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空の都の方舟物語(アークティル)  作者: 三崎ヒロト
第一章 謎の少年とお城の王様
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第五話 ようこそ、カンカミールヘ!

「へえ、思ってたよりも人が多いな」

カンカミール前日のこと。

店を構えるために、運営から指示された場所へと足を運んだノア。そこで見たものは予想を超える人だかりだった。その様子に少し気後れはしたが、それと同時に、この町の底力のようなものを感じ、嬉しくもなった。


ざっと辺りを見渡した時に、お店の種類も確認する。多そうなのは食べ物を扱うお店だった。実際に、ノアは両隣を食べ物屋さんにはさまれている。しかし、そんな疎外感にも負けず、ノアは持ってきた看板を堂々と掲げた。

「これでよし」

 少しみすぼらしい気はしたが、とりあえず、一通りのセッティングを終わらせて、ノアは休憩を取った。

ふと、カノンのことを思い出す。カノンが所属する研究会とやらも出店するという話だったため、どこかにいるはずだった。しかし、さすがにこの広範囲の中で、同じ区画を割り当てられることはないだろう、と少しがっかりする。

「まあ、時間があったら、散策するか」

ノアは再び作業に入った。ノアのほかにも、カンカミールの準備を行う人たちの作業の声が至る所から聞こえていた。そして、ノアの作業が終盤に差し掛かった時だった。

ノアは聞き覚えのある声を聴いた。

気になって声が聞こえる方を辿っていくと、少し行ったところで、開けた広場に出た。辺りを見渡す。噂をすれば何とやら、そこにいたのはカノンだった。


 そこでは、制服を着た十数人の生徒が慌ただしく動いていた。

「えっ?ポスターがない?探して!」

「どこかに紛れてるんでしょ」

「わかりません」

「部長、これどうしますか?」

「えーと」

「ちょっと、風で飛ばされてる!」

「持ってきて」

「ありました!」

「ありがとう」

聞こえた言葉だけを拾うと、大変そうなのが伝わってくる。

 

ノアはこのとき初めてカノンが学校の友達と一緒にいるところを見た。それは普段は見られないカノンの姿だった。『研究会』とカノンが言っていたのを思い出す。そこはカノンの本来の居場所なのだ。そう思うと、ノアは何だか話しかけるのが悪い気がしてきた。

「お取込み中だし、見なかったことにしよう」

 ノアはそう言い聞かせて、その場を後にした。


◇◇◇


――カンカミール当日の朝。

ノアの自宅

商人としては稼ぎ時であるこの日。せめて場所代ぐらいは取り返したいと意気込んで、朝早く起きたノアは、余った時間を道具を揃えて、丹念に最終準備をすることに費やした。

 見渡すと、ノアの家の中は、かなり質素だった。独り暮らしでお金がないということももちろんあった。

しかし、それ以外にノアには人には言えない秘密を抱えていたのである。

だから、誰も家に招待したことはなかったし、家の場所すら知っているものは少ない。

「ひい、ふう、みい。忘れ物はないな」

 ノアは最後に、机の引き出しにしまってある写真を取り出すと、それを見てちょっと悲しそうな顔をしながら呟いた。

「兄さん……いつか必ず」

 手に取ったそれをもとに戻すと、部屋の電気を消し、ノアは家を出た。



「いらっしゃい!」

 元気な掛け声が通りに響く。ノアのものではない。密集するように設置された屋台の至るところから聞こえてくる声だ。ランクリットは今日、今年一番と言っていいほどの活気を見せていた。もちろんその一端には観光客の多さがある。ノアは感覚的にはいつもの三倍以上はいるような気がした。

 しかし、それだけの人がいても、ノアはいつもと変わらず細々と店をやっていた。大きく宣伝しないため、目の前を通りすぎるだけのほとんどだったが、たまに気にかけてくれるお客がいて、結果的には事前に準備した物の半分は半日で売れた。

