冒険の始まり
此処は今大人気ゲーム仮想大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム通称VRMMORPG《ドラゴン・ハント》の中。鳥型のモンスター、リーフバードの鋭い爪がケントの頬をかすめ、視界の左上に見えるHPバーが十分の一ほど減少した。HPバーの下にもう一つバーが見える。これは必殺技ゲージと言って、ゲージがMAXになると必殺技が放てるようになる。必殺技は初期状態に各武器につき一つだけ設定されてあるがそれ以降の必殺技は、武器の熟練値を上げることでコンピュータが戦いかたを解析し個性を生かした必殺技が使えるようになる。
ケントは剣に意識を集中させて「<スラッシュ>」と必殺技コマンドを叫んだ。するとケントが握っている片手剣が光り、システムによって振るわれた片手剣がリーフバードに命中した。するとリーフバードはポリゴンとなり消滅した。時間を見ると約束していた時間になっていた。ケントは慌てて<帰還結晶>を使って<始まり地>に戻った。
ケントが<始まり地>の噴水広場に着いた頃には約束の時間を過ぎていた。
「よー、ケント。時間過ぎてるぞ。もしこれがデートだったら女子に嫌われるぞ。」
リアルの同校で親友のマックスが冗談混じりにからかってきた。
「すみません。狩りに夢中で時間を忘れていました。」
「まあ、気持ちは分かるけど・・・。じゃあ、改めて狩りといくか。後、敬語をやめろって言ってるだろ。」
マックスは頬をかきながら歩きだした。二人はショップで回復アイテムや装備を購入した。買い物が終わると二人は<始まりの門>からフィールドへ出た。
マックスはVRMMOをよくやっているので、VRゲームを初めてやるケントに教えてくれることになったのだった。まず二人は出現モンスターのレベルが低い<初心の森>で狩りをすることにした。<初心の森>にはHPをノーリスクで回復してくれるNPCが住む家があるのでレベル上げに向いている場所の一つと言われている。
二人がNPCが暮らす家の近くに来たときだった。視界の真ん中辺りに警告サインが出た。これは、半径五十メートル以内に大型モンスターが接近すると表示される仕組みになっている。ケントとマックスは頷きあって、それぞれの左腕にあるボタンを右手で押してメニュー画面から回復欄を選択し、直ぐ回復アイテムが使えるように準備した。ケントは片手剣と盾をマックスは弓矢を装備していた。弓矢はシステムアシストのお陰で矢を引くまでの時間が短縮される。
武器を装備した二人の前に姿を現したのは全長約三メートルの熊型モンスターで、グランドベア、レベル7と表示されていた。するとマックスが教えてくれた。
「こいつは極稀に出現すると言われる超レアモンスターだ。」
ケントには、マックスがレアモンスターとの出会いに喜んでいるように見えた。
今までの画面上のゲームでは体験することのないその迫力にケントは驚き後退りしてしまったが、直ぐ様体勢をとりなおした。それまで溜めていた必殺技ゲージを全て使い、「<スラッシュ>」と叫び、<スラッシュ>をグランドベアを命中させた。が、グランドベアの体力ゲージは、一割程度しか削れなかった。一瞬愕然としたが、改めて考えるとまだレベル3のケントの攻撃、しかも初期設定の必殺技では、この程度でも当たり前である。
仕方なくケントはグランドベアを引き付けるように逃げ回り、レベルがすでに10になっているマックスに主攻撃を任せることにした。ケントもマックスもかなりダメージを受けたがマックスの必殺技、<ツインシュート>が最後の一撃となった。
「よし、最大ダメージボーナスをゲット!」
マックスがガッツポーズをした。最大ダメージボーナスとは、レアモンスター、もしくは固定モンスターを倒したときに本来手に入るドロップアイテムとは別に出てくる勝利品で、バトルに参加したプレイヤーの中で一番ダメージを与えた者が得ることが出来るのである。
「で、最大ダメージボーナスって何だったんですか?」
ケントはどんなアイテムが手に入るのか知りたくてたまらなかった。
「森神の弓だ。弓矢使いの俺にピッタリだぜ。」
マックスはケントの質問に応えてくれた。二人は取り敢えず近くの街に向かうことにした。
