ドラゴン討伐へ
わずかレベル4の幼女に『ドラゴン討伐』に同行する事を求める頭のおかしい女。その名はジュディ。ばっかじゃねーの? ブラックなんてレベルじゃねーぞ! 普通に死ねるわ。労基に相談だ!
「自分が何を言っているのかわからないんだろう? 俺にもわからないぜ? さぁ目を覚ますんだ。まだ居眠りする時間じゃない」
「説明するわね」
無視かよ。
「この町から歩いて4日の距離にある隣領の『ソード』という町がドラゴンに襲撃されたの。ソードは町を挙げて迎撃したけど倒せなくて、逃がしてしまったと連絡が入ったのよ。逃げた方向から判断すると、この町へ来る可能性が高いわ」
それって、大惨事になるんじゃないの?
「ソードの町は甚大な被害を受けたそうよ。なのでこちらはなるべく町から遠い所で迎撃したいの。討伐部隊を編成して、町の外でドラゴンを倒すわ。あなたにはその部隊に帯同して欲しいの」
「嫌なんですけど」
「討伐部隊はハンターがAランクからCランクまで30人、ギルド職員が10人の予定よ。私も参加するの。あなたも来てね」
聞けよ。
ジュディはドラゴンと戦うというのに、いやに落ち着いているな? 少なくとも表情に恐怖や焦りのようなものは浮かんでいない。まさか、ここではドラゴン狩りが日常の風景だというのか?
「ドラゴンを倒すのにそれで足りるのか?」
「情報が正しければ、50人もいれば十分倒せるのだけど」
足りてないじゃん。
「人数増やさないの?」
「これ以上は無理。Dランク以下のハンターならたくさんいるけど、ドラゴン相手だと死にに行くようなものだから」
弱いやつはいらないということですね、わかります。だがしかし。
「幼女もドラゴン相手だと死にに行くようなものじゃないの?」
「あなたもギルド職員なのよ? 治療魔法使いがいるといないとでは大違いなの。絶対帯同してもらうから」
何てブラック! まだ雇用契約書にサインすらしていないのに!
「大丈夫よ。私が傍にいて守るから。こう見えて私、Bランクなの。あなたには傷一つ付かないと約束するわ」
それで安心しろと? もっと、大きな安心が欲しい!
「この町の軍隊は? 貴族がいるんじゃなかったか? そいつらは戦わないの?」
「本来なら貴族の騎士が先頭に立って戦うのだけど、今この町には騎士がほとんどいないの。ちょっと事情があってね」
「事情って何だよ?」
「それは今は関係の無い話よ。とにかく、いる人間だけで対処しないと。町に入られてしまったら悲惨な事になるわ。何としても外で撃退するのよ! あなたも他人事ではないのよ?」
俺なら地面に深く穴を掘って潜ればやり過ごせる気がするんだけど。
「じゃあ頼むわね」
ジュディはさっさと行ってしまった。準備に忙しいのか? 俺はまだ、やるとは言っていないんだが。
後に残った凶悪面の男が口を開いた。
「私はここのギルドマスターをしているアトール・トレメインだ。ハンターギルドへようこそ。治療魔法使いの参加を歓迎する」
こんな強面の男がギルマスか! 確かに着ている服は上等な感じで偉そうな雰囲気はあるが。
「辞退します」
「そう言うな。ジュディは腕利きだ。彼女がいれば問題無い。ヘレンも付けよう。二人がいればまず大丈夫さ」
「ヘレンって誰?」
「朝、話をしただろう? 彼女だ。ドラゴンのブレスすら防ぐ、うちのギルドで一番固い『壁役』だから安心してくれていい」
あいつか。壁役、つまりタンク。ドラゴンのブレスを防ぐというのが本当なら大したものだが、でもなぁ……。
「どうしても参加しないとダメ?」
「ジュディが説明したように治療魔法使いの存在は大きい。ドラゴンに挑む者達にとっては特にそうだ。死にかけている時に治療魔法使いがいるといないとでは全然違う」
「この町には他に治療魔法使いがいないの?」
大きな町みたいなのに、1人もいないのか?
「勿論いるが、断られた。ドラゴン相手だと集まらない」
「強制的に集めれば?」
「無理に連れて行っても逃げ出すだけさ。事実上参加できるのは君だけだ」
強制依頼とかあるんじゃないの? と思ったが、そういうのは無いらしい。何だかよくない流れだ。他に何か……あ、そうだ! 魔法がある世界なら、あれもあるんじゃね?
「『ポーション』は? ポーションって、ある?」
「一応持っては行くが、軽傷ならともかく、重傷だと治るのに時間がかかる。対ドラゴン戦にはすぐに治せる魔法使いが欲しい」
そうなのか。うーん、しかし……。
「ところで、君は従魔の部位欠損を治したそうだな? 素晴らしい腕だ」
「そりゃどうも。それがどうした?」
腕前を評価されてもなー。
「それほどの使い手は極めて稀だ。もし貴族達が君という存在を知れば、こぞって攫いにくるだろう」
何それ怖い。……こいつ、まさか。
「だが、ギルド職員であれば安全だ。私達は口が堅く、同僚を守る。例のテイマーにも口止めをしてある。彼は口外しないと約束してくれたよ。大事な従魔を助けてくれたから、だそうだ」
ヘレンが脅したんじゃねーの? そして今、俺が脅されている!
「貴族に逆らうとどうなる?」
「貴族に平民が逆らうなんて正気の沙汰じゃない。まともな人間なら、そんなこと思いつきもしないだろう」
貴族は悪だぜぇ? そう言ってニヤリと笑うギルマス。お前の顔の方がよっぽどワルっぽいわ!
