外の世界
そういえば、外はそこそこ暑いのにこの小部屋の中は涼しいな?
魔法的なエアコンでも効いているのか、それともジュディの醸し出す冷たい雰囲気のせいかな?
「治癒魔法?」
「ええ、そうよ。あなたの治癒魔法」
「俺は治療魔法使いじゃなかったか?」
「ステータスに書いてあるでしょう?」
治癒魔法 Lv 3
だがそれは他人には分からない筈だろう? 看破のスキルを持つ者以外には。
「あなた、従魔の部位欠損を治したでしょう?」
「それがどうかしたか?」
まさか。
「もしかして、治療魔法では部位欠損を治す事はできないのか?」
「ちぎれた腕や脚を繋げて治す事はできるわ。けど、失われた腕や脚を『再生』する事はできない。治療魔法ではね」
そう、だったのか。
「それができるのは『治癒魔法』だけよ。奇跡の力、伝説と言われるほどの力。失われた体を再生する魔法を使うという事は『私は治癒魔法使いです』と大声で叫んでいるようなものよ」
確かに俺はこの世界の魔法についてよく知らなかった。
よく知らないうちに、魔法を使った。
「前に話したでしょう? 治癒魔法使いは複数の国同士で戦争が起きるほど、人々に求められる存在だと。愚かよね? 人の命を救う力なのに、その力欲しさに人は争い、奪い合い、殺し合うのよ。人は本当に愚かね?」
「争わずに、皆で共有すればいいんじゃないか? 順番に治癒の力を受けるとか」
「その順番は誰が決めるの? それにあなたの魔力は無限にあるの? あなたの前には救いを求める人達が列を成して待ち続けるわ。いつまで治癒魔法を続けるの? 1日中? 1年中? 死ぬまで?」
MP 93/100
「無限ではないな。それにずっと働き続けるのも勘弁して欲しいわ」
「魔力を使い切った後、助けを求める人達に向かって『悪いな、魔力切れなんだ』と言うの? 言えるの? 疲れて休みたいから、あなたの前で死にかけている人に『明日にしてくれ』と言えるの? 他の誰かに代わって言ってもらう?」
「もういい。わかった」
「いいえ、わかっていないわ。人は奇跡を求めるの。奇跡の力があると知ればそれに縋るのよ。その力に限界があると言っても信じない。信じたくないからよ。人は自分の信じたい事だけを信じるの」
どこかで聞いた話だ。
「救いを求める人達はたくさんいるわ。世界中にたくさんよ。あなたはその内どれだけ助けるの? 助けられなかった人はどうするの? どうすればいい?」
「助けてもらえなかった人達の家族や友人が皆物わかりが良いとは限らないわ。恨み言を言うだけでは済まないかもしれない。掴み掛かったり、暴力を振るうかもね?」
「その時あなたはどうするの? あなたは自分の身を守れるの? あなたはどんな悪意や憎悪からも自分を守る事ができるほど強いの?」
Lv 5
HP 50/50
「強くはないな」
「ハンターギルド職員の制服は『ある程度』はあなたを守ってくれるわ。物理攻撃からも魔法攻撃からも、あるいはそれ以外のものからも。だけど何よりも誰よりも本当にあなたを守るのは、あなた自身の振る舞いよ。
外で善意を振りまくのはやめなさい。
外で奇跡を見せるのはやめなさい。
誰かを助けたいのなら、ハンターギルドの中ですればいいわ。もしあなたに掴み掛かってくるような者がいれば私達が排除する。私達は口が堅く、同僚を守るの。ギルドマスターがそう言ったでしょう?」
そうだな。そしてお前はサブマスターだったな。
これが『ギルド』の意思か。
もういい、わかった。
「知っているかしら? 治癒魔法使いは凄く大事にされるの。王侯貴族のように」
「それは聞いた」
「でも、長生きしないの。すぐに死んでしまうの」
「なぜだ?」
「自分の力を欲しがって争い、殺し合い、憎しみ合う人達に絶望したり、世の中に救いきれない人達がいる事を嘆いたり、愛する人をなぜ助けてくれなかったのかと詰る声に傷付いて心を壊してしまうのよ。大抵は自殺ね。そして、大事な治癒魔法使いをなぜ死なせてしまったのかと、また人は憎しみ合って殺し合いをするのよ。知っているかしら?」
「何を?」
「治癒魔法使いが救った命の数よりも、その力を手に入れようと争って死んだ人の数の方がずっとずっと多いのよ。本当に、愚かしいわね」
もういい。ロビーに戻ろう。客が来ているかもしれない。金を稼がねば。
「ロビーに戻るわ」
「ええ、いいわよ」
部屋の外へ出ようとするとジュディが声をかけてきた。
「セシリア」
「何だ」
「ギルドの外でエクスヒールを使うのは止めた方がいいわ。それはあなたを」
じっと俺を見る、冷たい目。
「破滅させるかもしれないわよ?」
ロビーに戻る。現実に帰ってきたような気がするのは、気のせいかな?
