第3層の悪夢
ゆっくりと近付いていく捜索チームのメンバー達。
近付くに連れて、黒い物体の詳細な形が分かるようになってきた。
頭と胴体が一体になっているずんぐりとした形。
大きく横に張り出した肩、長い腕。ゴーレムの姿だ。
顔に相当する部分にはV字型のブーメランのような形のスリットがあり、その奥には鈍く光る黄色の目のようなもの。
凄く、ハイなゴッグに似ている。ただし色は黒。
「あれは何?」
「黒いゴーレム。『黒の魔物』よ」
「見たままじゃん。そうじゃなくて!」
ジュディの緊張感がヤバい。こっちまで緊張してくる。
「危険なのか?」
「ええ」
「どれくらい?」
「今すぐ全力で逃げ出したいくらい」
「近付いてるじゃん!」
ゆっくりと近付き続けている俺達。
「でも逃げる訳にはいかないわ」
「なぜ!?」
さっきからミスティが変な動きをしている。
魔道具を持って大きく左へ移動したかと思ったら、戻ってきて今度は大きく右へ。
何してるの?
「あそこよ」
一言そう報告するミスティ。あそこってゴーレムのいる所の事か?
「あのゴーレムのいる所の右下の床を見て。向かって右よ」
「床?」
ゴーレムの右側の床部分を見る。何かあるのか?
目を凝らして見ると、何か青い石のような物が……
「あの青い石の事か?」
「そうよ。あれは貴族なの」
「……はぁ?」
「貴族なの」
「どういう事?」
意味が分からない。
「貴族は死ぬと魔石になるの。正確には魔石を残して消えてしまうのよ」
「全く意味が分からない」
マジでどういう事なんだよ!
「つまりあの魔石は遺品であり、遺体でもあるの。そして私達はあれを回収するのよ」
「回収?」
あの石、黒いゴーレムのすぐ近くにあるように見えるんだけど!
あのゴーレムの大きさがよく分からない。
「あのゴーレムの大きさはどれぐらい?」
「たぶん、あなたより少し大きいくらいね」
意外に小さい。1.2~1.3mくらいか?
だとするとあの石はゴーレムの2m以内にある、という事だぞ?
近過ぎるだろう!
「危険じゃないの?」
「もちろん危険よ。でもやらなくては。私達はここへ仕事で来たのよ。手ぶらでは帰れないわ」
なんというプロ意識! でも命懸けなんじゃないの?
「あのゴーレムがどれくらい危険なのか教えて欲しい」
「黒の魔物には魔法による攻撃が一切効かないの。魔法使いである貴族や魔法具を使う者にとっては最悪の敵よ。騎士達はこの魔物にやられたのではないかしら?」
「ヤバいんじゃないの? 逃げよう!」
「魔石を回収してからよ」
「本気なのか!」
いつの間にかクリスがゴーレムの後ろ側に回り込んでいる。
ミスティはあちこち動き回っている。
「2人は何をしているんだ?」
「魔石を探しているのよ。こちらで何とかゴーレムの気を引いて、その間に2人に魔石を回収してもらうのよ」
「気を引く? 攻撃するのか?」
「絶対にだめよ。攻撃しないで。攻撃したら敵認定されて私達は全滅するわ。絶対にだめ」
「ハミルの攻撃は?」
「彼の槍は魔法具なのよ? 効果が無いわ」
「そうなのか、ハミル」
ハミルが近くまで来ている。
「あぁ、魔法具だと無理だろうな。だが、こんな事もあろうかと普通の槍も持ってきてるぜ」
ハミルの手には今まで使っていたのとは違う、白い綺麗な槍があった。
魔法袋の中に入れていたのか。
「こいつと我が槍術で、あいつにダメージを与えられるか試してもいいんだぜ?」
魔法がだめなら物理で殴る、みたいな?
「絶対にだめよ。ハミルには撤退に備えて退路を確保してもらうわ。いいわね?」
「チッ、了解だ」
舌打ちして下がるハミル。
「あいつでもだめなのか?」
「Aランク1人でどうにかなる相手じゃないわ。100人でも足りないくらいよ?」
「そんなにか」
超ヤバいわ、それ。
「攻撃しなければ、あいつはこちらを攻撃しないのか?」
「攻撃すれば敵認定されて襲ってくるけれど、攻撃しなければ襲ってこないなんて保証は無いわ。いつでも襲ってくる可能性はあるの」
いつ爆発するか分からない爆弾の傍にいるようなものだな。
「あいつ、全然動かないんだけど」
こちらをじっと見ている。見ているのか?
「そうね」
そう言うとジュディはゆっくりと右へ移動していく。どうした?
結構離れた後、止まる。
ゴーレムに変化は無い。
「ヘレン」
「了解」
今度はジュディに声をかけられたヘレンが俺を背負ったまま左へ移動する。
「何をしているんだ?」
「あのゴーレムが何を見ているのか確かめているの」
黒いゴーレムの視線の先には……土ゴーレム?
