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エンキの街

エンキの街は学徒の都として知られている。無秩序に繰り返された増設で膨れ上がった石造りの街は、別名〝(ライブラリー)迷宮窟(・ラピリンズ)″とも言われ、初めて来る人が迷わずに目的地にたどり着くことはほぼ不可能だ。その為各建物の面積は総じて小さい。イーディスが自宅兼工房として借り受けている家も決して大きいとは言えない。元々の面積もそうだが、研究者の性か、資料や実験器具が絶妙なバランスで積みあがっている部屋は正に魔窟と呼ぶのがふさわしい。部屋の隅、スペースを取らないからと高い位置に吊り下げられたハンモックの上で彼女は安らかな寝息を立てていた。頭までしっかりと毛布を被って、丸まっている姿は、遠目には毛布の塊にしか見えない。カツカツと微かな音が鎧戸から聞こえると、パチリと目を覚まし、バッと毛布を跳ねのけ。その動作で不安定に揺れるハンモックから猫の様にしなやかに着地した彼女は、裸足のまま窓に駆け寄った。降りた閂を上げ、コンっと木製の扉を叩けば、向こうででバサバサと羽音が聞こえる。勢いよく鎧戸を開けると、外はもう朝ぼらけの頃を迎え、薄らと空が色付いていた。頭より二回り大きい窓から顔を出し、辺りを見回せば、目立って白い鳥がイーディスに向かって降りてくる。

「おはよう、チェルェン!やっと届いたのね!?」

「ィ、イィ」

その両足にくくり付けられた荷物の紐を解いてやり、宛名が確かに自分であると確かめる。

「ちょっとまって、確かビスケットがこの辺りに……」

小包を抱えながら、ガサゴソとその辺を探り、カビが生える一歩手前のビスケットを探り出す。

「あー、ごめん。食べる?」

申し訳なさそうに差し出した手の平のそれを一瞥すると、フンと目を細め、それでも食ってやると言わんばかりに嘴を開いたチェルェンに、イーディスはビスケットを放り込んでやった。

「え、もっと寄越せ?もう無いわよ、多分」

「イィ!ィィィイィ!」

不満そうに鳴くチェルェンに、イーディスは溜息をついて。

「もう、今日の朝ごはん分けてあげるから一緒に来なさい」

仕方なく右腕を止まり木に差し出した。

その辺に転がっている木の部屋履きを足で転がし、ぼさぼさの朱金の髪の毛もそのままに、届いた小包を嬉しそうに抱いて、扉を開ける。

「うー、やっぱり朝は寒いわねぇ」

ブルりと肩を震わせ、冷え込む石造りの狭い階段を下りる。薄暗い、人が一人通るのがやっとな通路を右に左に何度も曲がると猫の額ほどの裏庭に出る。

「あーら、イーディスちゃん、おはよう!今日は早いわねぇ」

「トリスさん!おはようございます!今日やっと小包が届いたんです!」

丁度洗濯物を干していたトリスは三十台半ばの人種(ひとしゅ)で、この下宿の女将でもある。

「そうなの?良かったわねぇ、なんの研究に使うんだっけ?珍しい物とは聞いたけれど」

パンパンと洗濯物の皺を伸ばしながら問いかけてくるトリスに、イーディスはそれはもう嬉しそうに返事をした。

「〝魔力(イ・ディナミ)林檎(・ミロ)″です!古代種の樹木にしか宿らない魔力をたっぷり含んだ果実で、滅多に手に入らないんですよ!お祖父ちゃんに頼み込んでやっと送って貰ったんです!これでようやく金への置換実験が検証できそうなので、今日から実験塔に泊まりこみになると思います!」

興奮したようにそう捲し立てるイーディスに、トリスは苦笑を浮かべた。

「そう、おめでとう。じゃぁ、私はイーディスちゃんがいない間にイーディスちゃんの部屋の片づけをさせて貰うわね?この間みたいに黒油蟲(ゴキブリ)大量発生されちゃ堪らないもの」

わざとらしいしかめっ面に、イーディスはサーと顔を青ざめさせた。前回の片づけから、もう一か月。資料やら試薬やら媒体やた道具で部屋は見事に魔窟と化しているのだ。あの惨状を見られたらまた怒られる。

