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9/12

入学式(5)

虎口会の二人が残念過ぎました。おしまい。


マッキーの暴言から始まった一連の騒動は、話し合いという至極まともな方法で終わらせることができました。殴り合いとかにならなくて本当によかったです。

まぁ、話し合いと言っても私はマッキーの上で、マッキーは私のお尻の下でしたが、私はちゃんとソファーを勧めたんですから悪いのは完全にマッキーですよね。


さて、橘の謝意も受け取ったことですし、これ以上ここにいる意味もありせん。ホールではまだ入学式が続いているはずです。たしか、プログラムには生徒会役員自己紹介の後、学園施設に関する説明と各部活紹介、委員会紹介、寮規則の説明などなど、まだまだ盛り沢山なラインナップだったように記憶してます。


生徒会役員自己紹介の最中で抜けてきてしまった後で自分の席に戻るのはちょっと嫌ですね。あんなに堂々と抜け出してしまった後では、否応無く好機の視線を集めてしまうんでしょうし。


ううむ。あの状況では致し方ない事だったとは思いますが、絶対に悪目立ちしちゃいましたよね。嫌だなぁ。一週間静かに過ごす予定だったのに、初日から狂わされちゃいましたよ。はぁ。


「橘先生。」


正座のまま頭を上げた橘は、私の呼びかけに微かに肩を揺らしました。そんなに怯えなくても、もう何もしませんよ。


「このまま入学式に戻るのは変に目立つと思うので、橘先生が指導したと言うことにしてもらって、先に寮に戻っても構わないでしょうか。」

「あ、あぁ。わかった。」


うん。よかった。これなら、長い入学式も出なくて済むし、好機の視線も集めませんし、先に寮に戻ってやりかけのゲームの続きも出来ます。もうちょっとレベル上げしたいなと思っていたので丁度いいですね。


学園施設や寮規則は、ある程度ゲーム内容と同じだと思いますし、後日誰かに聞いても問題ないと思います。ていうか、一週間しかいないですしね。

部活や委員会には元から入るつもりはないので知らなくても問題ありません。


私はマッキーから退こうと体を動かします。


「ーーーうぐっ‼︎」


だーかーらー!そういう声出すのやめてよね!マッキー‼︎私が重たいみたいでしょうが‼︎


大人しくしてなさいの意味も込めて、ツンツン頭をペチンと叩きます。


橘の土下座の衝撃が抜けないのか、再びマッキーが喚くことはありませんでしたが、それでもうつ伏せの態勢が屈辱的なんでしょうね。すぐに起き上がろうと、私が退ききる前にもぞもぞと動き始めました。ちょっと待ってなさいってば!


最後の意地悪で出来るだけゆっくりとマッキーの体に負担がかかるように足に力を入れて、そのまま起き上がります。ほぉら、膝頭が脇腹を押して痛いでしょう?へへへ。


そんな意地悪をしたのが、悪かったんでしょう。マッキーが私の動作に合わせて動きました。


「きゃあっ!」


突然、エントランスに響いた高めの声。


なんだ、今の女の子みたいな声は。誰だ、そんな声だしたのは。

……間違いなく私ですよね。だって、私は女の子なんですもの。


マッキーは動くのをピタリと止め、橘は目をパチクリしています。そうだよね、そうなるよね。なんか色々と反応に困るよね。私もです。


だって…だって…!


っっだってぇ‼︎マッキーがもぞもぞ動くから‼︎ま…股…股の間に手を差し込まれたら、生娘の私は悲鳴をあげたくなりますよ‼︎‼︎


ズボン越しとは言え、誰にも触らせたことなんてないし、大事な場所だし、そんなところに手を差し込まれたら誰だって悲鳴をあげますよ!


私は急いで立ち上がり、マッキーの横腹に一蹴を入れてから「では‼︎」と言って逃げるようにホールの出口に早足で向かいます。「がはっ!」とか悲痛な声が聞こえましたが知りませんよ!これも立派な正当防衛です‼︎


うわぁあーん!マッキー最低‼︎初対面の女の子にセクハラするなんてあり得ない‼︎


半分パニックになりつつ、ホールを出て一目散に寮へと戻ります。一気に血が巡ったせいで、視界が歪んできちゃいます。


桃ノ木学園の寮は元からあったホテルの外観そのままに、四つの棟からなる大きなものです。


主に一年生が暮らす松の棟、二年生の竹の棟、三年生の梅の棟、そして食堂や大浴場のある椿の棟です。

入り口は表と裏の二箇所のみで、登下校の際は基本的に表の玄関ホールを通らなければなりません。


玄関ホールには、お土産売り場を改良した蔵書棚と団欒のためのいくつかのテーブルが用意されています。


「あら、もう帰ってきたの?」


出迎えてくれたのは、寮母の佐々木さんです。見目麗しいスレンダーな三十代後半の佐々木さんは、寮母であると同時に養護教諭でもあります。体調が悪くて授業に出れない生徒の面倒を見てくれるとっても頼れる人です。


