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A-004 出会い

A-004 出会い


 国境都市レインフォード、四方を自然に囲まれたルミナス王国東端の都市である。

 北部には神域の森を挟んでイルド共和国の領土が広がっており、東部はサイストの森とアパノ山地を隔てた先にカーマイン連合が、そして南部のグレイス帝国との間には大陸を二分するセント山脈が横たわっている。

 土壌の豊かな草原の中央に作られたこの街は気候にも恵まれ、農地、山林、鉱山と都市単体でみれば非常に優秀な環境が整っているが、これらの利点を打ち消して余りあるのがその立地条件の悪さであった。

 複数の国と接しているとはいえ、厳しい自然に阻まれた国境の通過は容易ではない。

 消去法的に最も行き来のしやすいルミナス王国の領土となってはいたが、それも多少はマシといった程度でレインフォードへ辿り着くには広大な荒野を抜ける必要があった。

 実際のところレインフォードとは陸の孤島であり、国家の権力が届かないがゆえに納税以外に関しては半ば独立したに等しい自治権が認められた特殊な都市なのである。

 よって、レインフォードを訪れるのは手付かずの希少資源を目当てに一攫千金を夢見る冒険者を除くと、亡命者や犯罪者など何かわけありの人間くらいなわけで、当然のことながら街の出入りには厳しい監視体制が敷かれていた。

 流渡は不本意ながら後者に該当するため、そのまま街へ向かっていれば少々ややこしい展開になると予想されたのだが、幸か不幸か、途中で思わぬ事態に遭遇していた。


「やめてください!」


 静寂に包まれたレインフォードの草原に突如として悲鳴が響く。

 声の主は刃物を手にした数人の男に囲まれ、縄で縛り上げられようとしていた。

 盗賊と襲われた被害者。周辺の治安情勢を流渡はなんとなくだが察する。

 流渡も神域の森の中であればこの状況を解決することができたのかもしれない。

 だが、草原では魔力が少ないために十分な威力の魔法を放つことはできず、かといって流渡には武術の心得があるわけでもなかった。

 仮に第三者がここに居合わせたとしても、果たして被害者を助けようと行動を起こせる人物はどれだけいて、さらにそれが救出を成功させるだけの実力を伴った者である確率はどれほどのものであるのか。

