面倒臭い貴族の話
ぶぉおおおー……。
Tu-95の機内には機体と巨大な二重反転プロペラから生じる風切り音が割と大きく響いている。
今まではそんなに気にならなかったその音がいやに耳に付いてくるのは、「破滅」などという穏やかではない言葉を聞かされたせいかな?
クローディアもアシュリーも、特に怒っているようには見えなかったんだが、まだ何かあるのか。
「詳しく」
「えっと、長くなるよ?」
「いいから」
まだうだうだしているミラを引っ張り起して説明させてみたら、それは本当に長くてわかり難くて面倒な話だった。
なので、まとめてみた。
・貴族が自ら幼女の出迎えに来るという「ありえない」事態が起きてミラは激しく狼狽した。
(ついでに『この幼女、実は大物なの? やっべー!』みたいな動揺もしている)
・その場ですぐに「おもてなし」のお茶会が始まった事で焦ったミラはクローディアの「同席しなさい」という言葉の意味を取り違えて席に座るという「マナー違反」をしてしまった。
(『同席しなさい』は許可であって命令ではないので、本来は辞退して幼女の後ろに立っていないといけない)
「許可と命令の違いがわからないんだけど」
「貴族には命令の場合は必ず「命じる」とか「これは命令だ」と明確に言わなければならないっていう決まりがあるの。逆に言えばそれが無いものは命令じゃないんだよ」
「そんな簡単なルール?」
「難しいルールにすると平民は理解できないって思われているんだよ」
・辞退しなければならない理由は「正式には招かれていない平民だから」。
(昨日普通にお茶を飲んだ『平民の』ビアンカは幼女のパーティーメンバーなので『もてなし』の対象になるが、俺が単なる知り合いと言ってしまったミラは対象にならない)
・普通の平民は貴族社会のルールやマナーを知らない(と貴族に認識されている)ので「命令」以外のルール違反やマナー違反をしても大抵は大目に見てもらえるが、魔法学院で学んだ経験があるミラは貴族社会のルールやマナーを知っている(とクローディアやアシュリーに認識された)から「許されない」。
「魔法学院って魔法を学ぶだけじゃないんだね」
「基本的には貴族になる為に必要な事を全て学ぶ所、だからねー」
魔法以外に「法律」「政治」「経済・経営」「文化・歴史」「社会常識」「貴族の礼儀作法」等、学ぶ範囲は広いが、魔法を学びたかっただけで貴族になる気は無かったミラは座学の成績は悪かったらしい。
・「マナー違反」をしたミラに対して2人が何も言わなかったのは単に幼女に気を遣っていた、というだけの話で、別にミラが許されている訳ではない。
そして『ミラのせいで』貴族に気遣いをさせてしまった(貴族は普通平民に気遣いなどしない)というのもダメな点。(正直わかり難いわ)
・よってクローディアとアシュリーに「お礼」をしなければならない。でも手土産に何を持っていけばいいのかわからなくて、このままでは破滅してしまう!
「……意味不明なんですけど。お礼をするの? 謝罪じゃなくて? それに手土産って……」
そんな話なのか?
「謝罪はせっしーに配慮したクローディア様の行いを否定する事になるからダメなんだよ。だから謝罪の代わりにお礼をするの。手土産を持って行って、それを受け取ったら『許した』、受け取らなかったら『許さない』っていう意思表示になるの」
それが貴族の作法らしい。たかがお茶を飲んだだけで……なんて面倒臭いんだ。
貴族面倒臭いわー。これが身分社会というものか。平民な幼女は関わっちゃいけない世界……もう思いっきり関わってますわー。
「許されないとどうなるの?」
「貴族に睨まれた平民なんて話が広まったらもう生きていけないよー? 関わり合いになるのを恐れて物を売ってもらえなくなるとか、宿で宿泊を拒否されたりとか」
「イジメか」
「そうなったらもうこの領だけでなくこの国で生きていけなくなるよ! うぅっ……」
床に両手をついて半泣きのミラ。貴族もギルドも国全体にネットワークみたいなものがあって、そこに情報を流されたら終わりらしい。結構深刻な話だった。
「落ち着け。許してもらえればいいんでしょ? 何か、お高い贈り物をするというのはどう?」
「それはダメ」
「何で?」
「それは……」
単に高価な品を持っていくと相手に「お前は高い物であれば喜ぶんだろう?」みたいな印象を与えて怒らせてしまう可能性が高いので、それはしてはいけない行為だという。マジ面倒臭いな。じゃあどうすりゃいいんだよ?
