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はじまりの一週間(1)

体調が優れないので、お休みします。

羽鳥 紅葉

なんてことが通じるのは最初の二日程度で、三日目ともなると養護教諭でもある寮母の佐々木さんが怒気を露わに叩き起こしに来ました。


「学生の本分は学業!さっさと授業に出なさい!」


と、半ば無理やり部屋を出されてしまいました。セキュリティーばっちりの個室とは言え、寮母さんのマスターキーに叶うわけないんですよね。


そうして私は今、入学式以来初めて自室から出ました。ギリギリまで部屋に篭っていたので、遅刻は確定です。遅めの朝食はひと気のない食堂で寮母の佐々木さんと二人でゆっくり取ることになりました。


食堂と言っても、そこはお金持ち学園ですからね。タイル張りの床は磨き上げられ、木目調の壁と天井まで切り取られた大きな窓、木製の温かみのあるテーブルと揃いの椅子。椅子には反発性のあるクッションが入っており座り心地は抜群です。

テラス席には白いパラソルが朝日を受けて輝きを増していますよ。うう。寝起きにはきつい輝きですね。


出入り口に程近い席に座ると、佐々木さんも席について一緒に朝食を取ります。


「何か嫌なことでもあるの?」


心配して優しく聞いてくれる佐々木さんには申し訳ないですが、男装がバレて組が潰れるなもしないなんて、こればっかりは他言出来ません。私は無言まま顔を振り、用意されたモーニングセットを口に運びます。


桃ノ木学園の食堂には、栄養管理士が数名おり、成長に必要なカロリーをバランス良く取れるラインナップが取り揃えられています。

女の子の私としては、朝からトースト二枚とか山盛りのスクランブルエッグとか具沢山のミネストローネは、ちょっと重たいんですけどね。

お金持ち子息も通う学園の食堂ですから、味は天下一品。ほっぺも蕩けるくらい美味しいので、どんどんお腹に入ってしまうんですが、如何せん量が多い。うぐ…食べきれない。成長期の男の子は朝からお代わりもするって言いますが本当なんですかね。胃袋壊れていませんか。


半分も食べずに満腹になった私に、佐々木さんは食後のお茶を用意してくれました。用意されたものが食べきれないのって、作ってくれた方に申し訳ないから食べたいは食べたいんですけどね。これは無理です。食堂のおばちゃん、ごめんなさい。


因みに引き篭もりの間は、身体に優しいお粥や消化の良さそうな中華スープ、プリンや杏仁豆腐と私には嬉しいラインナップでした。体調不良と言っていたので、量もそこまで多くなかったので完食してましたが、平常だとこの量が出てくるのかと思うとつらいものがありますね。次回からは量少なめでお願いしてみましょう。


お茶で胃を落ち着かせながら、佐々木さんを見ると何か言いたげに私を見ているではありませんか。

見た目は見目麗しいな寮母さんなので、普通の男の子なら胸が高鳴ってしまうことでしょうね。本日も豊満さを窺わせる胸の高みに視線がいきます。何を入れればそこまで大きくなるんですか?


「…入学式のこと、小原くんから聞いたわ。とても悔しかったでしょう?」


入学式、という単語に私の肩が揺れます。何を隠そう、私が引き篭もらなければならなくなった原因は、そこにあるんですから動揺してもおかしな話しではありません。


ぎこちなくお茶を咀嚼した様子に、佐々木さんは確信を得たようです。骨太な指で豊かな金髪を掻き上げると、気まずそうに言葉を紡ぎます。無駄に色っぽいのが腹正しいですね。貴方、本当に男性ですよね?


「若宮くんも反省して今は大人しくしているって言うし、このまま貴方が寮に篭っているのは良くないと思うのよ。高校生なんて今しか出来ないことがたくさんあるの。一生の友だちだって出来ると思うし、悪いことばかりじゃないわ。」


優しく微笑みかけてくれる佐々木さん。その優しさが身に沁みて、ついポロっと泣きたくなりました。こんな風に人の優しさに触れるのは随分久しぶりな気がします。最近、生きた心地がしてませんでしたから、余計にそう感じるのかもしれませんね。


心配も優しさもとても嬉しいのですが、その諭し方は見当違いですよ。別にマッキーに会うのが嫌で引き篭もったわけではないし、学園で一生の友だちを作りたいとも思っていません。高校生として今しか出来ないことを存分にやるために、今を我慢しているので私としては早急に学園を去りたいのです。


ですが、ビックリすることを聞きましたね。えぇ、えぇ。そりゃもう目が飛び出るくらい驚いてますよ。


マッキーが反省して大人しくしてる?それって、私のことをバラしてないってことなんでしょうか。それとも、そもそも女の子だって気付かれてないんでしょうか。

確かにマッキーはアホの子ですから、気付いていないことも考えてはいましたが、あそこには一応成人している橘も居たので、いくらなんでも気付かれたと思っていました。


全ては私一人の杞憂だったのでしょうか。


「頑張ってね。」と佐々木さんに見送られて寮を出ても、頭の中はそのことでいっぱいです。本当はそこら辺でふけろうと思ってましたが、気付いたら昇降口に立っていました。あれれ?


