表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の女神、真昼の彼女  作者: 紀崎 廉
9/23

9

 


「緑川先生、聞いていますか?」





「えっ?ごめんなさい、ぼーっとしていたわ。」


 放課後、私は使徒さんの死から立ち直れぬまま、谷村君の相談に乗っていた。


「谷村君って、科学部だったのねぇ。

 何だか、イメージぴったりな感じたわ。」


「…その評価は、喜ぶべきなんでしょうか?」


「ええ、もちろん!

 谷村君って、白衣が似合いそうなのよ。

 ほら、何て言うか、真面目でデキる男(ガリ勉)の雰囲気だからね。」


 微笑み合う私達がいる場所は、実験室に隣接された準備室の中である。

 殆ど使用されることのない準備室は、科学部の活動場所として提供されている。

 まあ、科学部の部員は1名なので、谷村君に管理が一任されている訳ですが。




「谷村君の淹れてくれた紅茶、すっごく美味しいわ。」


「先生のお口に合ったようで、良かったです。」


 その後、私たちは他愛のない会話を続ける。

 生徒の方が話し出すまで、私からは核心には触れませんよ。カウンセリングの鉄則ですからね。


「緑川先生、今朝のことなんですが…

 実は、鬼市君の言っていた通りなんです。

 廊下で絡まれていた僕を、谷村君が救ってくれたんですよ。」


 なぬーーーっ!?

 き、き、鬼市君が、実は善人だったなんて、信じがたい事実。

 あうぅぅ、不意打ちのアッパーカットを直撃したかのような衝撃に、私の気は遠退くのであった。



 ♪・♪・♪・♪・♪



「あっ、先生、気付かれました?」


「うぅ、ううっ!?」


 返事を返そうにも、私の口には白い布が巻き付けてあり、上手く話すことは出来ない。

 意識がはっきりと戻るにつれ、徐々に自分が置かれる状況を理解し始めた。

 私は今、身動き一つ取れないような、拘束状態にあります。


 寂れた準備室に似合った、古びた木製の椅子に私の両手両足は固定されている。

 あら、ガムテープじゃなく、ビニールテープを使用しているのには、好感が持てるわ。

 ガムテープって剥がすときに、とんでもなく痛いのよねぇー、どんな除毛テープよりも強烈っ!

 って、そんなこと言ってるバヤイじゃないわぁぁああーーーっ!!!




「先ほど先生が召し上がった紅茶には、微量の睡眠薬を混入しておいたんですよ。

 驚きに顔を歪める先生は、想像以上に素敵ですね。フフッ。」


 谷村君は、恍惚とした瞳で私を見つめる。


「本当は、こんな形で想いを告げたくは無かったんだけど、思わぬ邪魔者が出現したからね。

 僕を緑川先生の前で恥をかかせた、鬼市稜汰。

 アイツには、後でたっぷり時間を掛けて、お仕置きしてやるとして…」


 ニヤリッ、と悪どい笑みを浮かべる谷村君。

 えっ、そんなキャラだったの!?


「緑川先生も、ダメじゃないですか。

 鬼市君と親しげにしちゃって、僕の嫉妬心を煽りたいんですか?」


 いえいえいえいえ、とんでもございません!


「フッ、僕がどれだけ緑川先生を愛しているのか、身体に覚え込ませてあげるから、ね。」


 わぁぁおっ!

 谷村君って、隠れヤンデレキャラだったのね。

 三次元(リアル)ヤンデレ、恐ろしやっ!

 緑川君代、人生最大のピンチを迎えております!!!





「ねぇ、先生…気持ち良い?」


「…ん、ぁん」


 優しく私の肌に触れる、谷村君の手。

 壊れ物を扱うように、丁寧に指を滑らせる。

 ソフト過ぎる谷村君の手付きに、私は焦れったさを感じ、思わね言葉を口にする。


「もっ…と、つよ、く…」


「フフッ、先生は欲張りなんだから。」


 谷村君は、細い目をさらに細める。


「あっ…んん、はげし…ぃい…

 もぅ……、わたし……だめぇえ~~~っ!!!!!」


 私の甲高い叫び声が、長い廊下にこだまする。

 と同時に、勢いよく閉ざされていた扉が開く。




「てっめぇぇえーーーーっ!!!