 すなわち、大多数の人にとって最適な選択肢は自分の身の安全を確保することであり、余程実力に自信ががない限りは無闇な行動は起こさないのが正解なのである。

 しかしそれでも、どれだけ勝率が低かったとしてもだ。流渡には行動を起こさなければならない決定的な理由が存在していた。

 可能性はゼロではない。

 異世界転移の経験者としては信ずるに値する言葉である。

 流渡は震える体に鞭を打ち、口を開いて力の限り叫んだ。


「誰か……、誰か助けて!」


 ――そう、残念なことに襲われているのは流渡本人なのであった。




 ◆ ◆ ◆




 始まりは今から数分ほど前のことだ。

 レインフォードへと向かっていた流渡はいきなり背後から声をかけられたのである。

 いわゆる冒険者というやつなのだろう。

 流渡が振り返ると動きやすそうな装備で身を固めた数人の男の姿があった。

 友好的な顔をみせつつも初対面の相手を警戒しているのか、極めて自然な仕草で携えた武器に手をかけながら流渡に近づいていく。


「こんにちは、何か用ですか?」


 異世界流れ着いてから数日、人間との久しぶりの出会いに安堵する流渡。

 森の中ではエクレールと暮らしていたものの、種族が違えば生活様式も異なる。

 協力関係という意味からも、同族というのはそれだけで心強い味方となるのだ。

 しかし、必要とする資源を同じくするという点は争いのもとにもなり得る。

 例えばの話、精霊は食料を必要としないのだが人間はそうはいかない。

 食事が一人分しかなかった場合、精霊と人間が一人ずつなら何の問題にもならないが、人間が二人だったらどうなるだろうか。


「あぁ、ちょっと金目のものを全てここに置いていってもらおうと思ってな」


 無防備に発せられた流渡の問いに対し、男はナイフを抜きながら答えを返した。

 人間の欲はとどまることを知らない。

 中には彼らのように他人から奪ってでも私財を蓄えようとする者も出てくる。

 要するに、流渡が出会ったのは盗賊の類なのであった。


「おとなしくしてりゃ命だけは助けてやらないこともないぜ?」


 どうやら、盗賊たちにも積極的に命を奪うつもりはないようだった。

 これはレインフォードが慢性的な人材不足に悩まされているためで、大事でもない限り街の外へと戦力を回す余裕がないことを知っての行動なのである。

 したがって、盗賊たちには殺人を犯す気など始めからなかったわけだが、流渡がそれを知っているはずもなく、この状況では黙って彼らの指示に従うしかなかった。


「……あの、金目のものといっても見ての通り手ぶらなんですけど」


 ただ、流渡も遭難している身である。

 さすがに、無い袖は振れない。


「あぁ?」

「ひぃ!?」


 けれど、流渡の言葉がそのまま信じてもらえるはずもなかった。

 盗賊の男は表情と声色を一変させ、流渡の首元へとナイフを突きつける。


「そんなわけねぇだろ? その服はどう見ても高価な代物だろうが!」


 荷物を運ぶ途中の商人ならともかく、何故自分が襲われたのか疑問に思っていた流渡もこう言われてしまっては納得せざるを得ない。

 この世界の技術水準が不明だということをすっかり忘れていたのだ。

 流渡が着ているのは何の変哲もない学校の制服なのだが、大量生産されたこの生地も、機械で加工された精密な縫い目と相まってかなりの高級品に見えるのかもしれない。


「ごめんなさいっ、本当に何も持ってないんです!」


 迫力に押されてつい謝ってしまった流渡だが、別に嘘をついているわけではない。

 盗賊たちにしてみれば期待はずれもいいところだった。


「おい、調べてみろ」


 先程から話を進めていたリーダーらしき男が指示を出すと、控えていた仲間の何人かが流渡に近づき、体のあちこちを探り始める。


「アニキ、こいつほんとになにも持ってないですぜ」

「ちっ、当てが外れたか」

「この服だけでもいただいていきやしょうか」

「そうだな……いや、まてよ?」

「どうしたんすか?」

「その服はどうみても平民には手が出せない代物だ。そうなると当然、そいつは貴族ってことになるよな?」

「そうっすね」

「考えてもみろ。貴族の坊ちゃんが一人の護衛もつれずに歩いているなんてどう考えてもおかしい。おまけに持ち物までないときた。こいつは何か事情があるに違いねぇ」

「たしかに!」

「話し方も少しおかしいしな。外国の人間か?」

「こんな田舎までご苦労なことっすね」

「俺が思うに家出か、もしくは家を追い出されたのかもしれん。そうだろ?」

「まぁ、そんな感じですけど」


 流渡が追い出されたのは家ではなく世界なのだが、大筋では正解であった。

 先ほどまで険しい顔をしていた盗賊の男は、今や邪悪な笑みを浮かべている。

 嫌な予感が流渡の脳裏をよぎる。

 金持ちの子供と盗賊、二つの単語からは身代金目的の誘拐しか連想できない。


「やっぱりな」

「さっすがアニキ! 俺達とは頭の回転が違うぜ」


 追い詰められた流渡は、実家が物理的に到達不可能なほど離れていることにした。

 いや、何も間違ってはいないのだが。

 異国の人間だと思われていることを利用し、出身を伏せたままで適当な家名を挙げれば人質としての価値はなくなるはずだ。


「実はアーティファクトの事故に巻き込まれてしまいまして、ここがどこかもわからない状態なんですよ。今後の生活にも困る有様ですし、服は差し上げるのでこのまま見逃してもらえると嬉しいのですが……」


