彼女達の将来
あさー! 朝が来た。
少しだけ寝るというのにも慣れてきた気がしないでもない。
今日もやる事たくさんあるわ。まずは朝食の準備から……
コンコン。
ノックの音。誰かな?
「おはようございます。お目覚めでしょうか?」
エマさんが来た。朝から何かな?
「朝食はどうされるのかな? と思いまして」
「普通に作って食べますよ」
「お手伝いしましょうか?」
必要ないんだけど。
「大丈夫です」
「そうですか」
帰ろうとしないエマさん。もしかして、
「よかったらご一緒しませんか?」
「ありがとうございます!」
やはり。
朝食もお粥にしよう。今度はミルク粥。
ヤギンの乳に市場で買ったナッツと3種類のドライフルーツを入れた優しい味。
ナッツは細かく砕いて、ドライフルーツも刻む。
幼女への配慮を欠いてはいけないのだ。
昨日市場の近くの店で銀貨4枚で銅のフライパンを買ったので、刻んだベーコンと野菜を入れてオムレツも作る。後はサラダと果物をつけただけの簡単な物だ。
「大変美味しいです!」
エマさんが褒めてくれるが、この人は単に大袈裟なのか、それとも食生活に問題がある人なのかちょっと気になってきた。
シルヴィアは気に入ってくれたかな? おかわりする? いいとも!
たくさん食べてね。
狼にはベーコンの厚切りをたっぷり用意する。お前もたくさん食べるといいよ。
「何かお困りになっている事はありませんか? 何でも仰って下さい。できる限りご協力いたします」
「困っていると言うか、教えて欲しい事があるのですが」
昨日買い物をしている時に気が付いたのだが、銅のフライパンの値段が「40000(D)」と表示されていた。
この(D)って何の略かな?
たぶん通貨の単位を表しているのだと思うが、今まで誰も通貨の単位を口にしなかった。
皆、銀貨1枚とか金貨10枚という言い方をしていたので、もしかしたらこの国では通貨の単位は使われていないのかな? と思っていた。
もちろん俺が文字を読めなかった、というのもあるが。
「通貨の単位ってあるのですか?」
「あります。ディールといいます」
ディールって「取引」という意味だったような。あながち間違いではないな。
「では銀貨1枚は10000ディールになるのですか?」
「はい」
なら、1ディール=1円でいいか。俺が分かりやすいから。
「皆、銀貨1枚とか金貨10枚という言い方をしているのはなぜですか?」
「数字が大きくなると数を把握し難いと感じる人や、計算が難しいと思う人が多くいるからです。金額を金貨や銀貨で言えば数字も小さくなるので分かりやすい、という事ですね」
「10000ディールという言い方だと通じないのですか?」
「通じないという事はないのですが、相手によっては分かり難いと言われるかもしれないので枚数で言った方が確実です」
「フライパンを買った時、値段が数字で書かれていたのですが」
「文字は読めないけど数字は読める、と言う人はいるので、値段が数字で書かれている場合もありますが、そもそも商品の値段は表記されない事の方が多いですし、その辺ははっきり統一されている訳ではないです」
確かに市場では値札を見かけた覚えがないし、(売り手に直接値段を聞いていた)後は店による、という事か。
「1銀貨、10金貨、という言い方もあります。どちらも間違いではないので、この辺りで使っても問題無いですよ」
「そうですか、教えてくださってありがとうございます」
「他に何かありましたらいつでもお尋ねになってください」
「ではお願いがあるのですが、紹介状を書いてもらえないでしょうか? 一応施設がどんな所なのか見学をしておきたいので」
「分かりました。すぐにご用意致します」
「助かります」
エマさんは親切だな。
施設を見に行くのは昼以降がいいかな。
後、今度試しにどこかで1銀貨とか3銅貨という表現を使ってみよう。
エマさんは食事が終わるとすぐに仕事に行った。働き者だねー。
俺もやる事をやらねば。
次は、
「んあ、んあぁあ!」
おっとクレアの泣き声。これはきっとミルクの筈!
ミルクとおむつの両方だった。
クレアもミルクを飲むのが上手になってきた。飲む量も増えている。
これは素晴らしい事だ!
えぇと、次は何だっけ?
シルヴィアに何がしたいか聞いておこう。何かしたい事ある?
