土の中の幼女
シオリスの町に帰還した。
町は出迎えの人達がいる訳でもなく、いたって平常運転だった。
「ドラゴンが近付いていた事を知らせていないのか?」
「町の人達には知らせていないわ」
「何でだ?」
「町の人達に知らせるのはもっと近くに接近してからよ。その前にドラゴンが近付いていると知らせても混乱が生じるだけだから」
「それはそうだろうが……」
混乱どころではないだろう。
「避難勧告はしないのか?」
「どこへ逃げるというの? 町の外の方が危険よ。もし討伐に失敗してドラゴンがこの町に来たら、町の人達は建物の中に隠れてやり過ごすの。その方が生き延びる可能性が高いわ。直接目に触れなければ攻撃されにくいから」
そういうものなのか。
それがこの世界のやり方だというのならこれ以上は何も言うまい。
ハンターギルドに到着した。
輸送車から降りてぞろぞろと中へ入っていくハンター達。
「これだけハンターがまとまって出たり入ったりしていたら何かあったと思う人もいるんじゃないのか?」
「いるでしょうね」
「ドラゴンを倒したと知らせないのか?」
「領主様にはすでに報告されているわ。町の人達に知らせるのはもうすこし後ね」
「そうか」
何か理由があるのだろう。
「この後どうするんだ?」
「祝勝会よ」
ギルドの中にある小ホールには祝勝会の準備が整えられていた。
美味そうに見える料理が並んでいる。そして大量の酒。
「用意がいいな」
「こういう事はよくあるから皆慣れているのよ」
ドラゴン討伐がよくある事なのか。さすが異世界。
ギルドマスターが挨拶を始めた。
「皆よくやってくれた! 見事ドラゴンを倒し、あまつさえ1人の犠牲者も出す事のない完勝とは、このハンターギルド始まって以来の快挙であり、皆の献身と……」
「挨拶なげぇーよ!」
「早く終わらせろよ!」
「酒が飲めないだろ!」
長くないだろ? まだ10秒もたってないぞ? おまえら気が短か過ぎ。
ほら、ギルマスがションボリしちゃったぞ。悪人面なのに。
「では皆の健闘と無事を祝って、乾杯!」
「「「「乾杯! 」」」」
ギルマスの音頭で一斉に飲み始めるハンター達。
「よー、セシリア、お疲れ! 一杯いっとく?」
「いく訳ないだろ」
ジュガンがやってきた。幼女に酒を勧めるなよ。
「あんたはあっちで飲んでなさい」
ドガッ!
ふき飛ぶジュガン。もはや様式美。
「あなたは飲んじゃダメよ。いっぱい食べなさい。あなたは食事が足りていないのではないかしら」
「足りてるし」
オカンのように食事を勧めるジュディ。俺はいっぱい食べているぞ!
そして狼もいっぱい食べている! がふがふがふ!
料理のレベル高いな。日本と比べても見劣りしないレベル。
料理の知識で無双はやはり無理か。
イケメンが踊っている。(いい踊りだ)
世紀末覇者が歌う。(いい声だ)
ジュガンが覇者に酌をする。(慣れた手つきだ)
「よー! セシリア! 飲んでるか!」
「飲んでねぇよ」
「よー! セシリア! お前も歌えよ!」
「任せろ」
「よー! セシリア! 何か魔法を見せろよ!」
「お断りします」
MPがもう無いわ。
ハンター達やギルド職員達の中に入っていって楽しく騒ぐ。
悪くない。
こいつらとも友達になれるかもしれないな。気のいいやつらだ。
そういえば、
「ジュディ」
「何かしら」
「俺はギルド職員になったんだろう」
「そうね」
「職員ならば制服が支給されるべきではないか?」
ギルド職員達は皆格好良い制服を着ている。
その制服姿でドラゴンの戦場へ来ていたのは気になるが。(防具は無いのか?)
格好良い制服を着て、このボロい服とはおさらばだ!
「あなたに合うサイズはないわ。それに」
「それに?」
「あなたはパートタイマーでしょう? 正規の職員には支給されるけど、あなたはちょっとね」
こんなところにまで格差が! 格差社会! 異世界格差社会!
早口言葉か! 言いにくい! いせかく!
