・・・またですか?
あまりの現実味の無さに、書き終えて苦笑した作者…( ̄▽ ̄)ゞ
○月×日(△曜日)
少女は、ホームセンターの一角で頭を抱えていた。
休日のホームセンター『ニコニコパーク』は買い物客でごった返している。
その喧騒の中で、独り苦悩している少女に気付くものはいない。
勿論、実際に頭を抱えていれば誰かしら目に留めたであろう。
しかし、これは内心の描写であり、実際のところは立っているだけである。
文字通り突っ立ったまま、視界に入って来たその人物に内心でひどく動揺しているのだ。
少女の視線の先には一人の少年。
その少年と少女がどんな関係かと言えば。
端的に纏めよう。
彼等はとくに知人という括りには当たらない間柄。
赤の他人、という言葉がある。
まさにその赤の他人が彼らである。
その少女の動揺は、周囲から見れば訳が分からないことと思われる。
それについては、少女自身全面的に頷きたい。
今の少女の心境をそのまま表すなら、恐らく次のような羅列になる。
………どうしてこうなるの?
………今週に入って四度目よ、これ。
………これ以上私にどうしろっていうの?
少女の複雑な心境をよそに、視界の先の少年は暢気に買い物を続けている。
それも当然のこと。
おそらく彼は、ホームセンターへ買い物に来ただけなのだから。
突然ですが、皆さんは電車通学もしくは通勤をした経験はあるだろうか?
ここからはあくまで例えなので、分かりにくいこともあるかも知れない。
その点については初めから断っておきたい。
唐突に説明する羽目になって内心焦っていますから。
優しい気持ちで見守ってあげて下さい。
……それにしても。
なんでしょうねこれ、数十年後に友人の結婚式があってその時に何の因果かスピーチを依頼されて困る的なシチュエーションに似ている気もする。
そんな未来が本当にやって来るのかも今現在分からないのだけれど。
それはひとまず置いておき、論文調で説明しましょう。
なぜ論文調で?
それはもう、要点のみに絞ってさっさと話を纏めてしまいたいから。
すべてはそれに尽きます。
人には、其々にパーソナルスペースとも言うべき生活圏というものが少なからず存在する。これは個人差で広くも狭くもあるものだが、恐らく自分は中程度と言って差し支えないだろう。
その中程度の生活圏の中に、一定の割合で度々重なる円。
それが今回の問題の最大の焦点になる。
縁、ともいうべきそれである。
家が近ければ、近所のスーパーで顔を合わせる機会も多くなることは不自然ではない。
学校が同じなら、通学の途中同じ車両で毎朝顔を合わせるクラスメイトがいても不自然ではない。
そう、なんら不思議なことではない。
人が生活していく上で、名も知らぬ人たちと図らずも顔を合わせる機会はごまんとある。
電車やバスに乗っていて、ふとした瞬間。
そう言えばあの人前にもあの席に座っていたな、とか。
学校からの帰り道で、通りがかった自転車に乗るおじさんを見て、前にもこれくらいの時間にここを通ってたな、あの人。とか。
それはそれで、けしておかしな話ではないのだ。
ただし、今回は違う。
次元が、まったくもって違うのだ。
それを証明する為には、本来なら自宅へ戻るべきところ。
ホームセンターより歩いて十五分、癒しの我が家へ戻れば全てはっきりする。
もはや弟からは、遭遇履歴と称されるようになった日記帳。
その中を見てもらえば、言葉を重ねて説明するよりも遥かに早く納得頂けること間違いなし。
初めて弟がページを捲った時には、捲る毎に変化していく表情が見物だった。
最後まで捲られることなく、パタンと閉じられた音が印象的だった。
本来なら、日記一冊で済む話。
けれどもここは駄目元でも、伝えておきたいと思うのです。
この少年と、私が行く先々で遭遇すること通算361回目。
一年は言わずと知れた365日。