動かしていない俺の土ゴーレム。
あいつは俺の作ったゴーレムを見ているのか?
「ヘレン、もしかして」
「そうねぇ、あなたのゴーレムを見ているのかも」
ジュディがすぐ横に来ていた。
「ジュディ、試してみる?」
「……」
考え込むジュディ。
「ゆっくりとあなたのゴーレムを近づけて。ゆっくりよ。そして絶対に攻撃してはだめ」
「分かった」
土ゴーレムを黒いゴーレムに近づける。
慎重に、でも気安い感じで、挨拶しに行くような感じで。
やあ、こんにちは! お仲間さんかな? はじめまして!
黒いゴーレムの手前、4~5m辺りで土ゴーレムを止めて挨拶の仕草をさせてみる。
黒いゴーレムは反応しない。土ゴーレムと視覚を共有してみる。
より近くで見る黒いゴーレムは格好良いな。そして凄く怖い!
スリットの奥には黄色く光る目。
その目がこちらを見ている。
ゆっくりと、黒いゴーレムの周りを時計回りで歩いてみる。
土ゴーレムの動きに合わせて体の向きを変える黒いゴーレム。
反応した!
「ジュディ!」
「そのまま、ゆっくり。左へ移動して」
土ゴーレムを左方向へ。黒いゴーレムを誘導するように、友達を誘うような感じで。
一緒に遊ばない? こっちへ来てよ!
ゆっくりと左へ移動する。
魔石のある所、クリスやミスティのいる所から引き離すように。
黒いゴーレムはついて来る。友達に誘われた子供みたいに。
少し移動した後、黒いゴーレムへと向き直り、大きく両手を広げてみせる。
何して遊ぶ? 君は何をしたい?
大袈裟な動き。体を揺らして黒いゴーレムの気を引く。
さらに歩く。黒いゴーレムはついて来る。
「クリス、ミスティ、急いで」
「了解」
「後少し」
2人が床を見ながら動いている。床に手を伸ばして魔石を拾っている。
まるで落ち穂拾いのように、命の残滓を拾っている。
「回収した魔石の数は全部で13個よ」
「もう見つからない。全部見た」
「撤収するわ。ハミル、ミスティ、先行して。ヘレン、続いて。クリスとジュガンは最後尾。警戒を怠らないで。セシリア、ギリギリまでゴーレムを動かして黒いゴーレムの注意を引きつけて」
「「「了解!」」」
「……了解だ」
土ゴーレムの視点で黒いゴーレムを見る。
黒いゴーレムの目は青い色になっていた。
優しく光っている。そんな風に見える、暖かい青。
俺達はマーブル模様の空間から離脱した。
距離が離れると土ゴーレムと視覚を共有できなくなった。
振り返って後ろを見る。
小さくなっていくゴーレム達の姿。
足早に歩くヘレンの背中の上から見えなくなるまで、ずっとゴーレム達の姿を見続けた。
前を見る。
またおかしな色彩が始まっている。
まるで悪夢の中にいるみたいな、そんな心象風景を表しているようだ。
土ゴーレムを感じられなくなった。もう動かせない。
黒いゴーレムは魔物だ。危険な魔物。
その魔物から皆を守る為に頑張ったんだ。
その為に、騙したんだ。
まるで友達になりたいみたいに振舞って、一緒にいられて嬉しいみたいな仕草をして。
何も悪くない。魔物相手に気にする必要なんてない。
あれは魔物であって、断じて子供などでは無い。
ひとりぼっちで寂しい子供などではないんだ。
そんな風に思うなんて間違っている。
俺もおかしくなっているのかもしれないな。
黒いゴーレムの目が優しい色に見えたとしても、そんなのは錯覚だ。
きっと視力がおかしくなっているんだろう。
土ゴーレムを襲わなかったのも、ただの偶然だろう。
仲間がいて、友達ができて喜んでいるように見えたなんて、本当にどうかしているわ。
悪い夢を見ているみたいだ。俺はどうかしている。
気持ちが悪い。吐きそうだ。
本当に、どうかしているわ。
俺達は第2層へ戻っていた。
明るい空。気分も軽くなるわ。
「良くやってくれたわ、セシリア。大活躍ね」
「そうか? ありがとう」
「生き延びる事ができたのはあなたのおかげよ」
「そうか」
「報酬も引き上げるべきね。ギルマスに掛け合っておくわ」
「そうか。ありがとう」
「……どうしたの? 嬉しくないの?」
「嬉しいとも」
お前も視力がおかしくなっているのか? 喜んでいるだろう?
悪夢のような第3層。自分で作り出した悪夢。
俺はもうこのダンジョンには入れないのだから、関係ないね。