パートの人は社員食堂使わないでくださいねー。
「服なら自分で買えばいいじゃない」
「売ってなかったんだよ」
市場で服を買いたかったんだが、売っているのは中古の服ばかりだし、子供サイズは売っていなかった。
「そうね、子供の場合は親が布を買って仕立てるのだったわ。あなたは仕立て屋に頼んだらどうかしら?」
「いくらぐらいだ?」
「金貨1枚くらいかしら」
「高いわ」
10万とか、子供服にありえないだろ。セレブか。
今着ているボロい服を見下ろす。この服は誰が作ったんだろうな。
「お金が足りないのならギルドで貸す事もできるわ。上限は金貨10枚で利息は10日で1割よ」
「トイチかよ」
さすがブラック。今どきヤのつく人達でもそんなあこぎな金貸ししてないだろ。
絶対に借りないわ。絶対にだ!
固く心に誓う。
楽しい宴会が終わり、俺はギルドを後にする。
職員達は引き上げているが、ハンター達はまだ飲む気か? 底無しだな。
つき合いきれんわ。(俺は飲んでないけど)
「ギルドに泊まってもいいのよ? 宿でもいいんじゃないかしら? またあそこで寝るの?」
「ああ。寝る時は人のいない所の方がいいんだ」
「そう」
ジュディに見送られて、狼と一緒にまた広場へ行く。
広場には誰もいない。
夜空を見上げる。
濃密な星空。星が溢れてこぼれ落ちそうだ。
地球ではありえないほどの明るい星空。
幼女の手を見る。小さな手。痩せ細った腕。
少しはマシになったかな。
小さな足で、細い脚で歩いて来た。
どんなに疲れても、何十回もヒールをかけて、ここまで来た。
どこにでも行ける。
何百回でもヒールをかけて、世界のどこへだって行けるんだ!
何でもできる。
料理もできる。金も稼いだ。働く事だってできる。
これから何だってできるさ!
分かるだろう? セシリア?
狼が寄り添ってくる。きらきらと輝く銀の毛並み。
「お前は全く忍んでいないな。忍者にはなれないぜ」
きらきらきら。
「お前はもう、森へお帰りできないな」
きらきら。
地面の上に座って、今日の戦いを振り返る。
まるで太陽が落ちてきたような巨大な火球。世界を塗り替える閃光の嵐。
大気を沸騰させるような勢いで爆発し、空間を破壊するような力が荒れ狂い、世界を蹂躙していた。
ドラゴンの吐くブレスが大地を抉り、震撼させる。
恐ろしい魔法が満ち溢れるこの世界。
広場の土をじっと見る。
「アースランス!」
ドンッ!
土槍を近くで見る。
高さ3m。見上げる首が痛いぜ。
表面を触ってみる。
「頼もしいやつだ。悪くない」
寝床の用意をする。
地面に穴を開けて底に藁を敷き詰める。
土の穴の中に潜ると狼がするり、と入ってきた。
狼のもふもふの毛並みを堪能しながら藁の上に横になって考える。
穴の中は安全だ。寝るにはいい場所だろう。
だけど、幼女が土の中で死にかけていたのは間違っている。
生きるのは、土の上だ。
幼女は明るい空の下で笑って生きていけばいいんだ。
それが正しい世界だ。
土の中で生きるのは間違っている。
幼女が、土の中で死んでいるのは間違っている。
今までを振り返ってみる。
土槍で突き殺した猪モドキ。血に塗れたゴブリン。
魔法が無ければ倒せなかった。
魔法が無ければ木の上で震えているしかなかった。
魔法が無ければ、俺はとっくに死んでいたかもしれない。
あるいは何も分からずに、あの小屋の、土の穴の中で怯えているだけだったかもしれない。
魔法があったから先へ進む気になれた。
前に進む事ができた。
奇跡のような魔法。セシリアの魔法。
世界を焼き尽くすような巨大な火球じゃなくても。
世界を蹂躙するような閃光の嵐じゃなくても。
地味かもしれないこの魔法だが、それでも俺達を助けてくれる、頼もしい魔法だ。
この魔法を使いこなしていけば、この世界で生き延びる事ができるかもしれない。
この魔法を使い続けていれば、もっと強くなれるかもしれない。
俺達はどこへだって行ける。何だってできる。
生き続けていれば、いつかこの娘に人生を返してあげられるかもしれない。
幼女の人生。セシリアの命。
生き続けていれば、いつか、きっと。
セシリア
Lv 5
HP 50/50
MP 1/100
土魔法 Lv 3
水魔法 Lv 2
治癒魔法 Lv 3
スキルポイント 3




