クリスマスじゃなくても
顔を上げたらオフィスには既に誰もいなかった。時計を見ればまだ19時を過ぎたばかりでそれほど遅い時間というわけでもない。不思議に思いながら凝った肩をほぐすように首を回しているところへ、外回りから戻ったらしい上司が顔を出した。
「お疲れさまです」
「おうお疲れ。何だ二見、まだやってんのか」
「あと少しなので」
「せっかくのクリスマスだってのに残業か」
クリスマス! そうか。クリスマスだったのか。そう言えば昨日も今日もいつもより気合いの入った格好の子が多かった気がする。ようやく腑に落ちて、どこかウキウキしながら手早く帰宅準備を始める上司を冷めた様子で見つめた。
――お前もか。
普段から愛妻と子供の自慢を垂れ流すこの人のことだ。本当なら直帰したかったのだろう。それでも一応立場上渋々ながら戻ってきたに違いない。確認してもらわなければならない書類が常に数枚はある。今日は金曜日だから尚更だ。クリスマスだって社会人にとってはただの平日なんだから仕方がない。
そもそもお前たちはキリスト教徒なのか! というツッコミをする時期はもうとっくに過ぎたけれど。
「あいつ、元気なのか?」
不意に放り投げられた言葉に胸が嫌な音を立てて軋む。そういえばこの上司は彼を知っているのだし、その彼がわたしと付き合っていることも知っていたのだった。わたしはデータに打ち間違いがないかチェックしながらため息を飲み込んだ。
「さあ」
「ってことは相変わらず連絡もしないでふらふらふらふらしてやがるんだな」
呆れたような苦い声。家族至上主義の上司からしてみれば恋人に連絡もしないで何年もふらふらしている男など信じられないのだろう。わたしだって信じられない。
それに……そう。もう“元”恋人だ。
最初は律儀に用意していたバレンタインもホワイトデーもダメになるだけなのがわかると用意するのをいつしかやめた。夏祭りだってお花見だって友達と行くのが普通になって、誕生日も彼がいないことに慣れた。辛い時も悲しい時も抱きしめて欲しい時も一人で乗り越えた。期待するだけダメージは大きいし、それに、誰だって一人で頑張ってる。
時々サプライズみたいに帰って来るのも初めは嬉しかった。彼が帰って来るのは自分のとこだけなんだって思っていられたから。でもあの日、疲れて帰った部屋に汚い荷物を放り出してリビングのソファで大の字で寝てる彼を見た半年前、喜びより怒りが勝った瞬間スッと冷えた。頭のどこかが。……心のどこか、だったのかもしれないけど。あのとき、もうやめようって思ったんだ。我慢も何もかも。もしかしたらもうとっくにやめちゃってたのかもしれないけど。
次の日またさっさと出掛けて行こうとした彼に、「もう来ないで」って自分でもここまでか、ってほど冷たい声が出た。吃驚したような彼の顔に自然と笑みが零れた。全然気づいていなかったのか。ここに来たのは一年ぶり。なのに久しぶり、の一言もなく寝て起きてさっさと部屋を出て行く男をまだ好きでいると本気で思っているのか。
「鍵、返して」
どうして――? って言ったんだと思う。独り言みたいでよく聞こえなかった。理由を言う気にもなれなかった。これはここまで彼を許してきた自分のせいでもあるから。
彼の撮る写真が好きだった。
本人を好きになる前にその写真に惚れ込んだ。青い輝きを放つ月と静寂な青い闇。そこに一輪だけ咲いた光を孕む白い花。腕時計の広告だったと思う。街でそれを見たとき心を一瞬で鷲掴みにされて、職権をフルに乱用してその日のうちに本人を調べて、他の作品も探して、更に強く惹かれた。気がつけば彼の写真を使えるような企画をいくつも立ててて、上司も巻き込んで、結果的にはすごくいい仕事になった。
