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私の好物は、可愛いものです。
だから、太郎ちゃんには、無条件で弱いのです。
太郎ちゃんの中身が、憎き敵である鬼市君だと分かっていたとしても。
「太郎ちゃんっ!」
私は駆け寄るや否や、自らの上着を脱いで太郎ちゃんに被せる。
今、太郎ちゃんは、ほぼ真っ裸です。
いや、あの、誤解しないで下さいね。
姿が戻る前に着ていたであろう制服を、腰回りに巻き付けていますので、男の子の大事な部分は隠れていますよ。
「えー、なにー?
この子って、緑川先生の子どもなのぉ?」
「マジッ!?
緑川先生って、独身じゃなかったっけ~?」
「ねーねー、マジで息子なら、先生って私達ぐらいの時に、子ども産んでるってことじゃない?」
「ひぇーーーっ!
先生ってば、顔に似合わずやるねぇ。
これからのあだ名は、ビッチ先生に決まりだね!」
おい、待て、女子高生よ。
お前ら、頭ん中、どうなってんだ?
人の話を聞こうという気は、一切無いんだな。
そうか、女子高生とは、そういう生き物か。
まあ、百歩譲って、三人目までの会話は許そう。
だけど、何だ?最後の奴は?
だーーーれが、ビッチ先生じゃぁあい!!!
私は、絶滅危惧種の天然処女なんだよっ!!
「事情は理解しました。
遠縁の子どもである太郎君を、緑川先生が一時的に預かっておられるということですね。
昨夜の空き巣事件のこともあり、不安を募らせた太郎君が、緑川先生の元にやって来た、と…
まあ、本来は無断で校内に入られると困るんですが、事情が事情だけにね。
これからは、注意して下さいね。」
ああ、話が分かる校長で良かった。
私と太郎ちゃんは、顔を見合わせ一安心。
「緑川先生が、その子の母親では無いんですか?
私には、二人がよく似た親子のように思えるんですがなぁ。」
ちっ、蛙田のヤローー!
話が丸く収まりそうな時に、余計なことを言うんじゃねぇーーっ!!
「親戚だったら、似ていて当然じゃないでしょうか。
それに、お二人とも整った顔にしていらっしゃるので、余計に似ていると感じるんでしょう、蛙田先生。」
おおお、ナイスフォロー!
河北先生、お見事です。
蛙田も唸った後に、黙りましたよ。
昼間のおにぎりに加えて、河北先生には改めてお礼しなくちゃね。
♪・♪・♪・♪・♪
「はぁーーっ、疲れた。」
私は太郎ちゃんと仲良く手を繋ぎ、やっとの思いで自宅に帰って来た。
「ああ、何もやる気が出ない。
こんな時は、ヒラメを呼ぶに限るな。」
無造作に鞄から取り出し、スマホを弄る。
約3秒後、玄関の扉が勢いよく開く。
そして、私と太郎ちゃんがくつろぐリビングに、熊のように大柄な男が現れる。
「お嬢、何事ですかっ!?
今にも死にそうだっていう、文面が届いたんですが…」
そこまで話すと、ヒラメは私の隣に佇む少年に気付く。
「ああ、ヒラメ、来たな。
今、私は、猛烈にお腹が空いて死にそうなのよ。
ダッシュで、何か作って頂戴。」
「いや、あの、お嬢…まずいッスよ。
幼児誘拐に監禁なんて、見逃せない大罪ッス。
お嬢は、常人ではないと薄々気付いていましたが、まさか、ここまでとは…
今からでも、間に合います、自首しましょう。
俺は、お嬢が、どんなド変態でも、ついていく覚悟があるッス。」
パッコォーーーンッ!!
履いていたスリッパを、ヒラメのハゲ頭に投げ付ける。
「おい、ごらぁあ、ヒラメェ!!
てめぇ、勝手なことばかり言ってんじゃねーよ。
いつ、私が、変態になったよ?
この子は…その、事情があって預かってるだけで、無理やり連れ去ったんじゃねえっつーーの!!」
「お嬢、大事なところで口籠ると、信用できないッス。
坊ちゃん、隣の姉さんが言ってることは、本当ですかい?」
ヒラメの強面にビビりながら、太郎ちゃんが頷く。
「お嬢、この子、めっちゃ怯えてますけど。
もしや、陰で脅したんじゃないですか?」
「阿呆かっ!?
どう考えても、お前の顔にビビってんだよ。
ほら、さっさとそのグラサン取れよ。」
渋々、ヒラメは素顔を晒す。
そこに現れたのは、離れ気味のつぶらな瞳。
予想外の優しい顔付きに、太郎ちゃんも笑顔を見せる。
いまいち納得していない様子のヒラメであったが、手際よく料理を作り食卓に並べる。
ヒラメはデカい図体に似合わず、お料理上手なのである。
「おい、何、座ってんだよ。
ヒラメは作ったら、さっさと家に帰れ。」
「ちょっ、酷いッスよ。
もーー、お嬢は、血も涙もないッスね。
さすが、緑川組の跡取り息子、いや娘ッス。
それじゃあ、俺は隣に帰りますんで、何かあれば呼んで下さい。」
ヒラメが出て行ったのを確認し、私は食事に食らいつく。
ん?どうして、太郎ちゃん、隣で固まってるの?
まあまあ、お行儀よく正座までしちゃって。
そんな堅苦しくしなくて良いのよ。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが…」
食後、おもむろに話始めた太郎ちゃんは、緊張気味みたい。
「お姉さん、いや姐さんは、もしや、所謂、ヤクザ関係の人間なのですか?」
うん?言ってなかったっけ?
「はいはい、そーですよ。」
青ざめていく太郎ちゃん、大丈夫かしら。
太郎ちゃんを心配しながら、私は話を続ける。
「私、緑川君代は、緑川組組長・緑川寿楼丸の一人娘でございます。
ありゃ、ちゃんと自己紹介してなかった?」
太郎ちゃんは、白目を剥いて気を失う。
あらあらあらあら、大丈夫!?
太郎ちゃんの、可愛らしいお顔に傷が付いたら、一大事ですわよ。
私は太郎ちゃんが、何にショックを受けて倒れたのか分からないまま、必死に介抱するのだった。
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