お昼時、隣からは美味しそうなにおいが漂ってくる。ノアは昼休憩のために店を一旦閉め、用意した食事をせこせこと食べ始めた。

 その時だった。店の前を見覚えのある顔が通りすぎた。それは、カノンと初めて会った日に、パン屋のおじさんに追われていた、あの少年だった。

すぐさまノアは立ち上がり、見失わないうちに後ろをついていく。

「おい、そこの少年。ちょっと待ってくれるか」

 追い付いたノアはその少年の左腕を掴んだ。

「何?」

 すると、その子は抑揚のない声でこちらを振り向いた。ノアは尋ねる。

「ちょっと話があるんだ。きみ、前にパンを盗んだことがあるだろ?」

「ない。話はそれだけ?」

少年は去ろうとする。

「おい、待てって。ちゃんと顔覚えてるんだから」

「でも、私そんなことした覚えない。もしかしたら、あなた私と双子の弟とを間違えているんだと思う。顔はそっくりだし」

 その言葉で、ノアは目の前にいる子供が、以前のパンを盗んだ子供とは、異なる雰囲気をまとっていることに気付く。それに加え、私という一人称にも違和感を覚えた。

「別人……なのか?」

「そう、別人。私の名前はラン・ティクル。そしておそらくあなたが言っているのは弟のシンの方。人違い」

 その子はやはり抑揚のない声で、淡々と説明を加えた。それで、別人だとわかると、ノアは掴んでいたその手を離し、頭を下げた。

「ごめん。あのときも逃げられたから、また今度も逃げようとしているのかと思っちゃった。本当に悪かった」

「別に」

その子は特別気にする様子もなく、ノアに背中を見せると再び歩き出した。

「あ、ちょっと待って!」

「今度は、何?」

 声をかけると、律儀にも、その子は動きを止めて振り向いてくれた。

「ところで、その弟くんもここに来てるのかな?」

「うん、来てる。……でもはぐれた。私も今探してるとこ。あなたが会いたいって言うなら、見つけ次第……連行してくる」

 彼女はノアの目を見て、どうする、と語りかけてきた。

「それはちょうどいい。俺はそこの店にいるから連行してきてよ」

 ノアは自分の店の場所を指さす。

「了解した」

彼女はそう言うと、間もなく人混みの中に姿を消した。

◇◇◇


数十分後、そっくりな顔をした二人組のお客が店の前に現れた。

「離せよ、ラン!」

「うるさい」

二人はノアの前でけんかを始める。逃げようとする弟に対し、姉はしっかりとその腕をつかんでいた。そんなやり取りを見て、ノアは何だかなごんだ表情に変わる。

「いらっしゃい」

 ノアがそう言うと、弟のシンがノアの方に気づいた。そして、ノアの顔を見て、固まった。どうやら、自覚はあるようだった。

「お前はあの時の……」

「へえ、覚えててくれたんだ。光栄だな。……で、何で呼ばれたか、わかるよな?」

その言葉を聞き、シンは表情を曇らせる。少し間をおいて、逃げられないとわかると、言いにくそうに話しはじめた。

「あ、あのときは仕方なかったんだ」

姉のランがちらりと弟の方を見た。シンは続けた。

「……実は母さんが病気で倒れて」

「母さんは元気」

「おい、ラン、てめえ」

シンはランの方をにらむ。どうやら、嘘をつこうとしたが、ランの申告により、すぐにばれてしまったらしい。ノアはやれやれといった顔をする。

「わかったよ。別に、無理に理由を俺に話さなくていいよ。でも、どんな理由があろうと、お金を払わないのはいけないなあ。それとこれとは別問題だ。あとでちゃんとパン屋のおじさんに謝りにいこうな」

 シンはふてくされたようにそっぽを向く。ノアはランに、彼をつれて夕方に広場の噴水のところに来るように頼んだ。それで、彼女は了解した、と返事をすると、弟を連れて姿を消したのだった。


◇◇◇


しばらくして店を再開したノアに、嬉しい誤算があった。午後からは更に人が増え、午前中の訪問客が少ないと思えるほどの客がノアの店にも訪れたのだ。

しかも、驚いたことに、午前中とは異なり、その大半は通りすがりではなく、ピンポイントにノアの店に来る若者だった。理由を聞いてみると「雑誌で見た」「友達から聞いた」という答えが多く、口コミの大事さを改めて知ったノアだった。

 あっという間に、準備した材料及び商品はすべてなくなり、ノアは店を閉めることになった。時計を見ると、終了予定時刻まであと一時間あった。


「カノンの様子でも見に行くか」

 時間ができたノアは、背伸びをしながら立ち上がると、そう呟いた。


◇◇◇


 昨日、カノンを見かけた場所に出向くと、カノンは何やら図やら文字やらがたくさんかいてある模造紙を示しながら、客に熱心に説明をしていた。その隣にもまたその隣にも同様のことを行っている人がいた。これがカノンが言っていた研究会というものかとノアは納得した。

カノンの手が空いたころを見計らって、声をかける。

「やあ、カノン。なんだか難しいことしてるなあ」

「あ、ノアくん。店の方はどうしたの?」

「お陰さまで完売だよ、完売」

 ノアはお金の入った袋を持ち上げながら言った。

「へえ、それはご苦労様。ごめんね、今忙しくて。これが終わったらシズの店にいく予定だから良かったらそこにきて」

 カノンは申し訳なさそうにそう言うと、すぐに裏方へと回って姿を消してしまった。タイミングが悪かった、これ以上邪魔したらいけない、とノアはのそのそと、その場所を離れ、別の場所へ足を運ぶのだった。

 ノアはそれから一人でカンカミールを楽しみ、古本を一冊手に入れた。

そして、夕刻になると、噴水のある広場へと赴いた。



◇◇◇


 ノアが到着すると、双子はすでにそこにいた。姉の方が軽く頭を下げてくる。

「忘れずに来てくれたみたいだね。しっかり者のお姉ちゃんだ」

ノアは時計を確認する。

「ちょっと早いけど、行こうか」

 ランは弟の手をしっかりと繋ぎながら、首を縦に振った。

 目的地はパン屋である。距離的に言えば、そう遠くなかった。しかし、通りには人があふれかえっており、体の小さい双子を見失わないようにするには、いつも以上に注意を払わなければならなかった。