絵を描きたいらしい。それなら一緒に資料を閲覧できる所へ行こう。
俺が資料を読んでいる間、絵を描いているといいよ。
資料閲覧室へ行く。
「おはようございます。獣や魔物に関する資料を見たいのですが」
「いらっしゃいませ、セシリア様。こちらへどうぞ」
職員さんが席へ案内してくれる。資料も用意してくれた。
「閲覧するのにお金は必要ですか?」
「通常は有料ですが、セシリア様は無料でご利用できます。ただ、資料を破損された場合は修理代を負担していただく事になるのでお気をつけください」
「分かりました。ありがとうございます」
まだヒュドラ効果は続いているらしい。ありがたいね。
できるだけ多くの知識を手に入れなければならない。頑張って読むぞ!
資料はイラスト付きで読みやすい。名前や特徴、弱点、注意すべき点、素材になるところなど、分かり易くまとめてある。
これならそれほど時間はかからないだろう。昼までに終わるかな。
クレアは抱っこひもの中で大人しくしているし、シルヴィアはお絵描きをしている。
狼はまた寝るの? 退屈なのかな。昼までは我慢してくれ。
ゴーレムズは……何をしてるの? 黒のゴーレムが足長に何かの動きを伝えようとしている。
その動きはまさか、ラジオ体操? マズい!
ビシッ! ビシッ!
足長が長い脚を振り回し始めた! やめてー!
「ちょっと待って! 部屋の中でラジオ体操はやめて? 危ないから!」
この部屋は結構広いが他にも人はいるし、もし万が一、脚の鋭い先端が当たりでもしたら大惨事になるから!
「後で一緒にラジオ体操したいから、しばらく待ってくれる?」
お願いするとゴーレムズは横並びの待機状態になった。横並び好きだねー。
こいつらも退屈なのかもしれない。急いで資料を読んで相手しなければ。
いっそ土ゴーレムを並列思考で動かしてゴーレム達だけで体操をするか?
どこかに広い場所はあるかな?
「この辺りでどこか広い場所はありますか?」
「屋上はいかがでしょう?」
「屋上? ゴーレムが行っても大丈夫ですか? 重さ的に」
「問題ないですよ。大変丈夫なので」
いきなり体操を始めたゴーレムにも動じずに教えてくれる職員さん。
屋上なんてあるのか。
丈夫って、木造なのに。本当かな?
魔法袋から2号機と隊長機と5号機、それにボールを取り出して、視界を6分割して並列思考を使う。
「土ゴーレムを遠隔操作するので、屋上まで案内してもらっていいですか?」
「分かりました。どうぞこちらへ」
先頭に立って歩き始める職員さん。2号にボールを持たせて4号と後に続かせる。
「黒のゴーレムと足長は先に屋上へ行って遊んでいて? 後で私も行くから」
ゴーレムズも後に続いて出て行った。
5号機は部屋に残して絵を描いているシルヴィアの方を見る。
それに廊下を歩いている2号機と隊長機の前後の視界、資料を読む自分の視界。
全て上手くいっている。並列思考は便利だなー。
屋上はかなり広かった。ここってあのヒュドラを解体している所の上なのかな?
屋上はフェンスで囲われていて、ベンチシートや屋根付きの休憩所もあった。
ここならボール遊びもできるな。
2号機と隊長機を動かしてゴーレムズとボール回しをする。俺も慣れたものである。
少しパス交換をしたら、次はトラップに挑戦してみる。
2号機でボールを柔らかく蹴って隊長機で胸トラップ……失敗! これ難しいな。再度挑戦する。
また失敗。むぅ……おや? 黒のゴーレムが何か言いたげ。
手本を見せてくれるのか? 黒のゴーレムへボールを柔らかく浮かせて蹴る。
おお! 見事なトラップ! 上手いなー。
足長もやってくれるらしい。お前の場合どこが胸なのか分からないんだけど。
足長にもパスを送る。
むぅ! なんと柔らかい動き! 巧みに足元にボールを落としている。
手本を見せてくれたので再度挑戦する……ダメだ、すぐにはできそうにないわ。
皆で胸トラップを繰り返す。
おっと、クレアがもぞもぞしている。抱っこひもがきつかったかな?
