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月夜の女神、真昼の彼女  作者: 紀崎 廉
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16

 

 密室に閉じ込められた男女が、互いの肌を擦り合わせて暖を取る。

 少女漫画の鉄板シチュですよね。



 だけど、ヒロインである私はほぼ裸であるにも関わらず、女一人ってどういうこっちゃねん!?

 おいこら、私にも、早急に見目麗しい裸体男子を寄越せ。

 マジ、肉体的にも精神的にも、追い込まれております。




 ガチガチガチチッガチッガチチガチガチ

 さっきから、寒さの余り歯のガチガチが止まらないんですが。

 BKJK(バカ女子高生)に閉じ込められてから、二時間以上が経過していた。

 いくら五月だといっても、夜は冷えるんですよ、かなりね。


 ああ、最近ピンチに見舞われることが多いなぁ。

 谷村君に拘束されてた時には、鬼市君が助けに来てくれたんだっけ。

 今回も、助けに来てくれないかなぁ、鬼市君。

 はっ、そーだそーだ、私には如月さんがいるんだった。

 もー、如月さんを差し置いて鬼市君の顔が浮かぶなんて、どうかしてるわねっ!


 それにしても、全身が凍えるように寒い。

 生命の危機を感じた私は、気を紛らわせるために我が身の理不尽さに憤慨し始めた。

 何故だ、なぜ、ヒロインである私がこんな仕打ちに。

 あんのクソ女子高生ども、去り際にも余計なひと言を残していったよな。

「まな板・ペチャパイ・ビッチ先生、達者でねぇ~!!」とか、ほざいてたよな。

 ふぅぅーーっ、Aカップの、貧乳の、何が悪いってんだ、コノヤロォーーッ!!

 ‘貧しい乳’と書いて、貧乳……申し訳程度の膨らみでもな、おっぱいなんだよぉお!



 ガタガタッガタンッ



 私が頭の中でおっぱい理論を白熱させていると、乱暴に扉を開こうとする音が耳に入る。

 思わず身構える私であったが、開かれた扉の向こうにいる人影を確認すると安堵した。


「如月さんっ!!」「君代ちゃん!!」


 安心しきって如月さんに駆け寄り、抱きつくこと約1分間。

 人肌の温もりが、冷え切った体に心地良い。


「…あの、さ、君代ちゃん。

 そろそろ、離れてくれないと僕の理性が。」




 言い辛そうに話す如月さんに、ふと我に返る。

 やっっっっべぇえーーーーーっ、私、今、下着姿じゃん。

 無駄毛処理っていつしたっけー、うーん、これは、マジでマジのマジで相当恥ずかちい。

 うん、こういう時は、気を失うに限るよね。

 っということで、私の意識は遠退いていきました。


 ♪・♪・♪・♪・♪


「あ、気付いた?」


 私が目覚めた場所は、自室のベッドだった。

 目の前にいるのは、腐れ縁の親友・一条百合子。


「あんた、何で、ここに?」


「失礼な女ねぇ。

 私は如月さんに頼まれて来たのに、何よ、その言いぐさは。」


 百合子の説明によると、こうだ。

 半裸状態の私を持て余した如月さんに呼び出され、着衣を整えて私の様子を見守っていたそうだ。

 ああ、事態を思い出して、赤面する私。


「それはそれは、ご迷惑をお掛けしました。」


「ちょっと、気持ちが込もってないんだけど。

 まぁ、いいわ。それより、あんた、女として終わってるわよ。

 無駄毛の処理は甘いし、上下バラバラの下着なんて、何考えてんの?」


「うう、だって、忙しかったんだもん。」


「はぁあ?何、甘ったれたこと言ってんの?

 そんなんじゃあ、如月さんも幻滅するわよ。

 いや、むしろ、もう萎えてるか。」


「ちょ、失礼な。

 萎えるだなんて…ちゃ、ちゃんと勃ってたもん。」


 そう、下着姿であることを忘れて抱き合っていた時、得体の知れない固い物体がお尻に当たってたんですよ。


「へぇーー、如月さんって珍味好きなのね。」


 おい、珍味ってなんだよ。わしゃ、お買い得おつまみかい!




「あんたね、もっと危機感持ちなさいよ。

 今回の事件だってね、あんたが魅力的な女だったら最悪の事態は免れたのよ。

 要するに、やっかみ女どもを黙らせるには、君代が文句の付けどころのないイイ女になってやれば良いのよ!」


 ほげーー、百合子の力説に圧倒される。


「言ってる傍から、阿呆面見せるんじゃないわよ。

 もう、こうなったら、私が責任持って、とびきりの美女に変身させてあげるわ。

 覚悟をなさい、き・み・よ?」


 はぇえ、MAZIッスか!?


「じゃあ、美少年君、週末は君代のこと借りるからね~。

 おやすみ、チュッ。」


 あ、こんにゃろ、どさくさ紛れに、太郎ちゃんにキスしてじゃねーよ。

 おいおい、太郎ちゃんもまんざらじゃない顔してるし。

 どうやら、鬼市君は学校から直帰して太郎ちゃんの姿に戻ったようだ。




「百合子みたいなのが、タイプなの?」


 百合子が去った後、私は顔を伏せながら太郎ちゃんに質問する。


「え、うーーん、まあ、百合子さんって可愛いよね。

 色気もあるし。」


「…じゃあ、どうして、可愛げもなく色気もない私が、鬼市君の‘運命の女神’なのよ。」


 太郎ちゃんは面食らった顔をしている。


「鬼市君は、私が可愛げのない貧乳女だから、探してくれなかったの?

 私が帰ってこなくても、心配してくれなかったの?

 私って、鬼市君の何なの?」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。

 頭で考えるよりも先に、口が開いていた。

 感情が追いつくより先に、涙が流れていた。




 渦巻く嫌な感情に任せて、私は太郎ちゃんに強引な口づけを落とす。

 鬼市君の姿に戻っても、お構いなしに何度も何度も唇を交わす。

 その行動には、愛なんてない。

 何度も歯がぶつかり、唇も切れてしまった。

 鉄分の味がする、苦く無機質なキス。


「これで、二日間ぐらいは大丈夫よね。

 悪いんだけど、週末はここに帰って来ないで。

 気持ちの整理をつけさせて欲しいの。」


 鬼市君は何か言いたげな口を歪ませ、結局は言葉を発することなく家を出て行った。

 私は、自分でも自分が分からない。

 どうしてこんなに胸が苦しいのか。


 私は、期待してたのだ。

 谷村君に襲われかけた時のように、鬼市君が颯爽と助けに来てくれることを。

 理不尽だと言いながらも儀式を繰り返していたのは、あの子に必要とされることが苦痛じゃなかったから。

 如月さんよりも先に鬼市君の顔が思い浮かんだのに、あの子は私を探してくれなかった。




 この醜い感情は、何?


 私は、鬼市君に何を求めているの?


 ねえ、神様、“運命の女神”って、一体何なの?



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