後篇
ほんの少し距離が縮まった?緑、紅葉、桜であったが、そんな三人の前に刺客が現れる。共通の敵を前に悪戦苦闘する三人の奮闘劇を描きました。
ワード縦書きを張付時、段落スペースにズレがありますが、ご了承ください。
第四章 第四のメンバー
入学から一月半が経ち、新入生が新しい環境に馴染み始める季節。
緊張感から開放された生徒がざわざわとうるさくなり始める時期でもあるが……木下も桜もあいからず教室ではだんまりを貫き、同じ班で共に過ごすことが多い俺でさえ教室の二人には近づきがたいオーラがあった。
そして今、ホームルーム前の教室は、連休にどこに行ったかの話題で持ちきりなわけで俺にとっては一番聞かれたくない話題である……一日くらいは休めると思っていたが、あの二人にそんな甘えが通用するわけもなく……特別演習林の枝打ち作業に駆り出され、休み明けに疲労困憊という矛盾を抱え机に向かっていた。そう残るべくして残った休暇の課題(数Ⅰ、数A)に取り組んでいた。
「どうせ出来てないんでしょ? 写していいわよ!」
目の前に差し出された課題ノートの持ち主を見上げると桜だった。
「何で? お前が俺に?」
未だに友情、恋愛断固お断り状態を貫いている桜からの意外な申し出に真意を問う意味で聞いてみた……てか、朝から晩まで作業に追われる毎日にどうやってこんな量の課題をしたんだこいつ……
「あんたとあたしじゃここの出来が違うのよ! まあ常人には理解し難い能力の差って奴ね」
指を頭にあて憎憎しい言葉を浴びせるも、メイクで誤魔化し切れない目下のクマが負けん気の強さを物語っていた。
「お前、寝てないのか?」
「昨日は映画鑑賞してたから寝れなかっただけよ」
「はいはい、でもサンキュ。助かったわ」
「まったく出来の悪いメンバーを持ったリーダーは大変だわ……」
そう言い残すと席に戻って行った。何にしろ助かった……
「おはよぅ~♪」
課題を早々に写していると姉ちゃんが例の如くハイテンションで登場。
「みんな~! 今日は重大なお知らせがあります! このクラスに新しい仲間がやってきました~! はい拍手」
パチパチパチパチ……
姉ちゃんの合図で一人の少年が教室に入ってきて、丁寧に一礼した
「みなさん始めまして、金森守って言います。家庭の事情でこちらに引っ越してきました。入学式には間に合いませんでしたが、みなさんと楽しく三年間過ごしたいので仲良くしてください」
いきなりの大人数の視線にも臆することなく、丁寧な挨拶。
長髪、ピアス、カラーコンタクトと行ったヤンキー三種の神器フル装備にも関らず不快感はなく垢抜けたといった印象を与えた。それは日本人離れした高身長と端正な顔立ち、礼儀正しい挨拶の成せる賜物なのかもしれない……
クラスの女子たちの反応も好意的なものに感じられる。
「金森君は第七班だから林業実習も頑張ってね」
そういや、あと一人メンバーがいると聞いていたが彼か。とにかく俺は女二人にペースを握られ振り回されつつある班に男が一人加わることに歓迎だった。しかも悪い奴じゃなさそうだし。
「先生、そのことなんですが特別演習林とやらの授業外実習は辞退させて貰っていいですか?」
「あら、どうしたの? 理由は?」
いきなりの申し出に姉ちゃんは怪訝な表情を見せつつも聞き返した。
「僕は家庭の事情で引っ越してきて高校に来たので林業にそこまで興味がないので……いえ、もちろんここが林業について学ぶ学校でもあることは知ってますので実技科目に参加する義務はありますし土曜の実習はちゃんとします。ただ授業外の実習については任意ですので不参加でお願いします……高校生にはもっと大切なことがあるじゃないですか」
「もっと大切なことって何かしら?」
「高校生活ってのは人生三年間しかない貴重な時間なんですよ。世間の高校生は勉強はもちろんのことですがもっと楽しんでいます。友達と遊ぶことだって今しか出来ない。大人になって働いたら行けないようなところにも今なら時間もある! それが一般的な考えで目先の報奨金とやらで生徒を縛り、労働一辺倒の高校生活を強要するのはどうかと思います」
金森はクラス全体にそうだろと訴えるように語気を強めた。
姉ちゃんはふうと一息付くと答える。
「労働一辺倒を強要してるとは随分思い込みの激しいヘイトスピーチかましてくれるじゃないの!」
「ヘイトスピーチだなんてとんでもない。僕はただこのままではみんなの大切な思い出が山で木を切ったってだけの虚しいものになりかねないってだけですよ」
「別に参加したくないなら構わないわ。それはみんなも同じことよ!」
クラスのほとんどが黙ってはいるものの金森の言ったことに同調しつつある雰囲気を察してか……姉ちゃんはそう言うと残念そうに嘆息しホームルームを終わらせた。
この日を境にクラスはみるみる林業へのやる気を削がれていくこととなった。
むろん付け焼刃的に無理矢理引き出された林業へのやる気だった為、やがてはそうなる流れではあったのかもしれないが……ただその速度を金森が飛躍的に加速させ、クラスはとにかく楽しい三年間をモットーに動き出した。第七班を除いて……
数日たったある日の放課後。金森を除く第七班は姉ちゃんに呼び出された。
「あなたたちに折り入って相談したいことがあるの……」
職員室で椅子に深くもたれ切り出した姉ちゃんの表情は浮かない。
「クラスの今の雰囲気についてですか」
「さすがに察しがいいわね」
木下は賛美の言葉にも特に表情を緩めることなく聞き返す。
「クラスの大多数が特別演習林の管理を放棄し始めているのは気付いていますが、私達は自分の為にいつも通りしていくだけで、何の影響もないのですが……」、
「……それがあるのよ」
姉ちゃんは言いにくそうに前置きを入れ、話し始める。
「実はね森林の所有者が生徒たちのやる気の無さを理由に山を帰して欲しいと言い出したの。もちろんあなたたちの担当地区も関係なく全部返して貰うって……」
「そんな! 俺達はちゃんと調査と枝打ちを終えて除伐に向けての準備もしてるんですよ!」
俺は思わず声を荒げた。さすがにそんな都合のいい話はない……休暇を返上してやっとこれからって時に……
「そのクソ地主はどこにいんのよ! あたしが説得するわ! てか、ぶっ潰してやるわ!」
「止めなさい! 説得してどうこうなるなら、先生がもうしてるはずよ」
桜の強行突破を制する木下。何やら考えた後、でも……と言葉を続ける
「何か引っかかりますね。契約解除を申し出るには二ヶ月弱は早過ぎる……それに理由が弱いように感じるのですが……先生は他に思い当たる節がありませんか?」
「そうそれなのよ! 私が相談したいのは。私も何か府に落ちないのよね……」
「要するにあたし達が調べればいいのね! やってやろうじゃない! その本当の理由ってのを草の芽掻き分けてでも探してやるわ」
「いや、まだあるって決まったわけじゃないだろ。その本当の理由ってやつが……」
「あるに決まってるじゃない! とにかく、その地主の周りを調べるしかないわね! きな臭いニオイがプンプンしてるわ!」
お前さっきまで他の理由なんて疑いもしなかったじゃねえか……
「それと特別演習林にはしばらく立ち入り禁止よ」
「えっ……何で! まだ山を返した訳じゃないないでしょ」
「それは問題ないんだけど……昨日クマの目撃情報があったのよ。今日正式に村役場からも立ち入り禁止の要請が来たわ」
姉ちゃんは残念そうに言った。この村ではクマの目撃情報はそんなに珍しくはない、その後しばらく安全を期して立ち入り禁止命令が出ることも年に数回はある。ただ、このタイミングでこの場所でっていうのが逆風過ぎるだろ……
「クマなんて怖くないわよ! チェーンソウでギタギタにしてやるわよ!」
苛立ちからか血気盛んに宣言する桜にまたしても木下が諭すように答える
「あなたバカなの?」
「バカとは何よ!」
「ネコ目クマ科に属し、体長四メートルの獰猛な肉食獣、鋭い牙に強靭な顎と爪を有しその一振りは一トンとも二トンとも言われる、まさしく地上最強の一撃。シカの首を一撃で吹き飛ばすそうよ」
「そ、そん時は逃げればいいじゃない!」
「時速五十キロで走れるの? オリンピック選手に成れるわね。それも男子の……」
「じゃあ、どうしろっていうのよ! このまま山を諦めろって言うの!」
「そんな訳ないでしょ。闇雲に動いてもダメってことよ。とにかく山林所有者の周りを調べましょう。……何か迫り繰る黒い影のようなものを感じるわ……」
木下がぽつりと呟いた黒い影のようなものが迫りくるという言葉に聞き覚えがあった。たしか、山ノ神だと言った少女もそんなことを言っていた。鋭い木下のことだ頭ではなく本能的に感じているのだろう……あの少女に会えば何か分かるかもしれない。
「俺、ちょっと思い当たるところがあるから行ってみるわ」
「どこよそれ! あたしも行くわ!」
「そうね、三人で行きましょう」
「いや、桜と木下は他を当たってくれ! 手分けした方がいいだろ」
俺は二人にそういうと職員室を後にして特別演習林に向かった。二人を危険に晒す訳にはいかない。
初めて山ノ神だと言う少女に会って以来約二ヶ月二度と姿を見せていない。あれは幻だったんじゃないかとさえ思っていたくらいだ……都合よく会える保障などどこにもないが他に出来る事もない……
彼女に初めて会った特別演習林の入り口の山道に来て俺は辺りに呼び掛けるように叫んだ。
「おーい! 山ノ神―! いないかー! 聞きたいことがあるんだ」
返事はなく、辺りはシーンとしている。
「頼む! 姿を見せてくれないか! 森を救うってどういう意味なんだ? この森に何が起きようとしてるんだ」
またしても沈黙……はあ……やっぱあれは幻か何かだったのか……諦めかけたその時、五メートル程先の茂みがガサゴソと動く音が聞こえた。
「なんだ、いるんじゃねえか! 出てこいよ」
だが次の瞬間、目の前に現れたのは華奢な少女ではなく、強靭な黒い獣だった……
「ク、ク、クマー!!」
こ、こ、殺される……目の前で此方に鋭い視線を向け、警戒しながらもスルリスルリと歩み寄るそれに、思わず大声を上げて逃げ出したい欲求を抑える。背中を見せて逃げるものには襲い掛かる本能を刺激しないように目を離さずちょっとずつちょっとずつ離れるしかない。
ゴルルルルゥ、グルルゥ……
クマの鼻息とも吐息とも違う唸るような息遣いが恐怖を掻き立てる……ダメだヤラれる。
次の瞬間、突進してきた獣になすすべなく、目を瞑り身体を丸めるしかなかった。県内高校一年生、山で熊に襲われ死亡。そんな新聞の見出しが頭をよぎった……
「グルグルグルゥ~」
何だ? 耳を付く獣の弱弱しく高い鳴き声に恐る恐る目を開ける。
斯界に飛び込んできたのは震え後ずさりする熊の姿、そして間に立つ、いつかの少女の後ろ姿。
「死にたくなかったら立ち去りなさい」
あどけない少女の声に猛獣が背を向け走り去っていく。
「ふう……」
少女は安堵の嘆息をつくと振り替える。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「山ノ神様? 何で?」
「お兄ちゃんにはしてもらわないといけないことがあるんだから、死なれちゃ困るわ」
少しご立腹といった感じに頬を膨らませる少女は神様というよりはどう見てもただの幼女なわけで……ただ本人がいうから神様なのだろう。というか獣に言葉が通じたし……
「熊に言葉が通じるのか?」
「そんなわけないじゃない」
「だってさっき……」
「山ノ神――別名デイダラボッチ。生と死を司る神なのよ。獣は本能的に命を吸い取られると感じたのよ」
「じゃあ。台詞いらねえじゃねえかよ」
「だってその方がかっちょいいじゃん」
自慢げにのうのうと言ってのける子供っぽい会話は恐ろしい力とギャップがあり過ぎて神様だとはなかなか受け入れがたい。
「ありがとうな。危うく死ぬとこだったよ……」
俺はようやく落ち着きを取り戻し、お礼を言ってから疑問に思っていたことを聞いてみる。
「そうだ。俺は君を探しに来たんだ! この森で何が起きようとしてるか知らないか? 俺達は林業高校の課外授業でここの管理をすることになってたのに急に山の所有者が返して欲しいと言い出したんだ。君が言ってた森を救って欲しいってことと何か関係があるのか?」
要点も絞らず聞きたいことを一息に口走ると少女の答えを待った。
「分からない……」
「神様に分からないこともあるのか?」
「神様だからって何でも分かるわけじゃないの! 分かるのは火山の噴火とか台風、地震の予知とかその程度だもん……」
充分凄いが……しょぼくれる少女に子供を諭すように聞きなおす
「ごめんごめん、何か変わった様子があればちょっとしたことでもいいんだけど……」
「多分、人間が何かしようとしてるの」
「人間がってどういうことだ?」
少女は首を横に振る
「自然の事なら分かるけど。人間は自然から離れた存在だから私にも分からない! ただ近頃、木の世話をする訳でもない人間がこの森に出入りしてるから……それをお兄ちゃんに調べて欲しいの……」
ようやく要点が掴めた。つまり神様に分からない森に出入りする人間が何か良からぬことを企んでいるから俺に調べて欲しいということだ。
「わかった。俺が調べてみるよ。だからそんな顔するな」
泣きそうな少女の頭を撫で俺はその連中が何者なのか調べることにした。
「それとね、さっきの熊だけど。あれ何て種類なの?」
「お前、神様なのにそんなことも知らねえのか? 胸に三日月型の模様があっただろ?」
「あった!」
「あの模様からツキノワグマって言ってな……」
「お兄ちゃんスゴイ! 物知りだね。凄い凄い」
目を輝かせて褒め称える少女(神様)に気を良くして俺は豆知識を披露してやる。
「サーカスなんかで使われる種類で割りと人間に扱いやすい性格で……」
「ふんふん」
「生息地は東北から関東にかけてで……ん?」
あれ? 何で関西圏の奈良にツキノワグマがいるんだ? 熊に出くわした時に感じた違和感はこれだったんだ! それにしても何でだ?
