客が来ない
絶対に借金はしない。
固く心に誓ったあの日から早1日。3日ですらない。
ブラックギルドの腹黒女にいいように転がされている幼女。
それは俺。
どうしてこうなった。「紙防御」の俺が悪いのか。
明るい未来がどこにも見えない。
俺はどこへも行けない。借金を返すまでは!
出勤初日、働く前から1500万もの借金を負った俺。
アトールに相談してみたら? 相談できないわ。
だってあいつは法律事務所じゃないから。
何も戻ってはこない。
制服に着替える。サイズはピッタリだ。
どこかの国の警察官の制服として採用されていそうなデザイン。
生地は布のようで布ではない、何とも形容しがたい固めの手触り。
だが動くには何の支障も無い。「しなやか」とさえ言える。
こいつが本当に謳い文句通りの性能なら、払った金に見合うだけの価値があるのだろう。
まだ払えてないけど。
確かにギルド職員達はあの狂った戦場でも誰も治癒魔法を受けに来なかった。
ハンター達には何十回もヒールをかけたのに。
だから仕方なかったんだ。そうなんだ。
俺がこの制服を欲しがるのは必然だったんだ!
「あら、良く似合っているわね」
視力が回復したらしいジュディが褒めてくれる。
ジュディと一緒にロビーに戻る。
こうして、俺のパートの仕事が始まった。
「ジュディ」
「何かしら」
「俺の仕事が始まらないんだが」
客が来ない。
朝のハンターギルドのロビーは閑散としている。
何人かのチンピラハンターがダベっているだけ。
「なぜこんなに人がいないんだ?」
「ハンター達はもっと早い時間帯にギルドに来て仕事を見つけて出て行くからよ。若いハンターは皆そうよ」
「若い?」
「低ランクハンターの事よ」
「じゃあ高ランクハンター達はどうしているんだ?」
「高ランクは当分の間働かないんじゃないかしら」
「何でだよ」
幼女でさえ働いているのに!
「高ランクは昨日結構稼いだみたいだから」
「ドラゴンの事か? 分配金はいつ貰えるんだ?」
「2ヵ月後ぐらいかしら」
「長いわ」
何でそんなにかかるんだよ。
「ドラゴンを解体して素材としての処理をするだけでも時間がかかるわ。それを売ってお金に換えて、ハンター達の評価査定をして金額を決めるまでには早くても2ヵ月はかかるわ」
「その間はどうするんだ? 高ランク達は貯金があるのか?」
堅実だな。
「それもあるでしょうけど。昨日、皆ドラゴンの鱗の欠片を拾っていたでしょう? あれで結構な額のお金を稼いだのよ。欠片はすぐにお金に換える事ができるから」
「何だとぅ……」
農婦達が聞いたら血の涙を流して悔しがるに違いない。
もちろん俺は流さない。悔しくなんか無いからぁ!
そういえばジュガンのやつ、たくさん持っていたな。
「弟さんはどれぐらい稼いだんだ?」
「ジュガン? そうね、金貨20枚くらいかしら」
「何だとぅ……」
200万! そりゃ働かないわ。
「どうせすぐに使い切ってしまうわ」
「金遣いが荒過ぎるんじゃないか?」
宵越しの金は持たねぇ! というやつか? 堅実じゃないわ。
さすがジュガン。雑魚っぽい!
「酒か? 女か? 博打か?」
「女よ。女に貢いでいるの」
安定のクズ。それがジュガン。
「その献身は実っているのか?」
実る訳ないだろうけど。
「先月フラれた筈なのよ」
やっぱり!
「でも『俺が諦めるまで俺の恋は終わらない』って言っていたから、きっと今日も女の所へ行くんじゃないかしら」
何か格好良いセリフだけど、それってストー(以下略)
止めてやれよ姉ちゃん。
まぁいい。やつが稼いだ金なんだ。好きに使えばいいさ。
俺には関係ない。人の事より自分の金策を考えねば。
「お金に困っているの? それならギルドで「結構です」そう」
こいつ! まだ俺に借金を負わせる気か!
「困っているの?」じゃねーよ! 半分はお前のせいだろうが!