「もう、その顔はまた片付けてないのね?今日は実験塔に行く前に片付けよ?」

「はぁい……」

とぼとぼと歩きだしたイーディスをせっつく様に肩に留まっているチェルェンがイーディスの頭をつっつく。

「うっいったぁ!ちょっチェルェン止めて!痛い!痛いから!」

「ィィ、イィィ!」

「もう分かった!ご飯でしょ!分かってるからぁ!」

振り払おうにも器用に飛び上がっては避けるチェルェンには分が悪い。

「あ、イーディスちゃん!朝食は厨房にあるから、イェオリ居なかったら勝手によそってね!その伝鳥用のビスケットもあるからね!」

「はぁい!トリスさんありがとうございまーす!ほら!チェルェン用のご飯あるってさ!」

背後からの声に、返事をしながら母屋に駆け寄っていく。チェルェンも言葉が分かるのか、大人しく肩に留まる。

「まったくもう!痛かったんだからね!」

ぶつぶつ文句を言いながら入った母屋にはスープの良い匂いが充満していた。ヒクヒク鼻で嗅ぎながらカウンターに近づく。

「イェオリさん、おはようございます!今日のご飯はなんですか?」

「やぁ、イーディスちゃん、おはよう。珍しく早いな」

「伝鳥が来たんです」

イーディスの呼びかけに花草人(フィソー・フィー)でありトリスの旦那であるイェオリが厨房から顔を出す。ひょいと肩に留まったチェルェンを指せば心得た様に微笑んで、お玉片手に厨房に戻る。

「あぁ、待望の荷物が来たんだね?おめでとう。今よそうからちょっと待ってて」

「あ、手伝います!チェルェンはそこの止まり木で待ってて、直ぐ戻ってくるから」

「ィイィ、ィィ」

どこの宿屋にも備え付けられている伝鳥用の止まり木を指せば、チェルェンは一鳴きして翼を広げた。寝間着の袖を捲り、木靴をカラコロ鳴らして厨房に踏み込む。

鍋を覗きこむ長い緑髪を纏めたイェオリのすぐ隣に、そっくり同じ色彩を持った幼子がいた。

「あー、イーディスおねぇちゃんだぁ!はやいね?」

「え、フェリオちゃんこんな早くに起きてたの?!」

宿屋と下宿を営むトリスとイェオリの娘である、フェリオ・フィー・ニランデル、御年五歳だ。父イェオリと同じ色彩の鮮やかな緑髪を可愛らしく二つ結びにして、三角巾で包んでる。

「うん、おとおさんとおかあさんの、おてつだいなの。イーディスおねぇちゃん、はいってきたらめっ、よ?」

「えーと、厨房に?」

「うん、だってかみのけ、むすんでないもの!」

力強く頷いた彼女は使命感で溢れていた。

「うん、フェリオは偉いね、ちゃんとお父さんの言った事覚えてるんだね」

スープをお椀に装ったイェオリは厨房の入り口で佇んでいたイーディスに朝食のお盆を渡すと、得意気なフェリオにビスケットを三枚手渡した。

「さっ、イーディスちゃんは早く上がりなさい。フェリオはこれをイーディスちゃんの伝鳥にあげてくれるかい?」

「フェリオにおしごと?いいよ!チェーにビスケットあげればいいのね!」

受け取るなり、止まり木に一目散に駆けて行くフェリオを見ながら、イェリオはイーディスを促した。

「ほら、イーディスちゃんも。食べたら顔洗って髪の毛梳かして服も着替えなさい。年頃の女の子がみっともないよ?」

「あぁ、すみません。ありがとうございます」

今更自分の惨状に気が付いたのか、恥ずかしそうにイーディスは長椅子の方に向かった。暖炉の前の特等席だ。いつもなら埋まっているこの席もまだ夜が明けたばかりの今では空いている。暖炉の火でじんわり温まりながら今日の朝食を食べる。相も変わらずおいしそうだ。良い匂いのオニオンスープを啜りながら焼き上げたばかりであろうパンを頂く。うん、美味しい。ミンスパイと付け合わせの煮野菜も塩が効いていて美味しい。端ではフェリオに三枚もビスケットを貰ったチェルェンが満足そうに止まり木で毛づくろいをしている。暖炉に掛けてある薬缶から温かいお湯を貰って、また席に着く。窓から聞こえてくる住民の生活音が夜明けを告げていた。


プロローグです。ちょっと思い至って書き始めてみました。世界観だけが膨らみ過ぎてて、ちょっと書きづらいのでゆっくり更新です。あらすじに書いた場面までたどり着くのに何話使う事になるのか……

完結まで書ききれれば良いなぁ……

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