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月夜の女神、真昼の彼女  作者: 紀崎 廉
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5

 女性が昨日と同じ服装で出勤した場合、疑われるのはどっち?


 A.昨晩、男のところに泊まっていた

 B.同じ洋服を、数着取り揃えている


 考えるまでもなく、答えはAですよね。




「ヒラメ!グレーのパンツスーツと、オフホワイトのブラウスを大至急持って来て。

 場所は、電話切った後に指定するから。

 必ず、10分以内に届けて頂戴。

 1秒でも遅れたら…分かってるわね?」


 相手の返事を確認せず、用件だけ伝えると電話を切る。


「何、なに?

 ヒラメって、先生の男かよ?」


 ビシィィッッッ!!

 私のチョップが、鬼市君の頭にクリーンヒット。


「ゲスい詮索をするんじゃありません。

 ヒラメは、私の下僕一号ってところよ。

 それより、鬼市君は近所のコンビニでクレンジング買ってきて。

 勿論、お金は払うから。ほら、早く、行って。」




 これで、取り敢えずはOKかな。

 少なくとも、仕事よりも男を優先する女だとは思われない。

 後は、学校に対する言い訳ね。


「お早う御座います、2年3組担任の緑川君代です。

 今朝は、連絡も無しに遅刻してしまい、申し訳ありません。

 実は、昨晩、空き巣に自宅(私のガラスハート)を荒らされまして。

 すっかり気が動転してしまい、連絡が遅れてしまいました。

 いえいえ、ご心配なく。金品の被害は免れました。

 お金に変えられない物(ファースト・キス)を失いましたが。

 はい、犯人は今朝のうちに捕らえられました。

 どうもやら、知能犯ではなく、幼稚で間抜けな犯人でしたので。

 ええ、はい、今から学校に向かわせて頂きます。」


 ふぅ、我ながら完璧。

 うん?いつの間に帰ってきたんだ、鬼市君。

 玄関で立ち尽くして、一体どうしたんだい?


「女って……。」

 化粧を落とすのに励む私の耳には、鬼市君の呟きは届かなかった。






 ヒラメに指定した待ち合わせ場所に向かうと、そこには意外な人物が待っていた。


「如月さん!?」


「やあ、久しぶりだね。

 暫く会わない内に、益々綺麗になったね。

 君代ちゃんの美しさで、目が眩みそうだよ。」


 歯の浮くような台詞が嫌味にならない、スマート過ぎる男の名は如月洸(きさらぎこう)

 190センチの長身に、艶やかな天然物の茶髪。

 陶器のような白い肌に、魅惑的な深緑の瞳は、彼がフランス人の祖母を持つクォーターである証だ。


 もう、如月さんってば、ダメだって。

 そんな、糖度の高いキラキラ笑顔。

 道行く主婦の方々が鼻血ブーブーで、出血多量死しちゃいますよ。

 私はもう如月さんの美しさに慣れてるから、激しい動悸・息切れで留まっていますがね。


「君代ちゃん?」


 ああ、あぅおぁうぇぇあああーーーっ!!!

 なな、なななな何ですか!?

 下から私の顔を覗き込むだとぉ!

 ふへ、あへへ、あかんって。

 そんなことしたら、私、私私私私、嬉しさで、爆発してしまうやろぉーーっ!


「あ、あのぅ、私、ヒラメに連絡したはずなんですが、どうして如月さんがいらっしゃるんですか?」


「僕が君代ちゃんに会いたかったから。

 それじゃあ、理由にならないかな?」


 っっっっっっ!!!!

 ぐっっはぁぁぁぁああーーーー!!!

 ああああ、ああああ、ああああああ。

 そうっすか。

 私に会いたかったんですか。

 でも、きっと、私の方が、数千倍、如月さんに会いたいと思っていましたよ。

 如月さんは、私にとって初恋の人で、現在進行形で片想い中の相手なんだから。


「これが頼まれてた荷物で、こっちは僕からのプレゼント。」


 紙袋に詰められた洋服とともに、如月さんが差し出したのはバレッタだった。

 銀を基調とした繊細なデザイン、所々にスワロフスキーが埋め込まれている。


「えっ、私、誕生日はまだ先ですよ。」


「うん、知ってるよ。

 だけど、君代ちゃんのロングヘアーに似合うと思って、買っちゃったんだ。

 もしかして、気に入らなかったかな?」


 私は、千切れんばかりに首を横に振る。

 安心したように笑顔を見せる如月さん。

 だーかーらー、あなたの微笑みは殺傷能力高すぎですって。

 如月さんは滑らかな所作で私の髪にを束ねると、バレッタで飾り付ける。


「うん、素敵だよ。良く似合ってる。」


 はぅうん、目を細めて見つめる如月さんも、素敵過ぎますわ。

 もうっ、このまま、時が止まってしまえば…





「先生、学校行かねーの?」





 夢見心地の私を、一気に現実に引き戻したのは、鬼市君の一言だった。


「はっ!?今、何時?」


「…10時。」


「ああっ、もう行かないと。

 如月さん、今日は本当にありがとうございます。

 バレッタも大切に使わせて頂きますね。」


 お礼の言葉を述べると同時に、私は鬼市君の腕を掴み足早に駅へと向かった。



 ♪・♪・♪・♪・♪



「よっし、武装完了っと。」


 学校の最寄駅に到着し、トイレで着替えを済ませた私。

 鬼市君は、先に学校へ向かわせましたよ。

 何故って、そりゃあ、担任と生徒が仲良く登校って、誤解を招きそうですから。


「ほう、ここが、鬼市様と緑川様が通われる学校ですか。

 立派な校舎ですねぇ。」


 校門の前に着いた時、聞き覚えのある声がする。


「使徒さん!?何してるんですか?」


 私の鞄から、ひょっこりと顔を覗かせる使徒。


「いやぁ、御二方の様子が気になって、一緒に来てしまいました。

 ご迷惑を及ばすことの無いように致しますので、どうかご了承を。」




「緑川先生!ご無事でしたか!?」


 職員室に入ると、凄い勢いで私に駆け寄る河北先生。

 いつもはおっとりした河北先生の、稀に見る機敏な動きだ。

 その後、続々と先生方が私の周りに集まる。

 心配と好奇心が半々といった感じだ。


「やはり、独身女性の一人暮らしが不味いんじゃないですかね。

 これを機に、緑川先生も結婚なされば良いんじゃないかね。ふぁっふぁっふぁ。」


 まあ、蛙田先生(クソジジイ)の言葉には、一切の悪意しか感じないけどね。

 




