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悪魔の問題

時間の問題

作者: 木山喬鳥

※本作は「順序の問題」の続編です。

 先に「順序の問題」を読まれることを,お勧めします。




 

 

 博士を審議する場では,録画が再生されていた。

 

 常磐博士とは――――

 世界を変えた発明と,それを生み出した科学者。

 彼は物理的な制約をねじ曲げて世界から評価された人物であり,

 世紀の発明を秘匿して世界から非難された人物でもある。

 

「物理工学を専攻した自分では娘の病気は治せなかった」

 再生されている常磐博士の私的な記録は,彼の後悔の言葉で始まった。

 

 

(十二月二十日)

 

 私は娘を遺伝子疾患からは救えなかった。

 だから。今度こそ――――今度こそ。マドカの魂を救うのだ。

 考えるのだ。娘の魂が,かかっている。

 考えろ。

 解決は――――すべては時間の問題なのだ。

 

 

(十二月二十日)

 

 クリスマス・イヴの晩の再現映像は娘の言葉から始まる。

「マドカね,アクマのオジサンとケイヤクしたの」

 やがて必ず起こることだ。もう迷っている時間はない。

 まずは再現映像を精査する。見落としは許されない。

 

 マドカが〝アクマのオジサン〟と呼んだ人物は,画面で見る限り趣味の悪い背広を着た,

 ただの太った中年男に過ぎなかった。

 

 だが彼は――魂と引き換えに願いを叶えてあげよう,そう娘に云っていた。

 娘の友達で同じ病気を患う男の子,タマキ君の病室の映像も確かめた。

 

 マドカと小太りの男との会話の八時間後にはタマキ君の病室にも見知らぬ男がいた。

 彼が〝アクマってヒト〟と呼ぶ顔色の悪い背の低いやせた中年男,

 この男も――魂と引き換えに願いを叶えてあげよう,そうタマキ君に云っていた。

 

 映像には子供たちがした話そのままの状況が再現されていた。

 ニ人はそれぞれ別の悪魔に〝マドカはタマキ君よりも〟〝タマキ君はマドカよりも〟

 後に死ぬと願っていた。

 

 ニ人の人間が同時に相手よりも後には,死ねない。

 もう一人より後に死ねるのは。ニ人のうちのどちらか一人だけだ。

 つまり,悪魔はどちらの願いも叶えられはしない。

 だからと云って,願った内容からどちらも相手より先にも死なせられない――――

 

 結果として,マドカとタマキ君の契約と身体は保留となる。

 悪魔はそう考える,と私の未来予測システムは算出した。

 私の未来予想は外れない。

 

 

 さあ,これからが問題だ。

 悪魔は,このどうにもならない状況を解消するために,

 六日後,再び娘たちに会いに来る。そう予測されている。

 模擬実験の未来予測は外れない。しかし絶対ではない。

 悪魔が相手なのだ。予測は,ささいな変化で変動する。

 次は無理に娘の魂を持ち去るかもしれない。

 気をつけねばならない。

 慎重に手順を踏まなくてはならない。

 

 

(十二月二十四日)

 

 ゴッコ遊びに擬えた練習を初めて四日め。

 マドカとタマキ君は予想以上に物覚えが良い。

 悪魔との交渉の中で,この対応ができるのならば――我々にも勝算がある。

 

 

【十二月三十日】

 

 娘のもとに悪魔が来た。一匹だけだ。

 やはり娘との契約だけを改編するつもりらしい。

 この事例から,悪魔は合理的な考え方をすると考えられる。

 模擬実験のとおりだ。

――――これは悪くない。

 

 奴らは,マドカたちと契約する際にしでかした文言の不備のせいで現在もその履行が停止していると思っている。

 そして,これから停止についての問題を解決するつもりだ。

 小太りの悪魔は,監視カメラを見て笑うと,レンズに向って,

 いや…………奴を見ている私に向って,指を振った。

 途端に――私は指一本も動かせず,声も出せなくなった。

 ただし視覚と聴覚は,正常だ……

 なるほどこれが悪魔の使う魔法か。体験したのは初めてだ。

 たしかに現時点では人間には抗いがたい能力のようだ。

 こういう魔法を私にかけたということは,

 やはり悪魔は,私になんであれ奴と娘との交渉の邪魔をさせないつもりらしい。

――――これも悪くない。

 