「お兄ちゃん、どうしたの?」
少女は意味を理解していないらしくきょとんとした表情で思考中の俺を覗き込む。
「おかしい、ツキノワグマがここにいるはずがない……」
「わたしも初めて見たよ。誰か人間が連れてきたってこと?」
「まさか! そんな大掛かりなこと。金さえあれば出来ないことではないがそこまでする必要があるのか?」
ただ、この山に近付けたくない理由があって熊を放ったとしたら……契約解除と熊の目撃があまりにタイミングがいいことも説明は付く……これはますます何が始まろうとしてるのか調べる必要がありそうだ。
事の顛末をいまいち把握していない不思議顔に聞いてみる。
「今日ももしかして山に出入りしている人間はいるのか?」
少女はコクリと頷いた。
「どこだ?」
「おい! どこにいくんだよ」
少女に手を引っ張られ、すぐ目の前の山の頂上へ掛け上がった。
「あそこ……」
「ん? どこだ?」
「ダメ。静かにしないと見つかっちゃうから」
そう言われ二人して身を屈め、山の中腹から逆側の斜面を覗き込む。百メートル程先に人影が見える。作業着を着た三人組の男が何やら棒のような物を地面に差し込みメモを取っているように見えるがそれが何の為に何をしているのか見当も付かなかった。
「何だあいつら、こんな山奥で何をしようってんだ?」
「人間のすることなんて分からないわよ」
「あれが何をしてるのかさえ分かれば少しはヒントにもなるだろうけど……」
「聞いてみる?」
「いやダメだ! 熊を放ってまで見られたくないことをしている連中だとしたら素直に答える訳がない。無駄に警戒心を煽るだけだ」
「んじゃ、どうするの? 一人だと不安だけど。お兄ちゃんと一緒だとワクワクするな。えへへ」
身を隠しながらも腕を組んでくる少女は先程の不安な顔色はどこかにいき、楽しそうに微笑む。
「期待しすぎるなよ。大人三人相手に胸ぐらを掴み、しゃべらせる腕力もなけれりゃ、声を掛けて警戒心を解き巧みに話させてしまう会話術も持ち合わせてないんだ」
「お兄ちゃん、あの人たち帰っちゃうよ! どうしよう。やっぱり無理かな」
「……そんなことない! まかせろ!」
こうも高低差の激しい落ち込み顔を見せられたら何とかしなきゃって思うだろ……
「突っ込む? 不意打ち?」
「これだ! まさに文明の力!」
「何それ?」
思わずポケットから取り出したそれの説明に入る。
「これは携帯電話といってカメラ機能が付いててだな……」
「カメラ?」
「まあ、あれだ一瞬で絵が描けるんだ」
「一瞬で! すごい! さすがお兄ちゃんだな」
「いや俺は凄くない。シャープさんが凄いんだ」
「しゃーぷ?」
「何でもない……」
とにかく写メに作業風景と道具を写真に収めて後で姉ちゃんか木下の博識に期待しよう。桜はあれだけど……
「ほら、こっち向いてみな」
「なになに?」
こういうのは論ずるよりも見た方が早し。俺は試しに一枚少女を写メってやった。
「見てみろ! 今の一瞬で精巧な写実画の完成だ」
「あれ? 何も描けてないよ」
「おかしいな、もう一枚。ほら可愛い顔して」
「にっ」
「もう一枚」
「えへっ」
神様とはいえ子供だな……
「お兄ちゃんと一緒に」
「はいはい」
最後に顔を近づけて一緒に撮ってみた。
「よし、これでいいだろ! 見てみろよ」
スマホのカメラギャラリーに保存した写メを二人して覗き込む。
「どれどれ、あれ? 木と地面しか描かれてないよ。最後はお兄ちゃん一人でニヤニヤしてるだけだよ……」
一人でニヤついてるとか気持ち悪りぃ……
「う~ん。神様は実体がないから写らないのかもな……」
「人間の作るものなんてろくなもんじゃないわね。ふん」
「まあまあ、本来の目的は果たせそうだしいいじゃねえか」
膨れる少女をなだめ、さっそく隠し撮りしようと木の陰を利用し近づく。隠し撮りっていうと如何わしく正徳感に反する行為だが、今回に限り正義なんだ。そう自分に言い聞かし歩を進め、後三十メートルくらいまで来た時
「お兄ちゃん、私が行ってきてあげるよ!」
「おい! 何で付いて来たんだ! あっちで待ってろって言っただろ」
少女が後ろに現れ、声を抑えつつも抗議した。
「だって一人じゃつまらないもん」
「見付かったら元も子もないだろ」
付いてきてる気配などまったくなかったのに……さすが見た目は子供でも神様だ……
「私、姿を消せるし、大丈夫よ」
そうか、初めて会った時も木の上から蜃気楼のように消えたよな……もしかすると名案かもしれないな……
「よし! 分かった! お前に任せるから絶対に見付からないようにな! 絶対だぞ。相手はどんな奴か分からないんだ。捕まったらどんな酷い事されるかわからないんだからな」
一応、事が重大なだけに脅かすくらいに大げさに言ってやった。
「捕まっても大丈夫よ! だってお兄ちゃんが助けてくれるもんね」
「……おまえな」
「……助けてくれないの?」
「助ける。助けるに決まってるだろ!」
「やた! んじゃ捕まってみようかな♪」
「バカ! 何考えてるんだ!」
「……うそよ。ちょっと言ってみただけだし~」
「何じゃそりゃ」
「助けるに決まってるだろか……。そかそか、えへへ♪」
「だからって本当に捕まったり……おい!」
「んじゃ。行ってきま~す」
「おい、聞け……」
忠告も言い終わる前に目の前で少女は蜃気楼のように消えてしまった。まったく何考えてるんだ……
念の為、さっき居た山の中腹に戻り待つことにしたのだが……
「お兄ちゃん、ただいま~。見付からないようにちゃんとカシャカシャしてきたよ」
わずか二、三分で少女は再び姿を現した……
「マジか! こんな短時間で」
「えっへん。すごいでしょ♪」
得意げな少女からスマホを受け取りカメラギャラリーの保存画像を見てみる。
「すげえ、よく見付からなかったな」
なぞの道具を地面に突き刺す作業員の姿、メモを取っているメモの内容まで近距離中の近距離、超接写といった画像が撮れていた。
「これでいいでしょ」
「良いも何も完璧だよ」
逆にどうやって撮ったのか突っ込まれたら返答に困りそうだが、まあ情報が繊細なのに越したことはない。
「さっそく戻って、この写真をみんなに見せて調べてみるわ」
「お兄ちゃん頑張ってね……」
「ああ!」
「また会える? この森が無くなったら、もうここに居れないよ……」
「そんなことさせないから安心しろ。でそんな悲しい顔すんな! また会えるし森も守るから」
「うん」
俺は決意を新たに特別演習林の山道を下った。
「これ何かわかる?」
放課後、昨日の写メを見せようと職員室の姉ちゃんの元に集まった。
「どれどれ! あたしに見せてみなさい」
いの一番に携帯を手に取りあげ怪訝な表情を見せる桜。
「何これ? これにどう感想言えっていうのよ」
「いや、何をしようとしてるのか分からないか?」
「何をしようとって、モテようとしてるの?」
「はあ?」
「そうね、よっぽどナルシストで笑顔に自信があるのかもしれないけど。ただただ気持ち悪いだけね……」
横から桜の手元を除き込んだ木下も訝しげな表情で俺を見る
「緑、私も仕事があるのよ。人を呼び出してといて、自己満足の気持ち悪い自撮り写真見せて感想言えとかどういう神経してるの?」
「ちょっ、姉ちゃんまで何の話だよ」
桜から取り上げた携帯の画面には昨日山ノ神様と一緒に撮った写メ(写ってるのはニヤついた一人だけ)が写っていた。
「これは違うんだ」
「何が違うわけ? 自惚れする程のルックスじゃないでしょ」
「咲崎さん、ナルシストにそれは禁句よ。カンシャク起こされて何されるか分からないわよ」
「えー! 怖―っ!」
「誰がナルシストじゃ! 好き勝手言うな! その写メは事故だ事故!」
山ノ神様に会ったなんて言い出したら、それこそ何言われるか分からん……とにかく強引に話を終わらせた。
「俺が聞きたいのはこっちの写メだ! ほら何かよく分からない道具で作業してるだろ!」
意味不明になってしまった自撮り写メは即座に消去し本題の写メを見せた。
「何か見たことあるような……」
「本当か! 何の作業なんだ」
「ちょっと待って! 今思い出してるんだから……」
難しい顔で首を傾げたのは桜だった。
「あっ!」
「何だ。分かったか?」
「温泉を掘る掘削作業じゃない? その前の地盤を図る作業っぽい」
「いや、それはないだろ」
「何でよ!」
「温泉てのは最低でも地中何キロと掘らないと出てこないよ。もっと大掛かりな機械で掘削するもんだ」
「んじゃ。知らないわよ」
憮然とした表情で携帯を返された。姉ちゃんもこの作業が何なのか分からなかった。
「なるほどね」
「何だ木下分かったか?」
「ゴルフ場じゃないかしら?」
「「ゴルフ場!?」」
俺と桜は同時に反応した。
「ええ、これはゴルフ場建設の第一段階で行われる地盤計測の作業だと思うわ。それとメモを取ってるのはコースを考える為の地形を計測してるんじゃないかしら」
「そんな! 何でまたこんな辺鄙な田舎にゴルフ場だなんて。もっと都会から近場の山とか立地のいいとこあるだろうし採算取れるのかよ」
「取れないわよ! あたしがぶっ潰すんだから! 採算なんて皆無!」
「いや、桜。そういうことじゃなくて……」
「咲崎さん、その野蛮な発想どうにかならないの? 戦国時代じゃないのよ。わたし達は法治国家に暮らしていることをもう一度考えるべきね」
またしても暴走気味の桜を木下が制した。
「桐谷君。立地的にはある意味悪くないのよ。環境保護にうるさい昨今では都市部の近くでは軒並みゴルフ場計画は反対にあっているし、御杖村くらいの田舎の方が落とせると思ったんじゃないのかしら。町から一時間はギリギリOKラインなんでしょ」
木下がそういうと黙って聞いていた姉ちゃんも納得いった表情で答える。
「観光もない、林業も衰退した。財政が圧迫している隙を突いてきた訳ね」
「そんな! ゴルフ場は木を相当量伐採するし、芝生を生やす為に大量の農薬を使う! そんな自然破壊を地元住人が許すはずがないだろ!」
俺は懸命に意見した。
