幼女が幼女と幼女の
「セシリア様が子供達を引き取る、というお考えなのでしょうか?」
何を言っているのか……
「えっと、仮に引き取る人がいなかった場合、この町の施設のような所に預ける事はできますか?」
「施設は2箇所あるのですが、どちらも定員を大きく超えているので難しいのではないでしょうか。それに、乳飲み子を預ける事はできないと思います。余裕が無いので」
「余裕?」
「乳飲み子を預かると職員が1人その子に付きっ切りになって、その分他の職員の負担が大きくなるので、定員以上の子供達を引き受けている現状では余裕が無いと思われます」
うーむ……
「親を亡くして他に身寄りの無い子が今後出た場合、どうなるのですか?」
「村であれば近所の住人が引き取るかもしれません。町の場合も同様ですが、誰も引き取らなかった場合は神殿がその子の行き先になると思います」
「神殿?」
「はい。神殿で育てられて大人になったら下働き、あるいは神官になる場合もあります」
2択? 他は無いのか?
「別の職業を選ぶ事はできないのですか?」
「それは難しいですね。子供は親の仕事か、親の仕事に関連した業種の仕事に就く事が多いのですが、神殿育ちで他の職業に就く、というのは難易度が高いです」
「そういうものですか」
「施設の場合は町が運営に関与しているので町が子供の就職の斡旋等をしているのですが、神殿は独立した組織なので」
将来の選択肢が無いというのはちょっと……でも他に手が無ければそうなるのか。
「引き取り手が見つかる可能性もありますが、セシリア様はどこまでお考えになられているのでしょう?」
この町に連れてきて誰かに相談すればいい、としか考えていなかった。
「引き取り手がいない場合、困った事になるかもしれないですね」
「捨て置いてもよろしいのですよ? セシリア様が保護しなければ森で親と一緒に死んでいた、というだけでしょう?」
何か怖い事を言い出した!
「そういう訳にはいかないでしょう? ……調査結果が出てから改めて考えます」
「分かりました。この町に滞在されるのであれば、よろしければギルドの中にある部屋をお使いください。空いておりますので」
「ありがとうございます」
深く考えずに助けたけど、何か難しい事になっているな。
女性は恐らく病死だろうという判断になった。
「こちらで処理しますので」
「いえ、子供達が母親の死を理解できるようになるまで魔法袋の中で保管しておきます」
魔法袋の中なら傷む事はない。
「そうですか。分かりました」
遺体を魔法袋に入れる。後は何だろう? そうだ。
「借用書を書く必要は無いのですか?」
「不要です。セシリア様ならすぐに返済できるのでは?」
なぜそう思えるんだ?
「黒のゴーレムが2体もあるのですから、何か大物を狩れば返済などすぐに終わるのでは?」
「大物? ……そういえばヒュドラって大物ですよね?」
「もちろんです……まさか、ヒュドラを狩られたのですか?」
「ええ」
黒のゴーレムが。
「それは本当ですか! 一体どこで!?」
おおぅ、ギルマスの勢いが凄い。
「場所は分からないです。道に迷っていたので」
「しばらくお待ちください」
そう言うとギルマスがどこかへすっ飛んでいった。すぐに戻って来る。
「この地図をご覧になってください」
ギルマスが持ってきた地図を見るが、迷っていたからよく分からないな。
「えーと、礫砂漠から森へ入って少し歩いた所だったのですが」
詳細な地図だが地図上の森と礫砂漠の面積が大き過ぎて特定できない。
「たぶんこの辺り……」
大雑把に指で範囲を示す。
「その辺りはギルドの哨戒範囲外ですね。分かりました。ありがとうございます。それで、そのヒュドラはどうされましたか?」
「黒のゴーレムが持っています」
「えっ?」
「確認しますか? 出してもらう事はできると思いますが、広い場所が必要です」
「では、こちらへ」
更に移動して大きな体育館のような広い空間へと案内された。
大型の獣や魔物を解体する為の場所らしい。
「ここでよろしいでしょうか?」
「はい」
十分な広さだ。
「ここにヒュドラを出してもらってもいいかな?」
黒のゴーレムに頼む。
スッ、と左手からヒュドラが出てきた。
「……黒のゴーレムは収納の魔法を使えるのですね」
収納魔法という言い方で合っているのか。
わらわらと解体所の職員たちが集まってくる。
「これは見事なヒュドラだ!」「状態もいいぞ!」「頭を一撃か。いい腕だ!」「いや、下腹部にも傷があるぞ?」
いろいろ言っている。ギルマスもじっくりと見ている。
「これは素晴らしいですね! さすがです、セシリア様!」
さすがと言われても。俺は何もしてないし。
「このヒュドラ、黒のゴーレムが倒したんですよ」
「そうですか、さすがですね!」
そう、黒のゴーレムは凄い。
「あら? このヒュドラ、血抜きされているのですか?」
「ええ、肉を食べてみたかったので。ヒュドラの肉って食べられますか?」
「ええ、美味しくて高値が付きますよ。でも血抜きされているのは惜しいですね」
マズかったのか?
