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「太郎君、夕飯のリクエスト、何かある?」
零れそうな大きなお目めを見開き、真剣に考え込む美少年。
むはぁあ、絵になるなぁ。
例えそれが、庶民的なスーパーの片隅であっても。
あぁ、美しさって場所を選ばないのね。
「よっし、太郎君。
食べたいもの、全部言ってごらん。
出来る限り、お姉さんが作ってあげるわ。」
あらんっ、太郎ちゃんってば、眩しすぎるわ。
その悩殺スマイルは、凶器です。
私のハートをぶっち抜きですわ。
私は現在、天使と手つなぎデート、改め買い物中。
鬼市君の自宅からスーパーまでの道のりで、何とか美少年の名前を尋ねることに成功。
彼の名は、太郎。平凡過ぎるんじゃないかって?
そんなこと、どうでもいいじゃない。
だって、太郎ちゃんったら、殺人的にかわゆいのだから。
ひとつ一つの動作が、私の胸(貧乳だというツッコミは受け付けないゾ☆)を揺さぶりまくりさ。
素直で良い子な太郎ちゃんだが、名前以外のことは決して話してくれない。
うぅーーん、まだ心を開ききってはくれないみたい。
まぁ、太郎ちゃんの可愛さに悶えて、尋常じゃない鼻息の私を、信用する方が難しいか。
こんな時は、胃袋掴むに限るよね。
ってなわけで、家に戻るや否や、早速クッキングタイム。
グラタン、エビフライ、ハンバーグ、コロッケは手間隙かけたクリームコロッケ。
ポテトサラダは、リンゴと蜜柑を加えて、お子様使用。
うん、我ながら、なかなかの出来栄えである。
太郎ちゃんってば、いただきますと同時に、凄い勢いで食べるんだから。
小さな体の割に食欲旺盛、うむ、育ち盛りだもんね。
あらあら、お口の周りにいっぱい食べかす付けちゃって。
もう、食事するだけで、なんて可愛さ。
私、太郎ちゃん見てるだけでお腹一杯ですわ。
「ごちそうさまでした!!
お姉さん、とっても美味しかったです。」
ぐはぁああっ。
太郎ちゃんの今日一番、特上スマイル頂きました。
「いえいえ、太郎君のお口に合ったようで、私も嬉しいわ。…ところで、家主の鬼市稜汰君は「お姉さん、お酒、好きですか?」
私の言葉を強引に遮る、太郎ちゃん。
どうやら、稜汰君のことについて、話す気はないようだ。
曖昧な笑顔を返すと、太郎ちゃんはキッチンの片隅から、焼酎の瓶を引っ張り出してきた。
私の前にお猪口を置き、溢れんばかりにお酒を注ぐ。
「お姉さん、今日は本当にありがとう。
僕に出来る精一杯のお礼として、お酒を振舞わせてくれる?」
ええ、ええ、ええ、ええ、ええ。
断るわけないでしょうとも。
太郎ちゃん、上目遣いに小首傾げの合わせ技は、反則よ。
お姉さん、鼻血ブーでぶっ倒れちゃうわよ。
「ねぇ、太郎君。
ここでの暮らしに、満足してる?
困っていることは、ないの?」
私は、出来るだけ優しい口調で、太郎ちゃんの核心に迫る。
少し沈黙した後、太郎ちゃんは重たい口を開く。
「お姉さんが見ての通り、僕は汚いお部屋で適当なご飯を食べて暮らしてきました。
満足しているかと聞かれると、即答できないけど、不満はそんなに無いんです。
ただ、一つ困っていることはあります。」
いい具合に酔っぱらった私は、身を乗り出して太郎ちゃんの話に耳を傾ける。
「実は、家賃滞納で立ち退きを迫られているんです。」
なーーぬーーーーっ!!!
こ、こんな可愛くって、良い子が、住む場所に困っているだとぉぉっ。
4月とはいえ寒空の下、夜更けにか弱い美少年が一人佇む様子など、ド変態野郎に連れ去られても文句言えない状況ですぞ。
いやはや、最近は痴女も多いから、男女問わず襲いかかってくる危険がある。
かぁぁあああーーーーーっ!!!
そんなの許されない、ダメ、絶対ダメだぁぁーーーっ!!!
「太郎君、お姉さんのお家にいらっしゃい。
ワンルームマンションで狭いかもしれないけど、今より快適な生活を保障するから。」
私はすっかり出来上がった真っ赤な顔で、太郎ちゃんの手を握り熱弁を振るう。
「えっ、いいの?