そんなことになれば、ふるさとの景観が変わる。一部の者が潤っても何一つ御杖村のプラスになんてならない。
「残念だけど。人の心はお金で動くことの方が多いのよ……」
そう言った桜の言葉は現実的な中に悲愴感が漂っていた。
「お金プラス雇用をチラつかせ、地域活性化を唄えば正義のメッキは完成って訳ね」
木下は皮肉たっぷりにそういうと次の手を考えているのか黙ってしまった。
「安い土地で安い人件費でボロ儲けしようなんてあたしは絶対許さないわよ」
奥歯をかみ締め腹正しさを抑える桜。
「あら? あなたもお金儲けが目的で林業を始めようとしてるんだから一緒じゃないの?」
「違うわよ! 林業じゃなきゃダメなの! それじゃなきゃ……」
「それじゃなきゃ?」
「ふん。 あんたには関係ないわよ! それよりどーすんのよ」
「まず調べるしかないわね。ゴルフ場建設に踏み切ろうとしている連中がどこの誰で現状どこまで計画が進んでいるのか……」
これまた黙って聞いていた姉ちゃんが嘆息して答えた。
「その必要はないよ」
突如、後ろからした男の声に全員が振り返る。そこには金森守が立っていた。
「金森! 何であんたがここにいんのよ! あんたは第七班の活動に参加しないんでしょ」
「咲崎さんだったかな? 何でってことはないだろ? 人の身辺を野良犬みたいに嗅ぎ回っておいて……」
「それはどういうことかしら?」
木下が冷徹な表情で聞き返す。
「お利口さんな君のことだ、今の会話で予想は付いているんだろ?」
「さて、何のことかしら」
「まあいい、僕の家はリゾート会社でね。今君達が敵視し調べようとしている会社って訳だ!」
「なるほど。そういうことね……」
特に驚きも見せず木下は金森を睨みつける。
「ちょっと、あんたそれ本当?」
「咲崎さん、僕が嘘を言ってどうするんだ。今後この御杖村はゴルフ場を皮切りに温泉施設、牧場等を整え、一大アミューズメントパークとして生まれ変わる。都市からやって来る顧客は充分にお金を落として帰る。もちろん、莫大な資金と安く手に入る土地があっての話だけど。雇用と資金難のこの村と利害は見事に一致している。良い話だろ?」
「ふざけんじゃないわよ! それが本当なら、あんたの会社なんてパパに頼んでぶっ潰してあげるわよ! フン!」
「おい! 君の父も経営者なら分かるだろ? 中小企業の小娘程度が立付ける相手じゃないんだよ! 年商十億の大手の金森カンパニーって言えば誰でも知ってるだろ? この世で偉いのは万人に慕われる人格者でも喧嘩が強い奴でもなく金持ってる奴なんだ!」
目の前にいる金森からは、普段教室で皆に見せている表の顔などは垣間見ることさえ出来なくなっていた。
それでも冷静にいつもブレることなく彼女は対話する。
「確かにリゾート建設によってこの村に雇用をもたらし、村も潤い。経済も活性化されるかもしれないわね……」
「だろ? 君はどこかのおバカさんと違って物分りがいいね」
「誰がおバカさんですって! ええ? コラ~ッ」
「やめろよ桜!」
俺は今にも飛びかかろうとする桜を必死に制する。その様子を一瞥するとさらに木下が続けた。
「この子はバカだけど。あなたは浅はか過ぎる大バカね」
きっぱりと言ってのける木下の眼光は強く一瞬の揺らぎなく金森に向けられている。
「はあ? この僕の何がどう浅はかなんだ? 林業林業って騒いで採算の取れない事業に夢見てる君達の方がよっぽど浅はかなんじゃないのか?」
「いずれ話す時は来るわ。今はその時ではないし、私たちの勝機を下げることにも成りかねないからノーコメントよ」
「何だ? 何言ってんだテメエ? 勝機も何もないんだよ! 百戦錬磨の大大手が始める時代のニーズにあった事業よりも衰退オワコン林業の方が有益である理由を言ってみろよ! ある訳ないだろ! なあ」
「今ここであなたを言い負かしたところで物事は何も変わらない」
「何だよその逃げ」
「私たちの敵はあなたの会社、そうあなたのお父さんであって、あなたのような小物ではないものね……」
「対外にしろよクソアマがっ! 聞いてる質問に答えろよ!」
「声を張り上げても一緒、罵倒には屈しない。最初あなたがここに来た理由が分からなかった。だけど今分かったわ。あなた怖いんでしょ? 騙している村人の目が覚めることが……だから私たちの士気を下げる為にわざわざやってきた……でも逆効果ね。私たちは熱は冷めない。結果情報をもたらしただけの大マヌケ……」
「ハハハハハッ! 僕が怖がっている? 何言ってんだ君? 面白い子だね」
「何が可笑しいんだよ!」
俺は木下があざ笑われたことに無償に腹が立ち金森を睨み付けた……
「心が折れなかろうが関係ない。君たちがどう足掻こうとゴルフ場建設が執行される事実は覆らない! お金の前では人の夢、希望なんてのは無力」
「お金お金ってさっきから五月蝿えよ! お前には他にないのかよ」
「おいおい、出番の少ない桐谷君がやっと発言したと思えば何を言い出すんだ? 他に何があるんだ? お金よりも大切で尊ばれる物など、この世に存在しない! 社会への貢献度を測る唯一無二にして絶対的尺度! それがお金だ! 金があれば良い服を着、美味しい物を食べ、医療で病気だって治せる! 命も自由の利く有意義な時間さえも金次第なんだ! そして人を動かし、さらにお金を集めることも可能! あるところにはある! それがお金だ! 僕はこのくその価値もなかったド田舎をお金に変える! おこぼれに預かれるだけでも感謝しろよ」
「言わせておけば好い気になってんじゃないわよ!」
「ちょっと桜! 殴ったらこいつの思う壺だ! 止めろ」
抑えていた腕を振り解こうと暴れる桜。
「金森君、あなたの言いたいことは分かったわ! もう帰りなさい」
「先生にそう言われちゃしょうがないね。まあ君たちが何をしようと構わんが事は変わらないよ。んじゃ、せいぜい頑張ってね」
やれやれと金森は嘆息し職員室を出て行った。
「いつまで触ってんのよ! 離しなさいよ」
「ああ、すまんすまん」
後ろから抑えていた桜を開放し、今目の前で起きた出来事を整理してみる。
「あいつの言ってこと本当かな?」
「でしょうね。残念だけど……」
「木下、さっき言った勝機があるってどうするんだ。あいつの言ったことが本当なら明日にでもゴルフ場建設が始まってしまうかもしれない。もしかしたら既に始まってしまってるかも……」
「それはないわ大丈夫」
「木下さんの言う通りよ。ゴルフ場には約百ヘクタールの土地が必要だから、地主の平均所有面積から考えて二十人は持ち主を口説き落とさなきゃいけない。自治体の認可も必要だから早くても半年は掛かるわね」
「そっか! それだ自治体に今の話を全部話して認可を出さないようにすればいいじゃない」
桜が名案とばかりに顔を明るくする。
「咲崎さん、残念だけど。それは無理なの……自治体の認可は防災上の問題がない計画書を提出されれば通さなければいけないのよ」
「ええ、そんな……」
姉ちゃんの答えに再び表情を曇らせる桜。
「でも、認可手続きは時間稼ぎにはなる。その間にまだ土地を手放していない山林所有者の心を動かすしかない。それが私たちに残された最後の可能性……ギリギリの勝機」
「あんな大きなこと言っておいてどこが勝機だよ」
「木下さん、今後の作戦でもあるの?」
俺の突っ込みなどスルーし姉ちゃんが木下に聞いた。
「おそらく、相手は村人たちの賛成を一気に得る為に行動を取るはずです。ゴルフ建設説明会なんてしても引きがないでしょうから……大多数が参加して、その大勢の前で挨拶する機会なんかがあれば狙ってくるはず……」
「大勢の前ねえ……あっ、夏祭り!」
「そうか夏祭りなら大勢の村人が参加し、その前で挨拶も可能だな」
「一ヵ月後、可能性は濃厚ね」
御杖村の夏祭りは毎年お盆に行われ、花火も都会に比べればささやかではあるが、それでも約千発の花火が打ち上げられ、本会場である菅野地区の小学校グラウンドでは露天が立ち並び舞台で地区や学校などが色んな企画を催したり、盆踊りも行われ盛大に盛り上がる。花火の費用は地元商店などから寄付される代わりに協賛スポンサーとして宣伝がアナウンスされるのだが。大口スポンサーは代表として挨拶も行う。多くても十万の寄付金で大口スポンサーになれるから金森カンパニーにとっては痛くも痒くもないだろう。
「先生、たしか本校も地元の高校として催し物を毎年やってますよね?」
「ええ、主に夏までに習ったチャーンソウで丸太切りを地元の人に披露してるわ」
「披露の場がある。みんなに訴えかけるチャンスもある。そこで林業の可能性を示唆できれば……」
木下は難しい顔でぶつぶつと呟く。
「先生、今回の夏祭りの催し。第七班に時間をもらえないですか?」
「やれるだけのことはやってみなさい」
姉ちゃんが優しく微笑むと木下も少し微笑んだ。
「ちょっと、何をどうやってあの財力に勝とうってのよ!」
「咲崎さん、あなたらしくないわね。金森に心を折られたのかしら?」
「そんな訳ないでしょ。ただ現実問題として……」
「そう、確かに現状この村は決して裕福ではない。山林所有者にとって山林は何も生み出さないどころか資産税が掛かるお荷物でしかない。それを破格の価格で買い取って貰えるってなったら誰でも飛んで喜ぶでしょうね。さらにそのことでこの地に雇用が生まれ、若者が住み着き地域が活性化するとなれば何も文句はない。むしろ金森カンパニーを大々的に支援するでしょうね」
「そうよ! まだ子供で財力も何もない高校生が数人集まったところで何になるのよ!」
木下に反発する桜は半ば諦めているのか涙声になっていた。
「絶対なんてないの。わたしなら、いえ私たちなら出来るはずよ。可能性があるならゼロでない限り全力を尽くす。それが今のわたしたちがすべき事よ。大丈夫わたしに任せて」
「……うん」
桜の頭をぽんと撫でた木下の背中は華奢ではあるけれど……強く勇ましく、可憐な後ろ姿だった。
「桐谷君も協力してくれるわね」
「もちろんだ。せっかくこれからって時にやられっぱなしじゃな! それにここは俺の故郷だしな」
でも、どうするんだ。本当に策なんかあるのか?