しっとりと輝く金髪の髪の毛は緩く巻かれ、豊満さを匂わせる胸の高みにかかっています。養護教諭ではありますが、白衣ではなく可愛らしいフリルのついた花柄のエプロンに膝丈のスカート、派手ですが大人っぽくまとまっているので嫌味な感じは一切ありません。


こんな人が極道はもとより、思春期の男子の面倒を見て大丈夫なのと心配になりますが、問題ありません。

なぜなら佐々木さんは正真正銘の男性、ですから。


なんでも、数年前の学園祭で女装の格好をしたのが受けまくったことがきっかけで、新入生の歓迎として女装姿をお披露目するようになったそうです。

新入生たちの自分を見つめる熱い視線が堪らないんだとかで今ではすっかり女装が趣味なんだとか。


新入生の洗礼の一つなんでしょうね。因みに、私はゲームの記憶のおかげで驚きこそしましたが、騙されませんでしたよ。ていうか、お姉言葉が板についているとは言え普通に声が男性ですしね。


心配そうに私を窺う綺麗なお姉さ…お兄さんの佐々木さんに、私は抱きつきたい衝動を抑えます。ううう、お姉さんならよかったのに!


「ちょっと、体調が優れなかったので先に戻らせてもらったんです。」

「あら…。そう…なの。」


佐々木さんはちょっと驚いた後、不思議そうに私を見つめてきます。目が潤んでいるからですかね。あんまり見ないで下さい。


「顔色が優れないわね。熱は?」

「大丈夫だと思います。…部屋で休めば平気です。」

「…そう。一人で平気?」

「はい。」


佐々木さんに名前とクラスを言うと、「後で軽いご飯持って行ってあげるわね。」と優しく声をかけてもらい、私は充てがわれた自室へと向います。


一年生が暮らす松の棟の最上部、五階の一番奥の部屋が紅葉に与えられた部屋です。

各階には二十の部屋がありますが、学園への寄付金によって一人当たりに対する部屋の広さが変わってきます。

一階から三階までは二人部屋で、主に一般民の生徒たちが使用します。四階からは一人部屋ですが、こちらは部屋が三十あるので少し手狭です。寄付金の多い坊ちゃん達が暮らす部屋ですね。最上階である五階は十部屋しかなく、寄付金の高い中でも最多の生徒しか使用できません。この辺も格差社会ですよね。


ホテルをそのまま使用しているとは言え、多くの生徒が生活しないとなりませんから、四階から下はある程度改築されているらしいです。ですが、四階から上はほとんどホテルのままなんだそうです。五階ともなるとシャワールームや居間、簡易キッチンなどもついていて、1DKといった感じですよ。流石はお金持ちも通う学園。我が家はいくら費やしたんですかね。お父さん、頑張っちゃったのかな。


全室カードキーを差し込んで、入寮前に決めたパスワードを打ち込んでから部屋に入るというセキュリティーもばっちりな使用です。安心、安全、快適がモットーなんでしょう。一般民の生徒たちが極道騒動に巻き込まれる心配もいくらか軽減されることを目論んでいるとは思いますが、身を守り安らげる場所は誰しも必要なものですよね。

このシステム、是非とも実家の私の部屋に取り付けたいものです。ノックも無しに勝手に入ってくるデリカシーのない男どもを一掃できてとっても便利そうですよね。


ピピっと電子音の後、ロックが解除され、ようやく部屋に辿り着けました。私は、へなへなとその場に座り込んで両手で顔を覆います。


もう、お嫁にいけないかも。


いたいけな私の股を触ったマッキーの感触が未だに脳裏に新しく、私はゾッと身震いをしました。


そのまま数分、そこで疼くまっていましたが、ふと目についた立鏡に映る自分の姿に呆然とします。誰だ、あの子。


色素の薄い茶色の髪の毛は短かく切り揃えられ、少し大きめに作られたグレーのブレザー、ギンガムチェックのズボン。

少し雰囲気は違いますが、なんとなく身内の一人を彷彿させる面持ちです。


室内にいるのに、ザァーと雨が流れるような音が耳の奥で響きます。


忘れてた。


すっかり忘れてました。


私は今、双子の兄の紅葉としてこの学園にいるという一番大事なことを忘れてました。




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