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空の都の方舟物語(アークティル)  作者: 三崎ヒロト
第一章 謎の少年とお城の王様
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第八話 ラフォード学院の研究会①

ノアが城へ潜入するために、まずカノンがしたこと。それは、彼女が所属する研究会が城の中へ招待されるという状況を作り上げることだった。それが実際に可能かどうかはわからない。一応、コネがあるから大丈夫とは言ったものの、カノンの胸の中には正直言って不安しかなかった。

「でも、これは私にしかできないこと。がんばれ私」

カノンは自分にそう言い聞かせた。


◇◇◇


――ラフォード学院

 そこはカノンが通う町の学校だった。学年は四つあり、カノンは一年生。歴史もこの町の学校の中では一番古く、ラフォード学院出身の著名人も少なくない。そんな学校だったから、自然とカノンも、小さいころからこの学校にある種の憧れを抱いており、実際に通えることになったときは、嬉しくて飛び上がった。

 そんなカノンも、今ではすっかり学校に馴染んでおり、カノンの性格のせいもあって、周りの人からは、よく頼られる位置づけを築いていた。もちろんそれは、ノアも同じである。

そしてカノンは今、学院の図書館にいた。カノンはいつもこの時間には図書館に来ている。今日は調べたいこともあって、少し長く居座っている。そんなカノンのところに一人の生徒が近づいてきた。

「ねえ、カノンってば、また図書館にこもってるの?勉強熱心だなー」

そう言って、隣の席に腰を下ろした女の子は、カノンの読んでいた本に目を向ける。

「うわっ。よくそんなの読む気になるね。私は絶対無理だな」

その女の子は信じられないというような顔をする。そのときカノンの手にしていた本は、クロスセピアの歴史に関する分厚いものであった。これは資料用の本で、読む生徒はあまりいない。カノンも好き好んでこの本を読んでいるわけでは決してなかった。

「しょうがないでしょ。この本は館外持ち出し禁止だからここで読むしかないんだよ」

カノンは一旦本を読むのをやめて、その女の子に話し返す。カノンの友人であるその子は、どうやら本を読むために、ここにいるわけではなさそうであった。カノンはその子に聞いた。

「で、何?モニカも私に何か用があってここに来たんじゃないの?」

 モニカと呼ばれた女の子は、プリントを取り出してカノンに見せた。

そこには課題レポート、の文字があった。

それを見て何となく、彼女がここに来た理由を察したカノン。その子は続けた。

「実は、明日提出のレポートがまだ終わってなくて、『偶然』図書館に来たら、『偶然』カノンがいたから、手伝ってもらおうかなーなんて。てへ」

 モニカは偶然の二文字をやけに強調し、本当はそういうつもりじゃなかった、と言いたげであった。カノンはため息をつく。

「嘘つき。この時間に、いつも私がここにいることを知ってるくせに。『偶然』を装おうなんておこがましいわよ、モニカ。ま、どっちにしろ、手伝わないけどね」

 カノンは冷たく突き放す。

「なんで?いつもなら手伝ってくれるのに」

モニカは驚いた表情をした。確かに、いつものカノンなら、放課後に彼女のレポート作成を手伝っていたかもしれない。けれども、今は最優先事項を成功させるために、そんなことをしている暇はなかった。

 カノンはモニカの方を見る。

「それには三つの理由があります。理由その一、課題は自分の力でやるものだから。理由その二、あなたはいつも私に頼っているから。そして理由その三、私は今忙しいから」

カノンは指を立てて、モニカに理由を説明した。カノンの言葉を聞いて、モニカは更に聞き返した。

「忙しいって、研究会の方も、カンカミールが終わって一仕事とついたばかりなんでしょ。何が忙しいの?それとも、最近通いつめてるあの男の子のことかな?熱心なことで」

 モニカはさらっとノアのことを口にする。カノンは驚いた。なぜなら、カノンは彼女にノアのことを話した覚えはなかったからだ。

「何でモニカがノアくんのこと知ってるのよ!」

カノンがそう言うと、彼女は不敵な笑いを浮かべる。

「ふーん、あの子ノアって名前なんだ。もしかして彼氏?」

 モニカは揚げ足をとるように、さらにカノンをまくし立てた。カノンはしまった、という表情を見せる。別に隠していたわけではなかったが、彼女がそれを知っているということは、モニカが尾行していたのだとカノンは思った。