 出会い頭に切りかかってこないあたり、彼らはことが大きくなるのを嫌っているのだと流渡はすでに推測していた。

 なので、利用価値がなくなった人間を手にかけることはないはずだと高を括っていたのだが、盗賊たちの思考はさらにその上を、この世界の常識自体が流渡の想定を軽く超えていたのである。


「まてまて、まだ用は終わってないぜ。そうなるとだ、ここでおまえが行方不明になったとしても誰も探しにくることはないってわけだな?」

「はい?」

「殺人や誘拐は騒ぎが大きくなるから普段は避けてるんだが、事件に気づく奴がいないとなれば話は別さ。おまえはそれなりに見た目もいいし、その手の趣味のやつに高く売れるかもしれん」


 恐らく、この世界では奴隷制度に近いものが未だに残っているのだろう。

 存在している時点で有用。人身売買となれば最早打つ手はなかった。

 追い詰められた流渡のとった行動は単純明快、逃走を図ることにしたのである。


「捕まえろ」

「ちょ、やめ……、やめてください!」


 かくして流渡は現在の状況に至ったというわけだ。


「誰か……、誰か助けて!」


 意を決して声を上げたおかげか、緊張で動かなかった体にある程度の自由を取り戻した流渡は街へ向かって一目散に走り出した。

 身体強化を発動させ、わずかな隙を突いて盗賊たちの包囲を抜ける。


「くそっ、追いかけろ」


 だが、上昇したのは純粋な身体能力のみで体の動きは素人に過ぎない。

 おまけに強化しすぎると魔力切れの症状で倒れこんでしまう危険もあった。

 一方、相手は腐ってもその道のプロである。

 引き離した距離は瞬く間に詰められ、流渡の背中に鈍い衝撃が走った。

 あまりの衝撃にまともに呼吸ができず、その場に膝を折って崩れ落ちた。


「うぐっ」

「ふん、手間かけさせやがって」

「最初からこうしておけばよかったんじゃないっすか?」

「獲物は慎重に選べといつも言っているだろう」


 追いついてきた男は流渡を引きずり起こすと、素早くロープを取り出して動きを封じにかかった。

 後ろ手に縛られ、首にも縄を掛けられる。

 両足も走れないよう歩幅を制限されると、いよいよ脱出は絶望的になった。

 こうなった以上、何とかまともな人間に買ってもらえるように行動するしかない。

 しかし、抵抗をあきらめた流渡が謎の覚悟を決めかけた瞬間、草原に風が吹いた。


「うわっ」


 突然の強風。いきなり体が宙に浮いたかと思えば何かに強く引っ張られる感覚。

 気づけば、流渡は身軽な鎧を纏った剣士らしき女性に抱きかかえられていた。

 彼女のそばには、質の良さそうな衣服に身を包んだ別の女性の姿も見える。

 首から伸びたロープはいつの間にか切断されていて、流渡にはもちろん、盗賊たちにも何が起きたのかわからない様子だった。


「大丈夫でしたか?」


 剣士風の女性は、流渡を地面に降ろすと落ち着いた口調で無事を確認してきた。

 救出の際に発生した急激な加速度によって若干頭がふらついている流渡ではあったが、致命的な危機からは脱出したとみて間違いないだろう。


「あ、はい。ありがとうございます」

「なんだてめぇ」

「どうやら、報告にあった盗賊のようですね」

「なるほど、レインフォードの冒険者。いや、貴族の嬢ちゃんとその護衛ってとこか? 余計な気を起こさなきゃ巻き込まれずに済んだものを、わざわざご苦労なこったな!」


 戦闘能力を有しているとはいえ相手はたったの一人。

 数の面では盗賊たちの圧倒的有利であった。

 リーダーらしき男だけは念のためか警戒の色を見せていたが、常識的に考えればむしろ新たな獲物が自分から転がり込んできたに等しい。


「俺たちの不意をついたことは褒めてやるが、このまま逃げられると思うなよ?」