「ここから一番近いのは・・・<スノー>という街ですね。」
ケントは左腕のボタンを押して、メニュー画面からマップを開いて、マックスに伝えた。
<スノー>についた二人は、消費した回復アイテムを補充し、<森神の弓>を強化するため鍛冶屋に向かった。<森神の弓>を強化するためには猪型のモンスター、<ボアー>を倒したときに手に入るアイテムの<猪の牙>が必要なのだが、マックスは先ほどバトルで何個か<猪の牙>を手にいれていた。
<森神の弓>の強化が終わり、二人が<スノー>を出ようとした時、二人のプレイヤーに話しかけられた。
「もしかして、榊君?」
「っ!!」
ケントが驚くのも無理もない。ドラゴンハント・オンラインは、声こそ現実と同じに設定されるがそれ以外は、自分で設定するのでリアル割れすることはまずない。
「何でわかったんだ?」
ケントは、思ったことをそのまま聞いた。すると、ミエという少女が返してきた。
「だって首に下げているそのペンダント、私が現実であげたペンダントにそっくりだったから。」
「ってことは、華咲なのか?」
「そうだよ。」
華咲は、現実ではケント|(堅人)と同級で、昔からの幼なじみだった。
「で、私が石垣よ。」
現実の名前を教えてくれた千幸というプレイヤーネームの少女は続けて言った。
「で、二人ともギルドに入って無いんだよね。うちのギルドに入ってくれないかな?」
「「・・・。」」
ケントとマックスは、無言のままお互い顔を向け頷き合いケントが応えた。
「良いよ。俺ら別にギルドが嫌いな訳じゃないし。で、ギルドネームを教えてくれないかな?」
「名前はフリー・ウィングだよ。まだ私とミエの二人だけだけどね。」
「自由の翼か。なかなか良い名前だな。これから宜しく。で、因みにギルマスはどっちなんだ?」
「一応、私が登録しているよ。」
千幸がマスタータグをケント達に送ってきた。
「了解。ついでにフレンド登録しとくよ。」
ケントが言い、皆でフレンド登録をしあった。
ケント達のギルド<フリー・ウィング>が建っている<スノー>は、<ドラゴン・ハント>で唯一雪が降ることがある街だった。
改めて街を出ようと門の前まで来たときだった。電子音が鳴り、視界にメールマークが表示された。
「何これ?」
不意に出たケントの発言にマックスは、
「ああ、クエストメールだよ。」
と応えて解説を続けた。
「ドラゴンハント・オンラインには二種類のクエストがあって、その場に[Q]マークが表示されるのをストーリークエスト、クエストメールで届くのが依頼クエストと言うんだ。」
「成る程。じゃあ今来たのは依頼クエストってことですか。」
ケントは頷き、納得したように返事をした。
「そう言うこと。で、それはそうとどんなクエストだったの?」
千幸が顔を覗けてきた。それに対しケントは、カーソルを下に動かしながら応えた。
「クエスト内容は・・・<秘薬草>を積んでくることのようだ。<秘薬草>がある<大蛇の地>にはスネークリドラの巣穴があるらしい。誰かスネークリドラについて情報を持ってない?」
三人は黙って首を横に振ったがマックスが顎に手をあてて呟いた。
「まだ下級エリアだからもしかしたら<モンスターブック>に載ってるかもしれない。書店に寄ってみるか。」
この世界の書店は、スキルやモンスターについての情報が記載されている本を販売している。<スキルブック>や<モンスターブック>は全プレイヤー中の何れ《イズレ》かが経験したスキルの特徴や出会ったモンスターについての詳細が自動的に記されるようになっている。
書店で<モンスターブック>と<スキルブック>、<エリアマップ>などを購入したケント達はギルドでスネークリドラについて調べていた。
「スネークリドラは始まりの地付近で唯一のドラゴンだがレベルはそこまで高くない。しかし他のモンスターに比べ攻撃力が高いので序盤装備での戦闘は、控えた方が良い。」
<モンスターブック>を読んでいた千幸がケント達に顔を向けた。
「だって。じゃあなるべくスネークリドラに遭遇しないようにクエストを進めたいと思うんだけど。何か異論がある?」
ケント達は揃って横に首を横に振った。
「いや、特に異論はない。けど遭遇した場合盾持ちの俺が引き受けるけどいいよな?」
「それって囮になるってこと?」
