宿屋
俺は今天井に張り付いている。それも宿屋の個室の天井だ。覗き?ノンノン。部屋の主は男2人だ。俺にそっちのケはない。
何でこんな状況になってるかって?
そんなもん俺が聞きたいわ。
◇◇◇
召喚初日、勇者級の3人組(内二人はオーバーズ)は宿屋に泊まっていた。金は俺がポケットに入れておいた物を使っている。RPGで王様が最初にくれるアレだな。今回の召喚は王様が召喚する系じゃないので俺がポケットマネーから出しておいた。3000ゴルもあれば10日は泊まれるな。俺優しい。
こいつら3人は、ミカ、シュンヤ、ユウキって名前らしい。
ミカが明るい性格の女子力高そうな奴だな。
シュンヤってのが背が高めの頭の回転が早いクールな奴だ。
最後にユウキだが、至って平均的だな少し臆病っぽい感じだが考えもマトモだし頭も悪くなさそうだ。
3人ともイカレタやつがいなくて良かった。
前に召喚した黒人のムキムキお兄さんなんか王様が魔王倒してってお願いしたのに『そんなことより筋トレだ!』とか言って全く言う事聞かなかったからな。
最終的には俺がプロテインを餌に誘導するハメになったし……
それに比べればこれは楽な仕事になりそうな予感だ。
そんな3人組御一行は一応異世界に召喚されたとは気づいているようで、どうやら今後の計画を立てているらしい。
隣の部屋から壁に耳当てて聞いてたからな。多分間違いない。黒井イヤーは聴診器並みの性能だからね。
ま、素泊まりで一晩300ゴルじゃ防音もクソもないってのが本当のところだがな。
さてと、今回の俺の仕事内容なんだが、アレだな。異世界召喚された奴を影ながらサポートするのが俺の役割だ。
せっかく苦労して世界を救うために召喚したのにアクシデントで死にました。なんてことが起こったら目も当てられねぇ。だから監視官が成長するまで付いとくんだ。
そして今回の異世界召喚でこいつら三人組の監視に付いたのが俺ってわけだな。
只今時刻は魔法世界アルディガード時間で午後9時。科学の発展していないこの世界では夜の明かりは貴重だ。
ここ王都セントラグスでもそれは同じでこの時間になれば外は闇が支配する時間であり、一部のいかがわしい地区以外には静けさが訪れる。
三人組も今日はとりあえず寝る、明日になって今後どうするか決める。という結論に落ち着いたらしくベッドの上に横たわる音が壁越しに聞こえた。
……そういやベッド二つしか無いのにどうやって寝るんだろうか? 流石に男女分けるだろうからホモホモしい展開がくるのかねー。
俺がそう妄想していると安普請のドアが軋む音が隣の部屋から聞こえた。
続けて廊下に出る二人分の足音も聞こえる。
(ん? 寝るんじゃなかったのか?)
