転入初日の朝
魔獣が人間の通う学校で学んでいる。確かにそんな話はたまに聞くのだが、本当にそんなことをしている魔獣は少ないだろう。
多くの魔獣は人間の姿をしている。そして人間と魔獣とで異なっているもの、それが魔力だ。
人間にも微弱ながら魔力はあるのだが、魔獣はそれの比ではない。
魔力があるからといって魔法といったメルヘンチックなものは使えないのだが、超自然現象を起こすことは可能だ。
口から火をはいたり、魔力をこめた目によって相手を一定時間硬直させたりなど、魔力の高い魔獣はそれぞれ特有の特殊能力のようなものを持っている。
九尾も、かなりの魔力を持つと聞いている。そもそも八代さんの嫁さんが九尾だったということが初耳だった。
現在光哉は、前のボタンを全てあけた状態の真っ黒な学生服をカッターシャツの上からきており、これから第一都市部学校に向かっている最中だ。
光哉は人間達が多く行き来している表通りにいた。学校に向かうためだ。そしてその最中に目につく人だかり。道行く人々はその人だかりを見て小さく嘲笑する。
「オラ!魔獣ごときが人間様に触れてんじゃねえよ!!」
「うっ!す、すみません……!」
(………ん?あいつの着てる服って……)
光哉が目にした光景は、光哉と同じものと思われる制服を着た男が、縮こまっている一人の少女を蹴っている所だった。
少女を長く尖った耳をしている。
目立たないが、それを嘲笑っているギャラリーの中にも同じ制服を着た男がいた。
「卓也、その辺にしとけよ。これから学校だぜ?」
同じ制服を着た男は三人。どうやら四人で学校へ向かっている最中だったようだ。
「あ?なんだよいいじゃねえか。丁度いいサンドバッグになるだろ?」
「はっ、まあ、あのくそウゼエ先公どもの授業受けてりゃ、鬱憤たまるよな」
「だろ?ほら、こいつちょっとやそっとじゃ死なねえからよ。お前らも参加したらどうだ?」
「そうか?そんじゃ遠慮なく………」
「へっ!?そ、そんな…………きゃっ!」
三人の内の一人がその場に近づくと、もう一人の男が少女の純白の髪を掴み上げた。
「おいおい君たち、その辺にしたらどうだね?」
「あ?」
光哉がその男二人に駆け寄る。男が光哉を見ると、男が注目したのは光哉の制服。同じ制服だ。
そしてそれを見ると、遠くのギャラリーに混ざっていた二人のうち、一人はこちらへ近づき、もう一人は人ごみに紛れ、身を隠す。同じ学校の人間に見つかりたくないのだろうか。それを光哉は視界の端で捉えていた。
「おいおい何?お前もサンドバッグになってくれんの~?」
「その制服、俺らと同じだよね。もしかして同じ学校だったり?でも、お前みたいな奴見たことねえな。別の学年かよ」
「悪いな。俺らもこんなことしたのチクられると、ちょっと不味いんだわ。つー訳でお前、口封じがてらボコられてもらうから」
男達は威圧感をだそうとして睨みをきかせている。
相手の恐怖を煽ろうとしているのだろう。だが、それならばここで下手に出るのは悪手。この男達を思い上がらせてしまうことになる。
しかし武力行使は少し大人げない。相手はたかが人間の少年。それにおっかない連中に見つかった場合、後々面倒なことになる。
「いや、なんて言うかな………ほら、困ってる少女を助けに来た正義の味方って奴?」
「………あぁ?何言ってんだよお前。バカじゃねえのか?」
光哉を見てゲラゲラと笑い始める三人。
「おいそこ!なにしてる!!」
「………やべっ、ジャッジホルダーだ!」
人ごみの向こうから、声が聞こえた。姿は見えないが恐らく大人の男。それもジャッジホルダーだそうだ。
「ちょっと掴まってろ」
「へ?ちょ、ちょっと……」
周りの者の視線が外れた一瞬の隙に光哉は少女を強引に掴み、抱きかかえた。少女は光哉の胸板に顔をうずくめる。
そして次の瞬間、背中から黒い翼を出し、誰の目にも止まらないように飛び立った。
「ちっ、おいお前、このこと先公どもに吐いたら………は?あいつ何処いった?」
ギャラリーに混じっていたもう一人の男。男が三人に近づく。
「逃げ足の早い奴だな。俺らも行くぞ」
「………そうだな」
眼鏡を掛けた一人の黒髪の男。ギャラリーの中に紛れ、光哉から身を隠していた男。
今度は三人と共に、男は人ごみに紛れていく。その場には、真っ黒な鳥の羽毛が一本だけ残された。
◇
黒い翼を広げた光哉は、少女を抱いたまま近くの建物の裏にいた。魔獣はこういう所で屯している場合が多い。
「あ、あの……」
「おっと、ごめんごめん」
光哉は少年を少女を下ろし、翼をしまう
「……俺、魔獣ってか妖怪なんだけど、君、あんまり魔力強くないね。妖精さんかな?」
「あ、えっと……助けてくれたんですよね?」
「ああ、そうだよ。俺は正義の味方だから」
「そうですか。ありがとうございました。私妖精というか、エルフです」
「へえ、余計なお世話だったか?」
「いえ、とんでもないです!助かりました!」