 私の動きを止めたということは……

 悪魔は,私が今から彼と娘に対してなにか仕掛けると考えているということであり,

 これもやはり予測機械の示したとおりの状況だ。

 仕掛けならば,すでに進行している。私の動きを止めても,なんら支障はない。 

――――まったくもって悪くない。

 

 

【十二月三十日】

 

 ここでは私が体を固められている間に見聞きした,悪魔と娘の映像と音声を監視カメラの記録から抜粋して私的録画記録に挿入し,事件の状況を補完しようと思う。

 以降がその記録である。

 

『やあ,お嬢さん。私を覚えておいででしょうか?』

『アクマのオジサンね,どうしたの汗いっぱいかいてるよ』

『ええ。そうですね。いろいろ追い詰められていましてね……あの実はですね。今日うかがったのは,お嬢さんに大事なお願いがあってのことなのです』

『なあに?』

『前回の契約で困ったことになってましてね。愚かな同業者のせいで,先日の魂の契約に支障がでましてね。今回先方と話をつけまして,私が全権委任されて,アナタの契約文言を訂正しに来たのですよ。ついては急いで契約を変更していただけませんか?』

『やだ』

『ああああ。それは,困りましたねぇ。時間がないのです。上役がなんとしても早々に解決しろと,それはもう,うるさいのですよ。今回,アナタに承知していただけないと……私も先方も死ぬよりつらい目にあうのです。どうか助けると思って変更に応じてくださいよお』

『じゃあさ。オジサンのいうことをきいたら……何かオマケ,してくれる?』

『……それも困りましたねぇ』

『マドカね。しってるよ。アクマのおねがいってほんとうは,三つじゃないの?』

『あ……そんな事を……ご存知なのですか。では,仕方ないかなあ,全権委任されているからなあ……』

『マドカは,どっちでもいいんだよ?』

『いいでしょうッ今回は,特別に願いを追加で叶えましょう……それで契約の文言を変更して,いただけますね?』

『それってまたマドカは,オジサンに魂をあげるの? 』

『いえ。一つの契約に魂は一つ。アナタの魂は,もう引き換え予定になってますよ。渡す魂も,もうありませんでしょう,それに今回は前回の不備を補うものなので,魂は頂きません 』

『タマキくんのは,とられるの?』

『知りませんよ,そんなやつのことまではッ』

『一緒じゃないと,やだッ一緒じゃないとヘンコウしないッ』

『いや……その子の魂だって,もう引き換え予定になってますから渡すモノなんてありませんでしょうよ。取りませんよだれも』

『ぜったい?ぜったいに?ウソかもしれないでしょッ子供だからってダマしたりはナシだよ!ちゃんとケイヤクにいれてね』

『わかりましたようッ……もううるさい子だなあ』

『じゃね。お願いするね。いますぐカナえてくれるの?』

『ええ。構いません』

『じゃ。マドカのかかっている病気。これ,この世のなかからなくして』

『…………わかりました』

『それとねもう一つ……このあとね。アクマの人たちにまたメンドウなことをいわれたり,シカエシしされたりが,コワイから……もうこれからはアクマの人がマドカとか,タマキくんを傷つけられないようにして』

『……はいはい,わかりましたよ!では。始めますよ』

『はーい』

【前回の契約文言を〝トキワ マドカ〟が彼〝サトキタ タマキ〟より先に死亡する事と変更】

『また特例として。次の要求を実現する』

【この変更から後,トキワ マドカ,サトキタ タマキからは契約による魂の譲渡は起こらない】

『では,願いの方叶えていきますよ』

【トキワ マドカ。アナタが掛ってる病を,この世界から消す】

【この後。悪魔と悪魔に連なる力はトキワ マドカ,サトキタ タマキを,傷つけられない】

『さてと。これで良いですね?』

『はーい』

『ああああ……こんな,アフターサービスをしたのは初めてですよ。困ったなあ……またおこられますよきっと……子供相手の契約は,もう懲り懲りですねぇ』

 

 

