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月夜の女神、真昼の彼女  作者: 紀崎 廉
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3



 私は、ファンタジー小説って嫌いじゃないのよ。

 夢があっていいじゃない。

 だけど、自分の人生にファンタジーな展開を求めてはいないのです。




 時間にして数十秒、私は完全フリーズしていた。

 人生で初めて目の前が真っ白になるっていう、貴重な経験をしました、うふふっ。


「先生、いい加減に現実(こっち)に帰ってこいよ。

 これからのこと、色々と話し合わないといけないんだから。」


「……………私、頭の可笑しな人とおしゃべりする程、暇ではありませんのでお暇致しますわね。」


 あくまで冷静を装いながら、急いで身支度を整えて玄関へ向かう。

 やべぇーーよ、マジこえぇーよ。

 あの子、所謂、中二病こじらせちゃった系?

 可哀想な気もするが、やはり我が身が一番可愛いのである。

 こりゃあ、逃げるっきゃないっしょ。




「待てよっ!

 あんた、コレ見てもそんな態度取ってられるのか?」


 腕を掴まれた私は、仕方なしに振り返る。

 差し出されたスマホの画面には、鮮明な写真が映し出されている。

 涎を垂らして眠る私と、カメラ目線に微笑む鬼市稜汰。

 両者はどう見ても裸で、いかにも情事の後といった写真である。


「っっっ何よ、何なのよ、あんた!?

 お金?金が、欲しいの?

 薄給の新米教師から、金をせびり取りたいのか。

 はんっ、幾らよ、言ってみなさいよ。

 くっそーー、あんたみたいな男の腐ったやつ…」


 罵詈雑言を遮るようにして、鬼市君の顔が至近距離に近付く。

 何だ?さっきの仕返しでもする気か?

 渾身の頭突きだったもんなぁ。

 しょうがない、一撃くらい受けてやろうじゃないか。




 私は攻撃に備えて固く目を瞑るが、一向にダメージを喰らわない。

 どういう事だろうと不思議に感じた瞬間、ふにゅっと唇に柔らかいものが触れる。

 

 んっ?今のは、何?

 んっ?今のは、もしかして、もしかして、もしかしすると…――

 あの、これって、間違いなく接吻(キス)ですよねぇ。



「いやぁぁぁぁあああああーーーーーーーーっ!!!」



 パッシーーーーーン!



 おおっと、緑川選手の強烈な平手打ちが、鬼市選手の左頬にヒットしました。

 鬼市選手、立つことができるでしょうか。

 ワン、ツー、スリー、おっ、立ち上がりました。

 なんと、鬼市選手、余裕の笑みを浮かべています。

 一方、攻撃を仕掛けた緑川選手は、瞳に大粒の涙を浮かべております。


「何すんのよぉぉーーーーっ!!!

 あんたみたいな男にとっては、大した事ないのかもしれないけど、こっちはねぇ、大事なファースト・キスだったのよぉぉぉーーーーーっ!!」


 鬼市君は腹黒い笑みを浮かべながら、自らの唇を色っぽく舐める。


「ああ、そんな事か。

 気にすることないよ、先生。

 今のは、ファースト・キスじゃないから。

 ほらぁ、昨晩もっと激しいキスをした仲じゃないだよね、僕たち。

 まぁ、最も先生は半分意識なかったみたいだけど。」


 なっ、なっ、なっ、なっ何ですってぇぇーーーーっ!!

 いっいいいいい今、あいつ、何を喋った?

 私には、到底理解できない言語だったんですが。

 んっ?私の訊き間違いじゃなければ、奴は死刑に値するよね。


「ふっふっふっふっふ。」


 急に私が不審な笑い声を発したため、敵は身構える。

 馬鹿め!か弱い女性である私が、真正面から男に勝負を仕掛けるわけがない。

 この部屋で武器になりそうなもの、そうだ、昨晩料理で使った包丁があるじゃない。

 私の視線の先にあるものに気付いた奴は、どうにか思い留まらせようと平謝りを繰り返す。

 だが、しかし、乙女の純情踏みにじった代償は、身を持って償って頂きます。




「うわぁぁあーーーーーーっ!!!

 ちょっ、待った、待ったぁーーー!」


 部屋に響き渡った声は、憎い敵の男のものではなく、勿論私のものでも無い。

 声の主を探してみるが、室内には私と奴の二人しかいない。


「おおーーーーいっ!!