 俺の大切な人から、離れろぉおおっ、お?」




 鬼市君は、少女漫画におけるヒーローの如く登場し、ヒロイン(勿論、私、緑川君代のことですわよ)に襲いかかる敵(完全なる当て馬・谷村君)に牙を剥く。

 何故、鬼市君の語尾が疑問符なのかは、私と谷村君が彼の予想に反した状況にあるからであろう。


 準備室に敷かれた、ビニールシートと柔らかい毛布の上に寝そべる私。

 一方の谷村君は、私の太もも辺りで中腰になり、手慣れた様子でマッサージを施している。


「あんた達、何やってんの?」


 ぽかんと口を開けたまま、静止する鬼市君。


「見ての通り、谷村君に全身揉み解してもらってたんだけど。」


 深く長い溜め息を吐き出す、鬼市君。

 あれ、何だか怒ってはいませんか?


「こんっの、馬鹿女っ!

 俺が、どれだけ心配したと思ってるんだよ。」


 よく見てみると、鬼市君の黒髪は乱れており、額には一筋の汗が光っている。


「紛らわしい喘ぎ声出してんじゃねーよ。

 本気で心配したんだからな。」


 鬼市君の真剣な眼差しに、不覚にも心音が跳ね上がる。

 何よ、何よ、何よ、何よ。

 鬼市君のくせに、どうしてそんなに輝いて見えるの?

 あなたって本当は物凄く良い奴だったりするの?


「…ったく、あんたの初めては俺が貰うって決めてるんだから。

 ちゃんと、危機感持って生きろよな。

 曲がりなりにも一応、女なんだから。」



 ふぅーーーーっ、前言撤回しますわね。

 鬼市稜汰は、人間として終わっています。

 全身性欲で構築された歩く男性器で、生きる価値の無いド変態エロ魔人であることに間違いございません。




 それにしても今日は、生徒の意外な一面を知ることになった。

 谷村輝之(たにむらてるゆき)君は、ビビりで小心者の優しい隠れヤンデレ。

 ビニールテープを巻きつけてきた時には、とんでもない変態だと思いましたが。

 あの後、すぐに解放してくれて、一度やりたかっただけなんですぅ、と謝り倒された。

 鬼市君が乱入してくると、戸棚の陰で縮み上がっていたので、鬼市君にお仕置き云々も戯言に過ぎないでしょう。

 まあ、谷村君の淹れる紅茶とマッサージ技術は極上でしたので、たまには準備室に遊びに行ってもいいかな。

 睡眠薬の混入は、お断り願いますがね。






 長かった一日を終えて、右手に缶ビール、左手にはあたりめで、リラックスタイム。

 ぷはぁーーーっ

 やっぱり自宅が一番落ち着くわ。


「ところで、鬼市君はどうして準備室に辿り着いたの?」


「ぞれば、ごいくぐぁしりゃじぇてぐれだかりゃ。」

(注訳:それは、こいつが知らせてくれたから。)


 聞き苦しい話し方で、ご免あそばせ。

 鬼市君の顔面は見るに堪えない程、私がギッタギタのボッコボッコに殴っておきましたので、ちょっと上手く喋れない状態なんですの。


 鬼市君が差し出した小さなテディベアは、流暢に話し始める。


「緑川様、ご無沙汰しております。

 使徒で御座います。」


「えええぇっ!?

 使徒さん、死んだんじゃなかったの?」


「ご心配、有難う御座います。

 私は、実体を持ちませんので、死することは御座いません。

 園田様に粉砕されてしまった狐も、私にとってはただの入れ物に過ぎません。

 これが、新たな私の姿ですので、どうぞ宜しくお願い致します。」


「まぁ、本当に良かったわ。うふふっ。」


「ええ、有難う御座います。」


「じぇんじぇん、おみぇぢたぐなぇよ。

 こにょ、びょうりょぐおんにゃに、くしょしぃどぉお!」

(注訳:全然、おめでたくねぇよ。この、暴力女に、クソ使徒ぉお!)


 あらあら、鬼市君には、まだお仕置きが足りなかったようね。

 十字固めに、スリーパーホールド、最後の仕上げは筋肉バスタァァアアーーーーーッ!!!




 その日の夜、鬼市君の叫び声がご近所一帯に響き渡り、パトカーまで出動する事態に陥ったのは、読者の皆さんと私だけの秘密にしておいて下さいね。


もし宜しければ、下のボタンをポチッと押して下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