ドキドキを隠して対面した本人はとんだ社会不適合者だったけどそこも魅力だった。よく見ると整った顔立ちをしているのに無頓着な髪と無精髭。背が高くてひょろっとしてるけど重い機材を持ち歩いてるせいか意外とがっしりしてる身体はいつも汚いジーンズとゆるっと着古したTシャツで隠されていた。
あからさまに公私混同なスタートのわりに、付き合いたいなんて最初はみじんも思ってなかった。この写真を撮った人に会いたい、それだけだった。一緒に仕事ができて楽しかった。仕事も評価されて、いい仕事仲間で――満足できなくなったの、いつからだろう。
撮りたいものしか撮りたくなくて、それを追いながらふらふらして気がつくと自分でもどこにいるのかわからない。そんな彼をオカンのごとく面倒見てるうちに絆された。家賃払い忘れてマンションを追い出され、荷物をコンテナ倉庫に預けて行き倒れそうになった彼に無理矢理鍵を押し付けて、困ったらここに帰って来なさいと最初に強要したのはわたしだ。
友達を越えた夜には相手の好意を疑ってなかった。駄目押しで不器用に好きだと言われた時はもうそれだけで生きていけると思った。ずっとそれで大丈夫だと思ってた。大好きだったから。写真も、彼も。なのに、どこで変わっちゃったのかな。
鍵を返してもらおうと伸ばしたわたしの手を、彼が黙ったままじっと見つめていた。まるでわたしの手の中に小さな文字でも書いてあるんじゃないかと思うくらい、ただじっと。
「……他に好きな人ができたの。夏祭りもお花見もその人と行くの。クリスマスもその人と過ごすの。だから……っ」
わたしの言葉が終る前に彼はわたしに背を向けて、あっという間に走り去って行った。伸ばしたままだったわたしの手が、力なく落ちる。
「逃げた……」
まあいいか。鍵は新しいものに取り替えればいい。……そのうち。
それにしてもありがとう、はともかく、ごめんね、くらいは言うべきだったと気がついたのは彼が走り去って数日が過ぎて、白い紙にごめんの一言とともに合鍵がテープで貼られて郵送されてきたのを見た時だった。勢いって怖いな。ごめんって言うのはわたしの方だった。嫌われるのが嫌で少しでも長く彼女でいたくて何も望まなかったくせに、最終的には耐えられなくていきなり突き放すとか、酷すぎる。
そうしてわたしは彼と別れた。それでもまだ実感がわかないのは殆ど会ってなかったからだろう。メールも電話もわたしからたまにするだけで向こうからはなかった。合コンも行ってみたけど彼以上にわたしの心を動かすような人はいなくて、無理をするのはすぐにやめた。しばらくは一人でいい。もっとも、いままでだって一人みたいなものだったけど。
「二見?」
「あ、はい」
ぼうっとしていたことを気づかれただろうか。目の前にはすっかり帰り支度を整えた上司の姿があって、「じゃあ俺は帰るな」とどこか探るような眼差しを向けられる。
「お疲れさまでした。これ仕上げて送っておきますので月曜日のお昼までに見ておいて下さい」
「わかった。……二見」
「はい」
知らず、身体が緊張したのかもしれない。上司は何か言いかけたのを飲み込んで、「あんま無理すんなよ」とあっさり帰って行った。その姿が見えなくなってホッとする。これ以上彼のことを聞かれたくなかった。詳しく追求されて後悔してる自分を見つけたくなかった。ホッとしてるくせに痛みが上回ってるなんて認めたくなかった。
クリスマスなんてなければいいのに。バレンタインもホワイトデーもいらない。そんなことに付き合って欲しくて彼を望んだわけじゃない。クリスマスなんて本当に嫌い。クリスマスがなければ寂しいことに気づかなかったかもしれないのに。ただ幸せなまま彼を待ち続けていられたのかもしれないのに。
「馬鹿だなー……」
クリスマスに八つ当たりとか、罰が当たりそう。いやもう当たってるのか。
「だいたい世間はリア充イベント多すぎるんだよ」
