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「突撃、隣の晩御飯!なんちって、来ちゃったよぉーん。きゃはっ。」
ああ、ダメだ、彼女はアルコール過剰摂取者だ。
理性も知性も残されていない、哀れな女よ。
こんな奴が、十年来の親友だなんて、悲しい現実だ。
「あっれれー、そちらのイケメンはもしや、如月さんではありませんか?
きゃーーん、お久しぶりですぅ、百合子感激ぃ!!」
「はい、御無沙汰しております。
私も、一条さんにお会いできて光栄ですよ。」
ううぅ、如月さんの対応力が憎い。
あやつは、もっと雑な扱いが相応しい人間なんですよ。
「おりょりょりょりょー、何、この子、超絶可愛いいんですけど!
はっ、まさか、君代の隠し子じゃないでしょうね!?
いやーー、処女でも妊娠出産できるなんて、私、知らなかったわ!
もしかして、君代ってビックリ人間大賞に出れるんじゃな…」
ビシィッ…百合子の首筋に鋭く降り下ろされた、私の空手チョップで彼女は気を失う。
うん、酔っ払いは黙らせるに限るね。
脱力した女は異常に重いため、如月さんに百合子を室内まで運んでもらう。
ちくしょーっ、お姫様抱っこなんて、羨ましすぎるぜ。
「…如月さん、お茶が入りました。」
うう、恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、まともに顔を見れないぜ。
「ありがとう、君代ちゃん。ところで…」
ぐぅぎゅるるるぅううううっ
んぎゃあっ!?
何、今の、私のお腹から聞こえなかった?
太郎ちゃんもビックリ眼で、こっちを見てるしこれは間違いなく私な感じ…うわわわわわわわわわわわ、夕飯を食いっぱぐれたからって言っても、乙女にあるまじき腹の音。
「君代ちゃん、少しキッチンを使わせて貰うね。」
何事も無かったかのように、如月さんは台所で無駄な所作なく料理する。
ああああ、居たたまれない、うう、泡となって消えてしまいたいっす。
「はい、完成したよ。」
テーブルの上に並べられた食事は、冷蔵庫の余り物から作ったとは思えない出来栄え。
アスパラと鶏肉のパスタに、コーンが散りばめられたズッキーニとプチトマトのサラダ、オニオン入りのコンソメスープ、デザートにはカラメルソースの掛かったプリンまで用意されている。
「ううーん、良い匂いがするぅっ!」
「こ、これ、僕も食べていい?」
眠っていたはずの百合子と、無関心を決め込んでいた太郎ちゃんが、ハイエナの如く食卓に集まる。
「はい。人数分用意しましたので、どうぞ召し上がってください。」
凄い勢いで食べ始める二人に対し、おずおずと食事を口に運ぶ私。
「美味しい?」
「…はい、すごく美味しいです。」
如月さんの料理の腕前は、プロ級なのです。
本当、隙のない男だなぁ、如月さんは。
「如月さぁん、私と一緒に乾杯しましょー!」
あ、いかん。
この女、また酒を浴びてやがる。
失恋の度に酒に溺れる癖は、マジで何とかして欲しい。
だが、百合子よ、残念だったな。
如月さんは車で来てるんだから、お酒なんて飲むわけな…いはずでしょおおおーーーっ!?
