入学式(1)
桃ノ木学園。
そこは山奥に佇む豪奢な洋館風の学園。十代の青年たちには過分な学業施設と美しい景観を持ち合わせた、選ばれた人間しか入ることの許されない場所。
この学園の門をくぐることを許されたのは、未来を築く選ばれた青年たち。
生まれ落ちた時に将来が決まっている者、その才能から手塩にかけられて育った者、一度奈落に落ちた者、悪を美徳とする者、正義を全うする者、愛を信じる者、人を恨み蔑む者。
だが、彼らはまだ若く、社会という組織には程遠い場所で守られていることを知らなければならない。
見たくないものを見ずに、知りたくないものを知らずに、聞きたくないものを聞かずに、そうやって生きてきたのだ。
だからこそ、両目、両耳、神経全てを研ぎ澄まし、感じて欲しい。
社会は平等であると同時に不平等であると。社会は秩序があると同時に無秩序であると。
「君たちは選ばれたのだ。存分に、その若さでこの学園という小さな世界を作り変えて行って欲しい。」
以上が、理事長先生のお言葉です。
すごいですねー。語っちゃってますねー。ていうか、学園内の格差社会のことを匂わせている発言でしたが、やっぱり学園側が意図して生徒を選んでるようですね。
この学園、極道は元より、富裕層は大金を注ぎ込んだ子どもの入学を受け入れてますが、貧困層の子どもたちは基本的に公立校並みの授業料しか支払いがないんだそうです。特待生とか、そういう扱いらしいですよ。まぁ、富裕層の子たちからしてみれば、自分たちが払った多額の寄付金で勉強させてやっている、といった印象になっているんでしょうね。憐れんだり、蔑んだりと視線だけでも忙しそうです。
私は今、居並ぶ新入生の列から離れ、ホール前方に座っています。
桃ノ木学園の入学式は、特大ホールで行われるんですよ。ゲームでも入学式はホールからのスタートだったのでそこまで驚きませんでしたが、やっぱり実際に目にすると圧巻です。観賞用のふかふかの椅子の座り心地はもちろん、広く取られた肘掛には予め飲料水が用意されていました。至れり尽くせりとはまさにこのことなんですね。
さて、どうして私が新入生の列から離れ、壇上正面の前方席に座っているのかと言うと、それは、生徒会役員だからです。どひゃぁ。
元より、東で第二の規模を誇る羽鳥組の若頭である羽鳥紅葉には、入学通知の他に生徒会への入部打診が来ていました。
生徒会役員であることは、それだけで格ある者の認定を受け、誰もが平伏す存在に成り得ます。格差社会はここから始まっているんですね。
生徒会役員に選ばれるのは、学園から決められた人間たちです。極道の若頭とそれに近い若衆、政治家の息子や大学教授の息子など。所謂、近い将来に協力し合わないと社会がめちゃくちゃに成りかねない若者たちです。
因みに、私の右には総務大臣の息子が。左には西で第一を誇る気道会の若頭補佐がいます。
総務大臣の息子は完全に極道者にビビってますね。狭い座席の中で、すんごい距離を取られています。私、そんなに怖くないよ!
気道会の若頭補佐は、既に着崩した制服が可哀想に見えてきます。入学式くらい、ちゃんとしなさいよ!
理事長の長い演説の後は、私たち生徒会役員の紹介が入ります。
壇上に上がり、生徒会顧問の先生からの簡単な紹介の後、一人一言、と言うのが式の流れです。
そうです。一人ずつ、一言、生徒会役員としての抱負や意気込みを言わねばなりません。もちろん、私もです。
……ふふ。
ははは!マイクを使って声を出すなんて真似出来るわけないじゃないですか!いくら、紅葉と双子とは言え、紅葉は声変わりの終わった男の子で、私は声変わりのなんてくるわけのない女の子なんですから、声の高さですぐにバレちゃいますよ!
なので、口元をマスクで覆い、「風邪気味で喋れません」アピールをします。なんと言われようと、一言も喋る気なんてありませんよ!