「ここからはわたしが指揮を取る。各々がわたしの言う通り全力で取り組めば人の心は動かせる。そう信じて頑張るわよ」
「よし! やってやる!」
「あんな金の亡者、滅亡させてやるわよ!」
「その意気。 それでこそわたしが認めたライバル咲崎桜」
珍しく褒められた桜はバツが悪そうにそっぽを向く。
「……まあ、紅葉もあたしのライバルとしてしっかり指揮を取りなさいよね!」
「あれ? お前ら下の名前で呼び合ってたっけ?」
「「どうでもいいでしょ」」
二人同時に照れ隠しなのか突っ込まれたけど。桜と木下の距離が縮まった感に思わず笑みが零れた――そんな初夏の一日だった。
第五章 緊急会議
次の日の放課後、場所は会議室。作戦会議をするということで木下から集合が掛かった。だが当の本人は掃除当番でまだ来ていない。姉ちゃんは本日休暇。
ホワイトボードとコの字型に並べられた長机――殺風景な部屋に桜と俺は木下の到着を待っていた。
外では運動部の掛け声が聞こえるが構内に残っている生徒は少なく閑散としている。
「ねえ、緑!」
「何だ?」
待ちくたびれたのか手にとっていた雑誌を机に置くと桜が口を開いた。
「紅葉に言われた宿題してきた?」
「まあ、一応な……桜は考えてきたのか?」
俺は携帯で暇つぶしには持って来いのアプリをしながら適当に聞き返す。キノコのキャラした兵隊をただただタイミングよく自陣の城から敵陣に向け発動させる単純アプリ。
「……当たり前でしょ」
「そっか、どんな案考えてきたんだ?」
「へへ、超いい案。でも後のお楽しみ♪」
「あっそ、まあ期待してますね……」
「もっと、期待してる感じ出しなさいよ。何、その棒読み……」
俺たちは共に昨日の帰りに木下に宿題のような物を出された。
もちろん勉強の宿題ではない。桜にはとにかく祭りに村外から人を呼ぶ方法を考えて欲しいとのこと……そして俺には木を使ったイベントを片っ端から調べてこいとのことだった。狙いはいまいち分からないが、とにかく時間もない。頭が切れて、統率力もありリーダーシップ、度胸も共に持ち合わせている木下が指揮を取る事に賛成した。
俺たちは言われた仕事を一生懸命取り組むだけだ。帰ってから、ネットを駆使し木を使ったイベントを調べ上げて資料にまとめてきた。おかげで寝たのは深夜三時になっていたが……。
「紅葉の奴、いつまで待たせる気なのよ。もう十分たった」
苛立った様子で時計をみながら、たった十分をもう十分と表現してしまう目の前の少女はよっぽど自分が持ってきた案を早く披露したいのだろう。そういや、こうして女の子と二人っきりでいることなんて初めてだな――そんなことを考え携帯でアプリをする。
「そういや、桜って何で林業がしたいんだ?」
「何でってなにが?」
「ほら、昨日林業じゃなきゃダメだって言ってたじゃねえか」
「まあね……」
「別にお金を稼ぎたいだけなら、それこそ金森みたいなやり方だってあるだろ?」
「ダメよ……それじゃ意味がない」
「意味?」
「あたしのパパの会社ね、今はIT産業で成功してそれなりに大きくなったけど。昔は林業をしていたの……」
「へえ、そうなのか! それは知らなかった」
「話してないからそりゃ知らないでしょ。逆に知ってたらストーカーじゃん! 気持ち悪い」
「お前のストーキングなんてしねえよ」
「なによ、じゃあ誰のストーカーならするのよ! 紅葉?」
「あのな、何でストーカー前提なんだよ! そんで何で木下が出てくるんだよ」
「まあ、いいけど……」
桜が不機嫌顔になった理由は分からないが続きを促す。
「そんで何でまた林業なんだ?」
「あたしのわがまま、もう一回林業をして欲しかったの……パパは一度撤退したから自信ないって言ってたけど。お前が卒業して指揮を取るならもう一度だけ挑戦しても良いって」
「桜は何でもう一度林業をして欲しいんだ?」
「……うーん。誰にも言っちゃダメだよ」
「言わねえよ」
「……好きだったの」
「へ?」
何? 急に? 何が? これって告白? でもそんな話してたっけ? でもでも誰にも言わないでって恥ずかしそうにした前置きもそういうことか? いきなりのことで頭の中が真っ白になった。生まれて初めての告白。それもこんな美少女からの……
「あの……え、とマジで。どうしよう? 俺こんなの初めてでさ。何かいきなりでびっくりして気が動転してるというか……返事すぐしなきゃダメかな?」
「何のこと?」
「何のことって今の、その、こく、告白ってやつじゃ……」
「はあぁぁぁぁーっ! 何勘違いしてんのよ! バカじゃないの!」
桜に雑誌を投げつけられ罵倒を浴びた……早とちりの勘違いヤローでさらに返事待ってくれるかな的な超調子のり発言しちゃったし恥かし過ぎる。
「仕事師さん達が好きだったの……」
桜も急に恥ずかしくなったのか顔を赤くして誤魔化す様に続きを話し始めた。
「あたしが子供の頃は林業の仕事師さん達が会社の寮に住んでいて仕事がない日曜とか夕方からとか皆で可愛がって、遊んでくれて……だから……皆大好きだった。もう会えなくなっちゃったけど……」
「そっか……また戻ってきてくれるといいな」
「うん……。雨の日は山仕事が休みだったから雨降りが好きな変な子供だったな」
桜は悲しそうに言った。
「まあ、また林業始めたら会えるだろ! 世界は狭いしな!」
「はは、何それ! あんたたまにバカみたいなこと言うわね」
とりあえず笑ってるしいいか。
「そういやさ」
「何だよ! 告白って勘違いしたの超恥ずかしいね」
「仕方ねえだろ」
「どう思った?」
「どう思ったも何も頭真っ白だったわ」
「ふーん……それってどっちよ?」
「え?」
まじまじと見つめられ思わず唾を飲み込んだ。何が聞きたいんだ。
「何でもないわよ! あたしみたいな良い女があんたみたいな取り柄のない出がらしに告白する訳ないでしょ! バカ!」
「うるせえよ!」
そりゃそうだよな……やはりこいつは掴み所がない……紅葉ほどではないが。そんな時、会議室の戸が開いた。
「お待たせ」
「ちょっと紅葉、遅いわよ! あんた何分待たせる気!」
「遅れるって言ったはずだけど……」
言ったから謝罪は済んでるだろうとばかりに一言で問題を解決してしまった。さらに掴み所がない少女の参戦である。
「まあ、いいわ。さっそくはじめなさい」
「その前にこれを見てくれるかしら」
木下がカバンから取り出したのは夏祭りのチラシだった。
「こんなの毎年、回覧板についてくるけど。どうした?」
回覧板とは田舎特有の連絡手段でバインダーなんかでまとめられたお知らせ等をご近所で回すシステムである。
「まあ、見てみなさい」
「花火三千発!」
桜はきょとんとした表情で聞き返す。
「普通じゃない。何をそんなに驚いてんのよ」
そうか……町から来たこいつにとっては無理もない。
「年にもよるがせいぜい寄付が多い年でも千発なんだ」
「毎年どんだけしょぼいのよ」
「うるせえ! それでも村人にとっては一大スペクタクルなんだよ」
桜に鼻で笑われ、俺は強く言い切った。都会より辺りが自然で暗い分、充分綺麗なんだよ。
「このチラシは回覧板で回すのではなく。明日全世帯に投函されるそうよ」
木下は淡々と話す。どこでそんな情報調べてくるんだ。
「どうやって八百世帯も投函するんだよ! 人件費だってバカにならないぞ。そんな無駄な財源この村には……」
俺が率直な感想を述べると、紅葉は無言でチラシの裏返して見せた。
チラシの裏には寄付者の広告欄になっており金額が大きい程面積も大きく上に載せられる。
「すごいわね。金森カンパニー」
桜が思わずため息まじりにぼやいたのもそのはず、チラシの半分はあろうかというデカデカとキャッチコピーと社名が載せられている【みんな笑顔に活き活きとした地域作りを目指し邁進します。次世代の御杖村に発展を! 金森カンパニー】
「金森カンパニーが明日、村外の人材会社から百名のアルバイトを雇い、宣伝を兼ねたチラシ投函を行うそうよ……」
「「百名!!」」
これには桜も声を上げた。
「八百世帯にチラシを投函するのに一人じゃきついけど。せいぜい十人もいれば充分でしょ!」
「チラシ投函はただの口実――きっかけ。一件一件に企業の大きさと地域貢献を訴える格好のチャンスってことよ」
「しかし、どんだけ金掛けてくるんだ! そんな湯水のような使い方して大丈夫かよ」
「寄付金は大よそ二千発分と考えて花火の値段が何尺玉かにもよるけど平均が四尺玉約五千円として約一千万、人件費が日当一万として人材派遣に払うのは一人交通費込みで二万、百人で約二百万。合計一千万強ってとこじゃないかしら」
「「一千万強!」」
一日一千万浪費のインパクトにまたしても俺と桜は声を揃えた。
「何も驚くことじゃないわよ。二十名近くの山林所有者を口説き落とすのにグダグダと時間と人件費を費やすことと成功確率を考えれば、一撃で宣伝効果と村人を味方に付けるには一千万はむしろ破格な安さ。そもそもテレビCМなんて億は掛かる訳だし」
「ちょっと紅葉! そんな相手に本当に勝ち目あるんでしょうね。莫大な費用を投入してきた企業にどう対抗するのよ! 林業への熱意や情熱だけじゃ誰も振り向かないわよ。世間は思ってる以上にシビアで現実的なのよ!」
桜の言葉にはなるほど説得力がある。それは先ほど聞いた過去の悲しい出来事が大いに関係してることが伺えた。
「お金に何で対抗するんだ?」
本当にそんな策があるのか? 俺の関心もその真意だ。
「……ある。お金にはお金で対抗するしかないでしょ」
「はあ? あんた何言ってんの? 一千万なんてお金あたしたちに用意出来る訳ないでしょ」
桜は期待はずれの答えに呆れた様子で反応する。それでもいつものように木下はブレることなく答える。
「誰も現金で一千万以上必要なんて言ってないでしょ。林業がゴルフ場建設よりも長期的にお金になる展望をより具体的に且つ現実的に伝えることが出来ればいいのよ」
「で、その具体的にどうするんだ?」
「今から決める。その為の会議よ。まず桜、昨日出した人を集める方法発表してくれる」「夏祭りに人を集めてどうするのか知らないけど。とにかく集めればいいんでしょ」
「ええ、それがあなたにしか出来ないあなたの役目よ」
「いいわ! あたしの完璧な作戦発表してあげる!」
そういうと桜は広々とした会議室の一角に腰掛けた俺と木下を見回すと自信満々にホワイトボードにサインペンを走らせた。
見たことのない英単語が書き連ねられる。TWITCASTING?? トイットカスチング?
