3(大転移)
*
「なぁミサ。これ鳴らすだけでいいンか?」
えっ。「駄目……か?」
「歌ったらどう?」
「マリ、それは悪手だゾ」
「やる」
おい、コラ、やめろ。「アンタしょっちゅう鼻をふんふん鳴らしてるけど、あれ相当気持ち悪いぞ」
「なんで今更!」
「今だからこそだァ!」
「酷い! 思ってたなら云ってよ、友達じゃん!」
「友達だからの遠慮も思い遣りもあるわ!」
「それはそれ! これはこれ!」もうやだー。「お外に出たくないー」
「安心しろ、誰もアンタを見てはない」
「酷いよっ!?」
「でも、友達だから云って貰えたんだよ?」
だーかーらー。「酷いよっ!!」
「こうして一度も揃うことなく解散することになりました」
「縁起でもない!」
「いやいや」そうでもないぞ。「仲間割れってしょっちゅうあったンだとさ」
「何のために一緒にやっていたの?」
「……そんなんだから消えたンじゃね?」
「ああ」納得。
「昔の人って、指の数だけ堪え性が足りなかったンじゃないかなぁ」
「ああ」成程。「さもありなん」
「コーラスも必要カ?」
「あれば楽しい、かな?」
「全員で歌うのか!?」
「安心しろ、コーラスは目立たない」
「皆で一緒にやるのって、きっと楽しいよ」
「いやいや」違うでしょ。「適材適所?」
「それなら全員不適当だわ」
「不適切?」
「如何わしいな、指導!!」
「ぐわー」
「それこそ適当でいいんじゃないかな?」
「それだ!」
「どれだ!」
「完璧を目指すから挫折する」
「完璧目指さないで上達もない」
「目標は高く、現実は低く!」
「なんかカッコ悪いわー」
「事実から目を背けるな!」
「現実は直視したくない!」
「あははは」やーめーてー。「あははは」
*
「なんなのこれ!」
「何を八つ当たってンだ」
「全ッ然、音にならないじゃん!」
「最初に云ったろ、簡単でないって」
「もうやだ!」
「落ち着け。アンタが特別下手じゃない」
「マリもあんたも、出来てるじゃん!」
「わたし、ちっとも出来てないよー」
「それで出来てなきゃ、あたしは何なの!?」
「ミサ、そのくらいにしときナ」
「分かったよ! ええ、分かりました!」
「行っちゃった……。ねぇ、いいの?」
「いいンじゃね? 云い出しっぺが最初に降りるのは良くあることだ。マリは?」
「わたしは楽しい」
「ミサもそれに気付いてればなぁ」
「ねぇ、コハルちゃん。何処迄なら観察対象にならないの?」
「それを決めるのはアタシらじゃないよ」
「誰が決めてるの?」
「統一知性体でしょ」
「ユニオンはその権限あるのかな」んー?
「権限があるからユニオンなンだよ」んー?
「よく分かんない」
「いいンでね? そう云う体制にしようって大転移の後、皆で決めたンだ。監視社会より、管理社会を選択したンだ」
「そうだね。──あのね、コハルちゃん。いつからユニオンの手先なの?」
「うん?」
「わたしの勘違い?」
「いや」違わない。「ちょっと違うな」
「ふうん?」
「確かにアタシは機材の調達だとかの代わりに報告を上げたりしているけど」
「うん」続けて。
「ネットの外の件はお目溢しだって知ってる。マリが出たのは一度や二度じゃない」
「バレてた?」
「知られないとでも? でもミサは? アイツ、初めてだった。アンタは違反を分かっていても公共性を失ったりしなかった」
「分からないよ?」
「その時はその時。優等生さんはそれでいい。でも劣等生さんは?」
「突然目覚めた」
「外に出る事は問題じゃない。外に出て変わることが問題なんだ。観察対象になる」
「それが分からないかな。何で手伝ってくれるの? まるで興味対象みたい」
「たぶん、そんな感じだろうね」
「コハルちゃんも知らないことあるんだ」ううん。「知らされてないんだ」
「まぁ、何でも辿っていけば、どうしたってユニオン様にたどり着くンからな」
「わたしたち、どうなるの?」
「知りたい?」
「知らないんだ?」
「沈黙も答えのひとつ」
「あははは」
「……怒らないンだ?」
「何を? 安全で、安心して市民になる準備をさせて貰って、こう……うまく廻っている? そんな社会に? まさか」
「マリは、それでいいンか」
「嘘を吐かれたら怒ってたかな。でも、上手に吐かれた嘘なら、いいよ」
「そっか」
「分かる?」
「たぶん」
「駄目じゃないの、そんなことで」あははは。
「なぁ、マリ。あたしさ、同族が同族を管理したり基準を作って裁くって、発想からして気狂いじみてると思うンだよ」
「どうかなぁ」
「世の中、気分で動いてたンだよ」
「ねぇ、コハルちゃん。倖せ?」
「現代に生まれて、アタシは倖せだよ」
「なら、あたしも倖せ」
「マリは頭が倖せダナ」
「あははは」ひどーい。「あははは」
*
「やあ、ミサ。おかえり」
「……悪かったよ」
「別に。気にしてない」
「少しは気にしろよ!」
「ほんっと面倒いヤツだな」
「うるせー」
「あははは」おかえりー。