……驚異の遭遇率99%を叩き出した現在、如何にそれが非現実的な話であるか分かってもらえるだろう。
一年の内、外へ出れば漏れなく遭遇すると言えば分かりやすいでしょうか。
勿論自分はストーカーではない。
では彼がストーカーなのかと言えば、これも違う。
これまで見た限り、恐らく彼は自分の存在を認識さえしていないのではないかと思う。
実際、視線が合うことも無く。
それだけ遭遇しながら、正面から顔を見合わせたことも無い。
知人とさえ呼べない関係。
ドラマのエキストラ同士が街角ですれ違う程度の関係性に過ぎないのですから。
しかし、それはさて置き。
勘づいた方、いるのではないでしょうか。
人はそれを認識した瞬間、かなり気まずい思いを抱く場合がある。
私自身はこれを『またですか……』心理と名付けました。
何の気なしに入った店で、商品棚を抜けた瞬間に目に飛び込んでくるのは見覚えのある背中。
学校からの帰り道で、ふと視線を上げると向かい側で信号を待つ彼の姿。
友人と気晴らしにボーリングへ出かけた先で、隣のレーンに見覚えのある横顔。
初めの頃は、この人よく見かけるなぁ……くらいで済ませていた遭遇の端々。
それが回数を重ねるごとに、気まずい思いを抱くようになる。
そんな人間心理に、心当たりのある方がいたらそれは私の同志です。
打つ手が無いわけではない。
家を出なければいいのだと。
そう考えた末で、折角の休日を棒に振ったとある一日。
しかしその努力を嘲笑う様に、洗濯物を取り込む手伝いをしていた私はふと視線を向けたテレビの画面に、天気予報と通行人の姿を映し出す映像を見た。
なにやら胸騒ぎを覚えて、視線を外そうとするも遅い。
ばっちり見つけていましたとも。
いつになく億劫そうな様子で、コンビニの袋片手に歩いている彼の姿を。
………なにこれ呪い?
いつしかそう思い始めたのも、無理はないと思う。
気なしに視線を向ければ、いつもそこに彼がいる。
そしてそれに気づいているのは、私だけ。
そして今日。
今日もまた同じように、彼に遭遇する自分に諦めに似た脱力さえ感じる。
先週の遭遇率がやや下がっていたことで、若干気を緩めていたこともあり、いつになく精神的なダメージも大きかった。
いつしか意図せずとも、彼について私はいろいろなことを知っていた。
好きな色はおそらく、水色。
服装はカジュアルなものが多い。
脱色したのか、それとも生まれつきか色素の薄い髪からのぞく双眸はいつも眠たげでやる気のやの字も感じられない。
昼時はコンビニの袋を提げている率が高い。
あと、柄の悪い人に絡まれる率が馬鹿高い。
道行けば、絡まれているのだから笑えない。
特殊なフェロモンでも出しているのかと疑う位に、それは物凄い高頻度で発生していた。
そしてその場面に散々出くわす自分も大概だ。
五回を超えたあたりから、驚かなくなった。
十回を超えれば、状況次第で匿名通報をする手順に躊躇いも無くなった。
一旦場を離れ、携帯を取り出す。
その後はワンコールである。
この時の自分の指先に迷いはない。凄く滑らかだと思う。
だから今の私が通報までに掛ける時間は、平均よりも早い筈だ。
警察へこれほど頻繁に通報している自分は、ある意味目を付けられているのではないか。
最近は時に不安を覚えている位である。
行く先々で死体が転がっている某国民アニメではないが、あれが笑えなくなってきている自分。
誰ともなしに、言い訳をしたくなるこの心境は一体……。
いずれにせよ、こうして今日も遭遇した自分。
いつも以上に疲弊した思考であったためなのか。
単純にそろそろボロが出る時期であったためなのか。
彼が手にした商品を見て、思わず口を突いて出た言葉。
それは最早取り返しがつかない。
「またですか?!!」
「………あ゛?」
普段は内心に留まっていた言葉が、自らを裏切って飛び出てきたのだから堪らない。
