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プロローグ(4)

ちょっとメジャーデビューしてくる。


羽鳥 紅葉


家族会議の後、父に見させてもらった小さな紙切れには紅葉の字でそう綴られていた。


あぁ、紅葉。やっぱり家出だったんですね。私にも何も言わないで出て行っちゃうなんて、意外に薄情者だったんですね。ううう、悲しいよー。にしても、この置き手紙。ものすごく前世の自分を彷彿させます。かく言う前世の私も義務教育終了と共に家出同然に上京した経歴があります。まぁ、私の場合、すぐに連れ帰されましたけど。


広間から私的な居間に移動した私と父と階級の高い舎弟のおじさんたち、それと若頭補佐のお兄さんは、一様に肩を落としています。

なんだろう。お葬式みたいで嫌だな。紅葉、まだ死んでないよね?メジャーデビューって人生の墓場とかのことじゃないよね?


ただただ呆然としてしまう私に、原田はバッと顔を上げて、その強面な顔を歪めて平伏しました。ひぃぃぃいいい!こわい!


「申し訳ありやせん!お嬢!あっしがちゃんと若のことを見ていりゃあ、お嬢を学園に送らなくてもよかったものを…!」

「ううう…お嬢…!どうか、お達者で…!」


泣き崩れて行くおじさんたち。ただでさえ、顔が怖いのに…眉毛ない顔でそんな悲痛な面持ちはやめてください、西馬のおじちゃん。


そんなおじさんたちの肩を叩きながら、父である組長の目にもうっすらと涙が溜まっています。

羽鳥組、今日で取り潰しにでもあうんですか?


「紅葉がこんな事になるなんてなぁ…。俺の育て方が間違ってたのかなぁ…。」


ちょっとちょっと!組長であるあなたが眉尻下げないでよ!渋くてイケメンが台無しだよ!と内心突っ込みを入れつつ、しょげまくる父に何だか申し訳ない気持ちがしてきます。


あぁ、前世の私の両親もこんな風に落ち込んでいたりしたんですかね。なんだか悪いことをしちゃったなぁ。それに親より先に死ぬなんて、親不孝者もいいとこですよね。


でも、前世は前世。今世は今世。今の両親のことは大事ですが、私の身だって捨て切れません。


「私、本当に桃ノ木学園に行かないと駄目なの?」


私の一声に、いい年したおじさんたちの悲痛な面持ちはさらに酷くなっていく。誰も何も言わず、悲嘆に暮れるだけの時間が過ぎて行きます。


わかりますよ。桃ノ木学園に入学することの意味も、しないことの意味も。組は舐められるし、傘下に示しがつかないんですよね。

だからって、か弱い女の子を一人に重役を任せて、凶悪な狼の群れの中に放り込むのはいかがなものなんですかね?色々と悪いこともしている極道者ではありますが、流石に駄目でしょ。人として。親として。大人として。そんなこともわからないですかね?え?ちょっと、なんとか言ったらどうなんですか?


無言のまま睨みつけていると、おじさんたちは肩身を寄せ合って体を丸めています。これが東で第二の大きさを誇る羽鳥組の頂者とはとてもじゃないけど思えません。


一体、どう言えばこのおじさんたちは違う解決策を見つけてくれるんですかね。私も私で思案していると、扉を開けて煌びやかな服を纏ったおばさ…ゴホンゴホン。お姉様方がいらっしゃられました。


「お邪魔させてもらうよ。」「なんだい?葬式でもあったっていうのかい?」とかとか、口々に言いながら本革のコートを脱ぎ捨てるお姉様方は、こちらで団子状態になっている舎弟の奥様方です。つまり、姐さんってやつです。


姐さんたちは、少し興奮気味に私を取り囲んでいきます。迫力だけならおじさんたちにも劣りません。う、香水が混じり合ってすごい匂い…!うう…!


その姐さんの一人が手を伸ばし、肩をガシッと掴まれた時の痛みは、並大抵の修羅場をくぐってきただけの握力があります。痛!チカラ強!


「すごいじゃないかい!お嬢!古今東西の極道のタマを取りに行くんだって⁉︎」

「え」

「チンピラを去勢してくるんだって?やるねぇーお嬢!」

「は」

「違う違う!お嬢は猿山を締めにかかったのよぉ!」

「ちょっ」

「「「流石だねー!お嬢!」」」


因みにですが、タマとは男性の性器ではなく命のことで、チンピラとは極道になりきれてない半端者、猿山とは敵対する極道のことを馬鹿にした隠語です。狭い猿山の中で何ができるってんだよ!みたいな。調子に乗ってんなよ!的な。


「お、落ち着いて!姐さんたち!」


私が距離を置こうと、もがいたところで姐さんたちの勢いは止まりません。


「いやぁー!お嬢が一人で出入に行くとはねぇー。」

「それに比べて、男共ときたらどいつもこいつも稚児みたいにメソメソしやがって!それでも極道者かい⁉︎」

「ちょっとはお嬢を見ならったらどうなんだい⁉︎」


今や姐さんたちにゲシゲシ蹴られてる舎弟のおじさんたち。どの時代も女は強いものなんですね。あ、ダメだよ!西馬のおじちゃん!体勢かえたら鳩尾を狙わらるよ!


