4(卒業)
*
「マリ。コハル。これ、どう思う?」
「どっかで聴いたような感じはする、かな」
「だな。新しい表現なんてない。ソースもライブラリも関係ない。出尽くしたんだ」
「分かった、認める」
お。「ミサが素直だ」
「うるせー」
「で、表現なんて幻想だって?」
「でも、自分の手でやってみたいじゃん?」
「そっかー」
「そうなんだー」
「張り合いないな!」
だってさぁ。「初めてだし?」
そうだね。「初めてだからね」
「だからだよぅ、もっとさぁ、なんかさぁ、ないのかよぅ」
「はーい、ちょっとここでお知らせありマース。今更だけど、アタシ、ダブりなンだよね」
「ホントに今更だ!」
「だから相談所でなく訓練所かもしれない」
「卒業してないなら未成年だろ」
「……やめる?」
「さぁて、どうかな。大差ないと思うよ」
「いいのか?」
「イケナイノカ?」
「あんたは……何か凄いな」
「そりゃ、ふたりよりひとつ、お姉さんだからナ。反面教師にするンだぜ?」
「あははは」コハルちゃん、おかしー。
「でもさ、いよいよとなったら、最悪……最悪じゃん?」
「何かミサが寝言、云ってるゼ? 安心しろ、何も知らない無垢な聴衆も同罪になる」
げー。「最悪過ぎて言葉も出ない」
「主犯は少し痛い目に遭うかも知れない、な? ミサ?」
「三人まとめて主犯だろ!?」
「アタシとマリは、せいぜい従犯か幇助で済むと思うナー」
「それもちょっと……あははは」
「おう、マリ。大丈夫だ。最悪の最悪は、この主犯だけ壇上に蹴り出すゼ?」
「なんだとぅ!?」
「うっさい。さぁ、マリ。どうする?」
「ちょっと怖いけど、いいよ。楽しいよ?」
「あーあ。やっぱ頭に来たかー」
「コハルちゃん、酷い」あははは。
「マリに期待したアタシが莫迦だった」
「分かった。もういい。腹ァ括るぜ!」
「ミサ、アンタみたいなの、何て云うか分かった」
「うん?」
「自由人」
*
「あなたにはまだ早かったようね」
一年前の人格の日、その前日に云われた。「もう一度、十三歳をして貰います」
欠格事由の説明はなかった。
──大人になれないの?
「長期的視野に立って物事を見られることは、市民としての資質だと思わないのかしら?」
コハルは承諾した。コハルは報告者になった。そして今日。あの日を再現するように〝母〟と面談した。ねぇ、二度目の十三歳はどうだった? うまくやれた? 今度こそ児童期間を終えられる? 教えて、母さん。
「もう一度、十三歳を希望する?」
コハルは落胆した。
「人類の目標はね、大人になることじゃないのよ」〝母〟は云った。「あなたたちは、安全で、健全で、幸福になるために生まれてきた存在。子供時代に目一杯楽しい思い出を作って、残りの人生を豊かに満たすのよ」
──それから?
「時計が止まって迎えの時間が始まる。幸せの集大成よ。ひとつはたくさんに。たくさんはひとつに。あなたもひとつに。たくさんのなかのひとつになる」
──ふたりは、どうなるの?
「あなたと同じ。更生と調整の予定よ。分解の可能性もあるわね」
──そうなんだ。
「お返事、訊きたいのだけれども?」
──少し、考えていい?
「もちろんよ。多いに悩んで頂戴」
──それが市民の資質?
「質問が多いわよ、おチビさん。ゆっくり眠って。今日のことは忘れて。目覚めたら新品同様の気分になるわ」
「分かった」コハルは云った。「分かったよ、母さん」
満足そうな空電をコハルは肌に感じる。間違った答えを出さなかったことに満足する。そしてコハルは眠りにつく。胸の奥で鼓動は緩やかになり、引き伸ばされる。やがて止まり、静寂になる。そっと肉体が分解される。溶解される。個体は不適切と判断され、識別番号は欠番となる。それはやさしい母の嘘。疑うことを少女はしない。
やがてスープ状の体組織は再構成され、少女は別の何かになる。
─了─