少女は光哉の三分の二ほどの背丈で、頭を深々と下げた。恐らく身長は、100~120程だろう。
「いいって。頭上げて。ああ、そうだ…………」
少女が頭を上げ、光哉は背負っていたリュックを漁り、そこから一枚の小さな紙切れを出した。
「はいこれ名刺」
「……名刺?」
紙切れには、『便利屋 魔獣サポート 朱華光哉』と書かれていた。
「何かあったら、真っ先に俺のとこ頼ってくれよ。報酬さえあれば何でもするから」
「便利屋さんでしたか。では今は急いでるので、今度またお礼に伺わせていただきます」
「いや、お礼だったら依頼くれると助かるんだけど………」
光哉は微笑みながら頭を掻く。
「それじゃ、俺も行くとこあるから」
「はい。ありがとうございました」
「表通りには人間がいるから、気を付けたほうがいいよ~」
手を振りながら、光哉は少女に背を向けた。
向かう先は学校。時間には余裕があるが、寄り道せずにまっすぐ向かう。
先程の男達とは別々の学年、または別々のクラスであることを願おう。
◇
校門では、数多くの生徒を見かけた。ほとんどが集団だったが、中には一人でいる者も多い。そしてその一人でいる者の多くは他の人間よりも協力な魔力を感じられた。
恐らく魔獣なのだろう。全員が人間の姿をしているので人間には見分けがつかない。魔力を感じれるのは、聖剣使いや同じ魔獣だけだ。
(なーんか嫌な感じだな………)
学校などの機関では、入学の際に行われる魔力検査で魔獣かそうでないかを判断される。
実際にはあまり知られていないが、魔力を完全にコントロールできるような魔獣はそれを回避することが可能だ。聖剣使いや魔獣の目からは逃れることは可能とされる。
この学校では、魔力をコントロールできる魔獣なんているのだろうか。それは並大抵の力では出来ない。
校門を通り、人間達と共に歩を進める。
目指す場所は職員室。魔力検査を行い、光哉がクラスに案内されるまではそこで待機だ。
職員室までの道のりは短い。生徒玄関から中に入ると、すぐ右前に入り口がある。
「失礼しまーす」
元気よく扉をあけ、挨拶と共に中に入った。
中の教師は15人ほど。その視線が一斉に光哉に集まる。
「あの~、今日からこの学校に転入してきた光哉ですけど」
「おお、君が光哉くんか。僕が担任の西岡だ」
「よろしくでーす」
西岡と名乗った男は見た目40歳のてっべんハゲ。少し小太りのおっさんで、女子生徒からの人気は絶対にないだろう。むしろ嫌われてそうだ。なんか臭そうだし。
「それじゃ、魔力検査を行うからこっちに来てくれ」
「はい、魔力検査って何するんですか?」
「注射みたいなもんだ。少しチクッとするが我慢してくれ」
窓際の西岡の机まで移動する。窓からは校庭の景色が広がり、陸上部の朝練が行われていた。
「それじゃ、魔力検査するぞ」
西岡が取り出したのは一つの注射器。注射器の外側にある画面には、0と映っている。あんなもので魔力を計りきれると本当に思っているのだろうか。
「魔力値8か。正常だな」
「当たり前ですよ。人間なんですから~」
光哉ほどの経験を積んだ者ならば、魔力のコントロールなど容易いことだ。
ちなみに、魔獣サポートのスタッフは戦闘においてはかなりの手練ればかりなので、魔力のコントロールは全員ができる。だがキマイラのトラークはその全員の中に含まれない。
「それじゃ、あと30分くらい待っててくれるか?」
「はーい」
◇
2年A組では、一人の美少女が最近話題になっている。
ハーフアップの綺麗な金髪に、紅眼の少女。頭から狐の耳のようなものを生やしており、ウサミミのようにも見える。
しかしその美少女は常に一人でいる。それは、一つだけ欠点があるからだ。
「よう、神崎。どうした~?今日も一人?」
少女の名前は神崎アカネ。神崎八代の娘だ。
そのアカネに近づいたのは三人の男達。
「……別に」
「うっわ~かわいそ~。友達一人もいないのかよ~!」
「魔獣にはお似合いだな」
三人が笑いだす。
「テメエと同じ空気吸いたくねえんだよ!」
「なんでテメエみたいなのと同じ教室いなきゃなんねえんだろうな?」
「迷惑なんだよ!テメエなんて消えちまえ!」
男がアカネの椅子を蹴り、椅子ごとアカネは転倒する。
倒れたアカネは、今にも消えそうなか細い声で声をあげた。
「……止めてよ」
「あぁ!?何だって!?聞こえねえよ!!」
それを見た一人の眼鏡の男が三人に近づいた。
「おいおまえら!アカネちゃんに何してる!?」
「……ゆ、有吾。なんだよ……」
「女の子寄ってたかって苛めてそんなに楽しいか!?」
「……ちっ」
端から見ると、眼鏡の男が少女を助けたかのように見える。
「大丈夫?アカネちゃん?」
「うん。ありがと」
有吾という男はアカネに優しく微笑み、アカネもそれに答えた。
これが、光哉が職員室にて魔力検査を行っていた時の、2年A組の出来事である。
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