カノンは今までのことを思い出すと、色々恥ずかしくなって、その場にいづらくなり、急に席を立った。

「べ、別に彼氏とかじゃないから、バカ。もう知らない」

カノンはそう言い残すと、モニカの視線を無視して、急いで自分の荷物を片付けた。

そして、読んでいた本をもとの位置に戻すと、モニカには目もくれずに、足早に図書館を後にしたのだった。


◇◇◇


カノンは廊下を歩いていた。図書館を出た後だった。カノンは気持ちを落ち着けるように、歩行速度を落とす。すると、向こうからも人が歩いてくるのが見えた。カノンは足を止めると、軽く頭を下げた。

「あ、こんにちは、先輩」

カノンが廊下でばったり会ったのは研究会の先輩だった。向こうも何か考え事をしていたようだが、カノンが声をかけると気付いたようだった。

「やあ、カノン。カンカミールではお疲れだったね。部長も君の仕事ぶりには満足してたみたいだよ。言ってたよ、カノンは次期部長候補だって」

彼はカノンを見て声をかける。その先輩は普段から温厚な人柄で、決して嘘をつくような人ではない。そのことを知っていたから、カノンはその言葉を正直に受け止め、嬉しくなった。

「ありがとうございます。次も頑張ります」

 カノンは笑顔でそう返した。

「まあ、頑張るって言っても、しばらくは目立った活動はないんだけどね」

 先輩は、カノンに言った。カンカミールでの仕事を終えたばかりの研究会では、しばらくは活動の予定はない。それはカノンも知っていた。だから、研究会に関して忙しくないのは、先程モニカが言っていた通りだった。

しかし、カノンは前々から疑問に思っていたことがあった。カノンは思い切ってこの機会にその先輩に聞きたいことを聞いてみた。

「あの、先輩。そのことで一つ質問なんですが、研究会という名前を借りて、個人的に活動の場を設けることは可能なのでしょうか?もしそれが可能なら、色々と融通が効くものがあるので」

 これは、ノアのことに関して重要なことであった。研究会という名前が有るのと無いのとでは、相手の信頼度が違ってくる。そして信頼度が高い方が、ノアを城の中に連れて行くのには好都合だったのだ。

 カノンの質問を聞いて、先輩は困った顔を見せる。



「どうかな?そういうの、決めるの部長だから僕じゃ何とも言えないな」

 カノンはちょっと肩を落とす。もっとも、このことは今聞かなくとも、いずれわかることではあったのだが。

「そうですか、わかりました。部長に直接聞いてみます」

カノンはそう言うと、先輩に別れを告げた。

先輩もカノンに挨拶を返す。彼がカノンの横を通り過ぎ去ると、カノンも再び廊下を歩きだした。

◇◇◇


――別の日

校舎内に鐘の音が響き渡る。

それは午前の授業が終わって、昼休みが始まることを告げる合図だった。

教科書を持って教室を後にしたカノンは時計を確認する。

「はあ」

 カノンはため息をついた。カノンはこの後に研究会の連絡会が入っている。最近は本当にいろいろあって休みなしだった。

「どうかしたのかな?大丈夫?最近忙しそうだけど」

授業が終わって、同じ教室から出てきたモニカが、後ろから声をかけてきた。カノンは急に肩に手を置かれて、少しばかり前のめりになる。そして、カノンもモニカの方を振り向いた。

彼女はカノンを色々振り回す時もあるが、基本的には、一番にカノンのことを心配してくれる、良い友達だった。だからこそ、カノンにとっては、どうしても見栄を張れない相手でもあった。けれども、今回の件は親しい友人で会っても、内緒にしておかなければならない事情がある。