慌てて口を押さえるも、後の祭りである。
遭遇すること361回目にして、初めて目があった二人である。
もはやその空気からしても、収拾がつかないことは分かっていた。
少女は束の間俯いた後、顔を上げた。
意を決して彼に告げる。
「この際あなたにお願いしたい。……週ごとのタイムテーブルを私に下さい!!!」
絶句した彼の表情に、然も在りなんと少女はこの時も内心で血の涙を零している。
彼からすれば、突然見知らぬ少女に訳のわからない一言目を投げつけられた挙句。
続けて落とされた発言は、なんじゃそらと理解不能に陥ること必至の文句である。
しかし、それだけ少女は混乱しており。
ある意味それだけ361回の遭遇は地味に少女を追いこんでいたのである。
何とかしたい。
打開したい。
そんな思いが込められた決死の発言だったわけだが。
……ああ、終わった。私。
少女が己のメタ発言に悄然と項垂れている間も、時間は無情に過ぎていく。
そしてとうとう、件の少年が口を開いた。
「……なんだァ? お前もしかして新型のストーカーか?」
「……?!……」
この時、零れおちんばかりに目を見開いたまま声を喪っていた少女の内心はと言えば。
違うよ!!!
寧ろ遭遇したくない派だよ!!?
と、内心の絶叫は流石に封じ込めましたとも。
何れにしろ、とても口に付いて出せる言葉ではありませんでした。
しかしながら、弁解をしたところで手遅れなのは目に見えているこの状況。
少女は重々承知していました。
否定した所で、この先も恐らく遭遇し続けるであろう少女にとっては今まで以上の地獄が待っているであろうことも。
あり得ませんが、一応肯定した場合。
それ即ち、自ら犯罪者予備軍だと自称したも同然であることも。
行くも地獄、帰るも地獄。
自らが招いた災厄に、暫し声も無く立ち竦んでいた少女はとうとう覚悟を決めました。
そうです。
……一か八か当人に話してみることにしました。
そこからはどう転んでも、どうにでもなれ的心境です。
「実は私、あなたの名前も知らないんです」
「……あ゛?」
ここから先は、素直に言葉を重ねていくだけ。
「多分あなたはご存じないでしょうが、今日これで361回目の遭遇なんです」
「……お前、通報されても文句言えねぇぞ、それ……」
「誤解しないでください。私があなたに遭遇するのはむしろ不本意なのです」
「……意味が分かんねェな、はぐらかそうって腹かよ?……」
「いいえ。寧ろ、この後もし時間があるなら腹を割って話したいと思っています」
「……訳分かんねえ女。俺がそれに付き合う義理はあんのか?」
「義理、はないですね。……でも、これからのことを考えたら今日一日で終わらせた方が合理的だと思いますけど」
少女は、彼女なりに真摯な姿勢を崩さずに提案したつもりでしたが。
しかし状況からして、彼がその時同意する可能性は低いだろうとこの時点で既に分かってもいたのです。
結果は予想した通りになりました。
「……付き合ってられねェ。二度と姿を見せるなよ、お前」
そう言い置いて、去っていく背を溜息とともに見送った少女は呟きます。
「……そう、出来たらどんなに良いでしょうね……」
少女のその発言は、まさに先を見越した発言であった訳ですが。
実際、その危惧は予想した通りになりました。
「……いい加減にしろよ、お前……」
「……それは此方が言いたいくらいです。昨日も言った筈ですよ、私は寧ろ不本意だと」
駅前のロータリーにて。
再び顔を合わせることになった私たちです。
互いに今日は登校日なので、別々の高校の制服を着て座っています。
今までは、たとえ遭遇した所で私しか気付いてはいなかったのですから言葉を交わすことも無かった。
それが昨日の遭遇とその折のメタ発言を皮切りにこんな流れになりました。
人生って怖いですね。