「一条さんを慰めるためには、少しぐらいお酒に付き合わないとね。」
「流石、如月さんねっ。君代なんてダメだわー、ほんと役に立たないもん。
なんてったって、あんたには恋愛経験が皆無だもんねーー。
あ、もしかして、私より君代の方が慰めが必要かしらん?」
おんどれはー、酔っ払いは何言っても許されると思っているのか。
「君代ちゃんは、明日も仕事で早いでしょ。
だから、ここは僕に任せて先に休んでよ。」
優しすぎる如月さんの言葉に甘えて、お客さま用の布団を敷き詰めてから、太郎ちゃんとベッドに入った。
私は敷き布団で眠るつもりだったんだけど、如月さんに断固としてベッドで休むようにと言われましたの。
ううぅ、如月さんの優しさに涙ちょちょぎれちゃうじょ。わぁーーん。
「先生、起きて。」
太郎ちゃんに揺さぶり起こされたのは、百合子たちも寝静まった真夜中であル。
「ほら、月が出てる間に、早くチューしなきゃ。」
「はぁ?何、言ってんの。
今日は、如月さんと百合子も居るんだから、無理よ。諦めなさい。」
太郎ちゃんが無言で取り出したのは、二人の約束が書かれた用紙。
『鬼市稜汰は、如何なる理由があろうが、例え這い出てでも、学校に登校すべし』
「この契約書によれば、俺は明日も登校する必要があると思うんだけど。」
うう、素直に従うのは癪だけど…
「分かったわよ。キスすれば良いんでしょ。
それより、元の姿に戻ったらこの部屋には居られないわよ。
ちゃんと、行くあてでもあるの?」
「心配無用、一晩くらい自力で何とかするよ。
じゃあ、交渉成立ということで。」
言い終えると同時に、太郎ちゃんの唇が私のものに被せられる。
骨が軋む音を立てて、太郎ちゃんは元の姿に戻るのであったが、暫し熱い口づけが交わされる。
「…ぷはっ、はぁはぁ、ちょっと鬼市君、がっつき過ぎなんですけど。」
「ごめんごめん。でも、先生だって、可愛い声で俺を煽るから。
そんなに気持ちよかったの?」
きぃゃぁぁあああーーー、耳元に息を吹きかけないでぇええ。
もう、私、耳が弱いんだから。
「じゃあ、先生、また明日学校でね。」
「はいはい、遅刻するんじゃないわよ。
もし補導された時には、学校名をバラすんじゃないわよ。」
「ははっ、何だよそれ。
大丈夫だよ、俺はそんなヘマしないから。じゃーね。」
鬼市君は悪戯っ子のような笑みで、私の心拍数を異常に上げたまま、闇夜に去って行った。
♪・♪・♪・♪・♪
「緑川先生、お疲れ様でした。」
「お疲れ様です、お先に失礼します、河北先生。」
今朝は、百合子も冷静さを取り戻しており、各々の勤め先へと出勤し、いつもと変わらぬ一日を過ごしていた。勿論、鬼市君も約束通り、遅刻せずに学校に登校してきた。
「…遅い。」
「ごめんってば、鬼市君、機嫌直して。」
職員室の前で待たせていた鬼市君は、ほっぺを膨らませていじけてる。
別に普段から一緒に下校しているわけじゃないんだけど、今日はスーパーの特売日だから人数が多い方が良いのよ。
二人で並んで校門に向かうが、何やら人だかりで前に進めない。
無理やり割り込んで外に出ようとしたところ、何やら見覚えある人物がいるのですが…
「君代ちゃん。」
キラッキラの笑顔で駆け寄るのは、私の絶対的王子・如月さんであった。
「げっ、またアイツかよ。」
露骨に嫌な顔をした鬼市君が、小声でぼやく。
「如月さん、一体どうしたんですか?」
「えっ、何、この超絶イケメン、緑川先生の知り合いーー!?」
「ええぇーー、ありえなくね。マジ釣り合え取れてない。ウケるんですけどぉ。」
「緑川って、独身子持ちのイタイ女のくせにやるねぇー。さすが、ビッチ先生だね!」
おい、三人目の奴、悪意しか感じないぞ。
はーーーっ、女子高生の諸君、もっと品位を持ちたまえ。
「君代ちゃんは、僕の大切な婚約者だ。
だから、彼女を傷付けるような発言は止めてくれ。」
きゃぁあああーーーっ!!
ごぎゃぁああーーーーっ!!
ぷっしゃあーーーーーっ!!
おお、女子高生たちがオノマトペを駆使して、有り得ない悲鳴を挙げているぞよ。
あと、明らかに殺意ある視線が、私の身体中に突き刺さっているんですが。
如月さんはスマートに私の手を取り、抱き寄せてくれたんですが…どうよ、この状況。
私は、今日、女子生徒を全員、敵に回してしまったようです。
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