「別に逃げるつもりはないわ。むしろ逆かしらね」


 高圧的に言い放った盗賊の男に対し、護衛の対象だと思われていた女性は余裕の笑みを浮かべながら言葉を返した。

 発言の途中でいきなり腕を振り上げたかと思えば、手のひらの付近はすでに金色の光に包まれており、輝く無数の粒子が複雑な軌道を描いて飛び回っている。


「なっ……、魔術士か!」

「《パラライズウェブ》」


 盗賊の男が慌てて声を上げるが時すでに遅し。電撃の糸で対象を絡め取り、麻痺効果を付与する雷属性の魔法が彼らに襲いかかる。

 高速で撃ち出された無数の電撃は互いに重なり合って網を織り成し、盗賊たちに回避の時間すら与えず、防御に成功した二人を除く全員を麻痺状態にまで至らしめた。


「くそっ」


 一撃にして数の優位を崩された盗賊たちだったが、さすがに残りの二人は怯むことなく次の魔法を阻止するための突撃を仕掛けてきた。


「立てますか?」

「はい。大丈夫です」


 対して、流渡を助け出した女性は落ち着いた動作で静かに剣を抜き放つ。


「いかがいたしましょう?」

「その子もいることだし安全第一でお願い。彼らの生死は問わないわ」

「かしこまりました」


 言葉と同時に彼女の姿が霞み、次の瞬間には片方の男の正面に現れていた。

 そのまま剣を振り抜き、抵抗されることなく相手の意識を闇へといざなう。


「なっ……」


 彼女の常識を逸脱した速度に驚き、最後の一人、盗賊のリーダーらしき男は進行方向を反転させると距離を確保して防御の構えを取った。


「高速移動に雷属性魔法だと? まさか、『疾風迅雷』の二人だってのか!?」

「街の外にまで二つ名が広がっているとは、私達も随分と有名になったものです」


 相手の実力を知り、じりじりと後退を始める盗賊の男。

 しかし、距離が開けばそこは魔術士の領域である。


「《ライトニング》」


 再び雷の魔法が、今度は必殺の威力を持ったそれが草原を駆ける。

 狙いは盗賊の前に転がっていた短剣。

 最初の魔法を手に受けた仲間の一人が投げ飛ばしたものだ。

 放たれた電撃は流渡が初めて魔法を使ったときと同じく、攻撃対象を直撃するやいなや周囲の地面ごと吹き飛ばす規模の破壊をもたらしてみせた。

 腰を抜かして座り込んでしまった盗賊の男に対し、目の前の惨状を引き起こした本人がさらなる追い打ちをかける。


「雷属性の魔法って威力の調整が難しいのよね。妙な真似をしたらすぐに次を撃つから、命が惜しければ彼のように大人しく気絶させてもらった方がいいわよ?」


 彼女はそう言って先ほど倒された男を指し示した。

 話しながらも魔力の展開を行い、術式の構成を完了させておく。

 発動の操作にはほとんど時間はかからない。

 待機状態となった魔法に注ぎ込まれた膨大な魔力は、彼女の意志一つで強力な電撃へと姿を変え、瞬く間に敵を焼き尽くすのだろう。


「わ、わかった。抵抗はしないから命だけは助げぇ――」


 略奪の被害を最小にとどめ、討伐の優先度を下げて生き残ってきた盗賊たちである。

 リーダーと思われる男の性格も慎重というか臆病というか、自分たちに勝ち目がないと悟った途端にあっさりと負けを認め、あまつさえ命乞いを始める始末だ。

 降参した振りをして反撃を狙っている可能性も考え、彼女たちは男の動揺が収まらないうちに奇襲をかけたのだが、当の本人は反応すらできずに気を失ってしまった。

 麻痺で動けなくなっていた残りの盗賊たちの意識も順に刈り取っていき、とりあえずの安全を確保した二人は改めて流渡の方に向き直ると、今回の件について、詳しい事情の説明を求めたのだった。

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