取り返しのつかない言葉は、後々になっても自分を苦しめてきますから。
今より五分ほど前。
停留所のベンチにて、二十分後のバス到着に間に合わせようと歩いて来た自分。
時刻表を確認してベンチに座った後、横に視線を向ければ彼がいました。
ばっちり目が合いました。
今日は恐らく彼の方が先に気付いていたのだろうと思います。
それはもう長い沈黙を挟んでから寄こされた言葉。
それは、これ以上無いくらいに冷え切ったものでした。
普段はやる気の欠片も見当たらない双眸に、嫌悪に近い色が見えました。
しかし、これにたいした怯えも覚えずに淡々と返した自分。
それもその筈。
伊達に361回も遭遇してはおりません。
その冷え冷えとした目も、地を這う様な声も見飽きた聞き飽きたと言って過言ではなく。
それはつまり、性質の悪いのに絡まれた時に必ず見せる顔でしたから。
私の返答に、顔を歪めた彼のことなど何のその。
こちらはもう、昨晩の内に割り切っているのです。
その日のことはその日の内に。
座右の姪です。
反省も、後悔も一日以上引き摺った所で足を引っ張るだけですから。
「だから昨日お伝えしたでしょう? これからのことを考えたら、私がした提案は理に適ったものなんです。分かります。あなたは私を気味悪く思うのも。それが自然です。先日の発言についても合わせて謝罪しようと思っています。ただそれを説明しようにも、あなたが拒否をするなら私からはどうしようもありません」
敢てここでは視線を合わせずに、なるべく感情を入れずに伝えます。
時に、場面次第ではありますが。
人が下手に感情を込めることで、状況が悪化することがままあると身を以て知っているからでした。
これで駄目なら、後は時間を置くしかない。
そんなことをぼんやりと思っていた自分へ、しかしここで思いがけない言葉がありました。
「……別に気味悪ぃなんて思ってねェ。ストーカーくらい今更だ」
「……え、何ですかその発言。さり気なく苛立ちを覚えます」
確かに、彼は秀麗と呼べる部類に入るのだろう。
それは初めて目にした時から分かっていた。
ただし、その怜悧な雰囲気と滲み出る険悪なオーラと標準装備の覇気の無さを加味したら、到底女子が近付きたい対象を逸脱しているのだろうとも思っていた。
事実、彼が特定の誰かと連れだって歩いている姿は361度遭遇して一度も見られなかった。
内心で…なんて残念男子だろう…と呟いていたのも一度や二度ではない。
「…おい、何か今そこはかとなく馬鹿にされた気がした。気の所為か?」
「気の所為です」
コンマ一秒挟まずに言い切った。
ここは表情一つ動かさずに、即答するに限る。
「……いい度胸してんなァ、お前」
「……それはどうも。不本意ながら、あなたが毎度絡まれる場面に日々遭遇していれば私でなくともこうなります。そう言えば、ここ三日くらいは絡まれずに過ごせているみたいですね。何よりです」
彼の絶句を目にするのはこれで二度目になる。
普段あまり表情を変えることが少ない彼が、自分と話している時は幾らか表情に変化があるように思えるのは気の所為か。
私に対する不快感が前面に表れているというなら、納得もする。
だからこそ、先程の発言には少し不意を突かれてしまった。
しかし、それはともかく今はただこれを言いたい。
美形滅びろ。
身近にいる美形に常日頃からそう思い続けて幾星霜。
今やその対象は、すぐ横にも飛び火して広がっています。
「……お前、一体何者だ……」
「……ようやくお話しできそうですね」
とうとう引き出しましたよ、その言葉。
あぁ、ここまで長かった。
362回目の遭遇にしてようやく自己紹介の段階ですから。
けれども今日を境にどう転ぼうと、ようやく私は解放されます。
『……またですか』心理は結構辛いんですよ?
遭遇履歴ノートは、上から二段目の引き出しに入ってます。