみたら、みんな呆然としていた。
まぁ、そうかもしれないねー。
これで面倒で危険だったかもしれない掃討戦をしなくて済んだという事だな。
これは大いにエクレールに感謝しなければ!
「エクレール、ありがとう! 凄い威力だね! 助かったよ!」
パチパチ。
エクレールも満足げ。
どうって事ないですよ、みたいな風を装いつつ、ちょっと自慢げ。そんな感じ。
たぶんきっとそう。




