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神様は、全く以て非情な方だ。
人の運命を、気まぐれに決めてしまわれるのだから。
「大丈夫ですか、太郎様?」
「あっ、目が覚めたみたいね。」
「んぎゃっ!!
あ、あの、もう、僕、大丈夫です。
だから、そろそろお暇しようかなぁ、なんて…」
太郎ちゃんったら、私の顔を見て驚かなかった?
今の私は、子どもを見守る母の心境で、聖母のように穏やかな表情を浮かべているはずなんだけど。
「何を言ってるの?
こんな夜更けに、太郎ちゃんを一人放り出すわけないでしょう。
そんな可愛い姿で、遠慮しなくて良いのよ。
むしろ、ずっと太郎ちゃんのままでいてくれれば、最高なんだけどね。」
ありり、太郎ちゃんったら、ますます後退ってない?
「…お姉さん、いや、姐さん。
ぼ、僕、ちょっと、使徒と二人で話がしたいんだけど、良いかな?」
♪・♪・♪・♪・♪
「使徒、てめー、どういう事だよっ!!
なんで、俺の“運命の女神”が、ヤクザの娘なんだよ!
ふざけんじゃねーーぞっ!!」
怒りに任せて掴みかかろうとする鬼市君を、使徒はひらりとかわす。
「はて、私には、御二人がとてもお似合いだと感じますがね。
第一、鬼市様には、拒否権も選択権も御座いません。
鬼市様が文句を連ねられても、緑川様が“運命の女神”である事実は変わりません。
いい加減、覚悟をお決め下さい、鬼市様。」
神妙な面持ちをした二人が、リビングに戻ってくる。
「あっ、太郎ちゃん、おかえりー。
使徒さんとのお話は、もう終わったのかな?
じゃあ、次は、私と二人で、じ~っくりとお話しましょうね。」
私が微笑みかけると、太郎ちゃんは白眼を剥く。
何でっ?そんな、私の顔って、怖いのかしら?
「まず、私から使徒さんに幾つか質問があります。
今朝の私は、半信半疑だったんですが、今は使徒さんのお話を全面的に信じております。
確認になるのですが、月夜に私と…キ、キスをすることで、太郎ちゃんから鬼市君の姿に戻ることが出来るということでしたよね。
では、何故、学校で再び太郎ちゃんの姿に戻ってしまったんですか?」
「緑川様、良いご質問です。
ずばり、結論から申し上げますと、儀式の力不足にほかなりません。
昨夜、鬼市様は寝入られた緑川様に、こっそりと口づけをなさいました。
互いの唇が触れ合っていた時間は、約2秒といったところでしょう。
非常に短時間で行われた儀式でしたので、鬼市様が本来のお姿を留められていられる時間も短かったのでしょう。」
「うーーん、そうですか。
しかし、学校にいる間に太郎ちゃんの姿に戻られると困りますので、何らかの対策を立てなければなりませんね。
使徒さん、何秒間キ、キスすれば、下校時刻まで鬼市君の姿を留めておくことができるでしょうか。」
使徒さんと私が真剣に話し合う横で、太郎ちゃんは退屈そうに欠伸をした。
「あのさ、そんな机上の空論より、実践した方が早いと思うんだけど。」
ぶっちゅぅうっ
いきなり、太郎ちゃんが私の唇を奪う。
一瞬の出来事に、呆然とする私。
しかし、そんな私を横目に、太郎ちゃんは急速に成長していく。
ビリッ、ビリビリッ、ビリビリビリッ
子ども服を豪快に破り、男子高校生の変化した。
「きゃぁぁぁあああーーーーーーーっ!!!
ちょ、ちょっと、何か着てよ!ほらっ、早くっ!」
ぴちぴちの裸体を、惜し気もなく晒した鬼市君。
生娘処女の私には、ちょっくら刺激が強すぎるっす。
私は急いで、適当な服を鬼市君に投げ付ける。
変身時の服装も考えもんだな、こりゃあ…
「落ち着かれましたか、緑川様。」
熱々のミルクティーを啜りながら頷く私。
「先生ってば、ビビり過ぎでしょ。
たかが、男子高校生の裸に悲鳴なんて。
あーーあーー、そっか、そっか。
先生は結構年食ってるけど、まだ男を知らない無垢な女性だっけ。
安心しなよ、俺が、これから色々と慣れさせてあげるから。」
ドガガガガァァァァッッ
ズサーーーーーーーッ
えっ?何の音かって?
