入学式(2)
西で第一の規模を誇るのは気道会。血の気の多い西の人間をうまく纏めている、そりゃあ懐の深い親父が締める組なんだそうです。
私は直接お会いしたことはありませんが、父によるとそりゃあ堅気にしか見えない善良そうなお爺さんらしいです。
そんな懐の深い親父でも手を焼いているのが、最近勢力を伸ばし始めて来た西の新星、虎口会です。
完璧な実力社会で、下克上や裏切り、なんでもありです。地域の治安は荒れる一方で、加えて、他組のシマを勝手に荒らしたりと、西では虎口会絡みの問題が絶えないんだとか。
噂では、極道ではご法度のポンにも手を出しているとかいないとか。とにかく、いい噂を聞かない組です。
そんな虎口会の若頭が彼。赤茶色髪のツンツン頭で空気を読まない若宮真喜。攻略対象のマッキーです。
マッキーは、最初こそ荒くれ者の乱暴者ですが、好感度が上がってくるとそれはもう可愛くて可愛くて…とまぁギャップが中々に萌える子なんですが、そこまでいくつくまでが本当に問題児なんですよね。
「何も言わんのかい!ホンマに東のもんは腰抜けばかりなんなやぁ!」
明らかに喧嘩をふっかけてくるマッキー。今やそのツンツン頭がホール全員に認識されていることでしょう。
「わいの名前は若宮真喜や!生徒会やら何やら知らんが、この学園で天下取るんはわいや!」
ビシーっと親指を自分に向けて俺アピールをしてるマッキー。誰も聞いてないのに自己紹介しちゃうとか。
あぁ、やっぱりアホの子なのね。そしてバカなのね。
先程も言いましたが、西の虎口会は今話題の問題組織です。西ではもちろんのこと、東においても良くない印象を持たれています。
極道者は弱者を助け、強者を挫く、という精神の元に行動しますが、虎口会は自分に刃向かうものたちを暴力と恐喝によって支配しています。
極道として理念に反する行動の数々は、今や東西の組から反感を抱かれる対象になっています。
それを知ってか知らずか、マッキーの名前に反応を示した生徒たちの顔は段々と厳めしいものに変わっていきます。うーん。壇上の上からだと、誰か極道関係者か一目瞭然ですね。全体の五分の一程度でしょうが、下手に騒いで一般人を巻き込むのはやめましょうね。
さて、ゲーム通りに進むとしたら、ここで最初のイベントは終了します。まぁ、紅葉の自己紹介は消化されていないかもしれませんが。
この後、一体誰が収集をつけるんでしょうか。
今だに何か喚いてるアホの子マッキーは、完全に極道者たちに目をつけられていますね。明日から喧嘩とか始まっちゃうんでしょうね。頑張れ、マッキー。
他の生徒たちは、困惑した表情で事の成り行きやら結末を窺っています。私も同じ気持ちですよー、みなさん。
ともかく、生徒会役員の列に戻り、次の人を促そうと手で合図を送ろうとした時、それはそれはホールによく響く声音でマッキーが言っちゃってくれました。
「羽鳥組とはよぉけったいな名前つけたもんやなぁ!ひよこクラブとかの方が合ってたんとちゃうんか⁉︎」
「……。」
ほほぉ?これには、か弱い私もピクリと反応を示す他ないでしょう。なんとも小学生がいいそうな頭の弱い悪口ですが、他でもない私の家族を馬鹿にする発言を見過ごせません。私だって家族に無関心でも愛情がないわけでもありまさんよ。はははー、頭の血が集まって来ちゃいました。
極道はどこの組だって家族を大事にします。親はもちろん兄弟、従兄弟、父と盃を交わして義兄弟になった舎弟の子父貴たち、慕ってついて来てくれる子分たちに至るまで、全員が家族です。
「お嬢!お嬢!」とうるさくたって、楽しい時にも悲しい時にも一緒にいてくれた大切な家族です。
それをあんな子供に馬鹿にされて、黙っていられるわけがないじゃないですか。
「てめぇ!ふざけんじゃねぇぞ!」
罵声を上げたのは、私ではありませんよ。見れば、座席についている生徒たちの中の一人が立ち上がって、マッキーに向かって行こうとしているではありませんか。
さすがに、先生たちが牽制をしているようですが、勢いは止まりません。