壇上に上がったのは、私を含めて八人の生徒たち。灰色のブレザーに襟と袖のところに黒い線が走り、左胸のポケットには学園の紋章である桃の木が格好良くデザインされています。ズボンも灰色ですが、こちらはギンガムチェックです。うん、制服は可愛いんですよね。
さてと、生徒会の自己紹介はゲームでの最初のイベントです。注意して見ておきましょうか。
世界観が『桃の花』だからと言って、これがゲーム通りとは限りません。そもそも、紅葉ではなく私が学園にいますしね。
なので、ゲームのイベントも起こらない可能性があるわけです。うんうん。
『桃の花』はPC専用女性向けBLノベルゲームですからね。主人公は小説を読むようにストーリーを進めて行き、所々で出てくる行動選択によって各攻略対象のルートに入っていきます。
仮にゲームがスタートしてしまったとしても、ルートの確認さえ出来れば、紅葉が戻って来た時に目眩くBLの世界に入国することもなく、流血沙汰も死亡エンドも無し!と言うわけです。
なので、絶対に起こって欲しくないんですよね。ゲームのままだとすると、あの後あるアホがバカなだけの行動スチルなんですが、ここが最初の分岐点で、そのイベントに対して主人公が何を思ったかで攻略対象が限られます。逆を言えば、イベントさえ起きなければ、私は単なる学園の生徒の一人、として終わるのです。たぶん。
「生徒会長の崎塚秀一だ。君たちより一年長く学園にいるが、この学園で得られるものの多さに毎日驚きながら生活している。わからないことの方が多いと思うが、何かあればすぐに生徒会を頼って欲しい。以上だ。」
おっと。自己紹介イベントが始まってしまいましたね。
壇上中央に用意された一本のスタンドマイクに一番最初に立った生徒は、少し鋭さをもった低めの素敵声の生徒会長、崎塚先輩。攻略対象の一人です。
東で第一の規模を誇る崎塚組の若頭であり、数年前まで羽鳥組と戦争をしていた因縁の極道です。
声と同様、少し鋭い眼差しとピンと伸びた背筋、あと眼鏡と、まぁ、ありがちな冷徹眼鏡キャラですね。
怖そうに見えますが、実際は責任感が強い頼れるお兄さんです。
うーむ。紅葉がいるんだから崎塚先輩も当然のように存在しているとは思いましたが、ここまでスチル通りだと逆にちょっと怖いですね。
長めの髪の毛は色素が薄く、私の目がおかしくなければ青灰色がかっています。180は越えようという長身ではありますが、横には大きくありません。長身痩躯。モデル体系ですが、本当にモデルやった方がいいんじゃないのかってくらいにイケメンです。
「副会長の小原幸治です。会長と一緒に学園生活が円満に過ごせるように生徒会を運営してます。困ったことがあったら、すぐに声をかけてくれな。」
次に自己紹介をしたのは、二年の副会長です。ユキちゃんですよ!ユキちゃん!
ゲーム内ではムードメーカーを担当。どんな窮地も底抜けの明るさで雰囲気をよくしてくれる元気な笑顔が素敵です。もちろん、元気いっぱいな素敵声も持ち合わせています。
ユキちゃんも長身痩躯で、顔面もそりゃあイケメンです。
青っぽい黒髪(たぶん青いんだと思いますが)に、愛嬌たっぷりの垂れ目は光加減で黒以外(たぶん黄色なんでしょうね)に見えますが、金髪碧眼の逆な感じがまたいいんですよね!(もうなんだっていいよね!)前世の私が一番好きだった攻略対象です!ユキちゃんいいよ!かわいいよ!かっこいいよ!癒しだよ!
次々と簡単な挨拶を済ませていく先輩方。八人の生徒会役員のうち攻略対象は崎塚先輩とユキちゃん、そして紅葉の三人です。
他の五人は、三人が二年生で残りが一年生です。いかにもモブって感じですね。なんだろう。顔がボヤッとしてて印象が薄い感じがしますね。
その他モブたちも、それなりに権力や地位を持っている子息だったりするはずですが、崎塚先輩とユキちゃんがイケメンすぎて霞んで見えちゃうんですかね。
主人公も今頃、「あんな格好いい先輩が生徒会なんてすごい!」とか思っちゃってるんでしょうね。
「次、君の番だよ。」
「……。」
来ましたか。ついに来ちゃいましたよ。私の番です。
とりあえず、マイクの前まで行って一礼して戻ってきますか。何か言われても無視無視!
決意を胸に私は壇上中央に置かれたスタンドマイクまで進みます。
う…、スポットライトが眩しい…!人生でこんなに集中光照されたのは初めてです。あぁ、前世の私なら今すぐスタンドマイクを握りしめ、歌声の限りを尽くしたでしょうね。…そういえば、前世の私って歌唱力どれくらいだったんですかね?歌うのが好きで歌手を目指していたと思うのですが、力量はあったんでしょうか?今となっては知ることも叶いませんね。
「羽鳥くん?」
おおっと!つい自分の世界に入っちゃってましたよ。そんな心配そうに見なくても大丈夫ですよ、生徒会顧問のモブ先生!
いやぁ、ねぇ?だって…目の前には数百人の学園生徒と関係者ですよ?しかも男性オンリーって…。こんなに大勢の前に立つことだって今までありませんでしたから、ちょこっーと足がぷるぷるしちゃっててもおかしくないと思うわけですよ。
極道の娘とは言え、私はか弱い女の子なんですから。
「……。」
私はペコっと一瞬、頭を下げて、すぐにマイクから去ります。はぁー、疲れた。でも、これでミッションコンプリート!
あとは一週間、学園で密かに暮らしていれば、紅葉と交換して、私は晴れてマリーナ女学園の生徒です。いゃっふー!
「は!なんやねん!今の挨拶!」
……。
うん、そうね。来たね。アホがね。
ホールの後方、新入生が座る一階席の中央ら辺で声をあげたのは、赤茶色に染まったツンツン髪の男の子。
「男のくせに何も喋らんのかい!女々しいやっちゃなぁ!」
ホールがシンと静まり返り、誰が発言したのかと顔を動かす人々が壇上からはよく見えます。
あぁあ…やっぱりこの世界は『桃の花』そのものなんでしょうか。
書き溜めがなくなりましたー。この後から更新遅めになります。ううう。勢いだけですみません。