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入学式(4)

「えと、若宮くん?まずは、わた…僕の家族を馬鹿にしたこと謝ってくれる?」

「なんでわいが謝らなあかんねん!」

「だから、さっきわた…僕の家族を馬鹿をしたで…しただろ?」


ううむ。なかなか口調を変えるのって難しかったんですね。前世も今世も演技派ではありませんから、こういう時って困ります。一応、もし喋らなきゃならない場面に遭遇した時を考えて紅葉の口調とかで想定はしていましたが、実際は中々に困難極まります。


「僕の家族は弱虫でも腰抜けでもなければ、ひよこクラブなんて名前で呼ばれるほどピヨピヨもしてないんだけど。」

「はっ!こんな卑怯な技使う奴の言うことなんか信じられるかい!ボケ‼︎」


いや、マッキーの今の状態は君が招いたことの結果だからね?私のせいではありませんよ?

それに卑怯な技って…こんなのただの空手もどきで、喧嘩殺法にも数えられないと思うんですけどね。


「羽鳥組は今、傘下に十数を抱えているし、君の子猫会を潰すのなんか簡単だってわかってる?」

「は?何言うてんねん。わいは虎口会の…お前!バカにしてんのか⁉︎」


あ、馬鹿にしてるってちゃんとわかったんですね。マッキーだってひよこクラブとか羽鳥組を馬鹿にしたんだからお互い様ですよ。まったくもって腹立たしい。


「だって、にゃあにゃあ煩いからさ。結局、猫パンチだったし。」

「ブッコロス‼︎」


どうにか起き上がろうと捥がくマッキーですが、どうしたって私は退きませんよ。そんな無駄な足掻きはしないでさ、ちゃんと謝ってくれればいいんだよ?


「そもそも君は何を理由に羽鳥に喧嘩を売ってるの?羽鳥に喧嘩を売る意味わかってないだろ?」

「うっさいんじゃボケ!わいが天下取る言うとるやろ‼︎」


あぁ、あれ本気だったのか。天下取るとか、なんの時代錯誤だろうと思ってたけど、マッキーは本気だったんですね。


確かにゲームにおいて彼は学園で勢力を伸ばし、ついには一つの派閥を創り上げます。そうして、生徒会にも先生にも支配されない学園に纏め上げていくわけですが、結局は天下なんて取らずに人の上に立つことを難しさや尊さを学び、虎口会の現状を変えるべく卒業していくのです。まぁ、ハッピーエンドの場合ですけど。

それには主人公がマッキールートに入ることが必須条件。現時点ではわからないルートに、私が妥協する理由なんてありません。


「じゃあ、天下を取るためだけに羽鳥に喧嘩売ったの?」

「だったらなんやねん‼︎」

「うわぁ…やっぱりバカ。」

「なんやと‼︎」


おっと、つい口が滑って本音が出ちゃいました。でも、本当にバカなんですもん。仕方ないですよね。


極道同士とは言え、基本的に戦争に繋がる喧嘩はご法度です。

極道とは弱き者を助け、強者を挫くことを本分にしてますから、意味もない喧嘩はいけません。ましてや、弱者に手を上げるなんて、たとえ同じ組員であってもきっつい制裁を受けます。

基本的には極道同士の戦争になるのは、組の領域、シマ同士で何らかの問題があった時のみです。それですら、最初は話し合いから始まります。お互いに意見を出し合い、よりいい解決法を模索していくのです。

時として戦争にもなりますが、それはどちらも絶対に引けない時だけです。

組のシマを拡げようとか、組の権威を示そうとか、そんな自分勝手な理由で喧嘩をふっかけてはなりません。


ただ、例外もあります。今のマッキーのように自分勝手な理由から他組を馬鹿にしたり、侮辱したりした時には問答無用で戦争になり得ます。

羽鳥組ほど大きな組になると、格下の組には牽制で十分に済みますが、問題がある組や同規模の組になると家族総出になります。出入りとか斬り込みとかそんな感じです。


かく言う、先の崎塚組との戦争は、親父同士のちょっとした意見の相違がきっかけで二代前の羽鳥組の舎弟頭が崎塚組を馬鹿にしたことから始まりました。


言葉で理解しあえない時、力ある極道は強者を挫くために、その力を最大限行使します。

暴力、謀略などなど。とても口では言えない非道で悲惨な行為を繰り返すのです。


二代前の組長、つまりは私の曾爺さんはその最中で崎塚組の謀略にかかりパクられ、それをきっかけに羽鳥組が折れて手打ちとなりました。

あ、パクられって言うのは警察に捕まることですよ。


そうして世代が変わり、今となってはお互いの存在を認め合っているんだそうです。まぁ、羽鳥組が東で第二の規模のまま大人しくしてるって見方もありますが、戦争の後の悲惨なシマや組の状況を見た後で、因縁やなんやとこじ付け、喧嘩を吹っかけるような、アヤを付け馬鹿はお互いの組にはいないというのが実際のところなんでしょうね。

崎塚組も羽鳥組には一目置いてくれてますし、今の状況がたぶん一番なんですよ。みんなの頭が固くなくて本当によかったです。


ですが今、目の前にいるマッキーはそんなことも知らないバカな子どもで、簡単に組を名指しで馬鹿にしてきました。まったくもって、一体どんな若頭教育を受けてきたんでしょうね。