この疑問は直ぐに解消される事になる。
シュンヤとユウキの二人がどうやら廊下
に出てきたようだ。足音で男二人ってのは大体分かる。
が、問題はそこじゃない。足音が明らかにこっちに向かって来ているという事だ。
足音は隣の俺のいる部屋の前で消え、申し訳程度につけられた錆び付いた鍵を開ける音に変わった。
ここで俺は一つの可能性に気づいた。
則ち"こいつら男女で別々の部屋とったんじゃね?"と。
俺の脳裏によくもまぁ今後の見通しも立ってないのに二部屋とったもんだ。多めにサービスしたのに五日しか泊まれねぇじゃねぇか。という思いがよぎったがそれは胸中に留めておく。
今は身を隠す方が先決だ。監視官は決して監視対象に存在を悟られてはならないからな。
俺はサッサと退散するために窓際へ歩を進める。
ここは裏庭に面している一階の部屋なので脱出は容易だ。
外の様子を確認するために俺は窓に手をかざした。
するとそこには一人の幼女がいた。
短い銀髪に白いワンピース、そして何より特徴的なのは月明かりに照らされて鈍く光る無骨なヘッドホンーー
幼女は暗闇の中でこちらを真っ直ぐ見ていた。
いきなりB級ホラー映画に出てきそうな異様な状況だがここは異世界、とりわけ勇者級3人を必要とした世界だ。あの3人組の〈物語〉の〈登場人物〉とすればなんの不思議もない。
ここは監視官として不干渉を選択するか俺も〈物語〉に巻き込まれたのか判断する必要がある。
ま、こっちの存在を認識してる時点で巻き込まれた感がプンプンするけどな。
男二人は錆び付いた鍵に悪戦苦闘しているらしく、未だにドアは開かれない。
『俺に貸してみろ』というシュンヤの言葉が聞こえるあたりもう少し時間がありそうだ。
とりあえず幼女の正体を探るためにもう少し観察してみる。
背のほどは100cmと少しくらい、別にやつれているようではない、むしろ健康的な肌をしている。顔立ちは将来を約束されたも同然の愛くるしいものだ。無邪気に笑いでもすれば大抵の男は顔がにやけるのではないかと思う。生憎、無表情にこちらを見つめているが。
うん、外見的には美幼女という事が分かった。それでは〈ステータス〉の方はどうかな?とスキル【看破=アンラベル・アイ】を使うべきかと俺が悩んでいると幼女に動きがあった。
腕を前に突き出し、手の平を上に向けクイックイッと手招きしたかと思うとすぐに腕を交差して高々と掲げたのだ。
この動作を無表情で繰り返している。
なかなかにシュールな光景だが幼女の伝えたい事は大体分かった。大方『こっちに来てはダメ』ということだろう。
俺にメッセージを伝えてきたという事は〈物語〉に巻き込まれたということか。どの配役で巻き込まれたのか分からないが、素直に〈演技〉した方が賢明だ。
俺は部屋の中で隠れられる場所が無いか部屋の中を見回した。
部屋の備品は少なく、硬いベッドが2つと壁に垂直に板を付けただけのテーブルが1つ、その上に置かれた小さなランプ、それに椅子が二つだ。
身を隠す場所はベッドの下くらいかね……
俺はランプを消すと急いでベッドの下に潜り込もうとした。
だらしなく垂れ下がっているシーツをめくる。
するとベッドの下の闇の中に無数の目が蠢いていた。
同時にガチャリと鍵の開く音がした。
続いてギギギギと建て付けの悪い扉が軋みながら開いていく音も。
その音が聞こえている間、俺は目の前の蠢くモノ達ーーネズミ達と対峙していた。
それは刹那の時間であったかもしれないが俺にはとても長く感じられた。
廊下からの明かりが徐々に部屋へと侵入してくる。あと数瞬で俺は覚悟を決めなくてはいけない。ーーネズミ達と一緒に暗闇の中にベッドインする事を。
そして遂にシュンヤとユウキが部屋に足を踏み入れた。
「やっと開いたか。この宿は安いのは良いがボロボロすぎる。明日は違う宿にするべきだな」
「そうだね。もうちょっとマシなところがいいね」
シュンヤとユウキがそういいながら卓上のランプを付ける。
もちろんそこに俺の姿は無い。
2人は荷物をまとめると、早々にベッドへ入り二言、三言言葉を交わすと明かりを消し寝てしまった。
危なかった…… それにしてもベッドの下にネズミが群生してるとか勘弁しろよ。
流石にあそこに入り込む勇気はねぇよ。
俺はネズミの大群を避けて最終手段天井張り付きを行っていた。
監視官をやっていて身につけた技だが何度もお世話になっている。
人間案外気づかないもんだな。
結局、規則正しい寝息が聞こえるまで俺は天井に張り付いていた。
床に降りて外を見ると、もうそこに幼女の姿は無かった。