「ずばり人を集める有効手段はこれよ」
「何て読むんだ?」
「確かにツイキャスは有効ね」
俺の無知さをスルーし二人は会議を続ける。
「おい! 桜!ツイキャスって何だよ?」
「ほんとこれだから田舎者は……今若者の間で流行りのコミュニケーションツールよ」
この後、端的にツイキャスの説明を受けた。どうやら素人がスマホさえあれば動画を配信出来るアプリで人気が出ればリスナーも増える。配信主はイベント集客を目指す地下アイドルだったり、DJだったり様々らしい……もちろん一般の高校生なんかでも可愛ければ、ただの雑談配信に五百人近くのリスナーを付けていたりするらしい。
「あたしの平均高校生を大きく上回る美貌と仕上がったスタイル。それらの武器を客観的に分析すればこれが一番即効性のある集客方法よ」
なにが客観的だよ……まあ、間違ってはいないから大きく否定は出来ないが何か腹立つなこいつ……
「要するにあなたにファンに近いようなものを付けて夏祭りに引っ張りだそうって訳ね」
「……ん? ま、まあ。そうね」
こいつそこまで深くは考えてなかったな……ただネットでイベント集客方法とか何とか検索しただけじゃねえか……
「あまい、浅い」
「何よ! せっかく考えてきた案に文句付ける気」
ああ、ああ始まったよ……
「でも、良い着眼点だわ」
え? 珍しく紅葉が桜を褒めた。桜も予想外だったのか意気消沈というかなんと言うかあっけにとられている。
「世の中のブーム、流れに沿ってるし、あなたはわたし程ではないにしろ見た目に恵まれてるし。わたしにはない尻軽感も男には手が届く感として認識され人気が出そうね」
やっぱりどこか褒めてないよな……
「あんたもあたしの魅力にやっと気付いたようね。わたし程ではないってのは余計だけど……」
まあ、本人はご満悦そうでよかった。
「んじゃ。具体的な配信頻度、ターゲットは桐谷君の発表を聞いてから決めましょう」
「ああ、じゃあ。発表って程のもんでもないが……俺が調べてきた木を使ったイベントを発表するよ」
あんだけ調べ上げたんだ。聞いて驚け! 内心でほくそ笑みながらも前置きでハードルを下げつつ俺はありとあらゆる全国のイベントを発表した。
「この中でも俺のオススメはこれだな。ツリーハウス! 鬼太郎で出てくる家みたいな木の上に作る家だ! こんなのを作ったら林業の良さが分かるし、どんな男も子供心を思い出し食いつくだろう!」
「わあ、超楽しそう! 夢があっていいじゃない! やるじゃん緑!」
桜の上場の反応に木を良くし、全国イベントから選び抜いたログハウスを立てようイベントなんかも案内した。
「桐谷君、ログハウスやツリーハウスを一ヶ月で作れると思う? あなたのオススメは前面却下!」
バッサリの切れ味が鋭過ぎて痛みも感じない……
「これでいきましょう」
木下が俺が調べてきたイベント一覧の指差したのはチェーンソウアートだった。割とどうでもいいだろうと一応で調べてみた程度のイベントである。
「緑、チェーンソウアートって何なの?」
「えっと、まあ。チェーンソウでアートするってことだ!」
「はあ、良く分かんないわよ。もっと詳しく説明しなさいよ!」
出来ねえよ! こちとらツリーハウスかログハウスに決め込んで建築方法は事細かに資料にまとめてきたが、チェーンソウアートなんて地味なもん調べてないんだ。
木下は説明に詰まる俺にやれやれと嘆息し説明し始める。
「元々、海外で流行り出したアートで最近日本でも少しイベントにされ始めた――丸太をチェーンソウのみで切ったり削ったりで作る彫刻。ショーとしても派手だし、ただの丸太に美術を加えることによって付加価値が付くってのは魅力的ね。これでいきましょう。桜の集客とのコラボもやりやすそうだし」
コラボ? その辺のことはよく分からないが木下には考えがあるみたいだし、聞いて反発しだしたら時間を消費するだけもったいない。俺も桜も決められたことに従う方針なんだ。
「じゃあ。これから二人にしてもらうことを具体的に発表するわね」
「ああ、何でもこい!」
「どんなことでもやってやるわ! どんと来なさい!」
俺たちは気迫に満ち満ちた返事で答えた。そして木下の支持は実に細かく綿密な物だった。
「まず、桜の目標は来客数千人。毎年の来客数が約五百人だから、プラス五百人てところね」
「OK!」
おい、返事がいいけど。一人で五百人て分かってんのか? ハンパないぞ……それでも木下は無理難題を押し付けてる感はまったく出さずに助言する。
「五人に一人来る換算でリスナーを二千五百人確保すれば何とかいける数字だし。今ランキング一位の配信者で五千人リスナーを持ってることと桜の美貌を持ってすれば充分可能よ」
「まあね! まっかせなさい!」
完全に褒められて乗せられちゃってるよ……
「より効率よくリスナーを増やすために配信は毎日決まった時間に次に繋がる三十分配信とすること。ターゲットも間口を狭めてもいいから確実に時間を取れて来客を望めて、尚且つ桜に食いつきそうな二十代~三十代に絞ること」
「ふんふん」
珍しく真面目に桜は携帯のメモ機能に控える。
「リスナーを増やす為なら、法に触れない程度の谷間見せくらいはガンガンやって頂戴」
さらさらとすげえ要求出すなコイツ……
「ええ、その辺の男転がし術は任せなさい!」
こいつも抵抗なく受け入れてるし。
「次、桐谷君」
「はい!」
思わず勢い余って敬語使ってんじゃねえよ俺……
「一ヶ月しかないけど。チェーンソウで人の顔を誰か認識出来るくらいのレベルでは出来るようになって。以上」
「OK! え? それだけか?」
「何?」
木下に真顔で聞き返された。
「いや、その……桜の時みたいに具体的な指示か目標とか……」
「わたしチェーンソウアートなんてしたことないもの。こういう技術系はあなたの得意分野でしょ。頑張ってね、緑」
「お、おう! 任せとけ!」
ふいに投げ掛けられた声援と呼び捨てに思わず二つ返事で答えてしまった。
「そんでお前は何をするんだ?」
気になるところではある。俺と桜に結構な大仕事を振っておいてサボような奴でないのは分かってる。だが何をするのか聞いてはおきたい。
「わたしはあなたたちのマネージメントはもちろん、作戦遂行と敵の情報収集その他もろもろ受け持つわ」
「そか、木下も頑張れよ!」
とどのつまり何をするのか分からない抽象的な言い回しに誤魔化された感はあるが深く突っ込まずに会議は終了した。
この日から各々が木下に掲示された目標に向かい行動することとなった。中間報告と途中修正の為に二週間後に再度会議することを決め解散した。
第六章 桜のツイキャス
夏休みに入った俺たち第七班は特に互いに会うこともなく。日々を過ごしていた。
海の誘いもプールも断り、毎日チェーンソウで造形物を彫り続ける高校一年。汗だくになり仕上がった作品を見てはため息交じりに壊し風呂の薪にする奇行としか思えない行動は端から見れば要注意人物に間違いない。それでも毎日の鍛錬と凝り性な性格からか、はたまた幼少期から叩き込まれたチェーンソウ技術がよかったのか。アニメの簡単なキャラくらいは何とか見えなくはないくらいには形作れるようにはなっていた。毎日のチェーンソウの手入れなんかもジェイソンばりにバリバリこなしていた。ジェイソンがそんなことするのか知らないが……
「おにいちゃ~ん♪」
木の葉が自宅の窓から呼ぶ声に振り返った。
「プールなら悪りいけど一人で行けよ」
中学も既に夏休みに入っている訳でここのところ毎日のようにプールに連れて行けと強請られている。
「毎日断られてもう頼まないわよ!」
「まあ、そう言うな! 夏祭りが過ぎたら連れてってやるから」
「はいはい」
最近の妹は過度の期待は重度の落胆を招く事実を知ったみたいです。あなたの知らない間にまた一つ大きくなりました。父へ。
「お兄ちゃん! お客さん!」
父への手紙風に妹の成長に感心していて耳に入ってこなかったが、どうやら呼ばれてるらしく、薪割り兼チェーンソウアートを止め自宅に戻った。
「どうした?」
裏口からすぐ台所からリビングに呼びかけた。
「お兄ちゃんにお客さん! お菓子貰っちゃった♪ えへへ」
お菓子如きに機嫌をよくする単純なガキを尻目に玄関に向かった。
「緑! おはよう!」
「桜! 何でお前俺んち知ってるんだよ!」
「小さいこの村で桐谷て苗字ここだけじゃん」
そりゃそうか……初めて学校以外で会った桜はもちろん私服な訳で。白いワンピースに麦わら帽子という清純派の格好がなかなか良く似合っていた。
「お兄ちゃん! この綺麗な姫君は誰?」
リビングから顔を覗かせた妹は完全にお菓子で買収されヘンテコな丁寧語で褒め称える。
「あの子、もしかして緑の妹?」
「ああ、木の葉っていうんだ! おい木の葉こっち来て挨拶しろ」
「ええー! 超可愛いじゃん! ほんとにあんたの妹?」
どういう意味だよ!
「ほら、こっちおいで」
俺には一度たりとも向けたことのない笑顔で桜が呼ぶとリビングの扉から半身で見ていた木の葉もやってきた。
「咲崎桜。お兄ちゃんの同級生よ。よろしくね」
「妹です」
頭を撫でられ丁寧にペコリと挨拶する妹。
時々、こいつの【与えし者には忠誠を誠心】には世渡り上手とはこれぞやと感心させられる……
「お姉ちゃんはお兄ちゃんの彼女?」
「おい! 何聞くんだ!
「「そんな訳ないだろ、でしょ」」
思いもよらない妹の質問に俺と桜は即座に全否定した。
「じゃあ。いいんだけど」
「でもね……」
なぜか満足顔の木の葉に桜が手招きするとゴニョゴニョと耳打ちをした。
「ええー!! わあぁぁぁぁぁー!」
木の葉はなぜか顔を真っ赤にしてリビングに走っていってしまった。
「おい! お前何言ったんだ」
「内緒よ! 安心しなさい! 別に変なことは言ってないから。そんなことより早く準備しなさいよ! 今日は中間会議をする日でしょ」
時計を見ると集合の一時に後三十分と迫っていた。
「ああ、ちょっと待っててくれ!」
話の途中で誤魔化された気はするが……
しかし、木下を待たせたら何を言われるか分からない。
急いで準備をし学校に向かった。
「もっと飛ばしなさいよ! 遅刻したらあんたのせいだからね!」
てか、何で徒歩で迎えに来たんだこいつ……むしろ余計な荷物を背負わされてただの迷惑だろが……
「ぶつぶつ言ってる暇があったらペダルを漕ぎなさい!」
「漕いでるッちゅうのー!」
桜を自転車の後ろに乗せ炎天下の中ひた走ること約三十分――汗だくになりながらも会議室に着いた。
「おはよう。五分遅刻よ」
「悪い!」
「あたしはちゃんと迎えに行ったけど。緑がちんたらしてたのよ」
「お前なあ! チャリで来いよ! 一人なら充分間に合ったんだよ」
「まあいいわ。始めるわよ」
相変わらず、クールに決め込んだ木下に一応の謝罪は追え会議はスタートした。
「まず、桜。現状のリスナー数は?」
「二千!」
えっ? 二千? 凄くないかあんたそれ……
「あたしのセクシーお風呂配信で一気に千人増えたからね」
得意げに言ってるけど完全に麻痺してやがる……
「で、夏祭りには何人引っ張れそう?」
「確約が約三百人」
「五人に一人換算は甘かったようね。目標リスナー数を3千三百に修正するか。現状のリスナーをもっと引き込む参加特典を付けるかどちらかね」
「もうこれ以上のリスナー数はパンイチにでもならないと無理だから後者で!」
パンイチとか真顔で何言ってんだ……サービスショットインフレもいいとこだな……
「了解! で特典の具体例は?」
「うーん……」
「桜の特技は?」
「ピアノ、ヴァイオリン、サックスと……料理くらいかな」
やっぱ中小企業とはいえお嬢様だな……
「ピアノは無理ね……」
何のことだ? 木下の呟きの真意はしれないが俺も桜も次の支持を待つ。
「ヴァイオリンかサックスでいきましょう。ベートーベンの第四奏曲が時間的にはちょうどね。引ける?」
「引けるようにするわよ! でどっちでするの?」
「一日ずつ試しに配信してみて反響がある方でいきましょう」
「超めんどうだけど! しゃーないわね」
「あなたなら出来るわ」
「後は料理をたまに挟み込んで、特典は演奏とお菓子を振舞うって方向でいい?」
投げやりだがやる気に満ちた表情で桜がまとめる。
「ばっちり。期待してるわ」
「了解!」
要領の良すぎる会議についてくだけで精一杯だった……
「じゃあ次、桐谷君。写真見せてくれる」
「どうだ! 文句あるか!」
俺は指示されていたチェーンソウアートで作った渾身の一作の写真を見せた。
「すごいだろ! 最高傑作【北斗の拳ケンシロウ像】だ」
「緑、すごいじゃない! リアル!」
桜が写真を覗き込み漏らす感嘆の表情に木下の反応を伺う。
「二週間で上出来だわ。技術的にはクリアね。制作時間は?」
「えっと、二日くらいかな」
「合計時間は?」
「うーん。分からないけど。だいたい十時間くらいかな?」
「後は時間か、三十分で作れるようになって」
「はあ? 無理に決まってるだろ! 十時間掛かってたものをどうやって三十分で作れってんだ! 物理的に考えて無理だ、絶対!」
俺は全力で否定した。無茶にも程がある。
「何もこのケンシロウだか何だかを三十分とは言ってないでしょ。作ってほしいのはこれよ」
木下に渡された写真を見て俺は思わず反応した。
「これを作るのか? てかこんな写真いつ撮ったんだ?」
「何、何? 何作るの?」
「いや、な、な、何でもねえ」
覗き込む桜に見られないようとっさに写真をカバンにしまった。木下のやろう何を始め
る気だ。
「ちょっと。さっさと見せなさいよ!」
「何でもねえって」
「怪しい……」
ジト目で睨む桜から必死にカバンを守る。何で俺がこんな目に合わなきゃダメなんだ。
木下の野郎!
