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「な、なんじゃこりゃあーーっ!?」
私の目の前に広がる豪華絢爛な邸宅は、もはや城といった方がしっくりくる。
二メートル近い立派な門扉、緑が生い茂る自然豊かな庭の奥に、白を基調としたロココ調の洋館がそびえ立っている。
「此方で、間違い御座いません。」
使徒さんの返答通り、表札には‘園田’の文字が刻まれている。
えっ、何、園田さんって、めっちゃお金持ちの箱入りお嬢様なんですかいやー!?
うへーー、お金あり、ルックス良し、って天は二物を与えないって嘘やなーーいかーーい!?
鬼市君ったら、逆玉狙いなの!?あざとーす!
ふーーっ、興奮覚めあらぬ状態で、恐る恐る玄関チャイムのボタンに指を伸ばす。
いや、じっとしてても、現状打破することは出来ないから、行動するべし!
「はい、どちら様でしょうか。」
恐らく、使用人であろう年配の女性の、落ち着いた声が返される。
おお、すぎょい、現代社会にも使用人を雇っているお家があったのですね。
感心しながら返答を急ぐが、インターホン越しに甲高い声が聞こえてきた。
「ちょっとーーーっ!!
何で先生がいるのよ?
…まあ、良いわ。上がってらっしゃいよ。
丁度、私も困ってたところだし。」
園田嬢に促されるまま邸宅に足を踏み入れると、屋内は贅沢の限りを尽くした美しい装飾が施されていた。
最高級品と思われるふっかふかの赤絨毯に、眩い輝きを放つシャンデリア、おっと壁からは立派な鹿の角のオブジェが生えております。
うん、何て言うか…絵に描いたようなお金持ちのおうちだわ。
「やっと来たのね、先生。
相変わらずのろまね、だから、体育倉庫に閉じ込められるのよ。」
はあはあ、確かに私は愚図でのろまな女ですがね…ん?
何で、園田さんが私が倉庫に閉じ込められていたことを知ってるんだ!?
「クスッ、ほーんと、先生って鈍いのね。
どうして私が知ってるのか、まだ分からない?
私が指示して、あんたを閉じ込めさせたのよ。」
なんなんなんですと?
こ、この女、ロリッ子アイドルみたいな可愛い顔して、とんだ悪女だぜ。
うう、本当に世の中、顔と性格が一致しない奴がうようよ居るんだなぁ。
ふっ、神よ、貴様、ほんとふざけた性格してんな、おいゴラァッ。
「ちょっと、何フリーズしてるんだか知らないけど、あんたには重要任務があるんだからね。」
♪・♪・♪・♪・♪
「おーーい、鬼市君、扉開けてよ。
あなたの女神様がお迎えにまいりましたよぉ。」
私は、園田譲から鬼市君の救出任務を仰せ仕った。
鬼市君は、数十室はある豪邸の中の一室に籠城中とのことである。
園田譲の呼びかけに答えず、手を余していたようだ。
「……今、そこに、沙里佐は居ない?」
「ほいよ、今は、私と使徒さんだけですよ。」
勢いよく開かれた扉の中に、私は腕を引かれて強引に招き入れられた。
「で、どうして、先生がここに?」
「それは、ズバリ未成年者の不純異性交遊を防ぐ為だったんだけど…心配無用だったみたいね。」
私の目の前には、麗しの太郎ちゃん。
どうやら変身が解けてしまった様子。
まあ、こんな姿で行為に及ぶことは無いでしょう。
「…先生は、俺の顔なんて、もう見たくも無かったんだろ?
だから、迎えに来てくれなくても良かったのに、お人好しの馬鹿だね。」
「フッ、確かに、鬼市君を夜の街に放り出すような、無責任な人間は馬鹿よね。
健気に慣れない料理まで作ってくれていたのに、私って何にも気付かないでほんと馬鹿ね。」
ふいに、太郎ちゃんの小さな手が頬に触れる。
「…泣くなよ、先生。」
ありゃ、いつの間にか目から液体が零れてしまっていたのね。
あー、年取ると涙腺緩むわ、涙ダダ漏れで止まらないんですけど。
「先生は、何も悪くねーよ。
だから、お願い、泣かないでくれよ。」
太郎ちゃんの小さな体で、私を抱き寄せる。
「ううぅ、ずっ、ずずっ、ごめんね。
私、年上なのに、先生なのに、何にも鬼市君のこと分かってあげられなくて、自分の感情に任せて怒鳴りつけたりして…」
「もう、黙って」
太郎ちゃんの小さな唇が、私の頬に触れる。
頬から口元に徐々に近付くやさしいキスは、私を許してくれているようだった。
互いの唇が重なり合った時、鬼市君が何かを呟いたが、聞きそびれてしまった。
だけど、きっと、やさしくって愛しい幸せな言葉だと感じた。
♪・♪・♪・♪・♪
「稜汰ーーっ、もう、心配したんだからね!」
言葉と同時に、鬼市君に抱き付く園田さん。
おお、若い故に出来る技だわ。
「沙里佐、心配かけたな。
悪いけど、俺、もう帰るわ。」
「どーゆーこと!?
私、稜汰のためなら、何だってするわよ。
だから、そんな年増の女のところにいかないで。」
鬼市君を見上げる園田さんの瞳は、涙で潤んでいる。
ああ、流石、小悪魔女子は即席涙がお得意ですね。
「おい、そこで何をしている!!」
長過ぎる廊下に響き渡ったのは、渋い低音ボイス。
カツカツと鋭い足音で近付いて来るのは、白髪交じりの男性紳士。
オーダーメイドのスーツに身を包み、キリっと整った顔立ちであることから察するに、園田さんの父上でしょうが、何やら見覚えがあります、ね?
えーーと、私の記憶が確かなら、目の前に迫る男性は、現・内閣総理大臣ではありませんか!?
「こんな夜更けに男を連れ込むなんて、ふしだら極まりない。
母親の血を引く雌猫だけあって、男漁りに忙しいようだな。
まあ精々、避妊だけは抜かりなく行うように。
私の顔に泥を塗らないでくれよ、フッ。」
男は冷血な笑いとともに、踵を返そうとするが、それは私によって遮られた。
「ちょっと、待ってください。」
「何かな、お嬢さん?
私は忙しい身の上なので、手短にお願いするよ。」
振り返った男は口元に、冷ややかな笑みを浮かべている。
「ええ、分かりました。
では、手短に伝えさせて頂きます。」
言葉を区切って、私は大きく息を吸い込む。
「てめぇぇえーは、それでも父親かぁあああっ!!!!
内閣総理大臣だか何だか知らないけど、あんたは最っ低のクズ人間だっ!!」
パッチーーーーン
私の平手打ちが、我が国の宰相の横顔にヒット!
気持ち良い音が鳴り響く。
「園田さん、こっちに来なさい!
こんな外面だけ綺麗に塗り固めたところじゃあ、貴女の精神衛生に悪影響をもたらすわ。」
呆気に取られていた園田さんのか細い腕を掴む。
「おい、そこの糞総理大臣!!
あんたの娘は私が責任持って預かるから、二度と顔を見せんじゃねぇぞ。」
ド派手な捨て台詞とともに、私たちは豪邸から足早に立ち去った。
勢い余り言ってしまったことだが、女に二言はないぜ。
右手に美少女(園田さん)、左手に美少年(鬼市君)、美しいは正義である。
二人のことは、私が必ず守ってあげるからね。
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