 ここだよ、ここ、ここ。視線を下げてごらん。」


 言われるがまま下を見てみると、そこには一体のマスコットの姿があった。

 重力に逆らうかのようにして、床に対して垂直に立っている。

 どうやら狐をモデルにしたもののようで、毛並みの良い真っ白な毛で全身が包まれている。


「初めまして、レディ。

 私、神様の使徒で御座います。

 以後お見知りおき下さいますよう、宜しくお願い致します。」


 狐のマスコットはご丁寧に挨拶をすると、私の手の甲に口づけを落とす。

 その動きは、まるで生きているかのように自然であった。

 マジ、半端なく、ヤバい気が、する。

 私、幻覚・幻聴に悩まされる程、疲れてたんだぁ。

 こりゃあ、早急に頭を休める必要がありますな。

 脳内から送られる危険信号に従い、私はブラックアウトしていった。


 ♪・♪・♪・♪・♪


「鬼市様の態度が悪いから、冷静に話し合いも出来ないじゃないですか!?」


「はぁっ?俺のせいじゃないでしょ。

 この女が、いちいち気を失うから悪いんだろ。

 大体、こいつ本当に俺の“運命の女神”なのかよ。

 全く以て、俺のタイプじゃないんだけど。」


「何を、贅沢なことを仰いますか!?

 この方こそ、鬼市様の“運命の女神”に間違い御座いません。」


 頭上で交わされる言い合いが耳障りで、私は嫌々ながら目を開いた。


「あっ、お目覚めですか?

 お気分は、如何ですか。

 ご無理はなさらないで下さいね。」


「なーにが、お加減だよ。

 寝起きに頭突き喰らわせてくるような女だぜ。

 心配いらねぇよ、使徒。」


「鬼市様!お黙りなさい!

 緑川様、御混乱の心中お察し致します。

 しかしながら、こちらにいる鬼市様と昨晩あなたが出会われた太郎様は、間違いなく同一人物で御座います。」


 私はもう抗うことに疲れたので、大人しく説明を受けることにしました。

 これが、なかなか醒めない悪夢だと信じて。


「そして、緑川様は鬼市様の“運命の女神”であることが昨夜判明いたしました。」


 “運命の女神”だと?

 早速、中二ワードが出てきたな。


「簡潔に申し上げますと、緑川様には鬼市様のために御協力願いたいのです。」


 んっ?

 何やら、雲行きが怪しくなってきたぞ。

 これは、私と鬼市君のカップルを匂わせるフラグなのか?




 その後、長々と話された使徒の説明を、私なりにまとめてみた。


 青春真っ盛りの鬼市稜汰は、日々喧嘩と女遊びに明け暮れておりました。

 命知らずの鬼市君は、死の道路(ロード)と呼ばれる危険な山道で夜な夜なレースを繰り広げ、負け無しの王者に君臨していました。

 ある日、鬼市君はいつも通りレースに臨もうとしていましたが……絶対王者の鬼市君を妬む輩が、ブレーキに細工を施しました。


 そんな事とは露知らず、ぶっちぎりにぶっ飛ばす鬼市君。

 しかし、カーブに差し掛かった時、異変に気付くが時すでに遅し。

 曲がりきれずにガードレールを突き破り、鬼市君は谷底に転がり落ちていきました。


 普通の人間ならば即死の状態でしたが、神のお情けで鬼市君は一命を取り留めます。

 意識不明の重体である鬼市君に、神は条件を出されました。


『御前は命知らずの阿呆だが、改心する見込みがある人間じゃ。

 よって、いくつかの条件を満たした時、完全に生き返らせてやろう。

 今から御前に与えるのは、仮初めの姿である。

 本来の姿に戻りたければ、“運命の女神”を探し出せ。

 其の者は、御前に生きることの尊さを教えてくれるだろう。

 己れを振り返り悔い改めることで、御前の人生をやり直すのだ。』


 といったところで、説明終了。




「掻い摘んでお話しさせて頂きましたが、ご理解いただけたでしょうか?

 …緑川様、どうなさいました?」


 

 要するに、私はとばっちり娘か。

 てゆーーーか、鬼市君、鈍すぎるっしょ。

 何故、ブレーキが利かないことに気付かない?

 レース前に確認すべきでしょうよ。

 何だ、彼は、ドジっ子属性なのか?


 ふぅーーーん、それじゃあ、仕方無いよね…

 っっって、なるかぁぁぁぁぁあああああああーーーーーーーっ!!!!!!!!




 アホ、ボケ、カス、ナス、神様のオタンコナスゥウーーーーっ!




 私は、金輪際、神を信じないと心に決めた。


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