「血抜きしない方が良かったですか?」
「ええ、ヒュドラの血も様々な使い道があって素材としての価値が高いので」
「そうですか、知りませんでした」
そういう知識も学ぶべきだな。学ぶと言えば、
「魔物や獣に関する知識を得る為にはどうすれば?」
「概要をまとめた書物があります。ギルドで閲覧可能ですし、販売もしています」
書物という事は……
「それは文字で書かれているんですよね?」
「ええ」
やはり。だが俺はこの世界の文字が読めない。
今までは読めなくても特に困らなかったが今後は魔法の勉強もしたいし、読み書きができるようにならないと。というか、字が書けないんだから借用書だって自分で書けないじゃん。気付けよ、俺。
「私は字が読めないのですが、この世界の文字って全部で何文字あるんですか?」
「68です」
68……アルファベットは26なのに。字を覚えるだけでも大変そうだな。
「字が読めないのに、どうやって魔法を学んだのですか?」
「えーと、独学で?」
他に何て言えばいいんだろうな?
「独学……セシリア様は特別な才能をお持ちになられているのですね」
特別か。間違いではないな……そうだ!
「読み書きができるようになる魔法のスクロールってありますか?」
「はい、あります」
あるのか! さすが魔法の世界! ならば、
「それっていくらですか?」
「金貨50枚です」
500万……でも、それだけの価値はある! 何としても手に入れなければ!
「セシリア様、このヒュドラを当ギルドに卸して頂けないでしょうか? こちらに卸して頂けるのであれば、読み書きができるようになるスクロールを半額でご用意致します」
半額!? 250万も値引きするのか!?
ヒュドラでどれだけ儲けるつもりなんだ? さぞおいしい取引なんだろうな。
有難い話ではあるが、ヒュドラは黒のゴーレムの物だ。同意を得なければ。
「ヒュドラをギルドに売ってもいいかな? いいと思うのならそのままで、嫌ならまた収納して欲しい。どうかな?」
黒のゴーレムは動かない。売っていいようだな。
「えっと、良さそうなのでお願いします」
「ありがとうございます! ……セシリア様、今のやり取りは?」
「このヒュドラは黒のゴーレムが倒したので当然黒のゴーレムの物です。売るには同意が必要です」
「黒のゴーレムはセシリア様の従魔なのでしょう?」
「ええ」
ギルマスが不思議そうな顔で聞いてくるが、従魔というのは形だけのものだ。
「従魔が倒した魔物はセシリア様の物ですよ?」
「そういう考え方もあるでしょうね」
不安がる人間達を宥める為に契約してもらっただけで、黒のゴーレムは「従う者」ではない。仲間だ。
ヒュドラを倒す際に何の貢献もしていないのに分け前を要求するほど俺は恥知らずではない。
スクロール分のお金はヒュドラを売った代金から引いてもらって、支払いは待ってもらえるように後で頼むとしよう。
まぁこれも十分厚かましいけど、そこは大目にみてもらえると期待しよう!
「ヒュドラを売るとどれぐらいの金額になるのでしょうか?」
「これほど状態の良い物なら最低でも白金貨15枚にはなるでしょう。実際にはもっと大きな金額になると思います」
15億! そんなに高くなるのか! 凄いな!
黒のゴーレムよ、お前、一気にお金持ちだぞ!