「桜、これは当日のイベント成功の鍵を握る一大機密なの。桐谷君、当日楽しみにしてる
わね。桜もそれまでは楽しみにしてて、楽しみは後に取っとく方が楽しいでしょ。大丈夫!
変なことじゃないから」
「まあ、いいわ! 紅葉がそこまで言うなら当日の楽しみに取っといてあげるわ」
しぶしぶといった感じで桜は引いた。
「桐谷君、写真が五枚あるけど。当日三十分で作れそうなのを残して後の四体は作ってお
いてね」
「簡単に言ってくれるぜ」
「無茶なことを成し遂げるから意味があるの。桐谷君にしか出来ないことよ……期待して
るわ」
「はいはい、やれるだけはやってみるわ」
俺にしか出来ないか……。木下に上手くのせられてる気はするが、不思議と期待に応え
たい気持ちになってしまう、それがこいつの統率力なのかもしれない……。
「んじゃ。わたしも準備があるし次は当日ね。二人とも目標クリアしてくれれば後はわた
しに任せて」
「ああ、頼むぞ!」
「バッチリ人を集めてやるわ!」
「以上、解散」
会議は一時間弱で終わった。時間にすると大したものではないが内容は俺と桜に更なる
無茶を突きつけるものだった……それでも二人とも受け入れたのは、それさえこなせば何
とかしてくれるという具体的な事を示してくれるからやる気も起こしやすいのだろう。無
茶を言うだけに木下には何とかしなければいけないプレッシャーがハンパないと思うと頑
張らない訳にはいかない。出会ってものない頃に木下が言った【使う人間より使われる人
間の方が何も考えなくて済む分、案外楽だったりする】という言葉も分からなくもない気
がした。
「緑、早く漕ぎなさいよ! あたしには帰って今日のツイキャス配信をするという大
事な仕事があるのよ」
「なら、なんでチャリで来ないんだよ」
「パンクしてたのよ」
「お前、行きは忘れたとか言ってなかったっけ?」
「そう? そうだったかしら? んま、どっちでもいいでしょ。あたしのような美人と二
人乗りなんてお金を払ってもなかなか出来ないわよ!」
帰り道も当然のように荷台に座った桜を泣き崩し的に送るはめになりせっせと
ペダルに体重を乗せる。桜は楽々と上機嫌に毒づく。
「で、何時からなんだ?」
「何が?」
「配信するんだろ?」
「う~ん……今日は日曜だから帰ったらだいたいの時間」
「そんなんで本当に人が集まるのかよ! まさかお前、本当に脱いだりしてないだろな」
冗談まじりにからかうつもりで軽く聞いた。桜は確かに可愛いがこの性格だ。本当にど
うやって二週間で二千人なんてリスナーを付けたか気になるというか一種の心配はある。
「あたしが脱いでたら緑は嫌?」
「俺が嫌かって何だよ」
「嫌かって聞いてんの!」
何でそんなこと聞くんだよ! それは本人の問題だろ! てか本当に脱いでるのか?
「どっちなのよ!」
「まあ、嬉しくはないわな」
しつこく聞かれ俺は少し誤魔化しつつ返事をした。
「それってどっちなのよ?」
「嫌だよ!」
「嫌かぁ。そっか……」
「て、お前まさか本当に……」
「脱ぐわけないでしょバカッ! 緑のドスケベ!」
「あ、危ねえだろっ!」
後ろの席から首を絞められ必死にハンドルを握る。
「何すんだ! 手離せ! ゲホッ」
「ここでいいわよ!」
別れ道で桜を下ろした。
「緑が嫌って言わなかったら脱いだかもしれないわよ、リスナー増やしたいし!」
「お前、そこまでする必要……」
「心配なら見てみなさい!」
桜は別れ際にノートを切り抜き、サラサラっと何かを箇条書きした紙を自転車の前かご
に投げ入れ走り去った。
「お兄ちゃん! デートにしては早くない? 振られたの? 木の葉が慰めてあげよう
か?」
「あのな、今日は林業関係の会議みたいのをするからって言っただろ」
「本当に?」
玄関先で靴を脱いでいると後ろから背中にのしかかてきた木の葉を適当にあしらう。
「本当だよ」
「そっか! 木の葉的にはお兄ちゃんに彼女が出来たら、天塩に掛け
た娘を嫁にやるような気分というか……育てた養豚をカツ丼屋に出荷する気分だけど…あ
のお姉ちゃんは嫌いじゃないかも」
「突っ込みどころが多過ぎて何から指摘すればいいんだ。とりあえず畜産農家の例えは共
感されること少ないと思うから今後使わない方がいいぞ……んじゃ、ちょっと用事あるか
ら部屋戻るけど。夕飯までには夏休みの宿題ちゃんとやっとけよ!」
「はいはい~♪」
バカな妹の矯正作業に早々にサジを投げ、部屋に戻ってベットに横になった。
別れ際に桜から受け取った紙切れを開けてみる――【咲崎桜ツイキャスアカウント→○
※△~。心配なら見てもいいわよ。もしかしたら入浴配信しちゃうかも♪】
「見ねえよ! 何が入浴配信だ! たくっ!」
スマホを放り投げ、会議での出来事を思い出していた。三十分で出来るわけないだろが……当日の一体は無理でも残りの四体は作らないとな。しかし、これは木の葉に見られると変な勘違いされかねないし明日からどこで作業するかな……
カバンから写真を取出しため息交じりに呟いた。木下の奴どこでこんな写真手に入れたんだ? 桜のありとあらゆるコスプレ姿。メイド、バニー、丈の短い浴衣、何だか際どいが確かに可愛い。制服、これはまんまだが男ウケはいいだろう……で問題は最後のこれ、俺も覚えているが、桜が山で作業着を木下と交換した時の愚民作業着姿。ある意味桜が一番怒りそうだな……明日からの作業場所、ホントどうしよう……
時計に目をやると五時を回っていた。気にしないようにしていたがやはり気にはなる。まあ、ここは第七班の一員として心配だし、その、一応ちゃんとチェックだけはしないとな……高校生として公序良俗に反する行為は指摘するべきだし……誰に言い訳しるのか自分に言い聞かせつつ放り投げたスマホを広いあげツイキャスアプリを起動させた。
ID検索で一発でアカウントが出てきた。
「プロフィール……現役美少女JK咲崎桜ですか……」
自分で美少女とは間違ってはいないが、なかなか痛いな……
「雑談、恋の悩み相談何でもしてるから見てね。リスナーのリクに応えてコスプレ、お着替え、お風呂配信しちゃうかも!? よくもまぁこれだけ引きのある単語を詰め込んだもんだ……」
トップ画像は桜と思わしき生足が貼られており、本日のタイトル【夏だし汗かいちゃったからシャワー浴びまーす】と軽いノリで書かれ、おまけに丁寧にハートマークまで付け足されていた。確かにこれだと目に入れば一回は閲覧してしまうだろう。そして閲覧総数も始まって十分足らずで一万を上回っていた。ただ気になるのは現在の閲覧数が五十人と少ないことである。俺は不思議に思い桜のページをクリックしてみた。
「バカが騙される方が悪いのよ! このご時世に女子高生のお風呂をただで覗こうなんて大甘よ!」
画面に向かい悪態を付く桜が映し出された。どうやらシャワー配信に騙され閲覧したリスナーからのバッシングコメントに喧嘩しているらしい……
「何してんだこいつ……」
俺は嘆息しつつもしばらく見てみることにした。
「初見さん? はい、いらっしゃい! バストいくつですか? 男子の理想のバスト数でググリなさい! それが答えよ! お前何様? 神様! シャワーまだ? ドキドキして閲覧ボタンクリック出来ただけで充分でしょ!」
なんだこりゃ、なかなか酷い……ツイキャスって奴は配信者がリスナーのコメントを読み上げ答えていくというのが基本的な放送パターンなのだが桜は高飛車な態度で一掃していく。
「ていうか、こんな休日の昼間に女子高生のエロ配信探してブヒブヒ言ってんじゃないわよ! 気持ち悪いブタ野郎ね! お前嫌い? 嫌いでけっこう、あたしは大嫌いよ! 早く脱げ? プレイボーイでも買ってろカス! 私は桜ちゃん好きです? ありがとね。あなたは美しい者を美しいと認める清き心の持ち主ね。あたしも大好きよ! 罵ってください? くたばれ変態!」
アンチが大多数を占める中、桜の味方も少なからずいるようで好意的な発言もチラホラとは出だす。中には好意的とはまた違うただの変態も入っているようだが……
「夏休み楽しい? 楽しいよ! 夏祭りの準備で忙しいけど。 プール行った? 行ってない家にあるし。金持ち? だと思ってたけど、ただの中小企業の娘だったみたい♪ 残念だね? 別にいいじゃん! 家柄とか関係なくない?」
流れるようなコメントにもスルーなく俊敏なレスポンスで応える桜。この辺で現在閲覧数は少しずつ延び二百人になろうとしていた。女子高生の一人しゃべりの何が面白いのかさっぱり分からなかったが、要は暇つぶししたい構ってちゃんが多いのだろう……
「今日は林業の話しないの? いいわよ! んじゃ、昨日の続きで間伐材の今後の利用法法について話しましょう」
ぱあっと桜の表情が明るくなり間伐材について現状の問題点と持論を語り出す。林業の話なんて誰も聞きたくないだろ……しかし、たった一人のリスナーの話題に食い付いた桜の林業トークは止まらない。
「昨日話したけど。まあ間伐材ってのは良い木だけに栄養が行き渡るように間引いた木のことを言って十五年を過ぎた辺りからは捨てずに炭にしたり作業場の足場に使ったりと昔から利用されてきたし、林業家にとっては主伐までの大事な収入源になってたのよ。ただ、炭に代わるガソリン、石油の普及や足場に鉄パイプが使われだして今はほとんど需要がないのよね。何かいい使い道ないかなって日々考えてるんだけど何かない?」
小難しい顔で桜が真面目に話す間もコメントは流れるが林業に関係ない「何カップ? 彼氏いる?」等のコメントはフル無視ですっ飛ばし誰も興味ないだろう質問をし始めた。
「ログハウスは? それは主伐で切った立派な木の用途でしょ! 焚き火? それは間伐材じゃなくてもっと細い木の枝で充分だし、むしろそっちの方が適してるわ! トーテムポウル? う~ん。発想は何か惜しいけど一家に一台って時代は来ないでしょ! でも木じゃないといけない物って意味では良い目の付け所かも!」
何だか割とリスナーが食い付いてるな……意味が分からん。なぜだ? リスナーとの間伐材の使い道提案合戦は続き、今度は桜が聞き返す。
「んじゃさ、こんなのはどう? アスレチックを作って入場料を取るってのは! USJ等の最新アニューズメントと客を奪い合うのは厳しい? そっかぁ……もう一ひねり欲しいのよね……」
リスナーも即座に問題点を指摘した。何だか討論番組みたいになってきたな……そこからも熱い討論は続き不思議とリスナー数は徐々に延び三千人に達したところで桜は重大任務である夏祭りの宣伝もしっかりとし始める。
「そうそう、もう来てくれる予定の人もいるだろうけど。今月十五日奈良県の御杖村で夕方三時から御杖村夏祭りがあるのよ。あたしたち林業高校も出し物というかイベントするし暇な人は来て! 何するの? うーんとまだよく分からないけど。とりあえず来てくれた人にはあたし手作りのラスクを振舞ってあげるわ! あと楽器演奏もするから今日はせっかくだしサックス演奏しちゃおっかな♪」