ぼ、僕、何にも出来ないよ。
お姉さんの役に立てないと思うけど…」
「太郎君!あなたは、そばにいるだけで癒しなのよ。
太郎君からは、大量のマイナスイオンが放出されているの。
癒しって、社会人が最も必要とするモノなのよ。
だから、私の為にも、太郎君、ぜひ一緒に暮らしましょう!」
太郎ちゃんは、瞳を潤ませて大きく頷く。
そこで、私はほっと安心してしまい、重い瞼を閉じてしまった。
目を瞑る瞬間に、太郎ちゃんの黒い笑顔が見えた気がするけど、きっと私の見間違いよね。
♪・♪・♪・♪・♪
そして、話は物語の冒頭に戻る。
「っんぎぃゃぁぁぁああーーーーーー!!!!」
私の隣には、恐らく全裸の見知らぬ男。
薄い布団の下で、私は一糸纏わぬ姿。
これが、何を意味するか。
そんなこともわからない程、私も純情ではないのです。
「大丈夫?」
優しい声色で尋ねる男だが、それ以上近付かないで下さい。
先程の自分の叫び声が、二日酔いの頭に響く。
思考回路は一旦停止、私は気を失った。
ぼんやりと目を開けると、ベッドサイドに佇む男が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
男が全裸でないことを確認し、一安心。
未だに私は、何も身に着けておりませんがね。
徐々に冷静さを取り戻し周囲を見渡すと、見慣れた光景が広がっていた。
そうだ、私は鬼市君の自宅で、謎の美少年・太郎ちゃんと一緒に住む約束を交わして…
やべぃぞ、そっから全然記憶が無いや。
再度、男に視線を移すと、僅かながら見覚えがある気がした。
ああっ、そうかっ…
「あの、あなたが鬼市稜汰君ですか?」
私は布団を体に巻きつけるようにして起き上がり、震える声で尋ねた。
「はい。僕が鬼市稜汰ですよ、担任の緑川君代先生?」
ぎぃぃーーーよぉぉーーーうぇぇーーーーーーっ
ああ、あぁぁ、私の人生オワタ。
昨日まで処女だった私が、淫行罪で捕まるなんて、夢にも思いませんでしたわ。
親不孝な娘を、どうかお許しください。
こんなことなら、嫌がらずにお父さんのこと、パパって呼んであげれば良かった。
うぇ、ふぇえーーーーーん。
これが、泣かずにいられるか。
いや、現実の私は瞳孔開きっぱなしで、完全フリーズしているわけですが。
「先生?大丈夫ですか?」
鬼市君が差し出したコップを受け取ると、一気に水を飲み干す。
「…で、あなたは私を訴えるわけ?
そうよね、あなたみたいな綺麗な顔をした人が、こんな年増の処女を好き好んで抱くわけないもの。
どうせ、酔っ払った勢いで私が、あなたに襲い掛かったんでしょう?」
諦めモードの私は、ワントーン低い声で力無く話す。
「えっ?誤解ですよ、先生。
服を脱いでいるのは、痒かったからですよ。
ほら、昨晩、先生が部屋中ピカピカに掃除してくれたでしょう。
その時に、微小な虫が衣服に付着したようで、眠る頃になって全身痒くて、お互い服を脱いだんですよ。
一緒に寝ていたのは、寒いから人肌で暖を取っていただけですって。
誓ってやましいことは、何もありませんでしたよ。
…それに、僕は貧乳好みじゃないし。」
えっ、えっ、えっ?
何ですと!?全て私の勘違い?
ひゃっっっはーーーーーっ!!
マジか、マジか、マジか?
最後に何か聞き捨てならない一言があった気もするが、この際大目に見てやろう。
神は、私をお見捨てにならなかったのですね。
ああ、神に心から感謝します。
私は、今日も清らかな身体です。
ふと、何か重大なことを忘れているような気がする…よ?
「ああぁぁぁぁーーーーーっ!!!
太郎ちゃん!
私の愛しの太郎ちゃん!
あの子は、一体どこにいるの?
私ったら、どうして忘れていたんだろう。
ねぇってば、太郎ちゃんは何処?」
私は太郎ちゃんの姿が見当たらないことに焦りを感じ、鬼市君の両肩を掴んで力いっぱい揺さぶる。
「落ち着いてくださいよ、先生。
太郎は、先生の目の前にいますよ。」
「はっ?何処に?」
意味が分からず再度部屋を見渡すが、やはり太郎ちゃんの姿は見えない。
こんにゃろ、二日酔いの女を舐めてんのか!
ふぅーーん、いい度胸じゃねぇか。
その綺麗なお顔に一発お見舞いして、舐めた口の訊き方を改めさせてやろうじゃねぇか。
私は息を全部吐き出すと、ヤツの顎に狙いを定めて渾身の頭突きを喰らわせる。
当然のことながら、鬼市君は勢いよく後ろに倒れ込んだ。
ふふん、良い様だぜ。
私は鬼市君を見下ろし勝者の笑みを見せるが、数秒後には完全に形勢が逆転する。
「いってぇーーー。
くっそ、この暴力女。
昨日は大人しい地味女だったのに、猫被ってやがったな。
フンッ、太郎が何処にいるか、頭の悪いあんたにも分かるように教えてやるよ。」
口調を荒らげた鬼市君は、自身の胸を指差しながら信じがたい事実を私に突きつけた。
「太郎は、俺なんだよ。
先生の愛しの太郎ちゃんは、鬼市稜汰、この俺様だ。」
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