やっと、パン屋についた三人。店の名前を確認すると、扉を開けてなかに入る。

そこにはいつかのパン屋のおじさんがいた。店内には人はなく、店員もおじさん一人の小さな店だった。おじさんはこちらに気付き、視線を向けると、途端に険しい顔つきになる。

「おい、小僧」

おじさんは怒っていた。彼がやったことを思えば当然だった。ノアは双子を前に進ませると、小声で催促した。

「ほら」

 ここにきても、まだもじもじとするシンを見て、ノアは仕方なく双子の頭をつかみ、三人いっしょに頭を下げる。シンは顔をしかめ、その横でランは「私、関係ない…」と呟いていた。

「痛っ。わかったよ。その、おじさんパンを盗んで……ごめん……なさい」

シンの言葉を聞き取るとノアは手を離す。二人は顔を上げる。

おじさんは椅子から立ち上がると、シンの目の前に立った。

そして、右手を上にあげると、その頭に拳骨を一発かましたのだった。

「いったぁ……」

シンは涙目で、言った。そこでおじさんは口を開く。

「これで、チャラにしてやる。ありがたく思えよ。俺は面倒なことが嫌いなんだよ。別にお前をどうこうする気はないから、もう二度とこういうことをしないでくれ」

「わかったよ……」

 おじさんは元の場所へと戻る。ランは弟の頭を、大丈夫?と撫でていた。ノアはすべてが終わったことを確認すると、双子を連れて店を出た。店を出るときに、ノアは声をかけられる。

「おい、そこの兄ちゃん」

「俺ですか?」

ノアは振りかえった。

「あんたも被害者だったのに、わざわざご苦労だったな」

 おじさんの言葉に、ノアは笑顔で返した。

「いえ、俺も『ありがとう』とか、『ごめんなさい』は疎かにするなって父に教わりましたから。当然のことをしたまでです」

 ノアはもう一度頭を下げると、お騒がせしました、と言ってその店を後にした。


 

大通りまで行くと、ノアは双子に別れを告げた。二人は手をつなぎながら去っていく。しかし、それは、はぐれないようにという姉の配慮で、弟の方はあきらかに嫌がっていた。   

その姿が見えなくなると、ノアも歩き出す。

 ノアが目指したのは『リリックス・カフェ』。カノンが来るといっていた場所だ。カノンがすでにそこにいるかはわからない。いなかった場合は、今日の儲けで少し豪華なものを食べて時間をつぶそうと思っていた。


◇◇◇


「はい、どうぞ」

 ノアの目の前には美味しそうな洋菓子が用意されていた。カンカミールで一仕事を終え、シズの店でノアは休息を取っていた。シズカが持ってきたそれが、空腹のノアには一層キラキラ輝いて見えた。

「うまそうだな」

 ノアが思わず漏らす。

「そうだね。今日のために用意した特別版だよ。召し上がれ」 

そういうシズカの首にはノアの作ったアクセサリーがキラリと光る。それを眺めていると、店の扉がカランカランと音を立てて開いた。

「やあ、シズ。それにノアくん、今日はお疲れ!」

 カノンだった。いつもの元気な様子で店に入ってきた。そしてノアの前の席に座る。

「何これ!いいなー」

カノンは席に座るや否や、ノアの洋菓子を見て叫んだ。

「シズ、私も同じの一つお願い!」

「はいはい」

カノンが注文すると、シズカは店の奥へと帰って行った。お腹が空いていたノアは、カノンの前で、それを食べ始めた。カノンはじっと見つめていた。



カノンの分が到着するときには、ノアの分はもうなかった。

「あげないよ」

カノンはわざとノアから洋菓子を遠ざけて、一口目を口の中に入れた。

「んんー。おいしっ!」

しばらくして、食べ終わった頃になると、ノアはカノンに話を切り出す。

「今日のあれ、何やってたんだ?」

 カノンは口をふきながら、ああ、あれね、と答えた。

「あれは、ただの調べ学習みたいなものよ。クロスセピアの歴史とか、シルクハッシュのこととか色々ね」

「毎年あんなことやってるのか」

「いや、今回が初めてだったみたいよ」

「へえ」

 そのあと二人は今日のことをいろいろと話して過ごした。途中からはシズカも混ざり、楽しいひと時が過ぎて行った。


こうしてカンカミールの慌ただしい一日が終わりを告げた。


◇◇◇


――城内、王室

「今日は随分と盛り上がっていたな、カンカミール」

「そうだよ、僕も行きたかったよ」

部屋には王様のほかに、彼の弟がいた。第三皇子、シルドだった。シルドはまだ子供と言っていいほどの年齢で、言動もそれ相応のものであった。

「心配するな。もうすぐ城でもイベントが催されることになっている」

「本当!」

「本当だ。しかも期間は一週間だ。楽しみにしておくといい」

「うん!」

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