「相手が好きな物とか、喜んでもらえる物を持っていけばいいんだよ」
「クローディアとアシュリーが好きな物って何?」
「それがわからないから困っているんだよー!」
ミラが腕を振り回しておかしな動きをし始めている……本当に落ち着けよ。
「誰か、それを知っている人に心当たりは?」
「それがさー……」
学院生は将来貴族になった時の為に学院在籍中から「お茶会」「勉強会」「趣味の集い」「狩猟」「パーティー」等で積極的に交流を図って人脈を作ったり、人柄等に関する情報を集めたりしている。いわゆる「社交」ってやつ。
そしてマナー違反等何らかのトラブルで相手を怒らせた時にはその解決方法を知る(もしくは得る)手段としてこの「社交」で得た人脈や情報がものをいう。
しかし貴族になる気が無かったミラはその社交をほとんどしなかったので、クローディア達に関する情報を得る為のいわゆる「ツテ」が無い。
「少しでも社交をしていればよかったのに」
「社交ってお金かかるし」
「貴族の友達は全然いないの?」
「何人かいるけどー、クローディア様達とは派閥が違っていて、繋がっていないんだよ」
派閥? の話は複雑らしいのでパス。今は直接関係ないし。
「ヴィヴィは? 何か知ってるかな?」
「ヴィヴィはクローディア様に憧れているだけで、特に何か知っている訳じゃないし。クローディア様とは身分の差が大き過ぎて、本来は私達が関わるような人じゃないんだよー?」
情報すら得られないのか。難儀だな。
そういえばヴィヴィとは会わなかったけど、速度が違い過ぎるからまぁ、仕方ないな。
「直接本人に聞くっていうのは?」
「怒られるだけだよ……」
「じゃあもう普通に謝りにいっちゃう? 私にも責任あるし、2人で頭を下げれば許してもらえるんじゃない?」
「それは絶対にダメ!」
「何でやねん」
2人が幼女を一時的にせよ上位の人間として扱っているのならありなんじゃね? と思ったら、「上位の人間」を連れていくと相手はそれを「圧力」(上の人間が来ているのだから当然許すよね? というプレッシャー)を掛けられたと捉えるので、その場は許してもらえても後で何らかの報復をされるから逆効果だって!
「直接聞く」というのも俺が聞き出した物をミラが持っていくと幼女からの圧力という意味になるのでやはりダメだと。マジ面倒臭いな、貴族は!
あくまでも「お礼をする」というやり方でなければならない、とミラは主張しているが、どうしろと。
俺も昨日初めて会ったばかりで2人の事何も知らないし……ん? 昨日といえば、確か……。
「そういえば昨日もお茶を出してもらったんだけど、何か、茶葉にこだわりをもっている雰囲気だったような?」
「えっ?」
「もしかして、2人はお茶が好きなんじゃないかな?」
「……そうなの?」
「少なくとも『おもてなし』の場で自分の嫌いな茶葉は使わないよね?」
「それはそうだろうね……じゃ、じゃあ、そのお茶を手土産にすれば……いいかな?」
「他に思い付くものが無ければ、それでいいんじゃない」
「そっかー……うん、それでいこう!」
ぱぁっと笑顔になるミラ。うむ、我ながらいいアイデア!
「それで、その茶葉の名前は?」
「えっ……?」
えっと、あれは確か、えーと……あれ? 何だっけ? えーとえーと……思い出せない。
何でや? 昨日の事やぞ!? 待て待て、落ち着け。落ち着くんだ、俺。思い出せる筈だ。えっとー……。
「……どうしたの?」
「ちょっとだけ待ってね?」
そう、まだ慌てる時間じゃない。頑張れ俺、すぐに思い出せるさ……2回お茶したから2種類あったよな? 「何とか」のファーストフラッシュって言ってたような……? ヤバい、ど忘れしてしまった。どうしよう?
ミラが期待を込めた目で見つめている。今更忘れましたなんてとても言えない!
背中にいやな汗がだらだらと流れてくる。何か、何かある筈だ。ふぅおおおお! 働け、俺の脳細胞! ……はっ!? そうだ!
(エクレール!)
(何?)
(昨日開拓地で飲んだお茶の名前覚えてる?)
(リード)
(それだぁ!)
さすがエクレール! ポンコツな俺と違ってちゃんと覚えていた。それは2回目のお茶の名前だったな。もう1つは……あっ!? 最初の時はエクレールはお茶を飲んでいない!
(エ、エクレール。最初に俺が飲んだお茶の名前、聞いてた?)
(カーティス?)
(それだ! ありがとうエクレール!)
飲んでもいないお茶の名前まで覚えているとか、さすが過ぎるだろ……さすエク!