そういうとコメント覧には、行きたい! 行ってみたい! 桜ちゃんに会いたい! などの前向きなコメントがちらほら出始めた。なぜだか分からないが始まったサックス演奏も唐突さ加減はさすが素人と言った感じではあったが、特技というだけのことはありプロ顔負けの実力でリスナーのリクエストに応えて盛り上がった。最終閲覧数は三千五百人近くになり閲覧総数も最初の騙しで獲得した一万人のアドバンテージも確かにあるが、それでも二万人までいった。これはツイキャスのトップに出てくるオススメ欄にも載ってくるレベルで、桜の人気がかなりのものになっていることが伺えた。
「こいつ、すげえな……」
最終までに閲覧数が延びたのは間違いなく騙しといった手法の恩恵はないはずだ。谷間を見せているわけでもない。まあ、とにかく桜が自分の得意とする分野で第七班の為、頑張ってる? ぽいし。俺も明日からまた頑張るか。作業場所が非常に問題にはなってくるが……
第七章 夏祭り
各々の準備も終わり来たお盆。
金森カンパニーは夏祭りを莫大な寄付により一気に大きな祭りにした資金力、一軒一軒を宣伝して回るプレゼン力を駆使し、村人の多くが参入に肯定的に捉えるようになっていた。何も知らない妹も花火三千発にテンションが上がり大型寄付をした企業に「良い人達だね」と賞賛するほどである。まあ、木の葉には事情を説明してテンションを下げることもないし黙っておいた。
「お兄ちゃん! どう?」
夏休みで夜更かし続きなのか昼前にようやく目を覚ましリビングに現れた木の葉。昼食を食べる俺の前でクルッと回って見せる。白い百合の模様があしらわれた艶やかな紫の浴衣に身を包み、うなじを出すように巻き上げた髪と自然体ながらもいつもより濃い目のメイクが女らしい一面を感じさせる。まあ、俺にとっては何も変わらないいつもの妹なのだが……
「ねえ似合ってる?」
「ああ、似合ってるよ……特に今にも解けそうな帯の結び目がじゃじゃ馬っぷりが出てて似合ってると思うぞ!」
トーストに手を付け、適当に相槌を入れからかう
「へ? これ蝶結びなんだけど……」
本か何かを見せ、基本中の基本で決めたつもりなのだろうが蝶のように放射線に広がるふっくら感もなく贔屓目に見てもせいぜい蛾である……
「あーあ、結びなおしてやるからこっちこい!」
手招きすると展開を予想してたかのように駆け寄り俺の膝に座る。
「えへへ♪ お願いします♪」
別に思春期の女の子に重いとは言わないがクソ邪魔である。
「木の葉?」
「何?」
「あのな……邪魔」
「こっちのが結び易いでしょ?」
「どけろ!」
瞬きをして振り返り見上げてくる妹はこの上なく可愛いのだろうが、それはあくまで他人だったらの話だ。
「結び易かないわ! どけろっての! じゃないともう結んでやらないぞ! 一人で真っ裸で行け」
「嘘っ! 嘘だよ! ちゃんとするから~♪」
無理矢理どかすと分かり易い反応を見せ素直にお願いしてくる。まったく……
「最初からそうしろ! ところでお前こんな浴衣持ってたっけ?」
「お兄ちゃん、覚えてないの? お母さんの浴衣だよ!」
「そうだったかな?」
確かに裾が長いのはそのせいか……その辺はおしゃれに興味のある女の子の方が覚えているものなのかもしれない。俺の記憶にある母の姿は決まってエプロン姿である。
「お母さんみたいに綺麗かな?」
木の葉は少し大きい浴衣を帯の部分で折り返し蝶結びで着付けてやると嬉しそうにもう一度回ってみせた。
「う~ん……似合ってるけど。紫は木の葉には少し大人過ぎるかもな……」
「木の葉だってもう大人だし! 胸だって……」
ない胸を持ち上げたところで沈黙し
「まあ。成長途中の大人なのよ」
と意味不明の見解を述べた。
「それは大人って言わないだろ」
「やっぱ、似合わないかな?」
不安げに姿見に映した自分の浴衣姿を見つめる。
「待ってろ」
洗面台まで木の葉が中学に入ってから家でしか付けることのなくなった赤いシュシュを取りに行き団子頭に付けてやる。
「うん。これで似合ってる! 可愛いシュシュと大人っぽい浴衣の紫がバランスも良くなったし、どっちも際立って可愛いじゃねえか」
そういって頭を撫でてやると一瞬で機嫌を取り戻し笑顔になった。
「ありがと。お兄ちゃん♪」
「いや、そんなお礼言われるほどじゃないけど……」
「そういや、林業高校の発表会もあるんでしょ? 木の葉お友達と見に行くね♪」
「ああ、あるけど。花火が始まる前だし会場に残ってたら花火の特等席がなくなるし別にいいよ。そっち行ってろ!」
同級生のコスプレ姿の像を彫る姿なんて見せれない。俺はとっさに見に来ないように言い訳をした。
「ダメだよぅ~! 自慢のお兄ちゃんを見せるって友達に約束したんだから~!」
「バカッ! 自慢じゃなくなってしまうだろ!」
「大丈夫! 失敗しても木の葉にとっては自慢のお兄ちゃんだよ♪」
むしろ成功して出来がいい程変態扱いされそうなんだが……しかしそんな事言えるはずもなく渋々了承した。
「緑~! 居てる? 入るわよー!」
懐かしい声に二人して玄関に視線を向けた。古い田舎の家には呼び鈴などなくこうして玄関から呼ばれるのがお決まりである……
懐かしい声の主は約一ヶ月ぶりに顔を合わす雨宮椿だった。
「姉ちゃん、電話も出ないし一体どこ行ってたんだよ! 第七班は大変だったんだぞ」
「それだけあなたたちを信用してるってこと! 教師も忙しいのよ」
積もり積もった不満をぶつけるもいつも通り押し通される。ただ、動かぬ証拠を見つけ俺は詰め寄った。
「へえ……こんがり日焼けもして教師は忙しいんだな」
ショートパンツに小さめのTシャツ、サンダルという夏の遊び人風の小麦色した女をジト目で睨む俺。しかし悪びれる様子など全くない……
「ハワイ研修ってやつよ」
嘘付け……聞いたことねえよ。
「いいないいな~! 木の葉もハワイアン行きたかったよぅ♪」
木の葉がリビングから出てきて姉ちゃんに抱きついた。ハワイアンは人だから本当バカな妹だ……
「あら、木の葉浴衣可愛いじゃない!」
「うん♪ お姉ちゃんもお祭り行こうよ!」
「お姉ちゃんは一応お仕事だからねえ。お祭りの会場で林業高校の発表会があるからそれの裏方をしないと……担任としての宿命ってやつよ」
「お姉ちゃんかっこいい!」
おい! 何が宿命だよ! 何て都合のいい野郎なんだ……俺は許さない。断じてこいつだけは!
「ねえ緑?」
「…………は、はい」
木の葉には見えない角度で物凄い目つきで睨まれ即降服……
「やっぱり姉ちゃんは頼りになる担任だな。あはは」
「いいのよ! 生徒の頑張る姿が私達教師の給料なんだから!」
降服どころか絶対服従してしまう自分が情けなかった……
姉ちゃんの軽トラックにチェーンソウアートの作品、道具その他もろもろを乗せ会場である菅野地区の中学校のグラウンドに着いた。この時やっと姉ちゃんの存在意義を少し認めた……
「みんな頑張ってるわね!」
祭りが始まる二時間前ではあるが会場の舞台も整えられ、慌ただしく客席のパイプイスが村のボランティアスタッフによって並べられていた。舞台はお手製の素人舞台ではあるがそれでも紅白の壇幕が張り揃えられ照明も設営されていてなかなか立派である。周りではテントを組み立て的屋の準備も架橋に入っていた。
「緑! 先生! こっちこっち!」
舞台裏の仮設テントから呼ばれ振り向くと制服姿の桜と木下が既に到着していた。
「帰って来られてたんですね」
「先生お土産は?」
「それがね。買ったのを空港に忘れてきちゃって……」
「何それ絶対嘘だわ……」
「まあまあ、咲崎さんそう言わないの!? それで木下さん、今日の発表会は上手くいきそう?」
「出来る限りにのことはやってみました」
「そう、まあ見せてもらうわ」
この二人は姉ちゃんが丸投げしてハワイに遊びに行くのを了承済みだったって訳か……ここであれこれ言ってもしゃーないから言わないけど姉ちゃんはどういうつもりなんだよ……
「桐谷君。今日のプログラム目を通しておいて」
木下に渡された。裏方用の御杖村夏祭り本会場と題されたプログラムを見る。プログラムは開会式から始り、村長、村の役員等の挨拶を経て、その後にスポンサー代表の金森社長の挨拶、そのすぐ後に林業高校発表会【題目→チェーンソウアート披露、作品オークション】。
「おい! オークションて何だよ! あんなもん売れる訳ないだろ!」
俺は全力で突っ込んだ。
「チェーンソウアートにオークション、木下さんなかなか面白いこと考えたわね」
「姉ちゃん! 面白い訳ないだろ! 一高校生のアートまがいの木彫りなんて誰が買うんだよ。恥かかせられるのなんか俺はごめんだからな! 丸太切りよりかは目立っていいかもとは思ったけど。売るなんて無理だ!」
「桐谷君、買うのは他人。評価するのも他人。あなたの主観なんて聞いてないの。その為に桜も人を集めたのよ」
木下は迫る舞台への不安をおくびにも出さずに強く言い放った。
「そんでそれを売ってお小遣い程度の小銭作ってどうすんだよ? 金森が始めようとしてるゴルフ場建設を止めるのに全く関係ないじゃねえか」
「そうね。お小遣い程度ではね。でも、もし一億ぐらい手に入ったら直接山を買い返せるかもしれないわね」
そういうと木下は意味深に微笑んでみせた。
「緑! とりあえず紅葉に任せるって言ったんだからつべこべ言わないの!」
桜は木下を信じてるのか? バカバカしい。
「まあ、一生懸命やりなさい! とりあえず作品を軽トラックから降ろすから、みんなで手伝って!」
姉ちゃんまで夏の熱病で完全にイカれちまったのか……俺は渋々準備に取り掛かる。
「ねえ緑! ちょっと見てもいい?」
二人で彫像を運ぶおり、布を掛けた作品を見た桜が興味津々に訊ねてきた。
「後でのお楽しみだからダメだ!」
先ほどの聞いたバカバカしい作戦に余程呆れていた俺は「勝手に見ろよ」と言いかけたが、何とか言葉を飲んだ。
「あっそ、ケチ……」
つまらなさそうな顔をされたが、ここで桜のコスプレ姿の彫像など見せて暴れられたら溜まったもんじゃない。
「ところでさっきの話どう思う? 本当にオークションでこんなものが売れると思ってる訳じゃないだろ……」
人一倍お金にシビアな感覚を持つ桜がどういうつもりなのか聞いてみる。
「どうって分からないけど……紅葉を信じるしかないでしょ! あいつには何を起こすか分からない不安要素もあるけど。逆にそれって期待出来るってことでしょ」
真っ直ぐ澄んだ瞳には一点の曇りもない。
「それは分かるけど。ことこれに関してはいい風に転ぶとは思えないんだけどな……一体二千万円ってどこのバカが買うんだよ!」
