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月夜の女神、真昼の彼女  作者: 紀崎 廉
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久しぶりに使徒が登場します。

一瞬だけどね。

 恋する乙女には、絶対見られたくない姿がある。



 今日、緑川君代は、目の前にいる好きな人に外れた顎を直してもらいました。

 朝から、どんな罰ゲーム?羞恥プレイさ?

 もういっそのこと、今日は私と如月さんの‘顎記念日’にしちゃう!?


 テンパりまくりの私などお構いなしに、職員室では如月さんフィーバーが巻き起こっていた。

 女性教諭だけでなく、一部の男性教師まで目をハートにして色めき立っている。

 性別の壁を越えて人を魅了する、如月フェロモン、恐るべし。


「河北先生も、どうぞ宜しくお願いします。」


 他の先生方に一通り挨拶を終えた如月さんが、こちらに近付きながら爽やかな笑みを見せる。


「はい、こちらこそ宜しくお願いしますね。」


 おお、流石、マイペース男・河北先生。

 如月フェロモンにも、動じる様子を見せません。

 その時、ふと私の頭に疑問が浮かんだ。

 あれ、何で如月さんが河北先生の名前を知っているんだろう?

 二人とも初対面のはずだよね???


 ああーーっ、でも、それより、どうして如月さんがここの先生になってるの?

 そっちの方が、大問題だわっ!?

 慌てふためき始める私であったが、始業のチャイムとともに後ろ髪を引かれる思いで、教室に向かうことになった。




 休み時間になると、私はもうダッシュで鬼市君の元へと駆け出した。

 如月さんに気を取られて忘れていたが、今日は校内で鬼市君が太郎ちゃんの姿に戻ってしまう可能性が高い。

 だって、昨夜私から交わしたキスは、鬼市君のねちっこい口づけとは比べ物にならない程、軽く時間の短いものだったから。


「鬼市君っ!」


 教室のドアを勢いよく開けるが、鬼市君の姿は見当たらない。


「どうなさったんですか、緑川先生。」


「あら、谷村君。ちょっと、鬼市君を探しているんだけど、何処にいるのか知らないかしら?」


「鬼市君なら、北館の方へ歩いて行きましたが。

 あっ、緑川先生、待って下さい。

 とっておきの茶葉が手に入ったので、先生にもお裾分けしますね。」


 差し出された小袋には、細い赤のリボンが掛けられている。

 あららん、谷村君ったら、女子力高いわ。

 って、感心している場合ではなく、鬼市君の元に直行せねば。

 北館ならば、前回も変身が解けてしまった、3階の男子トイレが怪しいと睨んだ私の勘は当たった。




「たっ、太郎ちゃん!!」


 いやーん、男子トイレに佇む太郎ちゃんは、ぴちぴちのお肌が80%以上剥き出しよん。

 出血多量死級のサービスショットですね。

 ややっ!?今、太郎ちゃん、後ろに何か隠しましたね。

 私は腕を伸ばして、無理やりブツを奪い取る。


 しまったと青ざめる太郎ちゃん、わなわなと怒りに震える私。


「鬼市君、あなた未成年の分際で、煙草なんか吸ってるの!?」


「いや、あの…ほら、僕は太郎ちゃんだよ?」


 むはーん、潤んだ瞳に震える声、ヤバカワユす。

 だけどな、ぶりっこしても騙されないゾ。


「まあ、叱るのは自宅に帰ってからにしましょう。

 取り敢えず、これに着替えて。」




「あの、さ…こんなの絶対変だよ。」


「そんなことは、ありません!!

 ねぇ、使徒さん。」


「ええ、善くお似合いですよ。太郎様。」


 着替えを済ませた太郎ちゃんは、純白のワンピース姿。

 何でそんなもん、持っていたのかって?

 この前、実家に戻った時に、私が昔着ていた洋服を持ち帰ったからよ。


 むっはっははぁーーんっ

 それにしても、美少年の女装はそそられますね。

 じゅるるるっ、いかんいかん、涎が…

 こほん、気を取り直してっと。


「不満があるなら、鬼市君のぶかぶかの制服で帰っても良いのよ?」


 黙り込む太郎ちゃんに、私は勝利を確信。

 裏門から太郎ちゃんを帰らせて、私はお仕事に戻ります。

 ボディーガードとして、使徒さんにも一緒に帰ってもらったので、太郎ちゃんの貞操は安全ですよ。



 ♪・♪・♪・♪・♪



「緑川先生、帰りましょうか。」


 えっ、今、如月さん、私のこと‘君代ちゃん’じゃなくて‘緑川先生’とお呼びになりました?

 職場恋愛感、ハンパねぇーーっ!!

 やべぇ、憧れのシチュエーションだぜ。


「あ、まだ、仕事が残ってたかな?」


「いえいえいえ、丁度終わったところです。」


 ほんと、見計らったかのように、今しがた仕事が片付いたところなのです。

 如月さんったら、エスパーかしら?




 如月さんが運転する車の助手席で、私は窓の外の夕日を眺めながら口を開いた。


「…如月さんが同じ学校の先生になるだなんて、本当に驚きました。

 どうせ父が、如月さんに無理を言ったのでしょう?」


「いや、違うよ。

 僕が、自分の意思で決めたことだよ。」


「ええっ!?どうして……」


「君代ちゃんが、とても魅力的な女性だからだよ。」


 んっ?理由になっておりませんが。


「今まで僕が君代ちゃんに会えるのは、プライベートでの限られた時間だけだった。

 僕には、君代ちゃんを拘束する権利なんてないと、分かってたんだけど…」


 だけど、何ですかいな?

 っていうか、如月さんになら、拘束して欲しいぐらいですが。拘束・束縛・監禁、ウェルカムです。


「僕の知らないところで、君代ちゃんが他の男たちに囲まれていることに、耐えられなくなったんだ。

僕は、君代ちゃんを独占したいと思っている。

 君代ちゃんを、ずっと見つめていたいんだ。」


 えお、えおあえあは、うっはぁーーっ!!

 ちょ、ちょ、頭がパニック起こしてます。




「君代ちゃん?到着したよ。」


 私は瞬時に、緩みきった表情筋を引き締める。

 いつもなら、マンションの玄関口でお別れするのだが、如月さんはエレベーターに一緒に乗り込んできた。


「…そう言えば、昨日如月さんが帰ってから、太郎ちゃんの様子が変だったんですよ。」


「それは多分、僕が釘を指したからだよ。」


 はい?釘って??

 色々と疑問が残ったまま、目的の階に到着すると、ヒラメがドアの前に立っていた。




「如月さん、これが部屋の鍵ッス。

 じゃあ、お嬢のこと頼みますね。」


「ああ、急なことで悪いな。」


「とんでもないッス。

 ここよりも随分と良い住まいを紹介してもらって、感謝したいと思っていたんスよ。」


 んーとね、何だか、話が見えてこないんですが。


「ヒラメ、私にも分かるように説明してくれる?」


「あー、えっと…今朝、俺は荷造りしてたッスよね。」


 はいよ、そんで、どうした?


「それはですね、如月さんに部屋を受け渡すためだったんスよ。」




 な、ん、で、す、と!?!?


「え、如月さん、私にも理解できるように、説明して頂けますか?」


「今日から僕は、君代ちゃんの同僚兼、隣人になるんだよ。」


 MAZIDESUKA!!!





「君代ちゃんをずっと見つめていたいって、言ったでしょ?」





 キラースマイル全快で、爆弾発言をぶちまける如月さんに、私の視界は漆黒に染まっていくのであった。



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