恐らく、羽鳥組傘下の組の子息なんでしょうね。見覚えはありませんが、羽鳥の名に反応しちゃったんだと思います。その証拠に、違う組の極道関係者は傍観を決め込んでいます。特に私の近くにいる二人、崎塚先輩は厳しい視線を、ユキちゃんは憐れみの視線を送って来ています。
はぁぁ…まったく。極道の娘なんかになるんじゃなかったなぁ。
私は壇上に備えられた取り外し可能な階段を軽い足取りで降りて、マッキーの元へと向かいます。
先生たちからの制止も受けましたが、問題はありませんと手で受け流します。というか、問題なんて起こすわけないじゃないですか。私は紅葉じゃないんですから、この場で声を張り上げたり、手を出すなんて出来ませんよ。
マッキーも私が近づいて来るのに気付いて、席を離れ、通路側へと進み出ました。そんなマッキーを窘めているのは一人の若い教師です。
紫色に見える髪の毛はクルクルと緩いパーマがかかっており、褐色の目の色が特徴的ですね。うん。そうだよね。貴方しかマッキーを窘められませんよね。
灰色のストライプが入ったスーツに身を包んだ彼は攻略対象の一人。数学教師の橘馨先生です。橘先生のこと、前世の私は親愛の意味をこめて「ハナちゃん」と呼んでいましたが、今はそんな気分にはなれませんね。
設定では34歳となっていましたが、スチル通りの外見からはとてもじゃありませんが真っ当な成人男性には見えません。崎塚先輩の方が年上に見えるわ!ってくらい、若々しい身作りですこと。
それでも落ち着いた雰囲気は大人特有のものなんでしょうね。
こちらに近づいて来るマッキーに対して、橘先生は「落ち着いて。席に戻って。」と慌てふためいています。先生の癖に強気に出れないのは、彼が虎口会の相談役であるからなんですよねー。本当は極道社会とは無縁のはずだったのに、桃の木学園に入ってから目をつけられちゃったらしいですよ。声は落ち着いたちょっぴりハスキーボイス。うう…囁かれたら腰砕けそう…。
彼は生徒思いのいい先生で、いつも主人公を助けてくれるお助けキャラでもあります。
そんな先生は隠れキャラで、特定のエンディングを見てからでないと攻略ルートが存在しません。つまり、二週目以降でないと攻略対象外なんですよね。
先生も攻略出来ると知った時の喜びといったらなかったなぁー。ただのお助けモブだと思ってたのに、あらまぁ!そんな⁉︎みたいな。大人の余裕に当てられて悶えた記憶が残っておりますよ。
でも今はそんなことどうでもいいですね。早くこのアホの子をどうにかしないといけません。
マッキーも通路に出て来たことですし、近づくまでもなく、手で外に繋がる扉を指し示します。言外に「外で話をしようぜ」と言っているわけです。
マッキーは、そんな私に強気に微笑み、「面貸せとは、えぇ度胸やなぁ。」なんて言ってます。
はいはい。わかったから、早く出よう。みんなの迷惑だからね。
そんな私たちを見守っていた生徒たちが急にざわつきました。まぁ、そうだよね。旗から見たらタイマン張るようにしか見えないよね。
野次馬根性からなのか、一緒についてこようとする子も視界の端に止まります。そんな子の面倒までは見れませんよ。
私はさっさと扉を出て、ホール外の廊下に向かうとしましょう。確か、エントランスにソファーがあったはずなので、そこで待つことにしましょうか。
重たい扉を開くと、防音対策からかもうひとつ扉があります。それも開こうと手を伸ばした時に聞こえて来たのは、崎塚先輩の声でした。
「静粛に。関係ないものは席を立たないこと。今の二人には、後で生徒会室に来てもらうことになる。君たちはまだ知らないだろうが、ここではある種、私が規則だ。学園を去りたいのならば、別段、何をしてくれても構わない。」
おぉ…怖。まぁ、確かに崎塚先輩って冷徹眼鏡キャラですからね。王様属性で間違ってないけど、他の組の子たちからしてみれば、反感を買いかねない物言いですよ。
でも、これで変な野次馬根性は削がれて、みんな静かに座っているでしょうね。
ていうか、私は後で生徒会室でお叱りを受けなきゃならんのでしょうか。まさかの退学とかならないよね⁉︎