入学式(6)
データが一回消えてしまい、書き直しになりました。ううう。遅くなりましたが、更新してまいります。
桃ノ木学園入学前の私は紅葉とは色々と違いました。
紅葉は色素の薄い茶色で、男の子としては長めのショートカット。光加減によっては橙色に見える瞳と筋が通った鼻、形の良い薄い唇。変声期を終えた声音は低すぎはしませんが、青年らしさ溢れる爽やかな声音でした。二枚目俳優ばりの父の身目を受け継ぎ、まさしくイケメン!と言った風体で、女の子にもそりゃあモテてましたよ。
対する私は、光加減によっても焦げ茶止まりの黒いロングヘアーに、同色の瞳。低い鼻は高さこそありませんが、そこそこに筋は通っています。血を指したような唇に血色のいい頬。まるでオカメインコのようだと女帝ママには言われておりました。
女の子の私に変声期なんて訪れるわけもなく、幼女よりかは低い普通の声音です。ハスキーボイスなんて風を引いた時くらいにしか出ませんよ。
父似で二枚目俳優顔面になりつつある紅葉とは対照的に、私はまぁ可愛いかなくらいの顔面です。女帝ママの小学生の頃にそっくりなんだそうで、今後に期待です。
そんな私がいかにして紅葉に変装していたかと言うと、まず髪の毛を切り、ブリーチして色素を抜き、ファンデーションで頬の赤みを抑え、眉毛を太めに描きます。
胸は晒しで押し付け平らにし、腰にはタオルをいれてウエストを太くします。
そうして紅葉用に作られた桃ノ木学園の少し大きめの制服を着るとあら不思議。なんちゃって紅葉くんの完成です。
私たち、二卵性双生児なんですよね。紅葉はイケメン属性を多分に両親から受け継ぎましたが、私は未だに発展途上。しかも、どちらに似ていくのか未だに不明瞭なわけです。
それでも双子ということもあり、出来上がった偽紅葉の出来栄えは「モノマネ大賞とか出れそうだよね。」といったところ。
実際、紅葉に似てなくもない出来栄えなわけだし、初対面の人間は私たちが入れ替わっているのに気付くはずはない、というのが家の総意でした。
なのに、なんて失態を犯してしまったんでしょう。
どんなに見た目を似せられても喋り口調を変えてみても、声帯は似せることは出来ませんよ。それこそ某少年誌の蝶ネクタイ型変声機とかあれば話は別ですけど。
咄嗟のこととは言え、エントランスに響いた高音の悲鳴は女性特有のものがあったように思います。もう、あんまり思い出せないんですけど。
そう考えると、マッキーが急に黙ったことや橘の驚いた顔の意味合いが変わってきます。ただ単に悲鳴に対して驚いたのかと思ってましたが、本当は変装がバレて「どうして女がいるんだ⁉︎」的な驚きだったのでしょうか。
どうしましょう。これは、ゲームのレベルアップなんて悠長なことをしている場合ではありませんね。
一週間、紅葉として過ごせば煌びやかなマリーナ女学園でのお嬢様ライフが待っていたというのに、初日からして大失態です。これもみんなマッキーのせいですね。もう絶対に許してあげない!
頭を抱える状況ですが、今後の立ち回りを考えないとなりません。
もしマッキーたちが私の変装を他言するとしたら羽鳥組の面子は丸潰れです。紅葉の家出を隠蔽するためとは言え、偽物の私を学園に入学させることでその体面を守ると言う偽装工作の露見はもちろん、見方によっては次期組長第一候補の紅葉が責任放棄は羽鳥組の未来自体を危ぶむことですし、傘下の組への示しが付かず、反乱を起こされるかもしれません。
それは、その懸念があると言うだけで、組を失墜へと追いやる要因になり得ます。他組に舐められ、傘下の信頼を失い、家族はバラバラになってしまうかもしれません。
本当にどうしましょう。考えれば考えるほど最悪の結末しか描けませんよ。
だから、女の子の私が紅葉の代わりなんて無理だって言ったのに!…言ったかな?
いやいや、でも普通に気付くでしょう。いい年した大人があれだけいたんですから。前世持ちとは言え、私は今世ではまだ十五歳のお子様です。親の監視下に置かれ、地域に守られていいお年なんですから、この失態は私のせいだけではありませんよ!
そうと決まればやることは一つです。実家に報告。即ち、責任転嫁。連帯責任ってやつで逃げましょう!大人の無茶に子供を巻き込んだ罰は大人が受けるべきですよ!
私は携帯電話を取り出し、実家に連絡するべく画面を起動します。すると、画面にはいくつかの着信履歴とメール受信のお知らせが映し出されていました。
もしかしたら、紅葉が見つかったのかもしれません!
私は一縷の希望を見出し、電話をかける前にメールを開きました。以下、女帝ママからのメール内容です。
[彩葉ちゃんへ
入学おめでとう。形はどうあれ娘の晴れ姿を見れないこと残念に思います。紅葉くんの代わりなんて大変なことを任せちゃってごめんなさいね。でも、頑張り屋の彩葉ちゃんなら絶対に大丈夫だと思って、お父さんたちも期待しています。
紅葉くんに関してですが、H市で目撃情報があり、大野木さんたちが確認に走ってくれています。
きっともうすぐ見つかるから、それまで耐えて下さいね。
そんなこと万が一にもないも思いますが、もし彩葉ちゃんのことがばれちゃったらその時は、、、、わかりますね?
頑張り屋の彩葉ちゃんのこと、家族みんなで応援してます。くれぐれも失態はおかしちゃだめよ?
ママより]
ママ。「、、、」ってなんですか。わからないですよ。どうしちゃう気なんですか。怖い。怖すぎます。
私はメールを閉じると、布団に包まり身体を抱きしめました。うん。もう外なんか絶対に出ませんからね。
えぇー、ちょっと待ってよ。いやいや、何このメール。絶体絶命?死刑宣告?どんだけ私のこと追い詰める気なんですか、ママ様。
子供って親の期待に弱いんですよ。褒められたくて、つい頑張っちゃう性質があるんですよ。でも、これは駄目なやつでしょう。親の期待で子供の可能性を踏み潰すやつでしょう。私の場合、生命の危機を感じてますけど。
どうしよう、どうしよう、と悩んだところで、いい打開策が出てくるわけもなく、時間だけが無情に過ぎて行きます。
今この瞬間にも、生徒たちの間では紅葉偽装の話題で盛り上がってるかもしれないと思うと、とてもじゃないけど生きた心地がしません。
家に連絡をいれては、私の生命がどうなることやら。
なんだか泣きたくなってきました。ううう。
そうこうしている悩んでいるうちに、外に人けが出てきました。おそらく入学式が終わり、生徒たちが寮に戻ってきたのでしょう。
窓の外からは賑やかな笑い声も聞こえますが、今の私には絶望しか与えません。あの笑い声も、もしかしたら羽鳥組のことを嘲笑っているのかもしれないと被害妄想が広がります。
妄想か現実か。確かめるのは簡単ですが、怖くて身体が動いてはくれません。逆に、見えない重石で呼吸まで止まりそうですよ。
こんなことなら、マッキーの戯言なんて無視しちゃえば良かっ…良かないです。それだけは出来ません。
家族の名誉は何物にも代え難いのです。でも、それが裏目に出てしまったのも事実ですよね。
本当にどうしたらいいんでしょう。誰か助けてー!