尋ねてきたミエにケントは頷いた。
「そんなの駄目だよ。危険すぎるし。」
「いや、元々敵の注意を引き付けるのが盾持ちの役目だから。」
「ミエの気持ちも分かるけど今回はケントに引き付け役を任せるよ。まあ、遭遇すればだけど。」
「サンキューな千幸。」
「別に礼をされるようなことじゃないよ。私はただ最善を考えて言っただけだから。」
「まあ、それもそうだな。」
「話が煮詰まってきたしそろそろアイテム補充しに行こうぜ。」
マックスがアイテムショプに行くように促してきた。
「お金も貯まってきたしそろそろ武器を強化したいんで武器屋に寄ってもいい?盾もそろそろ換えたいし。」
「良いよ。」
武器屋に入るとケントは持っていた<ブラックソード>の強化をした。<ブラックソード>はダークウルフという狼型モンスターがドロップする片手剣で序盤にしてはそこそこ良い武器らしい。因みに強化素材は<黒き獣毛>といってこれもダークウルフのドロップアイテムだった。
その後、<ガーディアンシールド>という盾を購入した。盾は武器とは違い、強化することができないので直ぐに買い換えることもよくある。
ついでにかミエと千幸も武器強化をしていた。武器屋を後にしてケント達はそのままアイテムショプに向かい、<回復結晶>や<帰還結晶>、<光蚊の御守り《コウカノオマモリ》>を購入した。<光蚊の御守り>とは使用時にモンスターと遭遇しやすくなるアイテムだ。
必要なアイテムを補充したケント達はフィールドに出て<大蛇の地>を目指しながら狩りをしていた。
「ミエそっちに行ったぞ!」
弓を構えたままマックスが叫んだ。するとミエはスキル『ルック・ガイダンス』を発動した。『ルック・ガイダンス』とは視線誘導をするスキルだ。自身が標的の場合一時的に敵の気を反らすことが出来る。狩り対象であるロックウルフの気を反らしたミエはそのままケント、千幸、マックスに指示を送る。
「ケント君は成るべく持ちこたえて、千幸とマックスさんは弱点である首に攻撃して大ダメージを狙って。」
ミエの指示を聞き頷いたケントはスキル『ルック・ロック』を発動した。『ルック・ロック』は、『ルック・ガイダンス』の逆で自身のヘイト値を上げることで自分を強制的に標的にすることが出来る。続けてケントはスキル『ハードガード』を発動した。『ハードガード』は盾持ちしか使えないが10分間ほど自分の攻撃、防御ステータスが2倍になる。しかしその間は必殺技を発動できない。
ロックウルフの攻撃をケントが引き付けている間に千幸が必殺技を発動した。
「<シャープフラッシュ>」
千幸の発動した<シャープフラッシュ>がロックウルフの首に直撃し、ロックウルフは、よろめいた。
「<ブレイクショット>」
その一瞬の隙を狙ってマックスが放った一矢がロックウルフを貫通し、その巨体はポリゴンとなり消滅した。
ロックウルフを倒したケント達は無事<大蛇の地>にたどり着いた。
「あっつぅ。」
手で扇いでいるミエの口から不意に出た言葉は無理もなかった。<大蛇の地>に出現するモンスターは名前から分かるように蛇型モンスターが多数を占めている。その為か近くに降雪の街<スノー>があるとは思えないぐらい気温が高く設定されている。
「暑かったら防具外していいんだぜ。もしもしの時は、こいつがモンスターを引き付けてくれるからな。」
マックスがケントの肩に手をおいて言った。一方ミエは眉を歪ませていた。
「冗談でからかわないであげてください。ミエが困ってるじゃないですか。」
「いや冗談じゃ無いんだけど...」
マックスはケントの発言に頭を掻きながら返し、そのまま続けて言った。
「別に防具外しても私服があるんだし、ケントが『ルック・ロック』を発動すれば攻撃対象になることも無い。別に変なことは言ってないぞ。」
「でも、それじゃあケント君に悪いし。」
「俺のことは別に気にしなくていいよ。」
「んー。じゃあお願いしようかな。」
ケントは承知と応え、ミエは防具を外して私服姿になった。
「ありがとね。」
「どういたしまして。」
ケントは頭を掻きながら愛未の為なら別にと小声で呟いた。誰にも聞こえないように言ったつもりだったのだが、マックスがこっちを見てニヤニヤしているところを見るとどうも聞こえていたみたいだ。