少し緩める。
シルヴィアの様子は……それは何の絵? もしかしてお粥の絵だろうか? 気に入ったんだね。
でもお昼は別のメニューにしないと。昼は何にしようかなー。
むっ? これはファングボアのページ。
今更ファングボアについて知りたい事などないわ。飛ばそう。
次のページは、何だろう、これ? 食べられるヘビかな? 人と比較した絵によると大きさは15mくらいありそうなんですけど。
更に読み進めていく。
次は壁パスの練習をしよう。土ゴーレムを使って動きで説明する。
すぐに理解するゴーレムズ。よし、2体2に分かれて始めよう。
そろそろシルヴィアに休憩が必要かな? ここで飲み物を出してもいいのかな? 職員さんに聞く。
部屋の隅に休憩スペースがあったわ。シルヴィア、ちょっと休憩しよう。
すぐに昼になった。
資料は何とか一通り読む事ができたけど、時間が経つのが早く感じるわー。
昼食を取った後、休憩しているとシルヴィアが眠そうにしていたのでお昼寝タイムにする。
シルヴィアには部屋で寝ていてもらって、その間に施設を見に行こう。
ゴーレムズを部屋に呼び戻してお留守番を頼む。
「私はちょっと外出するから、その間シルヴィアをみていてくれる?」
肯定の雰囲気。2号機も残しておこう。
後は職員に一言声をかけておけばいいだろう。
5号機に乗って狼と隊長機を連れて施設見学へ出かける。
施設は町の外れの方にあったが道に迷う事はなかった。
外見は普通の3階建て。周囲の建物と同じ感じ。
中に入って職員に紹介状を見せる。施設長が会ってくれる事になった。
「こんにちは。セシリアといいます。お時間いただいてありがとうございます」
「施設長のポーラ・サリスです。『見学』との事ですが、どういった事をお知りになりたいのでしょう?」
「今、親を亡くした子供を2人保護していて、身寄りがないか調べてもらっているのです。身寄りがない場合は施設に預ける事になる、と思っていたのですが、定員超過の状態だと聞いたので……」
「ええ。人員が足りていなくて、これ以上子供を引き受けるのは難しいのです」
「職員を増やす事は難しいのですか?」
「予算的に困難です」
むぅ、お金の問題か。
「施設は町が運営に関与しているそうですが」
「はい、予算の半分は町から、残りは町の人達からの寄付で賄っております」
予算の半分が寄付頼りか……これは無理っぽい。
「もしかして、そちらのお子様でしょうか?」
施設長が抱っこひもの中のクレアを見る。
「もう1人はハンターギルドにいます。私より少し小さな女の子です」
2号機の視覚で確認する。シルヴィアはまだ寝ているな。
「どうしてもという事であれば1人はお引き受けできるかもしれません。ですが、乳飲み子は無理です。世話をする余裕がありません。申し訳ないのですが」
「いえ」
姉妹を引き離すのは絶対にダメだ。
「もう1つ施設があるそうですが、そちらも定員超過と聞きました」
「ええ、ここ以上に余裕が無い状態です」
「そうですか……」
子供達の身寄りが見つからなかった場合、覚悟を決めなくてはならないのだろうか?
一時的ならまだしも、これから先ずっとこの子達の人生を、彼女達の将来について責任を負う事ができるのか?
自分の事だけで手一杯なのに?
「僭越ですが、セシリア様、よろしいでしょうか?」
「はい? 何でしょう?」
「先ほど、身寄りを探していると仰いましたが、亡くなられた親は連絡先や身元が明らかになる物を残さなかったのでしょうか?」
「はい、そうです」
「その場合、身寄りが見つからない可能性は高いですし、誰かに引き取られたとしても子供達が大切にされるかは分からないです」
「えっ?」
「連絡先や身元が明らかになる物を残さなかったという事は、恐らく、その親には信頼できる人がいなかったという事だと思います」
「つまり、子供達は信頼できるのか分からない、全く縁のない人に引き取られるという事になり、その人が子供達を大切に育ててくれるのかという事は不透明なものになります」
「もちろん、世の中には信頼できる人もたくさんいますし、そういった方に引き取ってもらえると良いのですが、セシリア様には信頼できる方の心当たりはおありなのでしょうか?」
「いえ……」
そんなものがあったら悩む必要など無いのだが。
「んあー」
クレアはご機嫌だね。




