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『鬼市稜汰は、学校内で問題行動を起こさず、品行方正で模範的な生徒であるべし』
上記の内容は、今朝新たに付け加えられた契約書の文面である。
現在、一時間目の授業を終えた私は、廊下で信じられない光景を目撃。
鬼市君と、如何にもヤンキー風の生徒が、胸ぐらを掴み合っており、両者の間に火花が飛び交っているのです。
「暴力反対ーーーっ!!
落ち着いて、どう、どう、どう。
事情は知らないけど、恐らく全面的に悪いのは、鬼市君でしょう。
だから、さっさと謝りなさい。」
「ちょ、ひでーよ、先生。
俺は、何も悪くねーって。
コイツが金巻き上げようとしてたから、俺が止めに入っただけだって。
ほら、お前、助けてやったんだから弁護しろよ。」
鬼市君の後ろから現れたのは、銀縁眼鏡をかけた痩せ型の男子先生だった。
ああ、この子、確か私のクラスの生徒だわ。
「谷村君?
鬼市君の話、本っ当に間違いない?
先生には、正直に話してくれれば良いのよ?」
「ちょ、俺の信用度低すぎじゃね?」
うるせぇぇーーーっ!
お主を信用しろと言う方が、無理な願いだぜ。
大罪尽くしの鬼市君よぉ!?
私が鬼市君を睨みつけた一瞬の隙に、谷村君と名前も知らない不良君は逃げ去ってしまった。
うやむやのまま事なきを終えたが、私の見解では鬼市君が、99.999999999%悪い。
だって、奴の口からは、恐ろしすぎる事実と嫌味ったらしい言葉しか聞いたことはないのだ。
そんなヤローが、人助けだと?
けっ、笑わせてくれるぜ。
♪・♪・♪・♪・♪
「緑川先生、今日のお弁当は気合いが入っていますねぇ。」
河北先生がにこにこ顔で、私のお弁当を覗き込む。
「えへへ、ちょっと、頑張りすぎちゃいました。」
謙遜して、ちょっと何て言ったけど、これはかなりの力作である。
今朝は頭に血が昇って、やけに目が冴えてしまったので、二時間懸けてお弁当作りに勤しんだ。
その甲斐あって、料亭並みの出来栄えだ。
うん、我ながら素晴らしい、excellent!
実は、このお弁当、二個作って一つは鬼市君に渡してあるんだよね。
え?なに、何?
奴のこと、恨んでいたんじゃないのかって?
ええ、勿論。
鬼市君に渡したお弁当は、特別仕様で美味しそうなのは外側だけ。
中身は、タバスコや山葵や青汁…etc.で、激マズになっていますから。
あやつが、もの凄い勢いで食べ物にがっつくことは確認済みなので、気付いた頃には口内に地獄の風味が広がっているはずさ。
うぷぷぷっ、ふはははははぁぁっ
実際に食べるところを見れないのが残念だが、想像するだけでも充分楽しめたので、良しとしよう。
「あの、緑川先生…」
はっ、いかん、いかん。
私としたことが、表情筋が緩みきっているわ。
はい、キリッと教師モードに切り替えますね。
「谷村君、どうしたの?
もしかして、鬼市君の悪行について教えてくれる気になったの?
私は、全面的に谷村君の味方よ。」
「あ、いえ…ここでは話しづらいので、放課後少しお時間いただけますか?」
私は一つ返事で了承し、谷村君と話し合う約束を取り付けた。
うむ、鬼市君の化けの皮をはいでやろう。
「緑川先生、少し宜しいですか?」
谷村君と入れ代わるようにして現れたのは、ボンキュッボンのナイスバディ美少女。
はっ、この子は、昨日鬼市君と食堂でイチャついていた生徒ではないですか。
「はい、大丈夫ですよ。
ええっと、お名前を伺っても良いかしら?」
「あっ、すみません。
私、2年1組の園田沙里佐です。
突然で申し訳ないんですが、少し私について来てもらえないでしょうか?」
あらん、小鹿のように震えちゃって。
何なの、この子、可愛いじゃないの。
ええ、ええ、ついて行ってあげましょうとも。
おやぁ、何だか人気の少ない方へ向かってはいませんかい?