桃ノ木学園の学舎は、学園案内そのままに木々溢れる緑暖かな環境に洒落た洋館風情の外観です。昇降口の前には整備された綺麗な庭園と噴水と石像が左右対象に置かれています。西洋のお屋敷張りな学舎と相まったシンメトリーの構造には建造美が存分に感じられます。

とは言え、十代の青年が学ぶ学舎ですから、見取りは普通の学校と大差はありません。内装がちょっと華美なだけです。

たとえば、廊下には赤い絨毯が轢かれており、下履きのまま往来が可能です。

それぞれの教室を仕切るのは引き戸ではなく木製の扉です。その扉にはクラス毎に模様が異なりますが、基本的には蔦が絡まった薔薇、鈴蘭、桔梗、蓮などの植物です。この学園、無駄にお洒落ですよね。

学舎は三階まであり、一年生が一階、二年生が二階、三年生が三階と、学年毎に分かれていますが、各階に移動の際は学舎中央にあるエスカレーターを使用することが可能です。流石はお金持ち!と言った設備ですよね。ですが、豪華設備がこれだけではないのがこの学園の恐ろしいところですよね。


「羽鳥くん?」


昇降口から教室に移動するか迷っていると、後ろから声をかけられました。

振り向けば、そこに居たのは危険人物ナンバー2の橘ではないですか。


「今日から授業に出るって佐々木さんから聞いて、待ってたんだ。君は僕のクラスの生徒でもあるしね。」


そう言って柔らかく笑う橘。今日の彼は入学式で着ていた正装姿ではなく、ゲーム中によく見た軽装備です。白いワイシャツの上に紫のカーディガン、ズボンはジーンズと若さ溢れる格好です。貴方、34歳ですよね?紫のカーディガンは冒険しすぎじゃないですか?


「本当はすぐに会って話したかったんだけどね。具合が悪いって聞いていたから遠慮したんだよ。」


何の話をしたかったんですか?「君、実は女の子でしょ?」とかそんな話なら出切ればお断りですよ。


警戒しまくりの私に、橘は「まいったなぁ」と言いつつ頬を指で搔いています。むむむ。このゆるふわ紫パーマの橘も顔面が無駄にイケメンなんですよ。ハスキーボイスと年上ってところが合わさってフェロモンダダ漏れ感が否めません。


「…この間は本当に申し訳なかったね。君には相当嫌な思いをさせてしまったみたいだ。でも、まさか若宮くんの上に乗った君が体調不良を理由に休むとは思わなかったから驚いたよ。」


微笑みに苦さを交えながら話す橘からは、マッキーの面倒を押し付けられている時の弱腰さは微塵も感じられません。そうなんですよね。マッキー無しなら面倒見のいい先生なんですもんね。


「虎口の親父には、ちゃんと報告したから安心して欲しい。若宮くんも親父に酷く怒られたそうだから、当分は大人しくしていると思う。後日、本人からも謝罪の言葉があると思うから、その時は聞いてやって欲しいんだ。」


橘からのお願いに私は無言のまま頷きます。金輪際、彼らと会話をする気はありません。

それより先生。遅刻確定の私とこんなにのんびり話していていいんですか?貴方、クラス受け持ちの先生なんでしょう?話がそれだけならさっさと離れたいんですけども。


私は先を急いでいることを装い、昇降口を抜けて教室へと足を踏み出します。ですが、私が逃げようといていることに目敏く気付いた橘は、私の腕を取って進行を阻みます。


「待って。」


腕を引きつけられ、橘の胸に背中を合わせる形で止まった私の耳元に橘のハスキーボイスが落とされます。ぞくり、と背筋が震えるハスキーさです。ぎゃぁぁあああ!腰砕ける‼︎


「実は僕、困ってるんだよ。助けてくれない?」


腕を掴む手はそれ程強くはありません。妙な雰囲気に嫌な予感がプンプンします。ここは、何か言い返すべきなんでしょうか。ですが、助けてくれと言ってくる橘に「知るか、ボケ!」とかしか返す言葉が出てきませんよ。なんで私が貴方を助けなきゃならないんですか。でもそんな返答すら、今の状況を考えると言うのを躊躇われます。


もしかしたらバレてる?と頭の中をぐるぐる回るのは同じ思考ばかりです。どくんどくん、と一気に早くなった脈音が嫌に耳障りですが、それを上書きするように入ってくる橘の声音は何かの呪いみたいに体の自由を奪ってきます。


「羽鳥“さん”も困ってるんじゃない?」


どっくん!と一際大きく心臓が動いたと同時に気道がきゅっと閉まって呼吸が出来なくなります。

こ、これは…間違いなくバレてる⁉︎


私の硬直ぶりをどう判断したのか、腕を解放した橘は私の肩をトントンと叩きます。


「まぁ、仲良くいこうよ。」


にっこりと微笑まれましが、その顔は悪徳商法の詐欺師のようにしか見えません。何を企んでいるんですか、橘。


私は橘に先導されて、始業の予鈴の前に教室に入りましたが、頭の中は真っ白で何も考えられません。


え、なにあれ。誰あれ。あんな橘、ゲームの中にいたっけ?


ゲーム中の橘は主人公のお助けキャラ的存在です。初見プレイ時には、学園の仕組みを理解出来ていない主人公に極道のこととか色々教えてくれる説明係で、ルート選択の時には、どのルートに入りそうなのか教えてくれる頼れるキャラクターでした。

攻略対象になった後も、基本的にはそれは変わりませんが、主人公の頑張っている姿勢に心打たれ、徐々に恋愛対象として意識し感情を抑えきれずに色場へと持っていってしまう。

教師として大人としてそれはあかんでしょ。と思いましたが、そのハスキーボイスで囁かれては文句も出ませんでしたよ。


それが何故にあんな腹黒キャラに⁉︎


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