(半分は俺のせい)
ヒール1回で銀貨2枚だろ? 俺の取り分は1枚。
10人にかけたら金貨1枚。20人なら金貨2枚。
意外と大きくね? 幼女には大金だ。
昨日の事を考えれば、怪我人がたくさんいれば借金の返済も結構すぐに終わるのかも? と考え直しかけていたのに、客が来ない。
「客はいつ来るんだ?」
「客? もしかして怪我をした人の事かしら? 怪我人を待ち望んでいるなんて、悪い子ね」
ニヤリと笑うジュディ。
悪そうな顔! 違った。こいつは悪そうではなく、「悪」だったわ。悪女。
「俺が稼がないと借金を返せないぞ? いいのか?」
「冗談よ。別に急いで返さなくても、いつまでも働いてくれていいのよ?」
こいつ! 借金で俺をここに縛り付ける気か!
「いつまでも」だと! 超ブラック! ありえないわ。
俺はパートの腰掛けなんだよ。結婚したら退職しまぁす!
「仕事を終えたハンター達が来るのは夕方以降よ。その時に怪我人がいればあなたの出番よ」
「夕方? じゃあ朝からここへ来る必要はないのか?」
「そんな事はないわ。いつだって怪我人や病人が運ばれてくる可能性はあるもの。待機している必要はあるわ」
「朝も?」
「ええ」
「昼も?」
「ええ」
「夜も?」
「ええ」
「ええ」じゃねーよ。いつ休むんだよ! 24時間働けませんよ。
そういえば、
「ジュディ」
「何かしら」
「この世界では1日は何時間なんだ?」
「……26時間よ」
26時間働けと言うのか? 超ウルトラブラック! 果ては無いのか。
次は何だ? ミラクルか? ミラクルブラック!
気が遠くなるね!
「そんなに長く働けないんだが」
「1日の仕事の中に休みを入れればいいのよ。判断は自分ですればいいわ」
それを聞いて俺が喜ぶとでも思ったか? ブラック上司め。
まぁいい。当面は稼がなければならないのだから。ギルドに住み込んでやるわ!
客が来ない。
「客が来ないと収入が無いんだが」
「そんな事はないでしょう?」
「そんな事はあるでしょう? 歩合なんだから」
お前がそう言っただろ?
「歩合? 給料だってあるわよ?」
「何だと!!」
そんな事説明したか? お前?
「説明しなかったかしら? もちろん給料はあるわ。働きに応じてちゃんとでるわよ。当然でしょう? あなた、ギルドを何だと思っているの?」
超ウルトラブラックだと思ってました。
給料の話は一番重要な事だろう? ちゃんと説明しとけよ姉ちゃんちゃんと!
「俺の給料はいくらなんだ?」
「そうね、1日銅貨1枚くらいかしら」
「安過ぎだろ!!」
搾取! 搾取ですよ皆さん! 皆さんて誰だよ。誰でもいいわ。
超絶のミラクルブラック! 奇跡はあるよ。ここにあった!!
「冗談よ」
「お前の冗談は笑えないんだが」
冗談って笑える話の事だろう?
「まだ働いていないあなたの給料の額は決まってないの。今後の働き次第ね」
「幼女をドラゴンの戦場へ連れ出しておきながら、お前は何を言っているんだ?」
あれが働いた事にならないとか、ミラクルの先があったわ。
もう俺には言葉が思いつかない。もう何も分からないよ。
「対ドラゴン戦の事なら分配金があるでしょう? 金貨150枚くらい。給料は別の話よ」
それじゃ足りないんだよ!
客が来ない。
閑散としたロビー。客どころかダベっていたハンターすらいなくなった。
昼時みたいだ。とりあえず、飯にするか。
外へ昼飯を食べに行く。
中央広場を適当に歩いて、適当に食べる。
広場から北へ適当に歩いていたら、だんだん辺りの様子が怪しくなってきた。
おかしいな?
道に迷った。
おかしい、太陽の位置で大体の方角は分かる筈なのに。これ、南の方なんじゃね?
屋台の兄ちゃんが言ってた治安の良くない辺りじゃね?
戻るか。
戻れない。
適当に歩き過ぎたわ。どうするかな? 狼に聞くか。
「なぁ、狼。俺達、道に迷っているんだが……」
狼はあさっての方を見ている。何を見ているんだ?
狼が見ている先には、ちょっとした空き地で上半身裸で草むしりをしている男の姿があった。
あいつに聞いてみるか。
「ちょっといいですか?」
「あ?」
ガラの悪そうな兄ちゃん。体には火傷の跡? らしきものが。大丈夫なのか?
「道に迷ったので、道を教えて欲しいんだけど」
「迷った? ……お前、ギルドの職員か?」
おお! ギルド職員に見えるのか。こんな幼女でも!
制服のおかげだな。
自分の力ではない。この制服のおかげだという事を忘れるなよ、俺!