「凄い金額ですね。そのお金はいつ受け取る事ができますか?」
「およそ2ヶ月後です」
「分かりました」
後で預かり証を渡すと説明されたが、文字が読めないとその預かり証を貰っても困った事になっていたな。スクロールの可能性に気付いてよかったぜ。
早速解体作業を始めようとする職員達。解体作業を見学したいが子供達の事が気になる。
一度部屋に戻るか。
「子供達の様子を見たいので、部屋に戻ろうと思います」
「はい、ご案内します。スクロールもすぐにご用意致します」
「お願いします」
部屋に戻ると子供達は大人しくしていたが、女性職員が困惑している?
「どうかしましたか?」
「子供達は大人しかったのですが、あまりお話できませんでした。名前を聞いても答えてくれなくて」
「分かりました。みてくれてありがとうございます」
女性職員は一礼して部屋から出て行った。
名前か。
子供の前で屈み込んで目線を合わせる。
「そういえば名前を言ってなかったね。私はセシリア。よろしくね」
「……せせりあ?」
惜しい! 3文字合ってるよ!
「あなたのお名前を教えてくれる?」
「……しー」
「しー?」
頷く子供。シーなんて名前があるのか?
「しーちゃん?」
また頷く。本当か?
「そう。教えてくれてありがとう」
赤ん坊の様子を見る。起きているが大人しいな。
抱っこして子供の前に戻る。
「この子の名前を知っているかな? 知っていたら教えてくれる?」
「くー」
「くーちゃん?」
頷く子供。マジか。名前の最初の一字なんじゃないの?
ギルマスがスクロールを持ってきた。
「お待たせしました。こちらがスクロールになります」
「ありがとうございます。ちょっと教えてもらいたいのですが」
「何でしょう?」
「『シ』で始まる子供の名前って何がありますか? あと『ク』も」
「『シ』ですか?」
「ええ、シで始まる男の子の名前を思いつかないのですが」
「男の子? もしかしてその子供の事ですか?」
「ええ」
「その子は女の子では?」
「え?」
そうなの? 髪短いけど。
ギルマスが子供の体を調べ始めた。
「女の子です」
そうか……赤ん坊も確認する必要があるな。
おむつの外し方が分からなかったのでギルマスに頼んで確認してもらった。
「こちらも女の子です」
そうか。姉妹……だよな?
ギルマスから赤ん坊を受け取ってまた抱っこする。
「しーちゃんとくーちゃんは姉妹で合ってる?」
頷く子供。「シ」で始まる女の子の名前……
「シンシア、シンディ、シエラ、シルヴィア……」
ピクッ。
女の子が少し反応した。
「シルヴィア?」
頷く女の子。そうか、シルヴィアというのか。
「この子の名前は? クリス、クロエ、クララ、クレア……」
また少し反応した。
「クレア?」
頷く。赤ん坊はクレアか。
「セシリア様、スクロールを使用されましたらこちらの書類で読める事を確認してください。私は所用があるので席を外しますが何かありましたら職員をお呼びください。では」
俺に確認用の書類を渡すと忙しそうに出て行くギルマス。何となく嬉しそう。
きっとヒュドラの件で忙しいのだろう。
俺もいろいろ考えないと。
何を考えるかというと、この姉妹、そして足長の事である。
(新しいメンバーが必要ではないだろうか? 後衛の魔法使いとか)
森の中でこの話をしてからなんだよな。
黒のゴーレムが先へ進んで足長と遭遇し、狼が姉妹(と母親)を見つけたのは。
まさかとは思うが、偶然だと思いたいが……無理だ。
一回ならまだしも、二回続けて「偶然」は無理がある。
こいつら、「新しいメンバー」を見つけたつもりなのではないか? そう思えてならない。
もし、幼女達に身寄りが無かった場合、俺が幼女達の将来について責任を負わねばならないのでは?
少なくともその事について考える必要はある。そして、コミュニケーションについても。
我々のコミュニケーションには問題があると認識せざるを得ない。
こちらの言葉が伝わっているのは間違いないが、相手の意思を知る方法が無い。
いつも何となく、である。これはいけない。
今までは良い方法が思いつかなかったが、今は違う。
そう、「読み書き」ができるスクロールだ!