美味しいものは一人で食べても美味しいし、映画だって面白いものは一人で観たって面白い。花だって花火だって一人で見ても綺麗だ。
疲れてる。だから考えが悪い方に傾く。
気持を切り替えて書類を仕上げて上司宛てのフォルダに放り込んだ。せっかくだからデパ地下で美味しいデリカでも買って帰ろうかな。人が多そうだからコンビニでもいいけど。いつもはシャワーで我慢してるからゆっくりお風呂に浸かるだけでも幸せかもしれない。そうしよう。明日は久しぶりに何もない土日だし、録り溜めた映画観て、掃除して洗濯して買い物したりしよう。
うん、と頷いて手早く帰り支度をする。長い髪を無造作に束ねてたシュシュをするっと抜いて鞄に放り込んだ。
暖冬とはいえやっぱり夜になると寒い。ビルを出ると大きめストールを首周りを覆うようにしっかり巻き付けて足早に駅に向かう。駅までは真っ直ぐ。そのとき街灯から大きな影が目の前に飛び出してきて、びくっと身体を震わせて立ち止まった。大きめの汚いスニーカーとジーパン。ポケットのたくさんついた無骨なミリタリーコート。半年ぶりの彼は相変わらずだったけど顔だけは何故かこざっぱりとしていて、伸び放題だった髪や髭も整えられていた。
なんでここに。
それでも言葉を失ったまま彼を見上げる。彼は何か言いかけてはやめる、を何度かくり返して、最終的にはわたしの左手を掴んで歩き出し、すぐさまタクシーを止めてわたしをそれに押し込んだ。わたしの反論を許さないような眼差しで隣りに乗り込み、運転手さんに行き先を告げる。
その場所に心当たりはない。いったいどこに連れて行くつもりなんだろう。
「クリスマスは好きな人と過ごすんじゃなかった?」
重苦しい沈黙のあと、ぽつりと彼から聞こえて来る。怒ってるわけでもない無感情なその声に泣きたくなるけど、最初に嘘をついたのはわたしだ。適当な返事も思い浮かばずに膝の上に乗せた鞄に視線を落とす。左手は相変わらず彼の右手に捕われたままだ。
「服も普段使いのオフィスカジュアル。化粧直しもしてないし、鞄もいつもの。あんまりやる気はなさそうだよね? それとも帰ってから着替えるの?」
「……関係、ないでしょ」
やる気がないのは当たり前だ。わたしにとって今日は普通の平日だった。それでも彼に会うのなら化粧くらいは直しておくんだったと顔を背ける。
それきりお互い口を開くこともないまま、タクシーは目的地に到着した。細い路地を入ったところにあるアンティークなビルの一階。正面ではなく通用口から中に入り、不器用な手つきでジーンズのポケットからカードキーともう1つ鍵を取り出してドアを開ける。手を離せばもっと簡単に開けられるはずなのに、彼の手は一度も離れない。
「目、閉じて」
「え? どうして」
「いいから。閉じてて」
何かされるという雰囲気でもなかったから、仕方なく目を閉じる。このままここで言い争っていても仕方がない。ドアが開く音がして、手を引かれるまま中に入る。少しして電気がついたのが何となくわかった。
「いいよ。開けて」
促されるまま恐る恐る目を開けると、まず飛び込んできたのは『大槻湊写真展』の文字だった。
カメラを持ってふて腐れたような横顔の写真と彼の略歴。そして、その奥には蒼い世界が広がっていた。わたしの、好きな。
彼の青は海や空よりも森が多いのが意外だった。元々は青いイメージではないものが、美しい青に染められている。これが彼が追い続けている世界。そこには人間の姿はなく、自然のものだけが持つ静謐な美しさがある。
馬鹿だな、わたし。どうして最初からわからなかったんだろう。彼の世界には人はいらないんだ。
わたしから別れを言い出したはずなのに、改めてはっきりと振られた気がした。うん。振られたのはわたしだ。
帰ろうと踵を返しかけたけど、掴まれたままだったその手が許さなかった。
「離して」
「どうして帰るの」
「どうしてって……」