 悪魔が去り,私の体が動けるようになった。

 動けるようになったので,たったいま《十二月三十日に初めて会った悪魔から病を消してもらったマドカとタマキ君》を,元いた十二月二十四日に送り届けた。

 ニ人は二十四日にもう一度,悪魔に会ってもらう。

 だが今回の計画で確定されていない部分は,いま終了した。

 これで無事に,私は悪魔を騙せるだろう。

 

 

 

――――説明しよう。

 

 まず前提として。

 契約が滞る問題が発生してのちに,契約そのものや娘のマドカが消え失せていないことから,

 この悪魔は,時間を遡れないと分かっていた。

 

 つまり時間の経過の操作。

 それは現時点では世界で私だけが可能な行為であり,

 私がタイム・マシンを完成させていることは,誰も知られていないらしい。

 そう。私はタイム・マシンを使って悪魔を騙す計画を立てたのだ。

 

 

 では初めにタイム・マシンのシステムについて説明しよう。

 私が作ったタイム・マシンのシステムは時間を行き来する本体と,

 未来を予測する観測機によって構成されている。

 

 潜水艦がソナーと海図なしに水中に潜れないように,

 ロケットが軌道の計算なしに空中を飛べないように,

 未来や過去に,なにが起きるか正確に予測できなければ,タイム・マシンは動かせない。

 

 そして,未来を予測する機械の完成からすべては始まった。

 予測機械によって悪魔がマドカたちと契約を結ぶと,警告されたのだ。

 録画の最初に入れた(十二月二十日)のシミュレーション映像が該当する箇所だ。

 その予測によって私は計画を,悪魔に対処する方法を考えだしたのだ。

 

 あるいはこれを見ている方には,疑問があるかもしれない。

 確実に未来や過去の観測が出来るのならば,わざわざ行く必要はないと思うかもしれない。

 しかし,意味はある。

 知るだけでは操作ができない。物質の移動,運搬が可能になってはじめて物事への干渉が可能になる。

 私のタイム・マシンは時間を飛び越えて物を移動させ,

 起こった事と起こる事を変えられる機械――だと思って欲しい。

 

 

 ではタイム・マシン本体とはどんな機械だろうか――

 それは過去や未来を行き来できる機械。まずはその理解で良いと思う。

 

 ここで注意したい点がある。過去や未来に行けるということはつまり……

 タイム・マシンはニつの時間の流れを作る機械――だということだ。

 

――――説明を続ける。

 

 考えてみて欲しい。

 タイム・マシンで過去へ戻ると――――乗っている者も若返るだろうか?

 その反対に未來へ行くと――――乗っている者も歳をとるだろうか?

 

 そうはならない。

 もし,時間の流れが一つだけならば,

 タイム・マシンの搭乗者は自分の生まれた時間より昔には行けないし,死んでしまった後にも行けない。

 そうならないようにタイム・マシンとそれ以外の世界の時間を分ける必要がある。

 

 例えば,三月から同じ年の一月にタイム・マシンで戻った人の経験した月を並べると……

【一月ニ月三月→一月ニ月三月……】となり――

 三月の次に一月が来る。

 その人の時間の流れだけが並べ変えられるのだ。

 タイム・マシンはニつの時間の流れを作る機械,というわけだ。

 

 今回の話に戻る。

 タイム・マシンの実験中に,悪魔が娘を狙っていると予測した私は,

 未来予測ではじき出した悪魔の行動に対応する台詞を,

 十二月二十日から二十四日までマドカとタマキ君に〝お芝居遊び〟になぞらえて覚えてもらった。

 もしも悪魔に娘の思考を読む力があったとしても,

 今回の計画はおろか自分が時間を移動したことも知らない二人からは,なにも引き出せはしないだろう。

 

 

 録画に映っていた〝三十日に悪魔と追加契約をしたマドカ&タマキ君〟を十二月二十四日の小太りと小男の二匹の悪魔が来る前の時点にタイム・マシンで連れて行き,

 病室にいた〝二十四日に悪魔と契約をするであろうと予測されたマドカ&タマキ君〟と入れ替わってもらった。

 元いた〝二十四日に悪魔と契約をするであろうと予測されたマドカ&タマキ君〟は三十日の病室に行かせる。

 