「ああ、もううっさい! 湿っぽいことばっか言わないでくれる? 今のあんたとしゃべってっても全然楽しくないわ! お祭りは楽しむものだし、今日の為に出来ることはやったのに自信持ちなさいよ! 後は神のみぞ知るってことでいいでしょ!」
そこから桜は黙々と発表会の準備に取り掛かり終始無言を貫いた。俺だって信じたい……夏に遊ばず、サボらず、日々努力はしてきたつもりだ。でもやっぱ無茶だろ……
釈然としない思いを胸に秘めたまま時間は過ぎ、いよいよ開会式が始まった。舞台裏の控室として用意された仮設テントに俺と桜、木下の三人はいつでも行ける準備でスタンバる。もちろん勝負服は第七班作業着。開会の挨拶、村長の挨拶その他諸々が行われ、いよいよ金森カンパニー社長の挨拶が始まる。俺達は舞台袖から耳を傾けた。
「ご紹介に上がりました。金森カンパニー代表の金森築です。本日は無事にこの日を迎えられた事を非常に嬉しく思っております」
ベタベタの定型文と思われる切り口で挨拶に入るその男は中肉中背の特にこれといった特徴もない人物だった。見た目もベタベタだな……もっと悪代官みたいなやろうと思ったぜ……しかし、そこから本題に入った。
「今回、私達金森カンパニーはこの祭りに一千万の寄付をさせて頂きました。ここでそんなことで恩に着せようといった汚れた心はありません。ただ、この村に来てある思いが芽生えたのです。こんなに素晴らしい大自然に囲まれた地域が今、人口減少により瀕死の危機に立たされている。このままでは高齢化が進みやがて衰退した土地に住むものはいなくなる。ご先祖が築いてきた文化が、文明が、この土地が忘れ去られる。そんな悲しいことはない。そう思った時、私は決意しました。私に出来るのはこの土地を有効活用し、雇用をもたらす。そうすれば若者も出ていかなくて済む。村も豊かになり人口も増えれば医療だって福祉だって充実する。それだけの財力は幸い持っているではないかと……正直ゴルフ場経営は会社にとってそれほど利益のあるものではない! ただ、歳を重ねお金ではなく人々の役に立つことをなし遂げたい。そんな思いにかられたのです……それが可能なことを示したくて今回寄付という形を取らせて頂きました。今宵の夏祭りをお楽しみ下さい。以上、今後ともに金森カンパニーのゴルフ場経営にご理解宜しくお願いします」
挨拶が終わるとかつてない拍手に会場は包まれた。見事なまでのプレゼン力と虚言で村人の心を完全に捉えてしまった。
割れんばかりの拍手を背に金森築は檀上を下り、場繋ぎの司会が壇上に上がる。いよいよ俺達の番だ。ただ、会場の風向きは完全に逆風。舞台に上がる階段で俺と桜は不安な顔で舞台を見上げた。木下はいつも通り無表情で出番を待つ。そこで下りてきた金森築とすれ違う。彼は俺達を一瞥すると先ほどまでとは違い憎々しげな表情を浮かべた。
「村人を騙すなど容易いね。これでこの村も安い労働力も我々のものだ。あれだけ洗脳されちまったら、もうどうしようもないよ……ははは」
「てめえ! クズ野郎が!」
「やめなさい桐谷君」
感情が抑えられなくなった俺の手を木下が止めた。そして金森の親父を一重に睨みつけると淡々と応戦する。
「あなたたちになくてわたし達にあるもの何か分かるかしら?」
急な問いかけに金森築も怪訝な顔を浮かべる。
「何を言ってるんだ君は……そんなものなかろう! 資金も説得力も経験もすべてにおいて我々が上だ! 現に村人の心にあるのは林業復興などではない! 我々による新興事業だ!」
「ふん。あなたたちにないもの。それが分かってないなら見せてあげるわ」
「守に聞いてはいたがこんなバカだとはな……話にならん。せいぜい頑張りたまえ勘違いちゃん……」
挑発たっぷりの捨て台詞を穿くと金森築は木下の肩をぽんと叩き会場横の関係者席に戻って行った。
「あの野郎!」
「桐谷君。あなた挑発に乗り過ぎ、カッとなったら思う壺よ。桜、準備はいい?」
「ええ、準備は万端」
気合いの入った表情を木下に返す桜は以前のように相手の挑発に乗ることもなかった。
俺は俺のやれることをするのみ。先ほどのやり取り、いつも通りの木下、そして変わっ
た桜の覚悟にいよいよ決心が付いた。
「桜、今日は弱気なことばっか言って悪かったな。とにかく頑張ろうぜ」
「あたし、何だかんだで責任感を持ってやり遂げる緑は嫌いじゃないわよ」
桜は今日初めて笑顔を見せた。
「それでは奈良県立林業高校による実技発表会です」
会場で司会が始まりを告げる。
「よし、第七班行くわよ」
「「おう!」」
珍しく感情を露わにした木下の掛け声で俺達は舞台に駆け上がった。
まばらな拍手に迎えられる。観客は上がってみて分かったのだがかなりの数である。知った顔が多いが最前列は見覚えのない連中が陣取って桜の登場で湧き上がった。桜がツイキャスで集めた輩なのだろう。行儀は良いみたいで「桜ちゃん頑張れ」などの声援が贈られている。
木下が司会のお姉さんからマイクを受け取る。
「みなさん、林業高校一年木下紅葉です。今日は日頃林業実習で培った技術を披露します。ただ今年は特別な思いがあります。今この村は林業を捨て間違った方向に進もうとしています。先ほどのゴルフ場建設の話――本当にこの村にとって必要でしょうか? 有益でしょうか?」
いきなり踏み込んだ問いかけに会場がざわつく。決してこちらに追い風となる内容ではない。しかし木下は怯まない。
「わたしは幼少期に父と別荘地にログハウスを建てたことがあります。外国から取り寄せたログハウスキットには外国産の木材が入っていました。今では父との唯一の思い出……もうこの世にはいませんが……ただ、幼いながらにも鮮明に覚えていたのは杉の香り、優しさ……雄大な自然を全身で感じた記憶。わたしは中学生になった時ふと思ったのです。あの時触れた木材がどんな所から来たのか見てみたいと……そして夏休みを利用しアラスカの原生林に行きました。ただ、そこで見たのは驚くべき光景でした」
語られる木下の過去。皆が固唾を飲み見守る。
「アラスカの樹齢千年を超える大木が大量に伐採され、外国に輸出されてほぼ壊滅状態にある現実。そしてわが国は豊富な森林を有するにも関わらず価格の安さから木材を大量に輸入しています。神社を建てるのに樹齢千年越えの外国産木材を使い、樹齢三百年そこらの樹木を神木として崇め、しめ縄を巻いている。もう一度、自国で木材を需給する方向を模索すべきではないでしょうか。わたしたち林業高校の生徒はまだ若いです。経験もありません。だけど、だけど、だからこそ可能性を秘めている。それを今から見せたいと思います。間伐材を利用したチェーンソウアートを披露します。ヴァイオリン演奏と共にご覧ください」
木下が目配せすると桜がヴァイオリンを引き始めた。さすがの洗練されたヴァイオリン演奏には観客も沸き立つ。俺も三十分で仕上げなければ、チェーンソウのエンジンを付け丸太を大まかにカットする作業に入った。桜のバニー姿でもなく、メイド姿でもなく俺が演目に選んだのは桜の作業着姿だった。これが一番生き生きとした桜を表現出来る。そう確信したのだ。俺が丸太を縁取り、人の形を模っていくと次第に歓声が上がる。「すげぇじゃねえか!」「いけいけー!」そんな感嘆の声を聞きスピードを増す。
だが、残り二分と迫ったところで完成までにたどり着けず必死に細かい造形に入っていた。ここで完成させなければ意味がないのに……中途半端じゃ何も示せない。もうすぐ桜の演奏も終わり終了してしまう。
諦めかけたその時、桜のヴァイオリンが終わりに向かう緩やかな響きではなく、より一層激しいものになる。
「やっぱ第四奏曲は終盤が素敵ね」
客席からそんなご婦人の声が聞こえた。
係りの者が時計を確認し俺達の発表を止めようと立ち上がるが諦めて座る。
そうか! そういうことか! なぜ木下が演目に桜の演奏を盛り込んだのか、そしてなぜベートーベンの第四奏曲を選んだのかこの時分かった。
それはチェーンソウアートを盛り上げる為でもツイキャスからの集客数を延ばす為でもあるが、一番はこれだったんだ。この曲の演奏時間は四十分、さらに終盤に見せ場がある限り盛り上がった観客を留めることなど出来ない。おかげで俺は四十分掛けてチェーンソウアートに取り組める。そこまで計算されていたんだ。おそるべき読み! そうとなれば完成させるしかない!
「よっしゃー!」
俺は雄たけびを上げ、桜像にヤスリをかける。そして作品は最後の完成にまでいたった。
ウオォォォォーーーーーッ!!!
「よかったぞ、坊主!」
「お譲ちゃんもいい演奏だったぞ」
観客は口々に賞賛の声をあげる。
「それではこれよりオークションを開始したいと思います」
木下がそういうと観客から拍手が起きた。
「今作った作品と既に完成させているこちらの作品でいかがでしょう」
係りのものも収集が付かない大歓声に抗えず。俺が作った桜のコスプレ像を舞台に上げる。
「おおー! 可愛い!」
最前列の男性陣から黄色い? いや茶色い声援が飛ぶ。
「ちょっと、何よこれ! 緑どういうこと!」
叫んだのはもちろん憐れもない姿をモデルにされた本人である。
「可愛いぞ! 桜ちゃん!」
「私も桜ちゃん像欲しい!」
そんな観客の声には桜も多少機嫌を良くしたのか
「まあ、あたしの美しさを世に広めてあげてもいいわよ」
そういうとオークションにかけることも了承した。
「それではオークションを開始いたします」
ウオォォォォォーーーーーッ!
木下による桜像オークションは大盛況に始まり、大盛況に幕を閉じた。
それほど俺がさほど興奮せずに今報告しているのは一億円にはまったく及ばなかったからだろう……すべてが数千円程度で落札された。
それでもただの丸太を数千円にした若い俺達の可能性、それをわずか一か月で成し遂げた俺達の熱意は村人たちの心に響き、金森カンパニーのゴルフ場建設を暗礁に乗り上げさせた。木下の類い希なる統率力、桜の情熱、俺の経験、すべてが上手く絡み合った時。きっと林業は大きく飛躍する。その日の為に俺達はこれからも全力で取り組みたい。
「ちょっと緑! この前の夏祭りの写真現像出来たわよ」
桜が持ってきたのは第七班の集合写真。
「これ誰かしら?」
写真の傍らに写っていたのは山ノ神。願いが叶ったから写真に写れたのかどうかはさだかではない――。
「なんだか見覚えがあるんだけど……」
木下が首を傾げた。
「近所の子供だろ? そんじゃあ、今日は枝打ち頑張るぞ! 桜! 木下!」
「「わかってるわよ!」」
俺達の挑戦は始まったばかりだ。
林業が復活するその日まで。
――完――
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。