問いかけてきたくせに答えは求めてないみたいに彼がさらに奥へ向かって歩き出す。ある時は遺跡、ある時は廃城、あるときは砂漠。どれも殺風景なはずなのに切なく温かい。
「見せたかったのは、これ」
「これ、って……」
自分の見たものが信じられなくて、何度も目を瞬かせる。青い闇の中月の光にうっすらと布団に包まれて眠っているのは――わたし、だ。殆ど髪で隠れてるし、鼻から下は布団で隠されてるからパッと見はわからないだろうけど。
「いつの間に」
「半年前のあの夜、目が覚めて、凌花が眠ってるの見て気がついたら撮ってた。なんかすごく嬉しくてテンション上がって、俺が欲しかったのはこれだってわかったんだ。もう個展やることは決まってたんだけど、最後の一枚はこれしかないって」
タイトルは、『home』。
「でもまさか次の日にあんなこと言われるなんて思ってなかった」
握る手に力が籠る。反対の手でせっかくセットされた髪をぐしゃぐしゃと掻き乱していた。そうか。彼が小綺麗だったのはこの個展のせいだったのか。
「全部、俺が悪いんだけど」
「――悪くないよ。悪かったのは、わたし」
「違う。甘えてた。俺がどこにいっても振り返ったら凌花がいると思ってた。俺の首にはリードがついててどんなに遠くに行ってもそれは凌花が持っててくれるって思い込んでて、それ放されたらこんな気持ちになるってわかってなかったんだ」
「……リードって……」
ひょっとして彼にとってわたしの存在は不自由さを感じさせるものだったんだろうか。そんなわたしの表情をよんだのか、彼が慌てて違う、と叫んだ。
「飼われたかったの俺だから!」
「飼ってない」
むしろ飼うことを許されない狼だってことに気づいてなかったのはわたしだ。彼はどこまでも自由な生き物で餌をくれる人も住処を与えてくれる人も必要ない。
見えない距離を性急に埋めるように、彼がわたしを抱きしめる。
「もうダメ? もう俺のこと嫌いになった?」
垂れた耳としっぽが見える。こんなのも初めてかもしれない。
「……嫌いになんてなれないよ。ただわたしが辛くなっただけなの。ごめんね」
「嫌だ!」
抱きしめられてるのに、縋り付かれてるみたいだ。こんな彼は初めてで、身体を固くしたままその先を待つ。
「俺がそばにいたら、凌花もそばにいてくれるの?」
「それは、望んでないよ」
何度も考えた。彼がそばにいて、クリスマスを一緒に過ごしたり誕生日に共に笑い合うみたいな光景を。そのたび違うな、って思った。わたしが好きなのは自由に飛び回る彼で、そうじゃない彼は彼じゃない。わたしの為に彼が世界を狭めたなら、きっとわたしはわたしを許せなくなるだろう。
「じゃあ一緒に行こうよ」
「え?」
「俺と。隣りでリード持ってて」
「それで、そばにいても一人なんだってこと確認させたいの?」
一度国内の撮影旅行について行ったことがある。被写体と彼は常に一対一でそこにわたしがいる余地はなかった。寂しいというのとは少し違う。その完結した世界をわたしという異物で壊したくなかった。
「ごめんね。面倒くさいこと言ってるよね。……湊は自由でいて」
「凌花がいないならそれは自由じゃない」
わたしを抱きしめる力が一層強くなる。その苦しささえ嬉しいんだから末期だ。
「なら俺が凌花を飼う」
「……は?」
「どうしても凌花が俺を手放すなら、俺が凌花を閉じ込める。大事に、大切にするよ」
「待って。それ監禁するって言ってるの?」
「凌花が離れるならそうする」
マテ。
「仕事は?」
「連れてく。俺がいないときにいなくなったら嫌だし」
マテマテ。
「賭けてもいいけど撮り始めたら湊はわたしのことなんか忘れてると思うよ」
その隙に逃げるのなんて多分楽勝だ。その考えを読んだみたいに湊は唇を少し尖らせて、恐ろしいことを呟いた。
「じゃあその間は繋いで……」