組長の実子である私も紅葉も、自分の家が他の家とは違うことを教えてもらった時に、口酸っぱく言われたものですよ。


家族を大事にすること。

家族を守ること。

家族のために我慢すること。

家族のために戦うこと。


私個人に対する誹謗中傷は甘んじて受けましょう。極道の娘だからと心ない言葉に傷ついた時もありましたが、私は決して相手に手を上げたりはしませんでした。


でも、羽鳥組の娘だからと、組の名前を出された時には、家族の名誉のため戦わなければならないのです。今回、マッキーは私を羽鳥組の者として馬鹿にしました。だから、私はマッキーに謝罪を求めたのです。話し合いから入ろうとした私にマッキーは拳を振り上げました。だから、空手もどきと言う力で対抗しました。


で、勝ちましたよね。だって、マッキーは私のお尻の下でうつ伏せ状態ですからね。そのこと、マッキーにわかってもらわないと、事の収集はつきそうにありません。


「あのさ、今わた…僕に負けたよね?だから、天下は取れないよね?僕の方が強いわけだしさ。

だからさ、とりあえず謝ってよ。そうしたら、今日のことは報告しないであげるから。」

「はぁ?」

「本当にわからない?極道同士の戦争って組の家族全員を巻き込むんだよ?傘下の家族もみんなが困るんだよ?」

「何でわいと家族が関係あんねん!これはわいの戦いや‼︎」

「じゃあ、僕と若宮くんの喧嘩ってこと?なら、尚更ちゃんと謝ってよ。君が負けたんだからさ。家族を馬鹿にした発言を撤回して。」

「誰が言うかい!」

「……。」


はぁ。マッキーとは分かりあうことは出来ないのでしょう。なんだか、このアホの子に付き合ってるのが面倒になってきました。日本語通じてます?


「君の家族がどうなってもいいの?」


この言葉に、マッキーは溜め込んでいたものを吐き出すように怒声をあげました。


「親父は誰にも負けへん!ふざけんな‼︎」


いやいや。マッキーの親父の話とかじゃないんですよ。誰の組が強いとか弱いとかじゃないんですよ。組の名誉や尊厳の話をしてるんです。それに尻に轢かれるくせに、ふざけてるのはそっちじゃないですか。大人しく謝れば赦すって言ってあげてるのに。


「じゃあ、君は組が取り潰されても構わないの?君のその軽はずみな言動で、君は家族を失うけど平気なの?」

「親父は誰にも負けへん‼︎」


あぁ、もうイライラします。

私の言葉が足りませんか。いやいや、そんなことないでしょう。ちゃんと分かりやすく優しく「暴言の撤回しないならお前の組を潰しますよ。」と言っていますよね。なのに、なんなのでしょう。

組の家族の話を出せば関係ないと言い、組の存続には親父は負けないと言い、現状を顧みないで吼えるのだけはご立派です。マッキーの主観だけで物事を進めないで頂きたいです。


こんな子が攻略対象だなんて…主人公が可哀想に思えてきました。こういうアホの子には躾が大事ですよね。


「“家族”は親父だけじゃねぇっつてんだよ。」


私は正座のまま体を捻り、両手をマッキーの肩甲骨の少し下に置き、ぐっと上体の重心をかけます。


「ーーーぐ‼︎」


マッキーの苦しげな声音は、私が背中から彼の肺を押しつぶしているせいで出たものです。そうだよね。苦しいよね。でもね、頭が悪くて聞き分けの悪いマッキーが悪いよ。別に死ぬわけでもないし、もうしばらく耐えて反省しなさい。


「君は子分の家族まで考えてんのかって聞いてるんだよ。その家族の友人たちまで守れるの?君は親父さえいれば組はどうでもいいのかよ。シマの家族はどうでもいいってのかよ。だったら鉄砲玉にでもなってさっさとタマ取られちまいな。」

「ーーーっかーー‼︎は…離…せ…‼︎」

「吐いた唾はもう呑めないよねぇ?どう落とし前つけるんだい?えぇ?おどれのせいで、組の者もシマの者もみんないなくなっちまうよ?それでも構わないんだろうね?」

「……わい…は……」


掠れた声を出したマッキーですが、反省の色は見えません。反骨精神が図太すぎるんじゃないの?

それともふっかけた手前、もう後には引けないとか自尊心が邪魔をしてるんですかね。知るかい、そんなもん。


私はぐいぐいと掌に重心をかけていきます。息苦しさから、マッキーが細い呼吸をくりかえし始めたところで、すっかり空気になっていた橘が動きました。


「謝るよ。」


少し離れたところで、覚悟を決めたように厳しい面持ちで橘は私と視線を交わします。


「彼の組の相談役として僕が謝る。申し訳なかった。このことは、ちゃんと虎口の親父に伝えておく。」


頭を下げてつつ彼はその場で膝をおりました。


「だから、もういいだろう。頼むから離してやってほしい。この通りだ。」

「……橘‼︎」


深く深く、床に額を落とした橘にマッキーは驚愕の声を上げます。その声音には怒りよりも戸惑いの色が濃いように思えます。


はぁ…。まったくもってどうしようもない人たちですね。でも、このままならいつまでたっても意味のない無駄な会話を繰り返すだけでしょうし、ここは私が折れてあげますよ。


「…わかりました。では、一度だけ水に流します。二度目はありません。」


溜息混じりではありましたが、わたしは橘の謝罪を受け取りました。いい年の大人が年下の子どもにここまで態度で示したんですから。その姿勢にはそれ相応の態度で返しましょう。

まぁ、マッキー本人の口からではありませんでしたが、橘の謝意を虎口会の謝意として受け取ってやりましょうかね。虎口会の組長にも報告すると言ってくださってますし。


でも、本当に二度目はありませんよ?

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