 先生方の質問攻めにぐったりしたところで、昼食タイム。

 今日は朝から何も食べていないので、腹ペコだ。

 購買部に行くと、すでに大量の生徒が押しかけていた。

 私の周囲には、生徒たちが群がりもみくちゃにされてしまった。

 どうやら、学校中に空き巣事件が知れ渡っているようですな。

 それにしても、若さ溢れるパワーって、凄いわ。

 この力を、是非、勉強の方に使って頂きたい。


 やっとの思いで、購買部の前まで辿り着いた私。

 残り一個のカレーパンに手を伸ばすが、寸前で横取りされる。

 鋭い視線で相手を振り返ってみると、ありゃ、びっくり!?

 鬼市君ではありませんか。

 そうか、昨日から、散々お世話になった私に、お礼がしたいのだな。

 ふふ、愛いやつじゃの。

 せっかくだから、奢られてやろう。


 …んっ?

 おいおいおいおい、何処へ行く?

 鬼市君、私に背を向けるとはどういう事だ?


「稜汰ーーー、会いたかった!!

 ずっと、電話も通じないなんて、酷いじゃない!!

 私、心配してたんだからね。」


 颯爽と現れ、鬼市君の胸に飛び込む美少女。

 若さ溢れる色白のぷるるんお肌に、艶々にお手入れされたミディアムヘアー。

 童顔フェイスと、推定Eカップのナイスボディ。

 むはぁ、男の理想像ですね。


「ああ、沙里佐か。

 悪かったって、あー、もう泣くなよ。」


 うら若き男女が抱き合う光景は、眼福ものね。

 だけど、時と場所をもう少し考えた方が良さそうね。

 お昼時の食堂では、安っぽい二人のラブシーンは注目の的よ。

 リア充爆発しろっていう、痛い視線だけどね。うふふふふっ。


「久しぶりに、屋上で一緒に昼飯食べるか?」


 鬼市君の言葉に頷く彼女。

 うん、この場から立ち退くことは、良い判断だ。

 しかーーし、おい、ちょっ待てよ、鬼市!

 カレーパンは置いていってくれなきゃ、先生困るぞ、プンプン!


 そんな私の思惑に気付いたのか、鬼市君と視線が交わる。

 そうそう、それは、私のカレーパンよ。

 そこで何を思ったか、腹黒い笑みを浮かべる鬼市君。

 何やら口パクで言葉を伝えている様子。



『カレーパン、ザンネンダッタナ。

 コレハ、オレサマノモノダ。』



 はい?どういう意味!?

 私が呆けた表情でいる間に、鬼市君は美少女と仲睦まじく去って行った。


 んぎぃょょぁああああああーーーーっ!!!

 許すまじき、許すまじき、許すまじき、許すまじきーーーっ!!!

 呪い殺すべし、鬼市の野郎ぉおおお。






「緑川先生、お口に合いませんでしたか?」


「いえいえ、すっごく美味しいです。」


 私が頬張っているのは、河北先生お手製のおにぎりである。

 戦場という名の購買部から敗走し、身も心もボロボロになって職員室に戻ってきた私に、慈悲深い河北先生がおにぎりを分け与えて下さった。

 ああ、優しさが、身に染みるぜ。

 それに比べて、鬼市の野郎は、ほんっとクソ野郎だな。糞に埋もれて死んじまえ。

 あらっ、いけないわ。

 お食事中のタブー・ワードが、頻出しちゃった☆それもこれも全部、名前を言ってはいけないあの人、いや、名前を呼びたくもないあの人のせいですからね。




 午後の授業を通常通り行い、一旦職員室に戻る。

 鬼市君には会うことはなかったが、彼に対する怒りは私の中で沸々と湧き上がってくる。

 食べ物の恨みを、甘く見てはいけない。

 思い出すほどに、イラつくぜ、イイィーーーーッ!!


『緑川様、緊急事態です。』


「…河北先生、今、何か聞こえました?」


「いいえ?」


『緑川様、使徒で御座います。

 この声は、緑川様にしか聞こえません。

 一種のテレパシーの様なものです。

 それより、大変な事になりました。

 緑川様は、至急、北館3階の男子トイレに向かって下さい。』


 はあ?

 私、一応、性別は女性ですのよ。


『それは承知の上です。

 とにかく、急いで下さい!』


 えっ、使徒さんに、私の心の声まで筒抜けてるんですか。

 使徒さんのスキル、恐るべし。




 仕方無しに向かった先には、女子生徒たちが群がっていた。

 キャピキャピの彼女たちを掻き分けていくのに、一苦労だわ。

 あーー、私も年かしら。

 それにしても、この子達、どうして、男子トイレの前に集まってるの?

 最近の子のモラルは、どうなっているのかしらねぇ、えっ、えええぇぇぇーーーーーーっ!?


 驚きに声を震わせ、私はその子の名を呼んだ。




「太郎ちゃん?」


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