「名前がわかった。カーティスのファーストフラッシュとリードっていうお茶」
「それ知ってる! おいしくて人気のあるやつだよ!」
「入手できる?」
「大丈夫! 貴族御用達の店知ってるから!」
「じゃあそれで」
「そうするよー!」
ふう、よかった。ひと仕事した気分だぜ。何もしてないけど。
背中が汗でべっとりしているから後で洗浄の魔法をこっそりかけておかないと!
後は、クローディアに会う為に「面会予約」をしなければならない。
平民が貴族に会いたいと言っても普通は会えないので仲介してくれる人が必要だが、これはさっきクローディア自身が通話の魔道具で連絡可能になるよう設定してくれたからそれを使えばいい。
今日もしくは明日面会希望の連絡をすると(たぶん)3~5日以内に会ってくれる(らしい)ので、そこでお礼を言って手土産を渡せばいい……筈。
「これできっと大丈夫だよね?」
「いいんじゃないかな?」
大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせているミラ。まだセーフと決まった訳ではないから安心はできないだろうが、とりあえずできる事をしてダメだったらまた考えよう。最悪、ミラを国外へ逃がす事も視野に入れて……その時はこのTu-95を使えば貴族でも追ってはこれまい。
他にできる事、何かあるかな……1つあるな。
「ミラ、帰りに少し遊んでいかない?」
「え?」
離陸地点の「ドラゴン戦跡地」に戻ってきた。
まずは土魔法で一辺が9mの「ネット」を作る。次に着陸したTu-95の横に階段を作って、ネットを持たせた4体の土ゴーレムを機体の上まで登らせてリフトファン(扉は開いたまま)の上に乗せれば完成。
「遊び方」をイメージしてエクレールに送信!
(わかる?)
(わかる)
さぁ、お手本を見せよう!
設置したネットの上、真ん中辺りにうつ伏せになって手足を広げる。そしてエクレールがファンを「逆回転」させると、下から強烈な風が吹き出してきた。
ぶぉおおおお!
いい感じに吹き上がってきた風が幼女の体をふわりと浮き上がらせる! やった、成功だ! イメージ通り!
そう、これはスカイダイビングの練習にヒントを得た新しい遊戯。リフトファンの風を受けて地上で空を飛ぶのさ! ふははははは! 今、幼女がふわふわと宙に浮いている! これは楽しい!
……おや? いい気分で飛んでいたら目がちょっと痛くなってきた。
これは……風の勢いが強過ぎて、目にダメージが!?
そういえばスカイダイビングの時ってゴーグルを付けていたな? ヤバい、目が、目がぁあああ!
急いで目を閉じたら当然何も見えないし、この状態で宙に浮いているのはめっちゃ怖い!
(エクレール! 助けて!)
万が一に備えてスタンバイしてもらっていたエクレールが素早く救助してくれた。ふぅ、危ない。
「どう? ミラ。試してみない? 面白いよ」
機体の上で待機していたミラを誘ってみると、
「えっと、いいのかな?」
なぜかもじもじしている。遠慮はいらないよ?
「風が強くて目が痛くなるから、短時間しか遊べないけど」
「それなら大丈夫。目の部分だけ風除けできるから!」
「そ、そう」
何て器用な……う、羨ましくなんかないんだからね! ……前に飛行型ゴーレムを試作した時にゴーグル作ろうと思った事あったよな。すっかり忘れていたわ。これも手帳に書いておこう……。
今度はミラがネットの上でうつ伏せになった。リフトファン始動!
ぶぉおおおお!
ミラの体がふわりと浮かぶ。おお! ミラの赤い髪がまるで炎のように真上に立ち上っているのに、目はばっちり開いているぞ。凄いわー。
「あはっ、あははははは!」
子供のように楽しげな笑い声が礫砂漠地帯に響き渡る。少しは気が晴れたかな?
おや? エクレールまでリフトファンの風に乗っているぞ? 自力で空を飛べるのに……。
(何か興味を惹かれる所があった?)
(面白そうだから)
(目は? 痛くないの?)
(平気)
幼女形態でも目は丈夫らしい。さすがドラゴン。
巧みに姿勢を制御して熟練のスカイダイバーのような動きをするエクレール。
表情は変わらないが、楽しんでいるという気持ちは伝わってくる……ミラまで動きを真似して動き始めたぞ? お前は初めてだろうに、大丈夫か? ……くるくるとダンスを踊るような軽快な動きで宙を舞っている。初心者とは思えない動き!
ぐぬぬ、思いついたのは俺なのに、俺だけ飛べないとか!
「あはははは! せっしーも一緒に遊ぼうよー!」
「後でねー」
ゴーグル以外で目をガードするいいアイデアを思いついたら再チャレンジしてもいいけど。
今できるのはこんなところかなー? この程度しかできないけど、これでよければまた一緒に遊ぼう、ミラ。




