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「はぁぁぁーーーーっ。」
目の前には、溢れんばかりにフルーツが盛り付けられた、老舗果物屋の一番人気パフェ。
いつもの私なら、運ばれてくると同時に口一杯に頬張るのだが、今日は好物を前にしても溜め息を繰り返していた。
これは、自己嫌悪の溜め息。
昨日は大人気ない八つ当たりで、鬼市君を夜の街に追い出してしまった。
鬼市君が悪いわけじゃない。
私の行動は、思い通りにならないと駄々をこねる、
幼子と変わりない。
「ちょっと、何、辛気臭い顔してんのよ。」
テーブルの向かいに座った百合子は、優雅にストレート・ティーを啜る。
彼女は、肩までかかる髪を緩く巻いており、薄めの愛されメイク、華奢なアクセサリーに加え、ピンクを基調としたネイルアートと、女子力の塊のような女だ。
「…百合子、私って、ほんとダメな人間だよね。」
「なーに、言ってんのよ!
あんたが駄目ダメなのは、今に始まったことじゃないでしょ。
どうして落ち込んでるのかは知らないけど、いつまでもブスったれてんじゃないわよ。
嫌なこともすぐに忘れる、単細胞ポジティブなところが、君代の唯一の長所なんだからね。」
百合子の毒舌が、心地良いなんて私も重症ね。
だけど、そうね。いつまでも、くよくよしてても仕方ないし…取り敢えずは、目の前の魅力的な高カロリー食物を戴きましょう。
「ねえ、百合子。
まだ買い物、続けるの?」
「当たり前でしょ!
さっきのパフェは奢ってやったんだから、シャキシャキ付いてきなさい!」
ううぅ、足が痛いよぉ。
朝っぱらから百合子に連れ回されて、疲労はピークに達していた。
10センチ近いピンヒールを履いているにも関わらず、百合子はピンピン元気な状態だ。
百合子の後を必死に追い掛ける私は、ハッキリ言って、人混み・買い物・行列が苦手なのです。
だから、女子が喜ぶようなスポットは、苦痛でしかない。
そんな所を今朝から歩き回って、私のHPは限界値に近い。
そんな私とは対照的に、百合子は気合い十分な様子で声をあげた。
「よーっし、ラストスパートよ!!
君代を必ず素敵なレディに仕上げて、見下してきた奴等を見返すの。
目指すは、‘色気と隙の絶妙バランス、隣の綺麗なお姉さん’よ。フッフッフ。」
ああー、そんな瞳を爛々とさせて、お手柔らかにお願いします。
私、マジで瀕死ですから。
そんな願いが聞き入れられるはずもなく、両手いっぱいの買い物袋とともに帰宅したのは、夜の9時過ぎだった。
当たり前だが、ここに鬼市君はいない。
そんなに広くない自室は一人少ないだけでも、どこか寂しい感じがした。
「お帰りなさいませ、緑川様。」
「えっ、使徒さん!?
鬼市君と一緒に出て行ったんじゃなかったの?」
「えっと…鬼市様と喧嘩でもなさったのですか?」
私の問いに質問で返す使徒さん。
一体、どういうことですかいな?
詳しく事情を尋ねると、神様からの召集で使徒さんは昨日から天上界に行ってたんそうで、昨夜の出来事は何も知らなかった。
「それで、鬼市様は出て行かれたのですね。
そうですか……」
昨夜の起きたことを伝えると、使徒さんはそう言って暫し黙り込んでしまった。
やっぱり、私のこと人でなしの女だとか思っているのかしら。
「緑川様がお怒りになる気持ちは理解できます。
突然、理不尽な条件を突き付けられても、緑川様は今まで愚痴も言わずに付き合って下さいました。」
いえ、私、愚痴は心の中で数千回繰り返してきましたわよ。
「鬼市様は、礼儀知らずで…すぐに性的な思考に傾いてしまう、少し残念なお方でございます。
しかしながら、今回の件につきましては、私は鬼市様を擁護致します。」
はい、ええ、やはり私が悪いですよね。
「鬼市様が緑川様を危機から救えなかったことは、私にも責任がございます。
緑川様の危機を察知し、鬼市様に伝えることが出来なかったのですから。」
いえ、そんな、勝手に喚き散らした私が、全部悪いんですよ。
「ですが、鬼市様は態度では分かり辛くとも、緑川様のことを大切に想っておられます。
そちらのお鍋に作られた料理、緑川様はご覧になりましたか?」
私は昨夜から台所に立っていなかったので、初めてその存在に気付く。
恐る恐るフタを開けてみると、カレーらしき物体が確認できた。
いやー、確かにカレーの匂いはするんですが、どうしてそんな色になったと言いたくなるような不思議な色のルーに、野菜本来の形を活かした野性味溢れる具材が浮かんでいるのです。
「それは、鬼市様が緑川様のためを想って作られたものです。
味は…中々恐ろしそうですが、鬼市様が初めて作られた手料理ですので、愛情はたっぷりでございます。」
スプーンですくった鬼市作のカレーを、迷いもなく口に運ぶ私。
うう、ぐぅう、うっ、涙が流れる。
だって、想像を絶する不味さだったのですよ。
こ、この世のものとは思えない…。
しかし、吐き出すのを我慢して、一気に水で流し込む。
「み、緑川様、大丈夫ですか?」
「…大丈夫じゃない。
けど、そんなこと言ってる場合じゃないよね。
私、鬼市君にちゃんと謝らないと。
使徒さん、鬼市君の居場所、分かるかな?」
「ええ、少々お待ち下さい。」
使徒さんの声には、少しばかり喜びの色が窺える。
1分も経たない内に、使徒さんが鬼市君の現在置を番地まで突き止めてくれた。
「ありがとう、使徒さん。
因みに、この住所って恐らく一軒家だけど、誰が家主か分かるかしら?」
「ええ、こちらは園田様のご自宅です。
先日、緑川様も学校でお会いになられた、園田沙里佐様ですね。」
な、ん、だ、とぅぅぉぉぉおーーーーっ!!!
えっ、何、鬼市君、こんな夜中に、あのロリ顔巨乳美少女といるんですってぇぇぇーーっ!!!
もし、万が一にも、億が一にも、園田さんの親が不在で、性に興味津々な高校生の男女がひとつ屋根の下にいるとしたら………
鬼市君がヒャーハーしちゃってる確率、高いっていうか確実で、す、よ、ね………
Nooooーーーっ!!!
不純異性交遊、絶対反対!
君代は最悪の事態を想像し、焦りや興奮やらが入り交じった複雑な表情で、夜の街に駆け出した。
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