――――そして予測されていた通りの条件で二十四日に悪魔との契約は結ばれた。

 契約の後のニ人には,またもう一度十二月三十日に行ってもらった。

 一度めの三十日での修正契約の結果,ニ人は【悪魔から魂をとられない】決まりになっている。

 従って〝三十日の後〟の十二月二十四日に戻って悪魔に会い,契約を結んでも……

 悪魔に魂は,とられない。

 しかし悪魔の側は,【ニ人の願いが同時には叶わないものだから】契約は滞り魂が取れなくなったと思っている。

――――そう錯覚している。

 実際は【悪魔から魂をとられない】契約を二十四日に先立つ三十日にマドカとしたために,魂が取れる状態にならないのだ。

 しかし悪魔側は,その事実を知りようもないから,文言の矛盾が原因だと思うのだ。

 

 そして,このニ人は次の三十日(ニ度めの三十日だ)には悪魔と逢わせない。三十日に行くといっても悪魔の帰ったすぐ後に入ってもらう。

 三十日に悪魔に逢うのは,二十四日からくる新しいマドカ&タマキ君の役目だ。

 

(十二月三十一日)


 今も異変はない。悪魔は欺かれたままらしい。

 普通は二十四日の後に三十日がくる。

 もちろん……あたりまえの順序では,そうなる。

 だがタイム・マシンに乗って来た娘と友達の体験した時間の経過する順序だけは――――

 

 三十日の後に二十四日がくる。

 

 順番の問題だ。

 そう,私は娘の時間の順序を変えたのだ。

 

 

 病院での検査の結果。娘とその友達が共に患っていた不治の病は,この世から消えた。

 現時点での我々は,病魔と共に悪魔を退けた――――そういっていいだろう。

 計画は,成功した。

 我々は悪魔に勝ったのだ。

 

 

(同十二月三十一日)

 

 

 今回の事件についての経過記録は以上で終わりだ。

 以降は,娘への言伝てとなる。

 

 マドカ。

 お芝居,上手だったね。

 とても上手くて私は,驚いたよ。

 そして,いいかい?

 これから私の云う事を,良く聴いておくれ。

 

 この事件のあと私には,なにか良くないことが起こるかもしれない。

 でも,そんなことを悲しむには及ばない。

 私はマドカとタマキくんを救うことができた。それで満足だ。

 その代償がなんであれ,そんなことは,ちっとも構わない。

 おまえより大切なものなど,なにもないのだから。

 

 

 

 事件の記録――――常磐家に伝わる録画は,ここで暗転し終了した。

 それから間もなく審議は決した。

 

 悪魔との契約に関する事件の録画記録。加えて他の資料も検討した結果,

 博士は。疑いようもなく世界から不治の病の一つを根絶し。悪魔を退けた――――そう会議は結論を出した。

 

 悪魔を退けた力は信仰によるものではない。

 博士の知恵と,その産物であり人類が初めて手にした,タイム・マシン・システムの力である。

 それはまた科学を用いて悪魔を退けた,最初の例でもあった。

 

 審議の表決は満場一致で終了し,

 そして――――

 博士は教会から聖人に列せられた。

 会議場はとても長い間,博士を讃える拍手の音に包まれていた。

 


 

 

 


《あとがき 》

 

 

「ナメてた相手が実は殺人マシーンでした」

 

 という映画のジャンルがあるそうです。

 その名称は「錯乱現代百物語新耳袋殴り込み発狂の島」という,

 タイトルからして恐ろしすぎる漢字が並んでいる本の著者であり,

 映画ライターでもあるギンティ小林氏が名付けられたということです。

 

 今回,私はそんな感じの話が書きたかったのです。

 多くの物語ではスゴイ異能力のない人間なんて……ほぼ,悪魔とか妖怪に負けますよね。

 ナメられていますよね。カモられていますよね。

 だから逆襲させたかったのです。

――――つまりタイム・ループ物を書くつもりなんてなかったのです。

  どうして,こんなことになったのか不思議で,そして頭が痛いです。

 

 本作を読んで,前作の「順序の問題」を読むと,常磐博士の一座が,

 童話のカチカチ山に登場するウサギのように思えるし,

 悪魔はタヌキのように思えてきます。

 天才博士の仕掛けでがガチガチに守りを固めている電子の要塞に,

 なにも知らずノコノコとお気楽に子供をダマしに来た悪魔が,

――――なんだか哀れに思えてきますね。

 

                 木山喬鳥

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