私が鬼市君のみぞおちに蹴りを入れて、床に叩きつけた音ですわよ。
ああら、やだ、鬼市君ったら、大袈裟に咳き込んじゃって。
か弱い女性の一撃も避けられないようじゃあ、まだまだ修行が足りんようですな。
「それでは、使徒さん。
先程の話に戻らせもらいますけど、何秒間キスする必要があるとお考えですか?」
「うーーん、残念ながら、私にも正確なことは分からないのです。
ですから、実際に御二人で試してみることを御勧め致します。」
「ほぉらな、俺の言った通りだろ。
あんた、そんな鈍い頭でよく教師が務まるな?」
「…使徒さん、他に手段はないのですか?」
私は握り締めた拳に力を込めながら、使徒さんに再度尋ねる。
「申し訳ありませんが、御座いませんね。」
「おいおい、ごちゃごちゃ言ってねーで、試してみようぜ。」
おぉーーのぉーーれぇーーーはぁーーーーーーっ!!!
私は怒りの鉄槌を下すために、鬼市君の胸ぐらを掴む。
が、鬼市君の方から私に迫ってくる。
ヤバい、このパターンは…
ちゅっ、ちゅぅ、ちゅうぅう
口先だけが触れる軽いキスを、鬼市君は角度を変えて何度も繰り返す。
んっ?何やら、鬼市君の舌に不穏な動きが現れているんですが。
徐々に私の口をこじ開けていく、奴の長い舌。
「んっ、ぅうん…ぁん…」
私の口からは、思いがけず甘い吐息が漏れる。
「いいね、先生。すごく、色っぽい。」
意地悪な笑みの鬼市君に、抵抗の言葉を浴びせようとするが、それは叶わず再び長い舌に責め立てられる。
くちゅっ、くちゃっ、ちゅぅう、んちゅうぅぅう
鬼市君が私の口内を犯し、互いの舌を絡み合わせる。
恐らく、今、私は耳まで真っ赤に染まっている。
体の芯がなくなったみたいに、ぐにゃぐにゃの骨抜き状態。
永遠のように長く感じられたキスが終わると、私はその場にへたり込むのであった。
「ねーー、これって、結構酷いと思うんだけど。
大体、こんなもの持ってるなんて、大概先生も変態だと思うけど。」
呑気な声で話す鬼市君は、キッチンマットの上に寝そべっている。
誰も好き好んで、キッチンで睡眠を取る者はいないだろう。
鬼市君の両手首には手錠を掛けられ、キッチンの戸棚に繋がれている。
誤解がないように言っておくが、この手錠はSMプレイ用とか、そういった類のものじゃないわよ。
刑事ものに憧れるあまり、収集していた警官グッズの中の一つですよ。
まあ、こんな所で役立つとは、夢にも思いませんでしたがね。
「鬼市君、お黙りなさい。
どうしても喋り続けるようだったら、あんたの、その舌、引っこ抜くわよ。」
ヤクザの娘に相応しい、威圧的なドス黒いオーラを、全身から放つ。
やっと、静かになった鬼市君に対し、私の胸には沸々と怒りが込み上げてくる。
――ほろり、と頬を伝う一筋の涙。
ふふ、悲しくって泣いてるんじゃないのよ。
涙って、感情の爆発を意味するものだと思うの。
私ね、嫌いな人って今までに沢山いたけど、本気で憎いと思った相手はいなかったの。
でも、今日、殺したいほど、憎い相手が出来ました。
鬼市君をキッチンで寝かしつけてるのは、襲われるのが怖いとか、そんな女々しい理由じゃございません。
今、私の視界に鬼市稜汰が入って来たならば、瞬殺、撲殺、抹殺ですわ。
私は、まだ、犯罪者になるほど、落ちぶれてはいないのです。
だけど、次に何か仕出かした時は、迷いなく死刑執行しますので。
そのつもりでいてくださいね、礼儀知らずの鬼市君?
「ぶぇくしゅんっ!」
その日、鬼市君は只ならぬ悪寒を感じ、一睡もできなかったそうだ。
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