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月夜の女神、真昼の彼女  作者: 紀崎 廉
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「そ・れ・で、鬼市君。

 あなたは何の権利があって、私のファースト・キスを奪ったのかしら?」




 頬の筋肉が強張らせながら、私は鬼市君との距離を詰める。

 恐らく今の私は、乙女にあるまじき形相をしている。恐れをなした鬼市君が壁際まで後退る。


「みっ緑川様、どうか落ち着いて下さい。

 確かに彼は何の断りもなく、貴女の唇を奪いました。

 しかし、並々ならぬ事情があったのです。」


 ほぉおーーー、事情ねぇ。

 どんな理由があろうとも、鬼市君の犯した罪は軽くならないけど、そんな大した事情があるなら聞いてやろうじゃないの。



「先程申し上げた通り、今の鬼市様に与えられているのは仮初めの姿です。

 それが、緑川様が昨晩お会いした太郎様です。」


 信じたくはありませんが、事実のようね。

 鬼市稜汰=太郎ちゃんの構図は。


「現在の鬼市様は、本来のお姿にお戻りになっています。

 それは、昨晩行われた儀式の影響によるものなんですが…

 えーーっ、非常に申し上げ辛いことなのですが、儀式とは口づけを意味します。」


 使徒の言葉に、思わず眉間の皺が増える。


「ただ単に鬼市様が女性と接吻を交わすだけでは、儀式にはなりません。

 限られたシチュエーションで、正しい相手と口づけする必要があるのです。

 シチュエーションはですね、夜空に浮かぶ月を肉眼で確認出来ること、ただそれだけです。

 正しい相手とは神様が御選びになった女性、則ち“運命の女神”である緑川様を意味します。

 つまり、昨晩に鬼市様と緑川様が口づけを交わしたことにより、一時的に本来の姿を取り戻しているのです。」


 ふぅぅうーーーーーっ。

 そこまでの説明を聞いて、私は大きな溜め息をつく。


「じゃあ、何っ!?

 私の大事なファースト・キスは、鬼市君の身勝手な事情で奪われたわけ?

 っっ私、帰らせて頂きます。」


 本来なら極刑に値する男だが、私だってこんな所で人を殺めたくはないのです。

 犬に噛まれたとでも…思えませんが、特別に水に流してあげましょう。

 だって曲がりなりにも、鬼市君は私のクラスの生徒ですからね。

 担任がクラスの生徒を殺傷なんてスキャンダル、マスコミの格好の餌食じゃない。




「ちょっ、御待ち下さいっ!!」


 私は玄関の扉に手を掛け、今にも外に飛び出そうとしている。


「緑川様、御願いですから、もう少しお話を…」


「ぁあんっ!?

 私か話したいことは、何一つございません。

 願わくば一刻も早く、この場から立ち去りたいのですが。」


 あくまで言葉は丁寧に、全身からは殺気をプンプン漂わせる。

 これ、脅しの基本テクニックですよ。


「ほ、ほ、ほ、ほら、早く、謝罪なさるのです、鬼市様。」


「…どーも、すみませんっした。」


 謝って済んだら、警察いらねーよっ!


「緑川様、今の特殊な状況は貴方にとってもメリットが御座います。

 緑川様の望みは、鬼市様を真面目な生徒に更正させることでしたよね。」


 ああ、確か、初めはそんなこと言ってたなぁ。


「鬼市様の望みは、本来の姿を取り戻すことです。

 御二人が協力し合うことで、互いに利益を得られると思いませんか?」


 いいえ、全く思いません。

 乙女の(キス)は、そんな安っぽくはないのです。




「なあ、先生。

 あんた確か、俺と約束したよな。

 家賃滞納で追い出されそうだって話をしたら、先生の方から一緒に暮らすことを約束させたよな。」


 はぁ、確かに。

 だってあの時は、太郎ちゃんの正体がこんな糞野郎だと知らなかったもんですものね。


「先生は、約束破ったりしないよね?

 先生は、そんな薄情な人間じゃないよね?」


 くっ、なんだ、こやつ。

潤んだ瞳で至近距離から見つめて、無駄に高い顔面偏差値を悪用しやがってぇぇ!!

 

「分かった、分かったわよ。

 女に二言はないわ。

 鬼市君、あなたと一緒に暮らしてあげる。

 ただし、私が提示する条件は、全て飲んで頂きますからね。」


 私の同意を確認すると、鬼市君は全身で喜びを表現した。

 ちょっ、いくら嬉しいからって、デカイ図体で部屋を走り回るんじゃねーよ。

 今のあんたは、太郎ちゃんのように、かわゆく無いんだからね。


 ♪・♪・♪・♪・♪


「げっ、第50条って、流石に多すぎでしょ。」


「何を言っているのかしら?

 これから、どんどん増えていく予定よ。」


 私が必死になって書き上げているのは、二人の間に交わす契約書の項目である。


「あっ!?ちょっと、今、何時?」


「9時半だけど?」


「ああ、もう、最悪っ。

 完全に、遅刻じゃない。

 鬼市君、あなた、早く制服に着替えなさい。」


「ええっ!?

 もう、今日くらい、休ませてよ。」


「お黙りっ!

 ここ、よーく見てご覧なさい。」


 私が指差すのは、契約書第16条。

『鬼市稜汰は、如何なる理由があろうが、例え這い出てでも学校に登校すべし』


「何だよ、これ!?

 あんた、鬼畜か?」


「ああら、私、鬼市君ほど非道な人間ではないと思いますわよ?」


 ファースト・キスの恨みは、根深い。

 乙女の執念を思い知れ。




 因みに、契約書第1条は、下記の通り。

『鬼市稜汰は、いつ、如何なる状況下にあっても、緑川君代の命令に従うべし』




 やっぱり、私ってちょっと鬼畜かしら?


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