「その辺にしてあげましょう。」


艶っぽい声で微笑を含みながら最後に居間に現れたのは、未だにダイナマイトボディの私のお母さんです。

全国のお母さんのイメージを覆す赤いスパンコールのワンピースは胸元がバックリ開いており、スリットからは黒の網タイツが素晴らしい曲線美を描いております。

最近、増えたはずの皺はいつの間にかなくなってました。お母さん、ヒアルロン酸注入したでしょ。


「ほらほら、貴方たちもいい加減におし。羽鳥組の男共が女の尻に敷かれてるなんて噂が立ったらどうするの?」


口元を手で隠しながらクスクスと笑う母。それだけのことが妙に艶っぽいのが、実の母ながら魔性の女っぽくて背中がぞくぞくします。なんだか食われそうな気分になるんですよね。それに、噂が立つと言いますが、実際に尻に敷いてますよね。


母は、姐さんたちに蹴ららて憔悴気味の父と舎弟を起こしてから、ベルベット製の椅子に腰掛けます。

スリットがギリギリ過ぎて見えそうで見えない蠱惑的な体勢ですが、母は今年45歳のおばさんです。


「彩葉ちゃん。」


心の中でおばさん呼びしたのが暴露たのでしょうか。微笑こそ浮かべていますが、冷たい鋭利な視線と絶対零度を感じさせる声音で刺されます。こ、…恐い。


「貴女も事の重要性はわかるわよね?極道の血に連なるものが、桃ノ木学園に入らないということが何を意味するのか。」


外国製の煙草を取り出すと、近くで蹲っていたおじさんの一人がさっと火を付けます。それを当たり前のようにもらい、煙草を一吸い。

濃い白い煙と甘いヴァニラ臭が部屋に充満していきます。いつ見ても、この人が子どもを産んだとは思えないんですよね。お母さんって感じが一切しないんですもん。女王か女帝って感じです。


そんな女帝ママは、煙草の灰を落としながら手の甲を顎に当て、憂鬱な表情を浮かべております。


「紅葉くんのことは、全力で探すわ。あの子のことだもの。きっとそんなに遠くには行っていないはずだから、すぐに見つかるわ。」


それには同感です。紅葉って地元じゃ負け知らずですが、父親似で個人行動になると慎重になり過ぎて、なかなか前に進めないんですよ。少しずつじゃないと領域を広げられないタイプなので、冒険者向けではないんですよね。


「でも、もし万が一にも、入学式の場で羽鳥の者がいないとなると、その後の紅葉くんの学園生活に支障が出てしまうかもしれないの。

貴女も大好きな紅葉くんが、言われもない噂話に傷付くのは嫌でしょう?」


言われもない噂話。というのは、学園が怖くて逃げ出したっていう弱虫者な話のことでしょうか。それとも、メジャーデビューする!と言って出て行ったくせにすぐに捕まっちゃうという哀れな話のことでしょうか。前者はすぐに払拭できますが、後者は紅葉の人生に確実に黒い軌跡を残しますね。


「だからね。少しの間だけでいいの。とりあえず、一週間だけでいいわ。紅葉くんの代わりに学園に居てくれるだけでいいの。お願いできないかしら?」


これって紅葉の黒歴史を払拭するために学園に行きなさいと、そういうことですよね。いやいやー、ないでしょー。甘んじて受けなさいよ、黒歴史。実際、黒歴史になってるんだから、衆目を集めたところで大して変わらないでしょー。


「そんなの受けられるわけがない」と、反論しようと口を開くと、細い半月の形をした目が私を見つめます。口も反弧を描いてはおりますが、これは微笑などではありません。母の絶対零度の冷笑です。

春先とはいえ、まだまだ肌寒いですから部屋には暖房が入っているはずなのに、おかしいですね。壊れたかな?部屋の温度が急激に下がっている気がします。あれ、寒さで目がいかれたんでしょうか。母の後ろに雪山と横殴りに吹雪く雪が見えますよ。


「ねぇ、彩葉ちゃん?あなた、聖マリーア女学園が第一志望だったのよね?」


ピクッと私の肩が小さく跳ねます。

マリーア女学園は確かに私の第一志望の高校です。伝統あるお嬢様学校で、オホホとザマスの見目麗しい由緒正しき血筋の淑女たちが通う女子校です。

「お嬢!」と強面のおじさんに呼ばれる日常生活と決別したくて志願した高校でした。それに、極道の娘じゃなかなか普通の恋もできませんが、マリーアのお嬢様なら素敵な、しかもワンもツーもスリーも上質な男の子たちとお茶会(合コン)ができちゃうんですよ。そりゃ、行きたくない方がおかしいですよ。


「あそこの理事長先生、去年で引退らしくて四月から阿藤さんっていうママのお友だちが理事に就いたのよ。何でも入学前に自主退学した子がいたらしくて、定員割れして困ってらっしゃるんですって。どうしたらいいと思う?」


「どうしたらいいと思う?」と聞いてきますが、これは明らかな母からの交換条件ってやつです。紅葉が見つかるまでの一週間を桃ノ木学園にいて大人しくしていれば、マリーア女学園に口利きで入学させてやる、と。くっ…!また裏口で入学なんて卑怯な手を行使させられるとは…!


「い、一週間だけ…だからね?」

「ありがとう、彩葉ちゃん。」


それでも、マリーア女学園に入学できるという未来は輝かしくて、私は条件を飲みました。


私の一言に、姐さんたちは大はしゃぎです。「出入だ!祝いだ!」と終始賑やかな雰囲気です。一方、おじさんたちは涙を流しながら、「お嬢ー!なんて健気なんだー!」と肩を抱き合っております。本当に私の家族は騒がしいですね。


溜息もつきたくなりますが、私も気合を入れなくてはなりません。


待っててね!私の素敵な王子様!早く出てきなさいよね!紅葉!



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