「道案内をして欲しい。礼はする」
銅貨を取り出して見せる。
「あ? 銅貨なんか何の役にも立たねぇよ!」
ペッ、とツバを吐く兄ちゃん。ガラ悪いな!
「なら、何が役に立つんだ?」
「ギルドの職員なら治療魔法使い様を連れて来いよ。そいつなら役に立つぜ!」
道に迷ったと言ったんだが。そのギルドに帰れないんだよ。分かっていないのか?
まぁいい、火傷の治療をして欲しいという事か?
「俺がその治療魔法使いだよ」
「ああ? ナメてんじゃねーぞ、オラァ!!」
あぁ、はいはい。
「火傷の跡を治してやるよ。道案内の代金だ。ヒール!」
ぽやん。
治った。
「お、お? おぅおおおお! なんじゃこらぁあああ? 治ってるぞ!」
自分の腕や上半身を見て驚くガラの悪い兄ちゃん。
「代金を払ってもらおうか」
「お、お前! いや、あんた! 治療魔法使い様だったのか!」
「そうだよ。そう言っただろう? 早く案内しろや」
「頼む! 俺と来てくれ!」
俺を小脇に抱えてどこかへ連れて行く男。何だか必死なご様子。
おいやめろ! 俺のHPが減るだろうが……?
HP 50/50
減らない。どうしてだ? ……制服か! これがこの制服の性能か!
やったぜ! この制服の性能のおかげだという事を忘れない!
兄ちゃんが俺を連れ込んだのは何だか薄汚れた民家。
「姉ちゃん! 治療魔法使い様を連れてきたぜ!」
姉ちゃん?
部屋の中、ベッドの上で横になってヒューヒュー言ってる何か。
姉ちゃんだったのか。産業廃棄物かと思ったわ。
よく見れば人の形をしている。何この重傷患者。
「ヒール!」
ぽやん。
全身がぼんやりと光る。重傷だな。でも治った。
「あら? セディス。あなたの火傷が治っているわ。どうして?」
「姉ちゃん! 姉ちゃんも治ったよ! 治療魔法使い様が治してくれたんだ!」
泣き出す弟。よかったな。さぁ、道案内をしてもらおうか。
「まぁ、ありがとうございます。魔法使い様」
さっきまで死にかけていたとは思えないのんびりした声。
おもむろにベッドから降りて深々とお辞儀をする姉。
弟とは大違いだな。
「あの、代金の事なんですが……」
「弟に払ってもらうよ。さぁ、道案内をしてもらおうか」
姉を適当にあしらって外へ出る。
「ハンターギルドまで案内してくれ」
「魔法使い様、代金は必ず払う。絶対に金を稼いで持って行くから、信じてくれ。本当だ!」
「お前は今から払うんだよ。道案内の代金だと言っただろう」
「それじゃまるでつり合わないぜ!」
「いいんだよ。俺が決めるんだ」
「だが、そうだとしても、それは俺の治療代だろう? 姉ちゃんの分がある筈だ!」
「そうだな。それは銀貨2枚だ」
「……分かった、必ず払う。正直どれだけ時間がかかるか分からないけど、絶対に払うから……」
銀貨2枚は2万ぐらいの筈だが、払うのがキツいのか。貧乏そうだから仕方ないな。
「俺は気が長い。いくらでも待ってやるよ。だが必ず払えよ? 踏み倒すのは許さない。もし踏み倒すようなら俺の土魔法が炸裂するぜ。覚えておくがいい」
「土魔法……? 分かった。絶対に払う。絶対にだ!」
「いいだろう」
「ところで、お前は姉があんな状態だったのに何で草むしりなんてしてたんだ?」
「あれは、多少は火傷を治す効果がある薬草を採取してたんだ。ポーションほどの効果は無いけど何もしないよりはましだから」
「ポーション? ここにはポーションがあるのか?」
「あるよ。高くて買えないけど。治療魔法使い様は使わないか」
「使った事ないな」
存在すら知らなかったわ。
中央通りまで5分もかからなかった。自信無くすわ。
方向音痴じゃなかったのに。異世界の罠か?
別れる際、弟は俺に深く頭を下げた。
お前もお辞儀ができるんだな。見直したぜ。
ギルドに戻ると、すぐにジュディに小部屋に連れ込まれた。
「遅かったのね」
「道に迷ったんだ」
「そう。大事な話があるわ」
「聞こうじゃないか」
「お金を出しなさい」
そう言って俺に掌を差し出すジュディ。
カツアゲか? ちゃんと説明しろよ?