「マテ! そんなのまともじゃないでしょう。落ち着いて」
「落ち着けない。凌花がいなくなるなんて考えたくもない」
子供みたいに駄々をこねるその少し痩けた頬をそっと撫でる。
「大丈夫だよ。これまでだってわたしがいなくても平気だったでしょう?」
「それは凌花が待っててくれると思ってたからだ。……ねえ、どうすればいい? 毎日電話する? 毎日メールする? 誕生日には帰って来てクリスマスも一緒に過ごす?」
「わたし、そんなこと望んでないよ。無理してそんなことされても全然嬉しくないし」
そのイベントはいずれも一緒にいたいだけの理由に過ぎない。そもそもわたしは束縛されるのが嫌いだった。湊と出会ってすっかり忘れてたけど、前に付き合ってた人はイベントのある日に仕事が入ると不機嫌になる人だったっけ。そういうの面倒くさいって思ってたのに。
「無理じゃない。元々はしたかったんだ。でも電話したら切りたくないし、メールしたら終らせたくない。帰って会ったらもうどこにも出掛けたくなくなるから出っぱなしにしてただけで……」
湊の言葉が理解できなくて、固まる。ええと、ええとそれって。
「してもいいならする。ただそうすると結婚するために貯めようと思ってたお金が貯まるのが遅くなりそうかなって」
「結婚、って、誰と?」
「凌花以外に誰がいるの」
拗ねた声が降ってきて、これはひょっとして夢なんじゃないかと思い始める。どこから? ひょっとしてわたし会社で仕事しながら寝ちゃってるのかもしれない。
「好きな人ができたって嘘だよね。凌花からは凌花の匂いしかしないし」
それってどういうことだ! 臭いってことか! 急に恥ずかしくなって身を捩るけど、がっちりと捕らえたままの湊の腕がそれを許さない。
「クリスマスプレゼントがもらえるなら凌花がいい。凌花以外いらない。ねえ、俺に頂戴……?」
耳元で囁くのは反則だ! もうそれだけで身体の芯が痺れて、胸のあたりがぞわぞわする。
「凌花は? 凌花は何が欲しい?」
わたしが欲しいもの、なんだろう。人から欲しいものなんて殆どない。欲しいものは自分で買う主義だ。クリスマスプレゼント、かあ。っていうかもうクリスマス終ってるよね。クリスマスって25日の夕方までだよね。しかもプレゼントは今朝もらうもののはずだ。相変わらずずれてるんだから。
「……まったく」
「凌花?」
「じゃああと一年……、頑張ってみる? 毎日電話なんていらないから、わたしに何か伝えたいと思った時メールして。わたしもそうする。帰って来ない理由がさっきの出たくないってことだけならもう少し帰って来て顔を見せて。誕生日とかクリスマスじゃなくていいから」
「一年頑張ってダメだったら閉じ込める」
またなんか怖いこと言い出したぞ。
「今度はわたしもして欲しいこととか、嫌なこととかは言うようにする。努力してみてダメだったらそのときまた考えよう? 二人で一緒にいるからこそ幸せじゃなきゃ、一緒にいる意味ないじゃない」
でもそこまで追い込んだのもわたしだ。そう考えると申し訳ないと思うのと同時にほんの少しだけ嬉しい。別れを切り出しても“いいよ”で簡単に終ると思っていたから。
「それにしても、これ、肖像権の侵害じゃない?」
湊に抱かれたまま、自分の写ってる写真を不思議な気持ちで見上げる。自覚はあったのか、途端にうっと詰まって口を噤んだ。まあいいか。自分で言うのも何だけど、良く撮れてる。
このままずっと腕の中にいるのも悪くないけど、さすがにそろそろ寒いかな。今度はわたしが彼の手を掴んで歩き出す。
「せっかくだからケーキ買ってクリスマスっぽいことしよっか」
「いいね」
一年後、どうしてるかなんてわからない。きっと良かったり悪かったりするんだろう。それでも一年後も一緒にいたいとお互いに思えるといいなと、ささやかに願った。
Fin.