はっ!?もしや、私に告白しようとして…
こここ、これが噂のレズビアンか!?
いやん、君代、困っちゃ~う、困っちゃ~う~わ~って、歌ってる場合じゃなくって。
「えーっ、こほん。
園田さん、私達、教師と生徒の関係を崩すべきじゃないわ。
誤解しないでね、女同士だから嫌だとか、そんな理由じゃあないのよ。
園田さんを虜にしてしまう、私の大人な魅力が、今は憎く思えるわっ…うぅ。」
暫しの沈黙の後、園田さんの顔を見てみると、あんぐりと口を開けたまま立ち尽くしていた。
ああ、ショックが大きすぎたようね。
だけど、許して、これも園田さんを思っての言葉だから。
「………誰が、誰を好きだって?」
ん、何処からか聞こえるハスキーボイス。
「何勘違いしてるのか知らないけど、私が先生のこと好きな訳ないでしょぉーーっ!!」
あり、園田さん、そんな低音ボイスも出せるのね。
「むしろ、逆よ、逆!
先生は、私の敵でしょう!」
はい?どうして、そうなる?
「稜汰が今日食べてたお弁当、先生が作ったんでしょう!」
ああ、はい、確かに。
「稜汰ったら、私の作る料理は絶対食べてくれないのに、先生のお手製弁当は嬉しそうにバクバク食べるのよ!
涙まで流して喜んじゃって、バカみたい!」
はいはい、それは、不味くて泣いているんだと思いますよ。
激マズお弁当作戦、大成功、やったね!
「何、笑ってんのよ。
私のこと、子どもだと思ってなめてるのね!」
いえいえ、滅相もございません。
胸の発育具合から言うと、園田さんの方が大人ですよ。
「園田さん、取り敢えず授業が始まるから、一旦教室に戻りましょうよ。」
ポケットから取り出したスマホで、時間を確認すると授業開始まで5分もなかった。
「ちょっと、そのストラップ、どうして先生が持っているのよ!?」
そのストラップとは、十中八九、使徒を指しているのだろう。
使徒さんって、何かと役に立ちそうだから、学校ではスマホに付けて常備しているんだよね。
しかし、園田嬢、ストラップを目にしてから、瞳孔が開ききっていて怖いんですけど。
「そのストラップ、私が稜汰にあげたのよ!
間違いないわ!稜汰も先生も、ひどいんだから!
もう、私に返して!!!」
園田さん、鬼の形相で私のスマホを奪い取ろうとする。
しかし、私も抵抗したため、激しい揉み合いになってしまう。
女同士の醜い戦いは、長期に渡る泥沼合戦に発展し、思わぬ形で終わりを告げた。
ブチィッ
鈍い音とともに、狐のマスコットの首が千切れる。
床に落ちた無惨な胴体部分は、相変わらず白く美しい毛並みをしている。
って、そんなことより…
使徒さぁぁぁーーーーん、死んじゃダメだってぇぇぇーーーーーーっ!!!!!
私、まだ聞けてないことが沢山あるんだって。
ねぇねぇねぇねぇ、テレパシーでも何でも良いから喋ってよぉぉ!!
しかし、私の願いは届かず、何の反応も返ってこない。
―――4月25日、木曜日、午後1時28分36秒、使徒さんの死亡を確認しました。
「どうせ、稜汰が持っていてくれないなら、こうなった方が良かったのよ。
残念だったわね、泥棒猫の先生?」
園田嬢は、オーッホッホッホッ、と今では聞くことが少なくなった、懐かしの高笑いを残して去って行った。
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