「職員なら働かないと。そうだろう?」
ブラック!
シオリスの町から討伐部隊が出発する。勿論俺もいる。『諸般の事情を考慮した結果』ってやつさ……。そして、結局のところ参加人数は41人だった。しかもギルマスは参加しない。
「私は残る。万が一、討伐に失敗した時、ここで町の人達を守らなくてはならないからな」
などど格好いい事を言っていた。悪人面のくせに。
部隊は虎に似た大きな獣が牽引する輸送車に分乗して結構な速度でソードの町の方へ向かっていた。
あまり揺れなくてまぁまぁ快適だ。技術レベルが高いのか、あるいは魔法的な何かがあるのか?
「これ、かなり速いな。後どれくらいで到着するんだ?」
この輸送車には俺と狼、ジュディ、ヘレンにジュガンしか乗っていない。よかったな、ジュガン。念願のドラゴン戦だ!
「先行している斥候からの報告によると後20分ぐらいで接触するわ。やはりこちらに向かっているようね」
ジュディが淡々と状況報告をしてくれる。ヘレンもジュガンも、特に気負っている様子も無いな。慣れているのか?
「ドラゴンって空を飛んでいるんだよな?」
「そうね」
「空を飛んでいるやつをどうやって攻撃する?」
「今回は強力な弓使いがいないから、魔法で攻撃するわ」
「魔法使いは何人?」
「火魔法使いが2人、風魔法使いが3人よ」
おぉ、ではこの世界で初めて『ファイアーボール』とか見られるのか? ……ファイアーボールじゃダメだよな。相手はドラゴンなんだから。
もっと強力な魔法があるかな? あるんだろうな。無いと困るぞ! しかし……。
「少なくね?」
「町にいたのがその5人だけだったのよ。急な話なのだから、仕方ないわ」
魔法使いの人数の少なさに不安を覚える。
「残りは何だ?」
「もちろん近接よ」
近接だと!?
「ドラゴン相手に接近戦を挑むのか? 死にまくりじゃないの?」
「魔法で叩いて、『魔法防御』を剥ぎ取って近接で決着をつけるのよ。だから治療魔法使いの存在は大きいの。頼りにしているわ」
期待が重い!
「ところで、ランクについて教えて欲しいのだが」
「何かしら」
「ハンターのランクは全部でいくつあるんだ?」
「AからGまで7段階よ。Gから始まってAまでね」
「SとかSSはないのか?」
「えす? そういうのはないわ」
「そもそもこの世界の文字はアルファベットじゃないのに、何でAとかGなんだよ? おかしくないか?」
文字は読めないが、少なくともローマ字ではない。
「あるふぁべっとが何か知らないけど、昔、神様から遣わされた『勇者』がランクという概念を導入したの。神様に頼んだそうよ。それ以来、ステータスにその人のランクが表示されるようになったの」
そいつ絶対地球から来たやつだわ。
「ランクは他人にもわかるのか?」
「どういう意味?」
「つまり、他人のステータスを見たり、知る手段があるのか、という事なんだが」
「『看破』のスキルがあればわかるけど、看破は極めて稀なスキルよ? この国には1人しかいないわ。国王付きとして王宮にいるの」
看破! 何か格好良いぞ!
「『鑑定』は?」
「鑑定のスキルは獣や魔物には有効だけど、人のステータスはわからないわ」
そうなのか。でもあれば便利だろうな、鑑定スキル。欲しいなー。
「強さの定義は? 例えば、Cランクはどれくらい強い?」
「それを理解する為にはまず魔物について知る必要があるわ。Cランクは単独で『ハイオーク』を倒す事ができると説明しても、ハイオークがどんな魔物なのか、その強さを知らなければ意味がわからないでしょう?」
なるほど。
「では単独でファングボアやゴブリンを倒す事ができたら、何ランク?」
「ファングボアはDランク、ゴブリンはEランクね。どちらも普通は複数で対処するものだけど」
そんなものか……まだ時間があるみたいだし、もう少し質問してみよう。
「治療魔法についてなんだが」
「何かしら」
「『治療魔法』と『治癒魔法』は違うのか?」
そう聞いた途端、ジュディの様子が変わったような? 気がする。今まで淡々と答えていたのに、何だかこちらを窺うような雰囲気……どうした?
「……『治療』魔法は怪我や病気を治すという、そのままの意味よ。でもレベルによって治せる程度が違うし、治せない病気や怪我もあるわ」
ふむ?
「それに対して『治癒』魔法はあらゆる病気や、どんな怪我でも完全に治すと言われている特別なものよ」
できる事が違うのか。という事は、もしかして。
「『治癒魔法使い』はあまりいない?」
「ええ、そうね。極めて稀な存在だから、もしどこかに治癒魔法使いがいると知られたら、壮絶な奪い合いになるでしょうね」
「それは、貴族達が争うという話?」
さっきギルマスも脅してきたけど。
「貴族どころか、複数の国の間での争いになるわ。かつて実際に治癒魔法使いを巡って戦争が起きたのよ」
マジか。ギルマスの話よりひどくなっているじゃねーか! 嫌な話を聞いてしまった……どうしよう、背中から大量に嫌な汗が流れているぅ!
「治癒魔法使いはきっと一生大切に扱われるでしょうね。それこそ王侯貴族並みに。その代わりに一生自由は無いわ。たぶん」
だらだらだら。嫌な汗が止まりませんわ。
「治癒なんて言葉、よく知っていたわね?」
こちらをじっと見ているジュディの目が怖い!
「お、俺は物知りだからな」(震え声)
「そう。……どうして、そんなに汗をかいているの?」
「あ、暑いからさ」
……何か、ヤバくない? 俺。