これで俺が文字の読み書きができるようになれば、少なくともゴーレムとは筆談で意思の疎通を図る事ができるのでは?
早速試してみよう。
まずはスクロールを使用して、文字を読めるか書類を見て確認する。
この紙は和紙に似ているな……問題無く読める。
なぜかギルド職員の勤怠管理表だった。なぜこんな書類を渡したのか……
書く事ができる、というのも分かる。
次に職員に頼んで紙と書く道具を売ってもらう。
ギルドで使っている紙を買う事ができた。
A4サイズの大きさの紙が5枚で銅貨1枚(200円ぐらい)という価格は高いのか安いのかよく分からないな。とりあえず100枚買う。
書く道具は鉛筆によく似ていて、1本銅貨1枚。
芯の部分が何でできているのか分からないけど書けるなら問題ない。5本買う。
予備として作ったストーンプレートを魔法袋から取り出して、サイズを小さく薄くして紙がセットできるように表面にくぼみを作る。
紙をセットすれば、これでコミュニケーションツールの完成だ。
黒のゴーレムの前でお手本を示す。
「ここに私の名前を書くから見ていて欲しい。そして書き方が分かるのならここに自分の名前や、他にも何か書きたい事があれば書いて欲しい」
(私はセシリアです)
紙に書いているところを見せて、「コミュニケーションツール」を渡す。
黒のゴーレムは片手でプレートを受け取るとすぐに書き始めた。
成功だ! 我ながら良いアイデア!
……長いな。
黒のゴーレムがなかなか書き終わらない。そんなに言いたい事があったのか?
読むのが楽しみだが、苦情の羅列とかだったら怖いな。
ようやく書き終わったらしい。俺に渡してくれる。どれどれ……
それは「絵」だった。「セシリア」を描いた絵。なぜなのか。
俺、自分の名前って言ったよね!? 何か書きたい事があれば、とは言ったけど、絵とは予想外過ぎる! しかも上手い!
写真のように精密で、どうりで長い筈だよ。
いや、この絵ならむしろ早い。短時間でよくここまで描けたな、というレベル。
更に、何となく美化されているような? 痩せているところが巧妙にぼかされている。気を使っているのだろうか? この気配り上手さんめ!
「凄く上手だね! びっくりした! これは額に入れて飾っておきたいよ!」
素晴らしい絵だが、本題からは外れている。よしもう一度! ん?
足長が何か言いたげ。足長も書きたいのか? よし。
「足長も書いてくれる? 書いて欲しいのは文字なんだけど。黒のゴーレムもできれば文字を書いて欲しい」
新しい紙をセットして渡す。足長にももう1つコミュニケーションツールを作って渡す。
……これはダメだ。両者とも明らかに字ではない別の何かを書いている。
たぶん絵なんだろうな。
足長が書いたものを見せてくれる。
やはり絵だった。「セシリア」の絵。
こちらはまるで印象派の画家が描いたかのような、柔らかな雰囲気の絵だ。これも非常に上手い。
そして多少美化されている。こちらも気を使ってくれているようだな。
「ありがとう。上手だね! 気に入ったよ!」
「額」ってどこかで売っているかな? いっそ自作するか? 土魔法で作るか。ちょっと重くなるけど。
描かれているばかりではいけないな。こちらも描いてやろう。
絵を2枚描く。
1枚は黒のゴーレムがヒュドラと戦っているところ。
もう1枚は足長が獣を倒している姿。
絵を描いていると、シルヴィアがこちらを見ている事に気が付いた。
いかーん、ちゃんとシルヴィアを見ていなければ!
「しーちゃんも描いてみる?」
頷いたのでシルヴィアにもお絵描きセット(コミュニケーションツールから改名)を作って渡す。
シルヴィアもすぐに何か描き始める。何の絵かな?
……あぁ、これはたぶん「お母さん」の絵だな。
大人の女性と、傍には小さな女の子。きっとシルヴィアだろう。
2人は手を繋いでいて、もっと小さな子もいる。クレアだな。
3人が笑っている。
素敵な絵だ。シルヴィアには才能があるな。もっといっぱい描くといいよ。紙ならたくさんある。
たくさん描けば、いつでもお母さんと会えるよ。