小さな治療スペースには客が来ていた。違った。ギルド職員の制服。ヘレンだ。
「何してるんだ?」
「セシリアにぃ、話があるのぉ」
「何だよ?」
「業務外の善意についてよぅ」
「何だって?」
何言ってるんだこいつ?
「昨日のドラゴン戦でぇ、私の仕事はあなたを守る事だったのぅ」
そうだったか? お前は人体を粘土のようにこねくり回していただけじゃないか?
「つまりぃ、治療のお手伝いはぁ、業務外なのよぉ。私の思いやりの心ぉ」
本当に何を言っているんだ? それも仕事の内じゃないのか? まぁいい。
「それで?」
「思いやりを見せた同僚にぃ、あなたは感謝の意を示すべきなのぉ。それが大人のマナーなのよぅ」
そんなマナー知らんわ。本当か? それ。
「具体的には?」
「私ぃ、かき氷が食べたいわぁ」
「それはただのタカりだろう?」
こいつ本当にありえないわ。素直に奢ってくれと言えよ。こんな幼女にタカるとは。絶対こいつの方が金を持っている筈なのにぃ!
「どこで売っているんだ?」
「出前があるのぉ」
「かき氷の出前とか」
まぁいい、おれもかき氷食べようかな?
「呼べ」
「ありがとうぅ」
「毎度! かき氷屋です!」
目の前で氷を削るかき氷屋の兄ちゃん。
しょりしょりしょり。
できあがった氷の山。ん? シロップは?
「シロップは無いの?」
「シロップは別料金です!」
「いくらだ?」
「私ぃ、練乳がいいわぁ」
「……いくらだ?」
「銅貨5枚です!」
「ありえないだろ」
1000円ってありえないだろ。ん? まてよ?
「氷はいくらなんだ?」
「銅貨10枚です!」
「高いわ!」
本当にありえない。ぼったくりが横行するこの狂った異世界。そうか! これが異世界の定番、『甘味が高い』か!
この中途半端に高い価格にムカつくわ。
「セシリアはぁ、何にするのぉ?」
「……いらねぇ」
かき氷なんて水だろう?
狼はいる? あ、そう。同じのもう1つ!
「練乳をかけてぇ?」
そんな練乳をかけて、みたいな。あ、あってるのか。
「ほらよ」
たぷっ、たぷっ、たぷっ。
「幼女の奢りで食べるかき氷は美味いか?」
「おいしいわぁ」
「どうせならジュガンにでも奢らせればいいじゃないか。あいつ金持ってるぞ?」
「ジュガンは年下だからぁ、奢らせるのはぁ、ちょっとねぇ?」
「おい、俺の目を見ながらもう一度言ってみろ」
お前の目には俺が年上に見えるのか? お前も視力が低下しているのか?
「ジュガンは年下だからぁ、奢らせるのはぁ、ちょっとねぇ?」
俺の目を見ながら繰り返すヘレン。こいつマジやばい。やっぱり近付いちゃダメなやつだったわ。
かき氷を食べ終わるヘレン。
「もう一杯、いっていいかなぁ?」
「いい訳ないだろ」
お前の血の色は何色だ? そしてかき氷屋は早く帰れ。追加注文などないぞ?
所持金がさらに減っていく。
客はまだか。
夕方、ハンター達がやってきて受付へ向かっていく。
俺の所には誰も来ない。怪我人はいないのか。
結局、客は1人だけ。しかも突き指。ハンターが突き指なんてしてんじゃねーよ!
「ヒール!」
毎度あり!
今日の稼ぎは銀貨1枚。借金返済の道は長く険しい