「あはは。気にしないで」

 カノンは笑って返す。モニカもそれを聞くと、それ以上深く掘り下げてくることはなかった。モニカは話題を変えて再び尋ねる。

「カノンはお昼、どうするの?」

「ごめんね。今日は研究会の集まりがあるから、先に食べてていいよ」

カノンは申し訳なさそうに、モニカに言った。いつもなら、カノンはモニカと一緒にお昼ご飯を食べている。しかし、今日は連絡会があるため、そんな時間は取れそうはなかったのだ。

 モニカはそれを聞くと、特別驚く様子もなく、素直にうなずいた。

「そうなんだ。じゃあ、先に食べてまーす」

 モニカはそう言って去っていく。しかし、すぐに何かに気づいたように止まると、もう一度振り向いて、カノンの方を向き、最後に付け加えた。

「たまには息抜きした方が良いと思うな、と老婆心ながら助言してみる。頑張ってね」

 モニカはカノンの顔を見る。

「心配してくれてありがとう、モニカ。でも大丈夫。じゃあね」

カノンがそう言うとモニカは一回笑った後、再び歩き去って行った。

そして、彼女ももう一度時計を確認すると、連絡会が行われる場所に向かうため、モニカとは逆の方向に歩き出した。

◇◇◇


――研究会

 連絡会も、特に主だった報告事項はなく、いつも通りに進行した。

 しばらくすると、部長が号令をかける。

「以上で会を終了します、解散」

会議が終わった。カノンは一段落ついたところで、さっそく部長の元へと足を運んだ。カノンの考えた計画がうまくいくか、ここが分岐点だった。

「部長、お話があります」

カノンはそう切り出した。

「カンカミールでの仕事を終えたばかりですが、後学のためにやはり研究会は王立学術院を訪問するのが一番だと考えました。研究会で取材という形をとるのが好ましいとは思いますが、あまり大人数で押しかけても迷惑だと思うので、私が中心になって一年生などから有志を募って学術院に行こうと思います。許可をください」

 カノンはしっかりとした具体案と理由を示し、可能かどうかではなく、許可を求めるように尋ねた。

「いい心意気だとは思うが、向こうの都合もある。急にというわけには」

 しかし、部長もすぐには納得してくれなかった。そこでカノンは付け加えた。

「そのことに関しては、学術院に知り合いがいて、肯定的な返事をもらってます。その方もこの研究会出身なので、理解していただけるかと」

カノンは少々強引に話を進めた。これもノアのためだった。

話は二週間前にさかのぼる。カノンはこの二週間いろいろと頑張っていた。放課後や週末に、個人で学術院を訪れては、いくつかの研究室を見学させてもらっており、研究会の先輩を見つけて積極的に話しかけてコネを作る努力を続けていた。さっきの学術院の知り合いというのも、この時にできたものだった。

もちろん、最終的な目的は、城の中に行くこと。そのために日頃から城への出入りが多い人に目をつけ、その人に研究会から正式な取材であること、そしてその中心がカノンであるという状況を作ることで城の中について行こうと考えた。重要なのは『有志』を『一年生など』から募ることだった。

ここにノアを入り込ませるつもりだった。メンバーを決めるのもカノンなので大丈夫なはず、そう踏んでいた。けれども、念のために、研究会に所属していない人をメンバーに加えることで、飽くまで研究会を中心としたグループだが、部外者もいるという風にしようと思っていた。ここで怪しまれずにノアがメンバーと馴染むことができれば、うまくいくと思っていた。


あとは、ラフォード学院研究会という肩書きと、集団であることを利用すれば、城の警備をくぐり抜けることができると思っていたのだ。

そして今日、できる限り手回しをして、部長への提案に踏み込んだのだった。

カノンの提案を聞いて、部長は少し考え込んでいた。もし、ここで許可をもらえなければ、また別の案を考えなければならない。カノンが固唾をのんで見守っていると、部長は言った。

「わかった。君は優秀だし、将来の部長候補だからな。許可しよう。ただし、学んだことをレポートにまとめて研究会に提出することが条件だ。先生には僕の方から一応話しておこう」

カノンはその言葉を聞いて、心の中で小さくガッツをした。

これで計画の第一弾会はクリアされた。しかし、安心していられない。この段階まで来るのに二週間を要したのだ。

そう思うと、カノンはすぐに次のメンバー集めに移るのだった。

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